4章-信仰の村①-
ブリーフィングルームでの一件の後、アキトとアンナは一台のジープで山間部の道を走っていた。
目的地は言うまでもなく作戦領域内にある、グレイ1を信仰している人々が暮らすという集落だ。
人々を守るための組織である人類軍の人間として、このまま集落の住人を放っておいて戦闘に巻き込むわけにはいかない。
もう一度避難勧告をすべきだというアキトたちの主張に支部長は難色を示したが、アキトたちに限らず他の軍人たちからも同様の意見が出たこともあり了承を得ることができた。
そして比較的人外についての知識を持つアキトたちが避難勧告をしにいく役目を任されたというわけだ。
「アキト、アンタまで来る必要本当にあったの? アタシと歩兵部隊の誰かとかでよかったと思うんだけど?」
ほぼ整備されていない山道にも関わらず難なくジープを運転しているアンナが視線は前に向けたまま尋ねてくる。
確かにこれはアキトのような部隊長がするような仕事ではない。
念のためふたり以上で行く必要こそあれど、アンナの言う通り彼女と適当な人材ひとりだけでも問題はなかっただろう。
もちろんミスティにも同じような指摘を受けたが、それでもこうして自分が出向くことをアキトは選んだ。
「人外を信仰する集落ということなら人外に敵意のある人間は論外だ。それに、人外相手に接し慣れている人間が行くのが好ましいだろう」
「そりゃそうだけど……まあここまで来ておいて今更か」
納得できていないとわかりやすく態度に示しつつも、長年の付き合いからアキトが折れないと察したらしい。
これ以上文句を言われることはなさそうだと判断すると、アキトは自ら別の話題を振ることにした。
「グレイ1を信仰しているということだったが、アンナはどう思う?」
「んー、少し驚いたけどそれだけよ。実例がないわけじゃないし」
【異界】の存在が明るみになったことで、これまで神話や伝説の中だけの存在だった人ならざる者たちは実在する可能性のある存在へと変わった。
それは恐ろしい怪物たちだけではなく、神や神獣といった信仰の対象も例外ではない。
決して大きな動きにはなっていないが、人外を信仰する団体は確かに存在している。
日本で、しかも小さなものとはいえひとつの集落がそういった状況にあるというのは初めて聞いたが、あり得ない話では決してない。
「それに、気持ちが全然わからないわけでもないのよ」
「……意外だな。神なんて信じるタイプでもないだろ」
「いるかいないかわかんないような神様なんて信じないけど、本当にすごい力を持ってる存在がいるなら話は別。……困ったときにシオンのこと頼っちゃうのってそういうことでしょ?」
自分にはない神秘の力を頼る。
到底信仰と呼べるようなものではないが、確かにアキトたちがこれまでしてきたのはそれと似たようなことなのかもしれない。
「(であれば、集落の人々はグレイ1に助けられたことがあるのか?)」
単純に神秘の力を見せつけられただけなら信仰するような状況になるとは考えにくい。
アキトたちがシオンに守られたのと同じように、グレイ1によって何かしらの恩恵を受けたことがあるのではないだろうか。
だとすれば、何故グレイ1は彼らを助けるようなことをしたのだろう?
何か恩恵を受けたわけでもなく単純にグレイ1から記憶や精神に干渉を受けているだけという可能性も否定はできないが、その場合グレイ1がそのようなことをする理由はなんなのだろう?
考えれば考えるほど謎は深まっていく。
「こんなとき、シオンに聞けちゃえば簡単なのにね」
アンナはため息交じりにそんな文句を零した。
「未知の敵、しかも大型アンノウン以上の強敵相手なんだから使えるもんは全部使えばいいのに」
「……強敵相手だからこそ内部にリスクを残したくなかったんだろう」
「そういう考え方もあるか……結局どっちが正解なんて話でもないのよね」
「ああ。難しいことにな」
こちらが正解という指標があったならどれだけ楽だろうと思わないでもない。
しかし、そんなものはないのだ。アキトにできるのは自分の決断を信じ、その結果に責任を持つことだけしかない。
「……ちょっとシオンとギクシャクしてるみたいだけど、そこらへんは大丈夫?」
「今は大丈夫とは言いにくいが……必ずどうにかする。少し時間は必要だがな」
「アキトがそう言うなら信じるけど、ヤバくなったら相談してよ?」
そんな会話を繰り広げている内に、木々に囲まれていた視界が開けてきた。
明らかに人の手が加わっているであろう空間にはいくつもの畑があり、農業器具をしまっているであろう小さな小屋なども目についてくる。
ちょうど数人の子供たちの姿が見えて、アキトたちはジープから降りた。
子供たちのほうもこちらに気がついたのか物珍しそうにこちらのことを凝視している。
「ごめんね。アナタたちこの集落の子かしら?」
「……そうだけど、お姉さんたちって人類軍の人?」
「ええそうよ」
ゆっくりと歩み寄り、意図して視線を合わせて話をしていたアンナが人類軍であるとわかった瞬間、子供たちの警戒が一気に高まった。
質問を投げかけてきた比較的年齢の上な少年が他の子供たちを背後に隠すように立ち塞がってきて、まるでこちらが悪いことをしているような気分になってくる。
「……どうも怖がらせちゃったみたいね。でも何もしないわ」
「…………」
「とりあえず大人の人を呼んでくれると嬉しいんだけど……アタシたちこれ以上進まないから声かけてきてもらえない?」
それだけ伝えて両手を高くあげながらジープのそばまで戻ってくるアンナ。それを確認してから、子供たちはそそくさと走り去っていった。
「これは……苦労しそうだな」
「信仰はともかくこの反応……あの支部長たちなんかやらかしたんじゃないでしょうね……?」
そのまま約束通り現在地から動かずに待てば、ほどなくして体格のいい男たちがやってきた。
道を塞ぐように広がり、武器代わりのつもりなのか農具を持っているあたりなかなか穏やかではない。
「人類軍がこの村になんの用だ」
「……近くこの集落周辺で大規模な戦闘が起きることが予想されます。皆さんの安全を確保するために避難をしていただけないでしょうか?」
努めて冷静に、刺激しないように話したつもりだったのだが、男性たちの目つきは一機に鋭くなる。
「まだオボロ様に手出ししようってのかお前たちは!」
オボロ様という言葉は初めて聞くが、おそらくはグレイ1のことなのだろうと察する。
臨戦態勢になった男性たちを警戒しつつも、これ以上刺激しないためあえて懐に忍ばせている銃には手を伸ばさない。
「何度来ようが、俺たちは避難なんてしない!」
「しかしこのままだと危険ですから……」
「はっ! 何を今更。この村のこと見捨てたくせによぉ!」
吐き捨てるように向けられた言葉に、アキトとアンナは顔を見合わせる。
「……人類軍が、この村を見捨てた?」
「ああそうだとも。だから俺たちはお前らのことなんて「「その話、詳しく聞かせていただきたい!」」
青年の言葉を遮りつつ、アキトとアンナは同時に青年に詰め寄る。
そんなふたりの勢いに驚く青年が改めてこちらを怒鳴りつけようとしたそのとき、制止の声がかかった。
声は青年たちのさらに向こう側からのもので、アキトたちからその主の姿は見えない。
「村長に大輔さん! なんで止めるんすか!」
「このふたりはこれまでの軍人たちとは少々違うそうです。……オボロ様が仰っていました」
言葉と共に青年たちの間から姿を現したのは老齢の女性と、青年たちより少し年上の男性だった。話の流れからすると、女性が村長なのだろう。
「特別遊撃部隊〈ミストルテイン〉にて部隊長を務めております、アキト・ミツルギです」
「同部隊で戦術長を務めますアンナ・ラステルです」
「まあまあご丁寧にどうも。わたしはこの村の村長……犬山タエと申します」
「その孫の犬山大輔です」
青年たちと比べて穏やかに接してくれる村長と大輔。
彼らであれば詳しい話を聞くこともできそうだが、それより先に確認しておきたいことがある。
「突然このようなことを聞くのは不躾かもしれませんが……おふたりはオボロ様という存在と意思疎通ができるのですか?」
「わたしたちふたりに限らず、誰でもできますとも」
当然のこととでも言いたげに答えられてむしろ反応に困る。
「その、オボロ様がアタシたちが普通の軍人と違うと言っていたんですよね? それはどういう意味なのでしょう?」
「……俺たちも詳しくは聞いていないが、同胞のにおいがすると仰っていた」
「ですので、村にお招きして少しお話をしてみてもよいかもしれないと思ったのですが……どうでしょうか?」
村長からの提案に少しだけ迷ったアキトとアンナだったが、提案を受けることに決めた。
ミスティあたりがいれば得体の知れない村に立ち入るなど正気ではないと騒いだかもしれないが、少なくとも村長から悪意は感じない。
先程の青年の発言も気になる以上、ここで提案に乗るのが最善だというのがアキトとアンナの答えだった。




