4章-顔と顔を合わせて③-
「まあそういうわけだから艦長のことは置いておくとして……ミツルギ兄については、その、どういう感じ?」
先程まで見せていた冷たい雰囲気はほんの一瞬で霧散し、目の前にいるシオンは普段通り――を少し通り越してどことなく居心地の悪そうな様子になっている。
その落差に内心首を傾げつつも、ナツミはシオンの質問に対して口を開いた。
「細かく聞いたわけじゃないんだけど、中東の一件の後からなんか悩んでたし……気づいたらなんか不機嫌になってたしでアキト兄さんよりも深刻そうっていうか……ってどうかした?」
聞かれたことを答えただけだったのだが、シオンは何故か流れるように頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった。
「その~これについてはすいませんっていうかごめんなさいっていうか……」
「……何かあったの? っていうか何かやったの?」
「前半はともかく後半の不機嫌については俺がやらかしたから……だと思う」
それからシオンはシャワールームであったことを説明してくれた。
「……それは、うん。ハルマ兄さん確実に怒るよ」
「やっぱそうなのかー……」
まるで相手に対してなんの興味もないとでもいうような発言。
ナツミからすればそんなことを言われれば誰でも怒って当然だと思うのだが、どうにもシオン本人はそういった感覚がないように見える。
人間、自分に無い感覚を理解しろと言われても難しい。
だからこそロビンやレイスに指摘されていながらも、未だ何故ハルマを怒らせてしまったのかがシオンにはわかっていない。
ハルマに対する言葉も、彼を怒らせるつもりなど微塵もない発言だったのだろう。
「こればっかりはさすがになんとかすべき……?」
「うん。謝るとか、せめてちゃんと説明はすべきだと思う」
最善なのは謝ることだが、シオンに悪いことをした感覚があまりない状態でそれをするのはむしろ話が拗れる危険がある。
それで失敗するくらいなら、シオン自身の感覚のズレごと包み隠さず話すほうがマシではないかと思う。
「……それにしても、ハルマ兄さん相手だと「嫌われたい」とか言わないんだね」
ここまでの傾向からして、今回の一件でハルマに嫌われたとしてもシオンにとっては好都合だと言って事態の解決なんて考えないのではないかと思っていたのだが、意外にも自発的に動こうとしている。
ナツミにとって嬉しい誤算である一方で、アキトやナツミに同じような気持ちを向けてくれないことに釈然としない気持ちもあった。
「アイツは……どうせ何もしなくても俺を嫌ってくれるから」
「ハルマ兄さんは本気で嫌いな相手にあんなに話しかけたりしないよ」
ナツミの否定に対してシオンは目を白黒させ、言葉を選ぶように明後日の方向に視線を泳がせた。
「厳密には絶対に気を許さないでくれるっていうか、一線を越えないでくれるっていうか……とにかく俺にとって不都合なことにはならなそうだからいいんだよ」
説明する気のない説明を一方的にしたシオンはこの話題はやめだと話をそらそうとする。
「やっぱりミツルギ兄には謝るなりなんなりはしないとな。今回はどうも、傷つけたっぽいのが気がかりで……」
曰く、嫌われるのも怖がられるのも怒られるのも構わないが、傷つけるのはシオンの本意ではないらしい。
その考え方自体ナツミには意味がわからないのだが、それを掘り下げるには時間も頭脳もナツミには足りていない。
まずは目の前の問題を解決することに注力したほうがよさそうだと諦める。
「だったら、兄さんとちゃんと話しなよ」
「ちょっとド直球すぎないか?」
「正直者で真面目なハルマ兄さんと捻くれ者で若干ズレてるシオンが回りくどいやり方なんてしたら絶対に拗れるもん。そうなるくらいなら真正面からぶつかったほうが絶対確実だし早いと思う」
実際は真正面からぶつかっても拗れそうな気がしていて不安はあるのだが、ナツミ自身と、可能であればリーナ、レイスあたりも同席させて話をすればどうにかできるだろう。
「え、お前も同席する気満々なの?」
「だってものすごぉぉぉく不安だし、余計に拗れたらあたしも困るし」
シオンは渋るがこればかりは譲れない。
そもそも現状のハルマがシオンの呼び出しに応じてくれるかも怪しいだろうと指摘すれば、シオンも最終的には折れた。
場を設けるのは早いに越したことはないのだが、二日後の出航に向けて技術班は作業が立て込む。
結局は日本での一件が片付いて時間ができ次第、なんとかして場を設けることを決めるまでが精一杯だった。




