4章-顔と顔を合わせて④-
こうしてアキトとハルマのことについて相談はこうして無事に終わった。
であればもう話は終わりだろうと判断したシオンが席を立とうとしたが、ナツミは咄嗟にそれを引き止める。
「終わりじゃないのか?」
「最初話したかったことは終わったけど……まだ話したいことがあるの」
確かに当初の目的は果たされた。しかしまだナツミには話をしなければならないことがある。
この先、ナツミがシオンとどうありたいのか。
意図していたわけではないが、ナツミはその答えを出さないままここまで来てしまった。
おそらくシオンはそのことをなんとも思っていないだろう。
ナツミが自身から離れることを推奨するような男だ、むしろこの先ナツミがそちらを選びやすいようにと現状の維持を望んでいるのかもしれない。
しかし、決して曖昧なままにしていてはいけないことだとナツミは思う。
そして偶然にもそれに気づけた今こそが、その答えを出すべきタイミングなのではないだろうか。
「…………」
結論を出そうと意気込んだものの、実のところまだまだ自身の中で考えがまとまっていない。
先程シオンを引き止めたのも、ここで話をしておかなければ今後この話題をはぐらかされてしまいそうな予感がしたからというだけだった。
早く何か言わなければと考えれば考えるほど、焦って余計に言葉がまとまらない。
そんなナツミをシオンは怪訝な顔をしつつもじっと待ってくれている。
「(なんだかんだ言っても、優しいんだよね)」
本音を言えば、シオンはさっさと自室に戻りたいのだろう。
そもそもこうしてナツミと顔を合わせること自体彼は避けたかったはずであるし、明日以降技術班として忙しくなるとも言っていた。
それでも、顔を合わせて相談したいという願いを聞いてくれたし、引き止めておいて何も言わないナツミを急かすこともせず、ただ静かに言葉を待ってくれている。
そんな小さな優しさに気づいて、少しだけ焦る気持ちが落ち着いた気がした。
「あのさ、まだ完全に頭の中まとまってないんだけど、とりあえず聞いて」
「……わかった」
まとめてから話そうとしてもきっとどこかでグルグルとループしてしまう予感がして、ナツミはあえてまとめないことを選んだ。
例えまとまっていなくても、自分の気持ちをシオンに伝えておきたいのだ。
「正直さっき言われるまで人類の大半が敵に回るかもとか全然考えてなかったし、それを敵に回す覚悟とかもない。それに、まだまだシオンについてわかってないことはたくさんあるんだと思う」
おそらくナツミは色々な部分で考えが足りていない。
今の状況下でシオンを信じることは、単純に友達を信じることとはわけが違うのだと今更気がついた。
その状況下で当初からシオンを擁護し続けてきたアンナ、そして〈ミストルテイン〉全体に仲の良さを見せつけた十三技班の人々は、それを承知の上でシオンを選んだ。
そんな人々と覚悟はおろか状況に気づいてすらいないナツミを同列に扱えなど、とんでもなく身の程知らずなことを言っていたのだとようやく気づいた。
「それに、多分あたしはラステル戦術長とか十三技班の人たちみたいにシオンのために何ができるってわけでもない」
ナツミは所詮ただの操舵手でしかなくて、アンナのように権力者相手に上手く立ち回れるスキルもなければ、十三技班のように権力を恐れず強気に暴れられるわけでもない。
「……それでも、あたしはシオンの味方でいたいの」
考えは足りていない、力も足りていない。それでもナツミはそれを望む。
「あたしの命を救ってくれた恩人を。一緒に笑ったりふざけたりケーキ食べたりして過ごした友達を。普段はちょっとイジワルだけどなんだかんだ優しいあなたを。あたしは信じられるから」
それがシオンの全てではないのは承知の上だが、ナツミの知るシオンだって間違いなく真実の彼なのだ。
そんなシオンを、ナツミは心の底から信じられる。
「だからさ、"怖がれ"とか"信じるな"とか言わないでよ。……そういうこと言われると、寂しいの」
短慮な判断だったとはいえ、これまでだってナツミのシオンへ対する信頼は本物だったのだ。
そんな気持ちをどれだけ伝えても"間違い"や"もっと考えろ"という言葉ばかり返され続けたのは気分のいいものではなかったし、何よりもシオンとの間の隔たりを突き付けられるようで寂しかった。
「……言っとくけど、多分まだまだお前の考えは甘いぞ」
「うん」
「さっきやっと気づいたくせに、一時間もかけずに結論出すような軽い話でもない」
「わかってるよ。……でも、多分いくら考えても同じだから」
ここで一度考えるのをやめて時間をかけたところで、ナツミの答えはきっと変わらない。
ナツミはシオンのことを怖いなどと思えないし、人類の大半がそうだからという理由でシオンのことを敵だと見なすこともできない。
「誰がどう言おうとこれがあたしの本心だから。変えようと思ったって変えられない」
シオンの目をまっすぐに見つめて"絶対に折れる気なんてないぞ"という念を込めて宣言する。
数秒ほどそうして見つめ合った末に、シオンは大きく息を吐き出した。
「こうならないように散々言ってきたのに、結局こうなるのはなんでなんだろ」
「じゃあ、観念してくれるの?」
「まあね。降参だよ降参」
若干不満気にしつつも両手を上げて降参のポーズを取るシオンだが、おどけた態度から一転して真剣な表情でナツミを見つめてくる。
「もう余計なことは言わないって約束する。……けど、この先もしお前が俺を信じられなくなったときはちゃんと離れろ。今日ここで宣言したからってそれに縛られるのだけは無しって約束してくれ」
「……わかった。もしそんな日が来たらちゃんとそうする」
本音を言えばそんなことないと反論したかったが、それをさせてくれない雰囲気がシオンにはあった。それに気圧される形でナツミはシオンの言葉に頷く。
その直後、ふっと空気がゆるんでいつものシオンが戻ってきた。
「なんというか……狙ったわけじゃないんだろうけど俺の弱いところ突いてきたよな」
「え、そうなの? どのへんが?」
「理屈すっ飛ばして心に従って結論出してくるとこ。……心の底からの本音で答え出されると、俺は絶対に蔑ろにできないから」
拗ねたようにそう話しながらシオンはイスから立ち上がった。
それからナツミに視線を向けると黙って待つ姿勢を見せる。
「あれ? 帰りは別々にしたほうがいいんじゃないの?」
「もうお前は俺の味方なんだろ? だったら一緒に歩いてようが同じじゃん」
「それともやっぱりやめとくか?」と意地悪く笑うシオンにムッとしつつ、ナツミは堂々と胸を張って横に立ってやる。
「艦内とはいえ夜も遅いし、部屋の前まで送ってよね」
「そこまでするなんて言った覚えないんだけど?」
「どうせ一緒に戻るならそれくらいの気遣いしてくれてもいいでしょ!」
なんてことのない会話をテンポよく交わしつつ、ふたり並んで通路を歩く。
それ自体は決して初めてのことではないのだが、ナツミは不思議と以前までとは少し違っているように感じていた。
「(兄さんたちも、こんな風にシオンと一緒に歩けたらいいな)」
そんな願いを胸に、ナツミは小さく笑みを浮かべながらシオンの隣を歩くのだった。




