4章-小さな溝①-
中東を離れ〈ミストルテイン〉は、現在アジアへと向かっている。
最速でアジアを目指すのであれば海上を一直線に進むのがいいのだが、今回は指定されている基地への到着期日まで少し余裕があることもあり最大限陸の上を飛行して移動することになっている。
もちろん陸の上を進めばアンノウンに遭遇する心配がないわけではないが、それでも海上を行くよりはずっとマシである。
そのこともあって〈ミストルテイン〉の艦内は比較的穏やかな状態だ。
「んー、平和なんだろうかコレ」
艦内の通路をひとり歩きながら、小さく呟く。
現状の〈ミストルテイン〉が穏やかであることは確かで、だからこそシオンはこうして食堂でランチを楽しんでからのんびりと格納庫に戻ることができるわけだが、視野を広げるとそうでもない。
アマゾンで確認した謎の現象に、中東で明らかになったアンノウン誘導装置の存在とそれをばらまく存在がいる事実の発覚。
まだ決定的な事件にまでは発展していないが、どうにも大きな異変の予感を感じ取ってしまう。
「(……なんでこんなことになったんだろ)」
シオンが疑問に思っているのは異変が起きていることにではない。
その異変に巻き込まれてしまっている現状が、何よりもシオンにとっての想定外だった。
元々の人生計画では、シオンはただの人間のフリをしたまま第七人工島で十三技班の仲間たちと面白おかしく毎日を送っているだけのはずだった。
それがあれよあれよと世界中を飛び回りながらアンノウンやらテロリストたちの相手をしつつ、かつてない様々な現象やら事件やらに立ち合ってしまっている。
偶然による避けようのない状況がなかったわけではないし、要所要所で自ら下した選択に後悔はない。
それでも、こんなはずではなかったのにと思ってしまうことがある。
「(あーやめやめ。こういうの向いてないんだから)」
ちょうど近くに誰もいないのをいいことに両手で両頬をパンパンと叩いて気分を変える。
考えるだけ無駄なことを頭の中から追い出してシオンは意気揚々と格納庫へと向かうための角を曲がったのだが、曲がった瞬間に硬めの何かに激突した。
思い切りぶつけてしまった鼻を押さえつつぶつかってしまった何かからニ三歩距離を取れば、それが人間であることに気づく。
続けて見上げれば見慣れた金色の瞳が驚いたようにこちらを見下ろしていた。
「大丈夫か? すまない少し考え事をしていてな」
「艦長殿でしたか……俺も似たようなもんなのでお気になさらず」
互いに気を抜いてしまっていたからこその事故なのでどちらが悪いわけでもない。
鼻をさすりつつ微笑みかければアキトも同じように返してくれるが、その後会話が一瞬途切れた。
「……お前は昼食終わりか?」
「はい。今回は海の上の旅でもないので余裕があっていいですね~」
「中東では少し忙しかったからな。陸上の航路を選んだのは正解だった」
「アジアなら比較的アンノウンの出現も穏やかですし、多少は気が抜けそうですね」
アキトから話を振られてなんでもない世間話をする。
ほどほどにそんな他愛のない会話をしてから、シオンは格納庫へ、アキトは食堂へとそれぞれ向かった。
「(やっぱ、前のまんまとはいかないか)」
中東での事件以降、仕事などと関係なくアキトと話したのはさっきが初めてだった。
つまり、テロリストを数十人葬ってアキトに本性を晒して以降初めてのプライベートな会話だったわけだ。
そんな中で突然ふたりの間に流れた微妙な沈黙は、おそらく偶然ではない。
本性を見せつければこうなることくらい初めから予測できていた。
多くの命をあっさりと刈り取るような本性を知る前後で、それまでと同じように接することができる人間のほうがきっと少数派だ。
そんなことはシオンもわかっているので、アキトにこれまでのような関係を求めるわけでもない。
それでも、少しだけ胸の内で引っかかるものがあることは、否定できない。
「少し寂しい……なーんてね」
自分で口にして自分で茶化す。そんな空しいことをする自分に少しだけ苦笑いしてから、シオンは格納庫へと向かう足を速めた。




