4章-顔と顔を合わせて①-
〈ミストルテイン〉内の船室のひとつ、自身に与えられた私室でナツミ・ミツルギは無言のままベッドに横たわっている。
数時間前、艦長であるアキトから次の目的地が日本であることと、補給や休息を考えて二日後の朝にこの基地から飛び立つことが全船員に対して通達された。
それ自体は特別問題はない。
むしろ中東からここまで来たことと比べれば随分と短い距離の移動なので、少し楽だなと思えるくらいのものだ。日本という土地もナツミにとっては故郷なので嬉しいという気持ちもある。
それにも関わらず何故こうしてナツミが暗い様子でベットに横たわっているのかと言えば、ふたりの兄のことが気がかりだからだ。
ある日の食堂で出くわしたアキトのシオンへ対する微妙な感情。この基地に到着してすぐに前よりも険しい表情が目立つようになったハルマ。
赤の他人ならともかく、血のつながった兄たちの異変はナツミにとっても捨て置けない問題だ。しかもその原因となる人間がナツミにとって大切な友人であるシオンであるとなれば尚更である。
「行動するなら、多分今しかないんだよね……」
航行中、操舵手であるナツミが自由に過ごせる時間は最低限しかなく、時間を使って何かができるのは〈ミストルテイン〉が停泊している間に限られる。
二日後には再び航行を開始してしまった場合、次にこういったまとまった時間が得られるのがいつになるかはわからない。
そっと首に提げた黄色の結晶を取り出して見つめる。
室内の灯りを反射した結晶は鮮やかな光を放っていて、何も知らない人間が見れば高価な装飾品のようにしか見えないだろう。
これを使うだけでシオンの心に直接語りかけられるなど、もう何度も実際に使っているナツミですらも信じられない気分になることがまだある。
ふたりの兄のために動くとして、問題の原因となっているシオンに話を聞くのは簡単だ。
この結晶を握りしめて、もう何度もそうしてきたようにシオンと声のない会話をすればいい。誰に聞かれる心配もなく話をすることができる。
「……でも、あれ以来会ってないな」
中東のパーティでの一件以降、ナツミとシオンは一度も顔を合わせていない。
どちらかが避けているというわけではなく、単純に互いにタイミングが合わなかったのだ。
最後に見たシオンはテロリストたちへの怒りからかナツミの知る彼ではないかのように見えた。そのイメージが、怖いというよりは悲しい。
「会いたい、な」
思わず零れたその言葉がすべてだった。
いつも通りの、少し気だるげだけれど穏やかなシオンの顔が見たい。あの日最後に見た冷たい表情ではなく、笑った顔が見たい。
勢いよく体を起こしてナツミは黄色の結晶を握りこんだ。
『もしもしシオン。ちょっと今時間もらってもいいかな?』
『…………また急だな……別に大丈夫だけどどうした?』
唐突な連絡だったので返答までに時間はあったが、面倒そうにしつつもシオンはナツミの言葉に応じてくれた。
冷静になると、日付もそろそろ変わりそうな時間に事前確認もなく唐突に連絡をするというのは大層自己中心的な振る舞いに思えてきてしまったが、一度それには目を瞑ってナツミはさらなる無茶を口にする。
『直接会って話がしたいの……どこかで会えないかな?』
直接会って話すと面倒事の原因になるからと受け取った黄色の結晶で"直接会って話したい"というのは本末転倒もいいところである。
そんな内容の言葉で突っぱねられかけたナツミのお願いだったが、粘り強い交渉――などという高等なことはナツミには難しいのでひたすら駄々をこねて食い下がったところ、最終的にシオンは折れてくれた。
魔法による通信は繋ぎ続けたままシオンの指示に従ってこの結晶を受け取ったのと同じ〈ミストルテイン〉内の展望室へと向かう。
途中で謎の迂回をさせられたりしつつ展望室へ移動する道中、不思議と他の誰にも遭遇しなかった。おそらくそれは偶然ではなくて、シオンの手によってそういう風にさせられたのだろう。
どうやったのかなどは聞くだけ無駄だと思うので気にしないでおく。
通常よりも少し多めに時間をかけて展望室に到着すれば、あの日と同じく月明かりを除いてほとんど光源のない室内でシオンが待ち構えていた。
「とりあえず、あっちのテーブルにでも座ろ」
「うん」
促されるままに向かい合ってテーブルに座る。
するとどこからともなくひーふーみーの三体が飲み物の入った紙製のコップを持って来てくれた。
お礼を込めて頭と思われる位置を撫でてやれば嬉しそうに軽く跳ねたので、少なくとも不快ではなかったらしい。
「懐いたなー」
「珍しいの?」
「珍しいっていうか、これまでほとんど俺以外に触られることなんてなかったからなコイツら」
「誰にでも尻尾振るのかー? 尻尾なんてないけど」とゆるゆると三体のことをつつくシオンを正面に、運ばれてきたカフェオレに口をつける。
「んで? 急に会いたいなんてどうかしたのか?」
さっきまでのゆるゆるした調子はなんだったかと思うような急な話題転換で本題に入ってきたシオンにむせそうになりつつ、彼らしいと言えば彼らしいと妙な納得で少し安心した。
直前の使い魔三体との戯れも、こちらが置いてきぼりをくらうマイペースさも、どちらもナツミの知る普段通りのシオンだ。
「ちょっと、相談したいことがあって」
「……相談?」
「うん、その、アキト兄さんとハルマ兄さんことで」
シオンは回りくどいのが嫌いなのでナツミのほうも単刀直入に本題に入ることにしたのだが、それに対するシオンの反応は少し微妙だった。
わかりやすく困惑しつつ、首を捻って疑問符を浮かべているシオンのすぐそばでは三体の使い魔たちも真似するように体を傾げていて不思議な絵面になっている。
「あたし、なんかおかしなこと言った……?」
「いや、おかしいっていうか……兄ふたり以前にお前はこう、なんていうか……大丈夫なのか?」
「何が?」
ナツミの素の返しについにシオンは頭を抱えた。
「気を遣ってる……わけでもないなコレは」
「いや、ホントになんの話?」
「テロリスト数十人ぶっ殺した男前にして平然とし過ぎでは?」
シオン自らその話題に触れてくるとは思っていなかったので、完全に虚を突かれて言葉に詰まってしまう。
「艦長ですらあの調子だし? 女子かつ素直かつまだ子供のお前辺りはもっとこう、わかりやすくギクシャクするか、この場でなんであんなことしたの的なこと聞かれるかと思ってたんだけどそういうのないの!?」
最終的に声を荒げたシオンにちょっと引きつつも、ナツミはこれはちゃんと答えなければと意を決する。
「何も思ってないわけじゃないけど、怖いとかそういうのはないよ」
「なんで!? 普通あるじゃん!? むしろなんでない!? ちょっと冷静になろうよ……」
人がちゃんと自分なりの考えと意思を持って答えたというのに、この扱いである。
言外に"もっとよく考えろ"とでも言われているような気がしてきてイラっとする。
「なんでそういうことになるわけ!? 確か十三技班の人たちとはそういうの全然気にしないでいつも通りなんだよね? 男性陣とは一緒にシャワー浴びに行ったりしてるんだよね? 女性陣とも別にギクシャクしたりしてないよね?」
「それはまあ十三技班のメンバーだし……」
「何よその差別!」
「多少じゃじゃ馬とはいえいいとこのお嬢さんと、爆弾好きすぎて普通の技術班お払い箱になる爆弾魔その他メンバーが同列になるわけないじゃん……」
「あたし、そういう感じでお嬢さん扱いされるの一番嫌なんだけど!」
こうして、本題そっちのけで始まった言い合いはヒートアップしていくのだった。




