4章-なんでもない昼下がり-
〈ミストルテイン〉の食堂の片隅で、グラスの中で溶けた氷がカランと軽い音を立てる。
それを視界に収めつつも、シオンはゆったりと構えたまま正面に座るふたりのガタイの良い男から視線をそらさない。
シオンから見て右の男は焦げ茶の髪とそばかすが特徴的だ。
シオンよりは確実に年上なのだが、それでもどことなく幼く見える愛嬌のある顔立ちをしている。
そんな彼は自分の手元を見つめながら、ソワソワしているようだ。
その反対側に座る男は浅黒い肌と刈り上げた髪型をしている。
顎に手を置いて厳しい表情をしている彼には町で見かければマフィアの関係者ではないかと思わず疑いたくなるような迫力がある。
昼間であることなど関係なく強めの酒でも飲んでいそうな外見だが、意外にもその手元にあるグラスの中身はオレンジジュースだ。
思わず二度見しそうなギャップのある絵面である。
そんなふたりの様子をしばらくじっと見つめていたシオンだったが、ふたりに動きがないのを確認するとゆっくりと口を開いた。
「レイズです」
シオンの言葉にびくりと体を揺らしたふたり。
そしてシオンとふたりの手元にはそれぞれ五枚のトランプがある。
明日に大規模な人外討伐作戦が予定されている昼下がり。暇を持て余したシオン・イースタルは同じく暇を持て余している監視役ふたりとポーカーに興じているのだった。
「だああああああっ! 全然勝てねえ!」
「……ガチの賭けだったら俺たちもうパンツ一丁通り越して全裸っすよこれ……」
片やのけぞって天を仰ぎ、片やテーブルに突っ伏すふたりの男を前にシオンはアハハと笑う。
結論から言えば、ポーカーはシオンの一人勝ちである。
「オイ、シオン。お前本当に魔法でイカサマとかしてねえんだろうな?」
「チャドさん、再三言ってもますけどそんなことしてませんよ」
「そうは言っても魔法使われてたら俺たち何されててもわかんないだろうしな~」
「それは言いがかりってもんですよベンジャミンさん。証拠もないのにそんなこと言うなんてひどいです……」
よよよとわかりやすく泣き真似をすると微妙な顔をされたが、かと言ってイカサマの証拠があるわけでもないのでそれ以上の追求がされることはなかった。
実際シオンはイカサマの類はしていないのでどちらにしろ意味のないことだが。
「にしても、おふたりとも監視対象とこんなに仲良く遊んじゃってていいんですか?」
傍から見ていればそんな風に見えないであろうが、シオンとふたりの関係はあくまで監視されている人間と監視している人間だ。
こんな風にトランプで遊んでいていいはずはない。
にもかかわらず、実はトランプを持ってきたのはシオンではなくチャドなのである。
監視される生活が始まって数日。
性格の相性がよかったのか、シオンは歩兵部隊の面々と着実に仲良くなりつつあった。
「いいんだよ。そもそも第七人工島出たときからこれまでずっと野放しだったやつを今更ガチガチに監視してどうなるってんだ」
馬鹿馬鹿しいと顔に書いてあるチャドがそう言ってのけてそのまま大きく欠伸をする。
隣に座るベンジャミンもその意見に異論はないようで苦笑するだけだ。
「何かやらかすならとっくにやってるだろうし、そもそも魔法でどうこうされたら俺たちにはわかんないし……できることなんてこうやって交代制で四六時中一緒にいることくらいだって話」
「それに、こうしてトランプしてるのがイコール監視サボってるってわけじゃねえしな」
「よっこらせ」というおじさん臭い言葉と共に流れるようにテーブルに腕を乗せる。
そんななんでもない動作が終わって初めて、シオンはチャドのその手に握られた拳銃が自分の顔面を狙っていることに気が付いた。
「……あの、流れるように人を殺すためのスタンバイするのやめません?」
「お前がさも俺たちがサボってるみたいに言うからだろうが」
こんなゆるゆるとした会話をしている間も銃口は全くシオンの眉間から逸れない。
仲良くなりつつあるのは紛れもない事実である一方、歩兵部隊の面々は仕事もちゃっかりこなしている。
一見両立しなさそうなふたつが共存しているというのはどうにも不思議な状況である。
「というか、シオンは拳銃くらいで殺せるのか?」
「無理ですよ?」
「じゃあ慌てるようなことじゃねえだろうが」
あっさりと答えたシオンにチャドがやる気をなくしたように拳銃をしまう。
実際、拳銃程度では不意打ちだったとしてもシオンの魔力防壁を貫通することはできない。
対戦車ライフルくらいの威力での不意打ちならあるいは……というくらいなので、少なくとも監視についている歩兵部隊の面々では無理だろう。
「ったく、副艦長も本気で監視させる気あるならもっと火力のある武器持たせとけっての」
「拳銃やナイフ程度じゃ脅しにもならないっすもんね……」
ため息をつくふたりを見ていて、そういえば彼らはミスティからの指示でシオンを監視しているのだったと気づく。
ブリッジで説明をしてきた彼女はようやくシオンの行動を制限できるということで大層張り切っていたようだった。
「副艦長の指示、なんですよね?」
「ああそうだな」
「具体的にはどういう感じの指示だったんです?」
「普通に、シオン君が作戦の邪魔にならないように行動制限しろってだけだね」
「それだけですか」
「……それだけなんだよなあ」
チャドがなんとも言えない表情のまま似合わないオレンジジュースをストローでひと口啜る。
「この機に乗じて殺せとか、怪しい行動を見せたら容赦するなとか、なんにもなかったんだよなあ」
「……あんだけ普段俺のこと危険だの怪しいだの言ってくるくせにそういうことできないあたり、根は真っ当なんでしょうねあの人」
シオンの結論に各々が呆れたり生暖かかったりといった表情を浮かべつつ、ゆるくもあり物騒でもある昼下がりは過ぎていくのだった。




