4章-次なる行き先-
「……準備が整い次第日本へ、ですか?」
台湾の人類軍基地に停泊中の〈ミストルテイン〉のブリッジで、画面越しのクリストファーに対してアキトは疑問を投げかけた。
まず前提として、今回〈ミストルテイン〉がアジアを訪れたのはこの基地で新しい兵装を受け取ることと、アジアでのアンノウン討伐を手伝うためだった。
それだけであれば日本へと向かうことも決しておかしくはないのだが、実のところ日本という地域は他と比較してアンノウンの出現数が極端に少ない。
現地で多くのアンノウンが出るようになったという噂も聞いてはいないので、〈ミストルテイン〉がわざわざ手伝いにいかなければならないような状況だとは少々考えにくいのだ。
『君の疑問はもっともだ。……実際、今回君たちに手伝ってもらうのはアンノウンではなく、人外の討伐になる』
傍らで息を飲んだミスティ。彼女ほど態度には出ていないがアキトとてクリストファーの言葉には驚いている。
「【異界】の勢力が日本に?」
『いや、どうもそういった様子ではなさそうでね。おそらくは古くからこちらに住み着いている人外ではないかと睨んでいる』
となればシオンやミランダ、あるいは以前南米で出会ったハチドリのようなタイプの人外ということになるだろう。
「その人外は明確にこちらに敵対を?」
何を当たり前のことをと思われるかもしれないが、アキトがこれまで出会ってきた人外たちは特別人間に対する敵意を持っていないものたちばかりだった。
シオンにも人外にも人間と同じように色々なものたちがいると聞かされてはいるが、確認せずにはいられなかったのだ。
『敵対はしているようだよ。目立った被害はないけれどね』
問題の人外は特定の地域で活動する人類軍を妨害してくるのだという。
それに対抗するため、近々大規模な討伐作戦を予定しているのでそこに合流せよという命令だそうだ。
「ゴルド最高司令官、人外の討伐に我が部隊が関わるのは好ましくないのではないでしょうか?」
これまで静かにしていたミスティだったが、厳しい表情でクリストファーに問いかける。
「我が部隊には、シオン・イースタルがいます。彼が人外という同胞相手に手心を加える可能性は否定できません」
いつも通りの根拠のない言葉ではあるが、可能性がゼロというわけではない。
アンノウンについては人外にとっても敵だと断言しているわけだが、これまで人外と敵対する機会はなかった。
人間との戦闘ですらこちらの予想していなかった態度を示したシオンが人外との戦いを前にどういった反応を見せるのかはアキトにもわからない。
『それについては上層部でも心配する声はあったが……君たちの派遣については私のほうで強く推させてもらった』
「何故ですか?」
『シオン君がどうするかはひとまず置いておくとして、〈ミストルテイン〉や〈セイバー〉たち新型機動鎧が人外に対してどこまでやれるものかは確認しておきたい。……そのために造られたものだからね』
〈ミストルテイン〉や〈セイバー〉といったECドライブ搭載機は、対異能特務技術開発局という上層部肝入りの特務機関にて、対アンノウンおよび対人外を想定して開発されたものである。
〈ミストルテイン〉が他の一般的な部隊と比べてフットワーク軽く動けるのも、そういった背景から上層部直轄の特別遊撃部隊という特別な立ち位置にあるためだ。
そうでもなければ、たかが中級戦艦一隻からなる部隊が人類軍の最高司令官とこうして直接通信をすることなどありえない。
『あまりよいことではないが、私の後押しで上層部全体の合意も取れている。今回そちらの基地で渡した新兵器も大いに活用してくれると、開発局の人々も喜ぶだろう』
「……イースタルの扱いはどうすべきでしょう?」
『それは私なんかよりも君が判断するほうがいいだろう。出撃させないという選択肢も含めて君の判断に任せるとも』
「もちろん、何かあったときは私もちゃんと責任を負うから心配はいらない」と冗談めかして話すクリストファー。
普段であればそんな発言に苦笑するところなのだが、今のアキトにはその余裕がない。
「……ひとつ、伺ってもいいでしょうか?」
普段とは違うアキトの様子に気づいたのか、画面の先にいるクリストファーの表情が少し引き締まる。
「セントラルタワーでの一件を踏まえて、ゴルド最高司令官はイースタルのことをどうお考えでしょう?」
あの日、シオンが"ただ腹が立ったから殺した"と宣言した場にいたアキト以外の唯一の人間がクリストファーだ。
淡々と、迷いも罪悪感もない目でそう言ってのけた少年を前に、彼は何を思ったのだろう。
『……私は、恐ろしさ半分安心半分というところだったよ』
「安心、ですか?」
数十人の命を奪った少年に対してまさか"安心"という言葉が出てくるとは予想しておらず、アキトは戸惑う。そんなアキトを穏やかな目で見つめながら彼は言葉を続けた。
『彼の行動は恐ろしくて、苛烈だ。それはフォローのしようがない。しかし、その力が振るわれる先は思っていたよりもシンプルだったようだからね』
「……イースタルの怒りに触れたもの、ですね」
『そう、そして彼の沸点は案外高い。何せ自分が殺されかけたことにすら怒りを示さなかったほどだ』
確かに、以前シオンを殺そうと画策した実行犯たちに対してシオンは怒りを向けなかった。
それ以外にも、人類軍から疑いの目を向けられ続けている状況にすら彼は憤りを感じているようには見えない。
『自ら"在り方"とまで言ってのけた彼自身の信念。それがわかった今、彼の取り扱い方が随分はっきりしてきたと思わないかい?』
今まで謎であった考え方や信念といったシオンの心の内にあるものが見えてきたからこそ、クリストファーは安心したのだと言いたいのだろう。
確かにそういった捉え方もできるのだとは思う。しかし、残念ながらアキトにそれは難しそうだ。
『……無理に焦って出した答えほど失敗もするし後悔もする。ゆっくりと君の答えは出せばいいだろう』
アキトの内心を読み取ったのか、最後にそれだけアドバイスを残して、クリストファーとの通信は終わりを迎えるのだった。




