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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
1章 魔法使いと人類軍
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1章-少年と人類軍-

『……〈アサルト〉着艦完了を確認しました。おつかれさまです』

「どーもー」


機動鎧用のハンガーに機体が固定された直後、事務的な女性管制官の声に適当に言葉を返してからシオン・イースタルは機体の胸部ハッチを開く。


直立した状態の機動鎧の操縦席の高さは、約五メートル。

決して低くはない高さだが、シオンは特にためらうこともなくそこからひらりと飛び降りた。

軽い音と共に金属製の床に降り立つと、〈アサルト〉のことを見上げる。


「……今日も働いちゃったなー」

『本当にな。まったく()使いが荒いぜ』


整備士を中心に多くの人間が動く格納庫の中、シオンにしか聞こえない声が不満そうに言う。


『まあ、それだけアンノウンが湧いて出てるって話なんだろうけど……っていうか、〈アサルト〉動かす用の魔力は全部俺が賄ってるんだし、朱月(あかつき)は別に何もしてないよね?』

『いんや、そりゃ魔力の消費はねえけどよ。あの機械は今の俺様にとっちゃもうひとつの体みたいなもんなんだ。多少は疲れる……気分的に』


あくまで口には出さず、脳内だけで会話を進める。

異能を扱うシオンと、人外たる()である朱月の間でだけ交わされる魔術を用いた特殊な会話。

周囲には艦の乗組員が少なからず歩き回っているが、誰ひとりとしてその会話を盗み聞きすることはできない。

ただ、話していることは大したことのない世間話のようなものなので、盗み聞きされたところで何にもならないのだが。


『そっれにしても、シオ坊はなんやかんやお節介っつーかなんつーか』

『いや、いきなり何さ』

『わかってんだろ? まーた見ず知らずの人間なんて助けに入ってよお』


朱月が言っているのは、少し前に助けた機動鎧のパイロットのことだ。

彼の乗る機動鎧がゴリラのようなアンノウンに馬乗りになられていたので、アンノウンの首を落として、ついでに退却を促したのはつい三十分ほど前の話だった。


『まー、オープンチャンネルであんなに悪態ついてたら気になるじゃん?』

『確かに、(おれさま)好みのキレっぷりではあったな』

『だろ?』

『まあ、だからって助けに入るかどうかは別だけどなー』


変わらず気軽な――戦闘の直後にしてはいささか気の抜けすぎな――誰にも聞こえない会話を繰り広げつつのんびりと格納庫を歩く。


『別に悪いことしたわけでもないし、別にいいだろ? っていうかお前だって別に興味ないだろ?』

『まあ、俺様はお前が死にさえしなけりゃどーでもいいんだが……』


言葉の終わりに、脳内で朱月が小さく笑う。

不審に思って眉をひそめるシオンに対して、朱月はそれはそれは愉しそうに言った。


『後ろから、お前に説教したい男が走ってきてるぜ?』

「シオン!!」


予想外かつ大きな呼び声に咄嗟に「ほああっ!」と妙な叫びがシオンの口から飛び出す。

慌てて振り返れば、猛烈に不機嫌な金色の瞳とバッチリ目が合ってしまった。


黒く短いさっぱりとした髪に強い光を宿す金色の双眸の少年の名は、ハルマ・ミツルギ。

軍士官学校時代においてシオンのクラスメートだった少年だ。


そんな彼は、ぴっちりと全身に張り付くようなパイロットスーツと、片手にヘルメットというたった今機体から降りたばかりだと一目でわかる姿のまま、ズンズンと不機嫌な様子でこちらへ歩いてくる。


余談だが、シオンはパイロットスーツではなく普通の軍服のままで機体に乗っている。

パイロットスーツを着ない理由を尋ねられ「いや、だってダサいし」と正直に伝えて微妙な顔をされたのは記憶に新しい。


「さっきの戦闘、また(・・)単機で先行したな!?」

「えーっと、またって言うけど俺そんなに何回もやってたっけかな~?」

「前科は三回……むしろこれまでの出撃全部(・・)で同じことをしてるだろうが!」


茶化して有耶無耶にしてしまおうとしたシオンに対して、至極真面目に回数込みで反論してくるハルマ。残念ながら話をそらせそうにはない。


「いやだって戦闘は始まってたわけだし、どう見ても劣勢だったしさっさと助けに入らないとよろしくない感じだったし?」

「そこは否定しない。でも、それは独断専行していい理由にはならないはずだ」

「それならちゃんと上に報告したし、そもそもそっちの三人の機動鎧部隊と俺は指揮系統違うんだから別にいいじゃん」


現在この〈ミストルテイン〉で使用されている機動鎧は四機。

シオンの駆る“アサルト”に加え、他に三機のECドライブ搭載の実験機が存在する。


そしてその三機のパイロットは目の前にいるハルマを筆頭に、リーナ・フランツとレイス・カーティス――ハルマと同じくシオンの元クラスメートであるふたりが務めている。


彼ら三人は本来の〈ミストルテイン〉の機動鎧部隊であり、対するシオンは後から突然追加された戦力というわけだ。

しかもシオンの立ち位置が、“人類軍に協力する異能の力を持つ人間”というややこしいものであるため、彼ら三人とシオン個人の命令系統は分けられている。


彼ら三人はハルマを隊長とした上で戦術長であるアンナ・ラステルの指揮下。

そしてシオンはと言えば、部隊ではなく単独で戦術長のアンナの指揮下。


従うべき相手こそ同じだが、あくまで別部隊という扱いだ。


ということで、指揮系統で言えばシオンが独断専行しようとハルマたちには無関係であり口出しする立場にない。

だが実際に一緒に戦場に出ているのは事実なので、そういうわけにもいかないのも当然である。


「別部隊とはいえ、好き勝手されたらこっちにも影響が出るに決まってるだろ!」

「そこは一応配慮してるから! 安心して!」


シオンとて邪魔をしたいわけではない。

なので勝手にするにしても他所の迷惑にならない程度には気をつけている。

不用意に迷惑をかけてしまえば人類軍との協力関係に妙な波を立たせる結果になりかねないので、そこはちゃんとわきまえているのだ。


「だとしても……「そのへんの苦情はどうぞアンナ戦術長まで! ってことで失礼!」


ハルマの小言を遮るように面倒事をアンナに丸投げしつつ、同時にシオンはその場から飛び上がった(・・・・・・)

重力を無視した動きで、格納庫の壁に沿って作られた五メートルほどの高さにある通路に移動したシオンを普通の人間であるハルマが追いかけられるわけもない。


ポカンとこちらを見上げているハルマや他の乗組員たちを尻目に、シオンはすたこらと格納庫から立ち去った。


『いや~やっぱり来たな、ミツルギの次男坊』

『予想してたなら事前に言おうか!?』

『そこまで世話焼く義理はねえからな~』


ケラケラと笑う朱月の態度にイライラしつつ艦内の通路を鼻息を荒げつつ小走りで行くシオン。

幸い近くに誰もいないので不審に思われる心配もない。


『まあいいじゃねえか。幸い、何もなく格納庫から立ち去れた(・・・・・・・・・・)んだしなあ?』


わざとらしく付け加えられた朱月の言葉に、シオンはわずかに足を止めた。

それから一度深く深くため息をついて、再び足を進める。


『ホント、なんで俺はこんなたちの悪い鬼と“契約”なんてしちゃったんだかね!』

『カカカ! たちの悪さで言えばシオ坊もなかなかのモンだろうからな、似た者同士でお似合いってとこだろうよ』


そんな会話を交わしつつ、シオンは足早にその場を――格納庫を離れるように去って行くのだった。



「まったく、アンタは卒業しても相変わらず問題児よね」


出撃から帰還して一時間ほど経った頃、シオンは〈ミストルテイン〉のブリッジに呼び出されていた。

そして到着早々、士官学校時代の恩師であり現在の上司にあたるアンナ・ラステル戦術長に盛大にため息をつかれた、というのが現在の状況である。


「ま、卒業しただけで急に大人しくなられたら逆に心配するんだけど」

「俺の扱い……」

「過去の行いを振り返ってから言いなさい」


テンポよく交わされる会話は士官学校時代から変わらない。

恩師と教え子というには気安いが、これがシオンとアンナの距離感なので今更変えようとして変えられるものでもない。


「とりあえず、知っての通りハルマ君から苦情が来てるわ。もう少し機動鎧部隊との連携を考えてほしいそうよ。……まあ、それはどうせすぐに改善するのは無理だろうからいいとして、せめてもう少しお行儀よくやりなさい」

「善処します」

「よろしい、それじゃあ話は変わるけど……」

「いえ、何もよくはないでしょう!?」


説教というには完全に形だけ(・・・)な話を終えて次の話に移ろうとするアンナ。

しかしそれは横からの声に阻まれた。


「軍において統率を乱すなんて言語道断です! ラステル戦術長、貴方はもっと強く彼を指導すべきなはずでしょうに!」

「びっくりした……ミスティ、急に叫ばないでちょうだいよ」


いつの間にかシオンとアンナのすぐ横に立っていた女性、ミスティ・アーノルド副艦長は眼鏡のフレームを押し上げつつこちらを睨みつけてきている。


「ただでさえ信用ならないバケモノ相手なんですよ。好き勝手を許すなど論外のはずです」

「わー、何度も人間だって説明してるのにまだバケモノ扱いだー」

「はいはいシオンは黙りなさいねー、話がこじれるから」


ふざけるシオンを慣れた調子でたしなめるアンナ。

それから彼女は落ち着いた態度のままミスティへと向き直った。

ふと周囲を見回してみれば、ブリッジにいる他の船員たちもどこかハラハラした様子でアンナとミスティのやり取りを見ている。


「シオンが生物学的には人間だって話は、軍の精密検査ではっきりしたはず。上層部の認識もそれで統一されたんだけど、そこに文句があるのかしら?」

「そ、れは……」


アンナの言葉にミスティが口ごもる。



人類軍の上層部がシオンを人間と認めている中でシオンを人間ではないとするのは、上層部への不信を示すのと同義だ。

ただ、それ自体は別に悪いことではない。


ひとりの人間なのだから自分の意見を持つことも上層部の考えに疑問を持つのは、ある意味自然なことだろう。


しかし、少なくともミスティ・アーノルドという人間はそう(・・)は思わないらしい。

彼女はどうにも人類軍という組織やその規律を絶対のものとして考えている節がある。


“絵に描いたような軍人”


それがシオンの持つ、ミスティという人間の印象だ。


「……彼が人間かそうではないかはこの際関係ありません。軍に属する以上、規律を守ってもらう必要があります」


一瞬うろたえたものの強気の姿勢を崩さないミスティ。

しかし対するアンナのほうがどう見ても優勢だ。

それはシオン以外の人間から見ても明らかだろう。


「残念なことに、シオンにはそこまで軍のルールを強制できないわ」

「何故ですか?」

「この子、あくまで“協力者”だからね」


シオンの立場はあくまで人類軍の“協力者”。人類軍の軍人ではない。


実際のところ、人類軍において協力者という扱い自体は珍しいものではない。

世界的に有名な学者、民間企業などが、知識や物資を提供する都合でそのような立場で人類軍と関わりを持っている。

そしてそういった協力者たちはあくまで合意や金銭のやり取りを前提に人類軍に協力しているに過ぎない。


「協力者に対して人類軍から強制力のある“命令”をすることはできない。これは人類軍発足時に明確に決められたルールよ」

「……人類軍が力を持ち過ぎないようにするための制限でしたね」

「そう。細かい条文だのなんだのはアナタのほうが詳しいでしょ? だったらシオンに強く命令ができないことは、アタシなんかよりずっとよくわかってるはずよね?」

「…………」


悔しそうに黙り込むミスティだが、完全にアンナの軍配が上がっている。


軍のルールを引き合いに出されてしまえば彼女は、自分自身の性格ゆえに反論できない。

せめてアンナの三分の一でもルールにルーズであったなら何か言えたかもしれないが、それを言ったところで意味はないだろう。


微妙な沈黙が流れる中、その沈黙を小さなため息が破った。


「ミスティ、少し落ち着け」


決して冷たい声ではないが、明確にミスティをたしなめるニュアンスを含んだ声。

それはこの艦の艦長、アキト・ミツルギのものだった。


「しかし! ラステル戦術長は彼に好意的すぎます! 信用ならない相手にあのような態度では……」

「だから落ち着けと言っているんだ」


声を荒げるミスティとは対照的に、アキトはどこまで冷静だ。

そんなアキトの態度に気圧されたのか、ミスティも口を噤む。


「アンナがイースタルに対して好意的であることは事実だが、逆に君は懐疑的すぎる。人外に近しいというだけですべて疑ってかかるというのは、さすがに度がすぎるぞ」

「ですが!」

「ですが、ではない。君の言い分は、この数週間における彼の人類軍への貢献を完全に度外視した、なんの根拠もない、言いがかりにも等しい不信だ。……新兵ならばまだしも、副艦長という立場でそのような態度では困る」


アキトの指摘に、ミスティは何も言い返す様子がない。

どうやら今の指摘がかなりこたえているようだ。


「イースタルを疑うなと言うつもりはない。しかし、なんの根拠もなく疑うというのはいただけないぞ」

「……はい」


小さく返事を返したミスティが一歩下がる。

こうして、ようやく話は本題へと移っていくのだった。



現在この戦艦〈ミストルテイン〉は北米大陸の上空を航行中。

東海岸沿いにある人類軍基地のひとつ、マイアミ基地へと向かっている状況にある。


主な目的は新型艦である〈ミストルテイン〉の航行テスト。

そしてシオン・イースタルという協力者の護送(・・)である。


シオンは人類軍最高司令官であるクリストファー・ゴルドを筆頭にあの事件の際に人工島にいた上層部所属の高官全員、もとい人類軍上層部の過半数の承認を得た上で協力関係を結んでいる。

しかし、本来あるべき正式な手順を踏めているかと言えば、答えはNOだ。


人工島がアンノウンの群れに占拠されるという非常事態だったがために、シオンと人類軍との間の協力関係は諸々の手続きをスキップして結ばれてしまった。

結果、協力関係の期限や条件、禁則事項などの最初に確認するべき内容が漠然としたもののままになってしまっている。


しかし、当然それは双方にとって好ましいものではない。


そういった事情もあり、第七人工島での一件に関係なく〈ミストルテイン〉が本来向かう予定となっていたマイアミ基地、でシオンと人類軍の間の正式な取り決めを行う流れになったというわけだ。


「なんやかんやと結構時間かかりましたけど、やっとって感じですね」


北米大陸の地図を見せられつつ行われたアンナの説明に対して、シオンはそう感想をこぼした。


「仕方ないじゃない。人工島の方で事件の後始末に手間取ったんだもの」

「小型アンノウンの処理にああも手間取るとは思いませんでしたからね……」


あの月の綺麗な夜、大型アンノウンと中型アンノウンはシオンの乗る〈アサルト〉によって徹底的に倒された。

しかしそれに恐れをなした小型アンノウンたちが人工島のあちこちに逃亡するとはシオンも予想していなかったのだ。


しかも、小型のアンノウンの中に人類軍のセンサーから隠れるステルス能力を持つものがいた。

そのせいでステルスを無視して感知ができるシオンなしでの残党狩りは不可能と判断され、シオンは人工島中を駆け回っては小型アンノウン狩りをする羽目になってしまったのである。


その残党狩りに約一週間。

さらに細かな準備や上層部の会議やらと時間を取られ、あれよあれよと事件の日からすでに二週間以上が経過してしまったというわけだ。


「契約もまともに交わしてない状態で二週間以上の労働……訴えたら勝てるのでは?」

「がめつい。がめついわよアンタ……」


冗談はさておき、このまま順調にマイアミ基地へ到着すれば、シオンは細かな条件を話し合った後、完全な形で人類軍の協力者の立場を手に入れるわけだ。


「……で?」

「で?」


シオンが疑問のニュアンスを込めてアンナを見やると、アンナは首を傾げつつ同じ音で疑問を返した。


「で、俺がブリッジまでお呼び出しくらった本当の理由は?」


たった今アンナによって説明された内容は、はっきり言えば今更説明されるようなことではない。人工島を出航する際にすでに聞かされていたことだ。

仮に再確認として話すにしても会議用の部屋でも使えば十分のはず。


それにもかかわらずブリッジに、しかも艦長と副艦長までそろったブリッジに呼び出されたということは、まだ何かあるのは確実だ。


「……前々から思っていたが、お前は本当に技術科の卒業生なのか? 特別科の出でもここまで察しがよくはないぞ」

「バリバリのメカ屋ですけど何か? まあ、あえて言うなら、どこかの恩師に色々仕込まれたのは確かですけど」


シオンの言葉にアキトの目が迷いなくアンナへ向かった。

対するアンナは気まずそうに頬を掻く。


「あはは、別にアタシがどうこうしなくても元々こんなのだったのよ?」

「つまり、それをより鍛え上げたのは君だと」

「他の生徒と比べて素質あったから面白くてつい……」


目をそらすアンナにため息をつくアキト。

それから彼は気を取り直したようにこちらに向き直る。


「何はともあれ、察してくれているなら話は早い。これからこの艦は基地に向かうが、道中掃除(・・)をすることになった」

「掃除って……文字通りの瓦礫の撤去とかではないですよね」

「もちろん。掃除という名のアンノウン討伐ということになる」

「ですよねー」


予想通りの展開に思わずため息が出る。

そんなシオンの様子は見えているだろうに、アキトは特に気にした様子はなく説明を続ける。


「マイアミ基地への道中に五か所。アンノウンの出現反応が検知されたエリアがある」


アキトの説明に合わせ、ブリッジのモニターのひとつに改めて北米の地図が表示される。


現在の〈ミストルテイン〉の位置は西海岸から北米に入ったばかり。

大陸を挟んで反対側にある東海岸のマイアミ基地へ行く途中、大陸中央辺りを中心に五つの円が表示されている。これがアンノウンの出現地点ということだろう。


「なんか多いですけど……現地の部隊は動いてないんですか?」


通常アンノウンの出現反応があれば、最も近い基地から速やかに部隊が派遣、討伐を行う。

これが人類軍の基本マニュアルにもある初動対応だ。

その通りに軍が機能しているのであれば、ひょっこり現地に現れた〈ミストルテイン〉に掃除の役目が回ってくることもないはず。


「現地部隊は精々偵察までだな。何せ、出現以降の反応が追えていない」

「……北米にまで出てるんですか? ステルス能力持ち」


第七人工島でシオンが苦労させられたステルス能力持ちのアンノウン。

出現時には反応は検知できるが、現在人類軍で使用されているセンサーではそこからの足取りが追えなくなる。そうなれば現地部隊ではお手上げというわけだ。


「つまり……人工島での後始末の再来?」

「お前にしかできないからな」

「えー……」


思わず頭を抱えてげんなりしてしまう。

だが、げんなりしたとしても避けられることではないのも事実だ。


「それで、このまま順番に五か所を巡るってことでいいんですか?」

「そうなる。五か所ともでお前には存分に働いてもらうことになるからな、覚悟しておけ」

「それはいいんですけど、出現の反応があったのって今さっきの話じゃないですよね、多分」


統計を取った上での事実として北米は比較的アンノウンの出現が多い地域とされている。

しかしそうはいっても一日以内にここまで広範囲かつ複数の箇所での出現が発生するとは考えにくい。

シオンのその見立ては間違いではなかったようで、アキトはすぐに頷き返してきた。


「ああ、一番古いものなら三日前だな」

「ってなると、現地に行ったところで、アンノウンは俺でも探せないほど遠くに行ってる可能性もかなり高いんですけど?」

「それならそれで構わない。お前ですら反応を追えないなら、どうしようもないからな」

「……いいんですかそれ? 俺が横着して見なかったことにしたりしたらそれで終わっちゃいますよ?」

「それが後で露見して困るのはお前のほうだと思うが?」

「……確かにそれもそうですね」


その場の面倒さで見なかったことにしたとして、後々どこかで見逃したアンノウンによる被害が出ようものならシオンにとってよろしくない展開になる。

ただでさえ契約が不安定な今、そのようなリスクを抱えるのは避けなければなるまい。


話は以上ということで、シオンはそのままブリッジを後にした。特に打ち合わせたわけではないがアンナもそれに続いてくる。


「教官? まだ何かあります?」

「いや。むしろアンタからはないのかしら?」


アンナの言葉に、シオンは足を止めた。

幸い通路に人通りはなく、気配もないのでここで何を話そうと他人に聞かれる心配はないだろう。


「教官の意見を聞いときたいんですけど……この掃除、“引き延ばし”と“品定め”のどっちだと思います?」


降って湧いてきた掃除の仕事。

シオンでしか感知できないステルス能力持ちがいるから、と言われれば理由としては納得できなくはないがさすがに急だ。

それにいくらその力が必要であるとはいえまともな契約も結べていない上に、信頼に足るとも言い切れないシオンにこうも頼るというのも違和感がある。


であれば何故こういった仕事が舞い込んできたのか?

それをシオンは“引き延ばし”と“品定め”のどちらかであると考えているわけだ。


「アタシとしては品定めとして見てるわ」


唐突なシオンの質問に対して、アンナは驚くこともなく冷静に答えた。

彼女も彼女で同じような考えは持っていたのだろう。おそらくアキトも似たようなものではないだろうかとシオンは睨んでいる。


「アンタがどれだけ役に立つのか、人類軍に対して敵対しないかどうか……人工島での件はともかく、今回の掃除は唐突で厄介な命令を受けてアンタが本性を出さないか試してるってところじゃないかしら」

「ふーん……そっちだったらまだいいんですけどね」

「引き延ばしだと困る?」

「引き延ばしのほうだと、あんまり好ましい展開にはならないじゃないですか」


“品定め”ということであれば、お眼鏡にさえ叶ってしまえば問題ない。

実際にシオンが人類軍に対して協力的かどうかはともかく、別に敵対心もないのだから精々あちら好みの姿勢を見せてやればいい。

そうすれば元々予定されている協力者としての契約の交渉もスムーズに進むだろう。


だが仮に“引き延ばし”だった場合、シオンには都合が悪い。

人類軍がそのようなことをする理由として考えられることと言えば、契約の反故(・・・・・)くらいしかないのだ。

もしそうだった場合、時間を稼ぎシオンのマイアミ到着を遅らせ、その間にシオンを捕獲、あるいは排除するための準備を整えていることだろう。


シオンひとりに大袈裟とも思えるが、人類軍に対して生身で小型アンノウンを屠る様も、何もないところから機動鎧(アークメイル)を呼び出す様も見せてしまっている。

そんな化物染みたシオンに対抗するために、人員や機動鎧の準備をしてもおかしくない。


「マイアミ到着早々に弾丸の雨あられ、なんて展開はノーサンキューなので」

「いくらなんでも、悪いほうに考えすぎじゃない?」

「いえ、これくらいは現実的(・・・)ですよ」


苦笑気味のアンナの指摘を、シオンはバッサリと切り捨てた。

このような反応を返されるとは思っていなかったのか、アンナの表情がわずかに変わる。


「人類軍内部で見れば、俺が協力者になるのに反対する輩は星の数ほどいるでしょう」

「……ミスティみたいな過激派のことね」

「あんなの過激派の内にも入りません」


ミスティは確かにシオンに対して懐疑的であるし、敵意も強い。だが、それだけだ。


「あれでもあの人は理性的な部類です。すぐさま俺に銃を向けてこないあたりね」


彼女は言葉で色々と言ってくることはあっても、実際に攻撃をしようとしてきたことはない。

拘束部屋からの逃亡時には少々過激な命令は出していたようだが、シオンが敵である可能性のほうが高かったあの時の状況を考えれば妥当な判断だっただろう。


しかし、そうはいかない人間も多いはずだ。

それこそ出会い頭に銃を向けてくるような人間が、軍人か民間人かに関係なく数えきれないほど存在しているとシオンは睨んでいる。


「人間は、教官が考えているよりもずっと人外に対して冷酷です。《異界》との戦争状態に関係なく、違うものを恐れる生き物ですから」

「……違うって言えたらよかったんだけどね。アンタがそこまで言うなら、そうなんでしょうね」


シオンを見つめるアンナの瞳は悲し気に揺れている。

彼女にそのような表情をさせてしまうのは心苦しいが、事実としてそうである以上ごまかすわけにもいかない。

だが、この空気はいただけない。

シオンは意識して明るい調子で話を続けることにした。


「ですが、まあ、教官の見立てが品定めのほうだっていうなら大丈夫でしょ。俺よりは人類軍の情勢に詳しいはずですからね」

「……ええ、少なくとも現在の人類軍にとってアンタを失うのは大きなマイナスよ」

「なんてったって、俺なしじゃザコ掃除もできないわけですしね~」


軽い調子で話をしながら通路を再び歩き出す。

完全に先程の空気が払拭されたわけではないが、アンナもシオンの意図を理解してくれたのだろう。空気はすぐに普段の調子に戻り、ふたりは軽快に言葉を交わしながら通路を行くのだった。


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