4章-リーナ・フランツの考察②-
「ナツミは、ハルマとシオンに前みたいに戻ってほしいの?」
ふと一連の会話の中で気になったことをナツミに尋ねる。ただニュアンスとしてはほぼ確認に近い。
もう少しで元通りになれるのではないかと期待していたかのような口ぶりだったので、おそらくはそうなのだろう。
「うん、前みたいに気安く笑い合えるようになってくれたらなって。……リーナはそうは思わない?」
「……そうね。ちょっと悩んじゃうかな」
ここでナツミのように言えるほど、リーナは純粋ではない。
感情としてはもちろんふたりがいがみ合わず仲良くしてくれるのはとても喜ばしいことなのだが、感情とは別にリーナの中の冷静な部分がそれを阻む。
まだシオンが人類に敵対しない者だという確証を得られていない。
そんな状況下でハルマやリーナたちがシオンに気を許すことは危険でしかない。
もしものときシオンと戦うことを躊躇せずに済むように、一定の距離感はあったほうがいい。
少し考えるだけでも、そんないくつもの考えがリーナの脳内を駆け巡る。
それ自体はリーナたちの身を守るために正しい考えで、ナツミのほうがむしろ短慮すぎて危険なのだとわかってはいる。
それでも、ナツミを自分を並べたときにナツミのほうが綺麗なものに見えてくるのは何故なのだろう。
「私、可愛げないな……」
「リーナは可愛いよ?」
思わず零れてしまった言葉に首を傾げつつも当然のように答えるナツミ。
そんな裏表のない素直な振る舞いがナツミの魅力なのだと再認識しつつ、湧き上がってきた愛しさに任せてリーナはナツミに抱き付いた。
驚いた声を漏らす少しばかりじゃれついて、どちらからともなく笑う。
「せっかく楽しいお風呂の時間なんだし、難しい話はもうやめておきましょ? ナツミは操舵で大変なんだからこういうときにちゃんと休まないと」
「……うん、そうかも。次お風呂に入れるのがいつかもわからないしね!」
仕事や悩み事といった話題から離れれば、そこにいるのはパイロットや操舵手ではないふたりの年頃の女の子だ。
話題は世間で流行っているアクセサリーや美味しいスイーツ、自由時間に見ることができるテレビドラマや映画などの話に移り盛り上がっていく。
「あらあら~、可愛い女の子ふたりが可愛い話してるわね~」
だからこそ、そんな話に夢中になっていたふたりはこうして声をかけられるまで背後から近づいてきていた人物に気づかなかった。
「り、リンリーさん……?」
「そうよ、リンリーお姉さんでっす!」
「さっきの絡み方はお姉さんっていうかオッサンだったっすけどね~」
リンリーのすぐ後ろからひょっこり顔を出したカナエ。そのさらに後ろにはアンジェラの姿もある。
「十三技班の皆さんでお風呂ですか?」
「そうよ! まあアカネさんは忙しかったみたいでダメだったんだけど」
「男共も仲良くシャワールーム行ってたから私たちも来ちゃったー」と笑うリンリーは湯船から離れるとテキパキと髪や体を洗っていく。
「男共ってことはシオンも?」
「あれ? ナツミちゃんはそこらへん気になっちゃう感じ!?」
シャワーで髪を流しつつもナツミの発言を拾ったリンリーの目が輝く。
それはリンリーのみではなくその両隣でシャワーを浴びているカナエとアンジェラも同じだった。
「ほぉ~っ! ナツミちゃんはシオンくんにアレな感じなんすか?」
「あ、いや、シオンってシャワーとか面倒がりそうだから意外だなって」
「まあ確かにロビンたちに引っ張られてったって感じではあったけど……」
「ですが、今の話題から瞬時にシオンさんを思い浮かべるというのはなかなか興味深いです」
カナエの冷やかしからリンリーの冷静な言葉で話題がそれる、かと思いきや予想外にもアンジェラの食いつきが強く話題はナツミとシオンの関係へと向かっていく。
気づけばあっという間に髪と体を洗い終えた三人がふたりの両サイドを固めるように湯船に浸かっていた。
「それでナツミさん、実際のところシオンさんのことはどう思っていらっしゃるんですか!?」
「え、ええ……」
キラキラと目を輝かせているアンジェラにたじたじのナツミを横目に、リーナはこっそりとカナエとリンリーに声をかける。
「あ、アンジェラちゃんってこんなグイグイ来る子でしたっけ……?」
「それはあれっすね。アタシが貸したオススメ少女漫画セットを読破したばっかりなんで」
「アンちゃんはこういうのに影響されやすいからね~。今は恋バナに興味津々なのよ」
――恋バナ。
先程までのナツミとの女子トークの中では出てこなかったものの、女子が集まれば誰からともなく始まってしまう定番中の定番の話題だ。
「で、実際のところどうなの? ナツミちゃんってなんだかんだ正体バレの一件以降もシオンとは普通に話したりしてるみたいだし、士官学校の頃から仲良しよね?」
明らかに悪ノリだとわかるリンリーの発言と未だに目を輝かせ続けているアンジェラに挟まれたナツミがあわあわと顔を赤くしている。
「気が合うから仲良しではありますけど、別にそういう感じでは……」
「でも、一番仲良しな男の子なんですよね?」
「それは、まあ確かに家族以外の男の人の中では一番だけど……」
「でしたらそれはもう好きということでは!?」
「結論が極端じゃないかな!? カナエさん! どんな少女漫画貸したんですか!?」
「普通っすよ普通。……まあざっと十タイトル以上、ジャンルも様々に貸しちゃったからどんな答えでもそういう結論になると思うっすけどね!」
要するに、仲良くなんてないと答えたとしてもそれはそれで"素直になれないけど本当は好き"というような解釈がなされるということらしい。
つまり、ナツミに逃げ場はない。
こうなれば強引に話を終わらせるなどの強硬手段に出るしかないのだが、特例として幼い頃から人類軍に所属しているアンジェラはまだ十三歳。
ナツミの性格で年下の女の子相手に強硬手段に出られるはずがない。
「それに、リーナさんもハルマさんとレイスさんっていうふたりのイケメンに囲まれてるわけですがそこのあたりはいかがなのでしょう!?」
「私にも来るの!?」
まだほとんど何も口にしていないリーナにまで唐突にアンジェラの魔の手が迫る。
「少女漫画であれば確実に三角関係にもつれこむところなのですが……リーナさんのお気持ちが向くとすればどちらに……?」
グイグイと迫ってくるアンジェラを強く突き放せないのはリーナもナツミと同じ。
結局、ふたりはリンリーとカナエから助け船が出るまでの間ひたすらアンジェラの質問攻めにあい続けるのだった。




