4章-顔と顔を合わせて②-
「わかった。とにかく一回落ち着こう」
言い合いがヒートアップし、気づけば本題からそれにそれて士官学校時代の話題にまで飛び火した頃に、シオンが両手をかざして制止をかけた。
「お互い色々言いたいことはあるだろうけど、少なくとも士官学校二年目の夏に俺がうっかりお前の裸を見たか見てないかとかを話すタイミングではないはず」
「それは確かなんだけど改めて事細かに言葉にする必要あったかなそれ!?」
冷静になってみればどうしていつの間にかそんな話題になったのか我ながら謎ではあるのだが、いくらこの場にふたりしかいないとはいえ内容が内容なのであまり大きな声では言わないでほしいところだ。
つくづくこの男はデリカシーのかけらもない。
「とりあえず、現時点でお前が俺のこと危険とも怖いとも思ってないってことはよーくわかった。……それが良いか悪いかは別としてな」
「しれっと小さい声で文句言うの男らしくないと思う」
「そこについてはひとまず置いておいて、当初の目的だったお前の悩み事の話をしよう」
置いておかれるのも不満ではあるのだが、ナツミのシオンに対するスタンスについてはどうもシオンと意見が真逆にあるらしいのはここまでの言い合いでナツミにもわかっている。
そちらの話題に触れてしまうと再びどちらも譲らないで時間だけを使ってしまうのは目に見えているので、とりあえずはシオンの提案に従うことにした。
互いにすぐに話し出すことはせず、ここまでの言い合いで乾いてしまった喉を潤すために紙コップの中のカフェオレを一気に飲み干して一息つく。
「で? お前のふたりの兄さんがどうしたって?」
「……アキト兄さんもハルマ兄さんも、多少内容は違うだろうけどシオンのことで悩んでる。あたしに何ができるかはともかくとして、なんとかしたいの」
「だとしても、それを元凶に相談しにくるのはどうなんだ?」
「ハルマ兄さんはともかく、アキト兄さんからは悩みの原因とかもちょっと聞いてるから、あとはシオンの考えを聞いてから具体的にどうするか考えようと思ったの!」
トラブルが起きているのはあくまでアキトとシオン、ハルマとシオンの間だ。
ナツミはあくまで部外者であってそれぞれの胸中を理解しているわけではない。その状況で自分の予想だけで動いてしまうと勘違いで余計に話をややこしくするリスクもある。
特に、シオンの考え方はナツミの理解を飛び越えている可能性が高いので尚更ちゃんと確認しておかなければ危ない、というのがナツミの考えだ。
「仲裁するなら双方の事情を把握してからってわけか……ん? でもその話聞くだけなら通信で済むんじゃ?」
「それは……」
単純に中東での一件から一度も顔を合わせてなかったので会いたかっただけなのだが、それを本人に対して言うのは少し気恥ずかしい。
「あれか、しばらく見てなかったから顔見ておきたいとかそういう?」
「なんでわかるの!?」
デリカシーもなければ人の感情の機微にも疎いシオンに軽々と言い当てられて思わず大きな声が出る。
「俺だってそういう気分になることくらいある。"一週間姿見てないけどアイツ生きてるかな? ロールアウト直前のデスマーチが祟って倒れてないかな?"とかそういうアレだろ?」
「ま、まあね。そんなところ」
若干ナツミのものとはニュアンスが異なる気もしないではないが、あのシオンが考えるくらいなので、しばらく見かけていない友人のことを心配するのは別におかしなことではない、と改めて気づいた。
勝手に意識して恥ずかしがったナツミが気にしすぎなだけだったのかもしれない。
「……いや! そもそもあたしは一体何を意識したっていうのかな!?」
思わず声に出てしまっていることに気づかないままにナツミはテーブルに頭を叩きつけた。
対面のシオンがびびり、テーブルの上にいた使い魔三体がボールのように転がり落ちたが、それを気にかける余裕すらない。
「…………えっと、とりあえずカフェオレおかわりいるか……?」
「……もらっとく」
シオンの下手くそな気遣いを受け取り、使い魔たちが素早く持って来てくれたカフェオレを少し飲んで気持ちを落ち着かせた。
「……落ち着いたわ。本題にいきましょう」
本当に大丈夫かというシオンや使い魔たちからの視線をひしひしと感じつつも、ナツミは話を進めることにした。
「アキト兄さんは、なんか自分の目が信じられなくなったって悩んでるみたいだった」
「自分の目? 俺のことじゃなくて?」
「うん。中東でのことを気にしてないわけじゃないみたいだったけど、シオンが怖いとかそういう雰囲気じゃなかったよ」
シオンの行いを非難していたわけではないし、気にしていないとも言っていた。
あくまでアキトが零したのは「自分の目に、自信がなくなった」という言葉だけだった。
「……単純に、俺がやばめのバケモノだってわかって警戒されてるのかと思ってた」
「アキト兄さんはそんなことしないわよ」
ナツミの知る限り、アキトは簡単に他人を簡単に嫌悪したりするような人ではない。
これまで〈ミストルテイン〉やアンノウンに襲われる民間人たちを守ってきたシオンをあの一件だけで見限るはずがないだろう。
尊敬する兄を軽く見られているようでムッとしてしまったナツミを見て、シオンは「ごめんごめん」と雑に謝る。
「でもさ。正直甘いと思うよ、お前も艦長も」
「甘いって……」
「俺はさ、数十人殺しておいて、その日の夜には腹いっぱい夕食食べてそのままぐっすり寝れるような男なんだ」
ほら怖いだろとでも言いたげなシオンの言葉と眼差しに少しだけたじろぐ。
「なのに、ここで自分の目が信じられないとか……ホントあの人損な性格してるっていうか」
あからさまに呆れ顔のままでブツブツと口にしたシオンは、最終的に荒々しく自分の頭を掻いた。
「つーか、艦長が自分で結論出さないとどうにもならないやつじゃんコレ」
「シオンと兄さんが落ち着いて腹割って話すとかじゃダメかな?」
アキトの言う"自分の目"というのは、おそらくアキトの中のシオンに対するイメージのようなものだろう。
それに"自信がなくなった"というのなら、自信が持てるように改めてイメージを固めていけばいい。
「多分ダメだろ。今の状況で俺とふたりで話すとか、疑心暗鬼で余計に話が拗れる未来しか見えない」
「じゃあどうすればいいの?」
「……どうもこうも、艦長が自分で結論出す問題なんだから手出し無用だろ」
ため息をひとつこぼしたシオンは疲れたように肘をつく。
「多分、艦長本人が自分で納得できないとダメなんだ。結論がどっちに転ぶかなんてこの際意どうでもいいんだろうさ」
「……兄さんがシオンのこと危険だって思っても構わないってこと?」
「俺はむしろそっちがオススメ」
またしても自分を怖がれ、疑えと口にするシオンの態度にナツミはムッとしてしまうが、シオンのどこまでも冷静な瞳を目にしてしまって出かかった声が引っ込んでしまう。
「人類軍の軍人としてはどう考えてもそっちのほうが正解なんだよ。人類の大半が目の敵にしてるだろう人外相手に好意的でいるなんてリスクしかないんだからさ」
アキトだけではなくナツミに対しても向けられた言葉に、ナツミは反論する言葉を持っていない。
中東で人質たちを守る姿が動画のおかげで広まったので想定よりマシとはいえ、それでも世間の大多数がシオンを警戒しているのは疑いようのない事実だ。
そんな世界でシオンを好意的に見るということは、世界を敵に回すにも等しい。
はっきりと態度を示してしまっているアンナや十三技班は、人類軍内部の他の人間たちから悪意を向けられている。
今のところは人類軍内部、しかも直接的な動きはないので些細なレベルだが、それが世界規模となれば決して小さな問題ではなくなってしまう。
下手をすれば、他ならぬ人類によって排斥されてしまうかもしれない。
これまで深く考えていなかったリスクを認識して、ナツミは小さく肩を震わせた。




