4章-無自覚ブルーハート-
悩み事について相談するにあたり、シオンは格納庫の片隅で中東であったことをかいつまんで説明した。
中東での一件に関しては人類軍の人間だからといって誰もが詳細を知っているというわけではない。
特に技術部門の人間となると仕事などに直結してくる作戦など以外についての情報は得づらく、実際ギルたちが事件について把握していることと言えばテロリストたちがネットを通じて全世界に配信した映像の内容くらいだろう。
「へえー、そんなことになってたんだな」
シオンが数十人のテロリストたちを殺したことも含めて説明を終えたところ、ギルの反応はあっさりとしたものだった。
そこにシオンに対する恐れや警戒といったものは一切感じられない。
「普通だね」
「なんだよ、まさか俺がお前のこと怖がるとでも思ってたのかよ?」
「……まあそういう可能性も視野には――って痛い痛い痛い」
言葉の途中で容赦なく片耳を引っ張られたシオンが悲鳴をあげるが、ギルはそのままたっぷり一分ほど耳を離してくれなかった。
「親友兼相棒の俺が、話も聞かずにお前を見限ると思われてたとかそれが一番ショックだっつうの」
「言っとくけどむしろそれが異常なんだからね? 大量殺人とか千年の恋も冷めるレベルだから」
「じゃあ俺の友情は千年の恋より熱いってこった」
先程までの暴挙から一転して肩を組んでくるギルに「ハイハイ」と雑に返事をしつつも、少し安心している自分がいる。
いくら親友であるギルであっても、今回を機にシオンから離れていく可能性は十分にあった。
シオン自身、テロリストたちを殺したことに対して罪悪感なんてものは欠片も持ち合わせてはいないが、それが一般的に見て悪いことであるのは承知している。
一般的な倫理観に基づいてそんなシオンを忌み嫌うのは、当然と言えば当然のことだろう。
だから、誰が自分から離れていこうとも仕方がないことだと思っていたし、受け入れる覚悟もできていたのだ。
「で? 肝心の悩み事は?」
「悩みっていうか、多分ちょっとテンション下がってただけなんだよ」
仕方がないことだし、受け入れる覚悟もしていた。
しかしだからといって何も感じないというわけではない。
「わかりやすく溝ができちゃった人がいたもんだから、普段よりちょっとだけブルーだったんだと思う。正直自分でも自覚ないレベルでね」
おそらくギルがこうして指摘してこなければ気づくこともなかったような小さな感傷。
ほんの微かなノイズのようなものが少しだけシオンをいつも通りではなくしていただけなのだろう。
「ま、ほっとけばそのうち無くなるよ。時間が解決するってやつ」
今回のことを思えば、アキトがシオンと距離を置くのは賢明な判断だ。
加えてこれは彼の気持ちの問題なのでシオンが介入する余地はない。
シオンが起こすべきアクションなんてものは存在しない。
しかし、話を聞いていたギルはそうは思わなかったらしい。
「じゃあ、仲直りしにいけばいいじゃん」
「……あー、そっかコイツバカだったわ」
何やら妙なことを言い出したバカにシオンはその場で頭を抱えた。
当の本人は「バカじゃねえし!」とわかりやすく不満を示しているが、シオンはそれをスルーしておく。
「仲直りってのは喧嘩をした複数名の間でするもんであって、今回のパターンには全く関係ないんだけど」
「んーまあそうかもしんねえけどさ、他にいい感じの言葉思いつかなかったんだよ」
冷静なシオンの指摘にアハハと笑って済ませようとするギル。
「とりあえずあれだ。要はお前、溝ができちまった人とまた仲良くしたいんだろ?」
「いや? 俺そんなことひと言も言ってないんだけど?」
むしろ"時間経過で忘れてしまおう"というニュアンスの発言をギルに向けてしたはずなのだが、この男はそういったものを完全にスルーして別の結論まで飛躍してしまったらしい。
「え? 溝ができて気分がブルーってことは溝をどうにかすれば気分はハッピーってことじゃねえの?」
「一概に間違いとは言えないけど理論がシンプル過ぎる……俺は別に溝をどうにかしたいとか思ってないんだってば」
溝ができたのはシオンの行動による当然の結果のようなもので、シオンはただ粛々とそれを受け入れるだけのつもりなのだ。
それは間違いなくシオンの意思でもある。
「今回重要なのは相手の気持ちだけ。逆に言えばそれ以外のことに意味はないし、むしろ余計な雑音にもなりかねない」
「あー……よくわかんねえ」
「要するに俺は何もしないしするつもりもないって話!」
「他でもないお前自身が元気ないくせに?」
「どこかのバカのおかげでちょっと元気出たし、ほっとけばすぐどうにかなるよ」
ひとまず、愛すべき親友殿は事件のことを知ってもシオンのことを受け入れてくれている。
その事実がわかっただけでもこうして悩み相談をした価値があったというものだ。
それに、そろそろ仕事に取りかからなければゲンゾウのカミナリが落ちかねない。
そう指摘すれば焦りだしたギルと共に〈アサルト〉のほうへと走る。
「……なあシオン」
「ん? まだなんかあんの?」
「…………いや、今はいいや。俺もなんて言ったらいいかわかんねえし」
珍しく難しい顔をしているギルに首を捻りつつ、シオンはいつものように〈アサルト〉の整備を始めるのだった。




