4章-レイス・カーティスの憂鬱②-
なんとなく気まずい空気が流れるシャワールーム。
そのすぐ外、脱衣所のあたりがにわかに騒がしくなったのにレイスは気づいた。
このシャワールーム自体〈ミストルテイン〉の船員であれば誰でも使えるものなので誰かがやってくること自体はおかしなことではない。
ただ、脱衣所での話し声がこちらまで届くような騒々しさというのは、少しばかり違和感を覚える。一般的な軍人であればそんな学生のような振る舞いなどしなさそうなものだが。
そんな違和感から、レイスはスペースから顔を出して入り口へと視線を向けた。
それとほとんどタイミングを同じくして脱衣所へと通じるドアが横にスライドする。
「……ん? レイスじゃん。お前もシャワー?」
豪快に、前を隠すこともなく男らしく仁王立ちしているギル。その後方に控えている複数の人の気配に、レイスは頬を引きつらせた。
軍人ではないが彼も技術者という〈ミストルテイン〉の船員であることは間違いないので、ギルがここに来るのは別に問題などない。
しかし、このタイミングで彼がこの場に現れたというのが非常によろしくない。
彼がここにいるということは、とある人物もここにいる可能性が非常に高いのだから。
「ギール、何ブラブラさせながら突っ立ってんのさ」
なかなか下品なことを口走りつつギルの背後からひょっこりと顔を出したシオンに、レイスはとうとう頭を抱えた。
まさか今一番この場に来てほしくない人間が現れるなど、予想もしていなかったのだ。
そして、こんな大して広くもない空間で会話をすればレイスの隣のスペースにいるハルマだってもちろん気づかないはずがない。
「…………」
先程話題に出してしまったせいもあってか、スペースから顔を出したハルマの表情は厳しい。そんな彼の態度はシオンにもわかってしまったようで、表情がほんの微かにだが曇った。
「おおなんだ、ミツルギの次男坊とカーティスもいたのかよ」
そんな空気を無視した軽い調子の言葉と共に、シャワールームにロビンたち十三技班の男性陣数名が入ってきた。
どうやら十三技班の内の何人かでタイミングを合わせてシャワーを浴びに来たらしい。
「あはは……一緒にシャワーなんてみなさん仲良しですよね」
「まあな! まあ今日はちょっと例外なんだが」
ロビンの"例外"という言葉にレイスとハルマが首を捻ると、ロビンはすぐ隣に立っていたシオンの頭をがしがしと乱暴に撫でた。
「このバカシオンがまた俺たち人生の先輩に隠れて悩み事があるらしくてなー。説教大会をかねてる」
「それ俺初耳ですけど!?」
「そりゃ言ってないからな!」
「というかバカギル! 別にあれは悩み事じゃないって言ったよね!?」
「それな、お前が言ってたことみんなに話したら満場一致で悩み事だって」
「お前どんだけ言いふらしたんだ!?」
一気にわあわあぎゃあぎゃあと騒ぎ出す面々を前にレイスとハルマは完全において行かれている。士官学校時代の休み時間ですらこんなにも大騒ぎになることは稀だったのでこういう勢いには不慣れなのだ。
「っていうか! 俺さっきピンと来たんだけどさ!」
「ちょっと待てギル。多分お前のそれは余計なことってやつだから」
「お前がちょびっと避けられてブルーだったのってハルマなんじゃね?」
「待てっつっただろうがぁぁぁっ!」
シオンの雄叫び+彼の手から出たビームがギルを吹き飛ばした。
全裸の男がシャワールームを縦断して出入口と真逆の壁に激突するというのはなかなかにショッキングな映像である。
「……っていうか、俺?」
怒涛の展開の中、ポツリと零されたハルマの言葉は妙にシャワールームに響いた。
それに対してシオンはポリポリと頬を掻きつつ視線を泳がせる。
「いや、ミツルギはミツルギでもミツルギ違いっていうか……」
なんとも曖昧な言い方をしたシオンだったが、数秒ほどで調子を取り戻すとハルマへと微笑みかけた。
「とりあえずミツルギ兄は全っ然気にしなくていいよ! 俺は別にそっちの態度とか気にしてないし!」
微笑みつつ、躊躇う様子もなく為された宣言にその場にいる全員の動きが止まった。
数拍遅れてシオンが場の空気の異常に気づいたときには、もう遅い。
「――そうかよ」
温度のない言葉と同時にハルマが隣のスペースから出てシャワールームの出入口へと向かう。
シオンのすぐそばを通り過ぎつつも、ハルマはそれ以上何も言わないでシャワールームを出た。
「…………シオン。今のはねえわ」
「はい……なんかよくわからないけどやらかしたことだけは理解しました」
残された面々に沈黙が流れる中、ロビンの指摘に対してシオンは素直だった。
しかし自分の言動の何が悪かったのかは本当にわかっていないようで、ばつの悪そうな表情には戸惑いの色合いが強かった。




