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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
4章 神の名を冠するものたち
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4章-怨讐の夜空-


黒のペンキをぶちまけたような夜空を揺らめく炎が照らす廃墟。

シオンにとっては今更珍しくもない夢の中の光景だが、今日は少しだけいつもと違っていた。


佇むシオンの視線の先に、小さな黒髪の男の子が膝をついている。

年の頃は五つといったところであろう彼は土や煤で汚れてこそいるが火傷やそれ以外の外傷を負っている様子はない。

ただ、炎に囲まれているこの場に留まっていればそう長くはもたない。このままではそう遠くない未来に死に絶える命だ。


しかし、シオンはその子供をどうにかしようというつもりはなかった。

ここはシオンの夢の中でしかなく、すでに終わったはずの過去の光景を再現しているに過ぎないというのもそうだが、何よりも目の前の子供が死なないということを知っている(・・・・・)というのが一番の理由だ。


――助けて


どこからともなく声がした。

それはシオンの声でもなければ目の前の子供の声でもない。そもそも音として発された声ですらなく、精神に直接届けられた思念に近いものだった。

そういった"声"を発する存在といえばその手の術を扱える人間や人外、あるいは既に死した存在(・・・・・・・)に限られる。


――熱い

――痛いよ

――苦しい

――お母さんどこ


最初の助けを求める言葉を皮切りに堰を切ったかのように届く無数の声。

声の主は老若男女問わず様々だったが、苦しみや嘆きに溢れたものであるという点は共通している。

考えるまでもなく、この炎に包まれる廃墟で死に絶えた人々のものだ。


――どうしてこんなことに

――死にたくない

――せめてこの子だけでも

――私たちが何をしたというの

――ひどすぎるわ

――許せない

――殺してやる

――許せない

――復讐を


嘆き、苦しみの声はいつしか憎しみの声へと変わっていく。


肉体を失いむき出しになった魂は、他の魂と響き合い、混ざり合いやすい。

どこかの魂から生まれた強い憎悪はそれまで悲しみや痛みを訴えるばかりだった声までも巻き込んで、この場所を地獄に変えた者たちへの怒りをより大きく燃え上がらせていく。


――許さない殺す許さない許さない復讐を許さない許さない許さない許さない!


いくつもの声はひとつに重なり、個別に分かたれることもなく怒りと憎しみを叫ぶ。

その声が強まるにつれて赤い炎の周囲に黒い霞のようなものが舞う。


命あるものの負の感情より発せられる"穢れ"。

いずれは魔物へと変じて世界を壊すことになる呪いはしばらくただその場で揺らめいていたが、突如として何かに反応するようにゆっくりと唯一の生存者である少年の周囲に集まっていく。

それは目に見える範囲だけではなく、燃え盛る廃墟中から集まってくる穢れが少年の周囲で渦を巻き少しずつ少年の身に取り込まれていく。


「――許せない」


これまでの音のない声ではなく、確かな声として聞こえた怨嗟の言葉。

それは目の前の少年から発せられたものだった。


「許せない、許せない。このまま帰してなんかやらない」


虚ろな瞳のままブツブツと譫言のように口にしながら、ゆらりと少年は立ち上がる。

そうしている間に全ての穢れを取り込んだ少年はおもむろに上空へと視線を向けた。


彼の視線の先には星の見えない夜空と、それに紛れるように飛ぶいくつかの飛行機の姿がある。

それを捉えた瞬間、彼の瞳は一転して憎悪に染まった。


「――絶対に許さない!」


強い怒りと敵意に染まった叫び。それに応えるように少年の全身がわずかに黒を含んだ赤い光を纏った。

光は足を辿って地面に到達すると、少年を中心に幾何学的な紋様を広げていく。

血を思わせるような真紅は凄まじい速度で広がり、たちまち廃墟全体を覆い尽くすに至る。


そうして完成した魔法陣の中心で、少年は再び叫んだ。


「全部、殺してやる!」


その瞬間、廃墟中に広がっていた炎がその勢いを大きく強めた。

それだけではない。まるで意思を持つかのように蠢く炎はいくつかに寄り集まり、ただ燃え盛る炎から巨大な龍のような姿へと形を変えていく。


そんな急速に変わりゆく状況の中で、シオンはゆっくりとした足取りで少年の隣に立った。


傍らの少年は年不相応な憎しみに支配された表情で上空の飛行機を睨みつけている。

シオンはそんな彼に手を伸ばしかけて、すぐにやめた。

ただ何も言わずに少年のことをしばらく見下ろしてから、少年の視線を追いかけるように上空の飛行機のひとつへと視線を向ける。


まるでそうするのを待っていたかのようなタイミングで、廃墟で蠢く炎の龍の一体が飛行機目掛けて飛び上がった。


飛び上がりつつ大きく口を開いた炎の龍は、その顎で飛行機を捉えた。

噛み砕かれ、一拍遅れて爆炎を上げる飛行機には当然人間が乗っていたはずだが、焔の顎はその骨も残さずに灰に変えてしまう。


ひとつの命が奪われたその瞬間、傍らの少年は笑った(・・・)

声を漏らすことはなく静かに、しかし歓喜に満ち溢れたどこか狂気じみた笑顔でその様を見届けた。


そしてそれを皮切りに残る炎の龍たちも各々動き始める。

それは、数多の命が奪われたこの地における二度目の惨劇の始まりだ。


命が消えるたびに笑みを深める少年の姿を見下ろしながら、シオンはそっと息を吐き出した。


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