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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
3章 "悪"とは何ぞと問われれば
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3章-ハッピーエンドのその先で-


結論から言えば、中東最大都市を中心とした≪中東解放戦線(MELF)≫による大規模なテロ計画は失敗に終わった。

人類軍や都市に暮らす一般人たちが被った被害はゼロに等しく、ほんの数時間程度で解決するに至った今回の一件が社会に対して及ぼす影響はほとんどないだろう。


実際、事件が起きた翌日となった今日。都市に暮らす人々は会社に出勤し、学校に行き、いつも通りの日常を送っている。

報道はされているので事件のことを知らないわけではないだろうが、事件が起きていたのはほんの数時間の間のみ。特にセントラルタワー最上階における占領事件は一時間程度で解決してしまったので、当事者ではない人々には”事件があった"という実感がないに等しいのではないだろう。

少し危機感が足りないようにも思うが、一般の人々の間に混乱や不安が広がっていないことについては喜ばしいことだとアキトは思う。


そんな人々の暮らしの裏側で、人類軍は事件の事後対応を進めている。


まず今回の主犯である男の尋問だが、とてもスムーズに(・・・・・)ことが進んでいる。

シオンに運ばれている間は意識のなかった彼だが、人類軍基地で目を覚まして以降こちらの問いに対してほとんど抵抗することなく情報を差し出している。

そのため都市に配置されていたアンノウン誘導装置は昨日の時点で全て回収が終わっているし、残る彼らの仲間の拠点の情報などもスムーズに得られているそうだ。


あまりにもあっさりと情報を漏らすことを警戒した担当者に対して、男は「もう無理だとわかってしまった」と告げたそうだ。そして「あの悪魔に二度と会わずに済むならなんでもする」とも言っていたと聞いた。


影のドームの外でシオンとテロリストたちの間で何が行われたのかアキトたちは知らない。シオンも何も話そうとはしない。

ただ、ひとりの男の戦意を完全にくじいてしまう何かがあったのは間違いないようだ。


次に、回収されたアンノウン誘導装置について。

装置自体の調査に関しては中東の人類軍基地では手に余るということもあり、ECドライブを開発したのと同じ専門機関、対異能特務技術開発局に委ねられることになったため、詳細はアキトたちの知るところではない。

自分で調べたがるのではないかと思ったシオンもその扱いに文句はなかったようで、十三技班も含めて反対するものはいなかった。


誘導装置をテロリストたちに提供した外部の存在についてだが、残念ながら男の証言から有力な情報は得られなかった。

互いに目出し帽やヘルメットを使って顔を隠しながらの取引だったそうで人相はおろか年齢性別も不明。

男の目から見て人外とは思えなかったとのことだが、シオン曰く見た目など簡単に変えられるということなのであてにはならない。

現時点ではそういったものをテロリストに適用する危険な勢力が存在しているということがはっきりしただけというわけだ。


最後に、セレモニーで行うはずだった世間に対するシオンの公表だが、完全に白紙になった。

むしろやる意味がなくなってしまったというのが正しい。


テロリストたちがネットを通じて配信していた動画にシオンの姿ははっきりと映ってしまっていたのだ。

人相はもちろん、その時の言動や魔法を使用している様子までもが全世界に拡散されてしまったわけである。


名前を名乗ってこそいなかったが、この情報社会においてあれだけ顔が晒されればあっという間に特定はされてしまう。すでに真実から噂話まで様々な情報がネットの世界では飛び回ってしまっているようだ。

マスコミも世間の注目を集めるシオンの情報が欲しいのか、この人類軍基地の周辺をうろついているらしい。


そのように注目度が高すぎる今のタイミングで記者会見などを行うとなると騒ぎを助長してしまう危険がある。

それを加味して、人類軍の公式声明という形で名前や基本的な情報のみを公表するだけに留めることになった。


予定外の情報開示には人類軍としても肝を冷やしたのだが、幸いにも一般の人々はシオンに対して比較的好意的だった。

テロリストの理不尽な暴力に晒された親子を颯爽と救い出す姿は映画のヒーローのようにも見えたようで、人類軍が当初予想していたよりも否定的な声は少ない。

ケガの功名ではあるが、単純にセレモニーで公表するよりもよい結果になったというわけだ。


そんな世間を騒がす"魔法使い"のシオンが今何をしているのかと言えば――、


「それ! 氷の鳥だよ!」

「すごーい!」


瞳を輝かせる小さな男の子を前に魔法で作り出した氷の鳥を飛ばして見せている。

そんな和やかな光景にアキトは微妙な気持ちになってしまった。


「アキト・ミツルギ艦長。急なお願いをしてしまってすみません」

「いえ、この程度のことでしたらお気になさらず」


アキトの隣で少し申し訳なさそうにする顔にケガをしている男性の名は、マーク・オルコット。

欧州人類軍支部の高官であり、昨日のセレモニーでテロリストたちから暴行を受けた男性。つまり妻と子をシオンによって助けられた人物である。


数時間前、親子全員を守ってもらった恩人に礼を言いたいのだがシオンに会えないかとアキトに打診してきたのだが、アキトにもシオンにも断る理由はなかったのですぐに承諾した。


顔を合わせてすぐに謝意を述べた親子に対して、シオンは「無事でよかった」「自分がやりたいことをやっただけなのでお礼を言われるのはむず痒い」とだけ告げた。

それから少しの世間話の後に、今の状況に至ったわけである。


「……彼は、きっと子供が好きなんですね」


マークの隣に控えていたオルコット夫人がぽつりと零した。シオンに助けられたときは困惑していた彼女だが、今は我が子と笑うシオンを微笑ましそうに見つめている。


「そう……なのでしょう。私も初めて知りましたが」

「……彼が軍の協力者となってまだ短いのです。知らないことなどたくさんあるでしょう」


マークがフォローしてくれるが、アキトにはそれをそのまま受け止められる心の余裕はなかった。


確かにアキトとシオンが出会ってからまだ少しの時間しか経ってはいない。それでも、それなりに彼のことがわかっているつもりだったのだ。

全てわかっているとまでは言わないが、子供っぽさや腹黒さ、意外な不器用さなど、シオン・イースタルという人間を理解できつつあると思っていた。


それが昨日、たったの一時間にも満たない間に覆されてしまった。


氷の鳥を結晶の形に変え、さらに弾けさせてキラキラと輝かせるなど多様な方法で目の前の子供を笑わせ、自分自身も笑うシオン。

子供を可愛がる心優しい少年という風にしか見えない彼は、昨日「腹が立ったから」という理由で数十人の命を奪った。その全てを見届けた男に"悪魔"と言わしめた人物だ。


正直に言えば、そんなことをするとは思っていなかったのだ。

上層部に脅しをかけるような人間であると知っていながらも、普段の姿からは実際に人の命を奪う姿をイメージできていなかった。


――自分は、彼の何をわかったつもりでいたのだろう。


アキトはただ自問することしかできない。




中東解放戦線(MELF)≫の引き起こした事件は、大きな被害を出すこともなく解決した。

それは世界にとってのハッピーエンド(・・・・・・・・)であったと言って間違いないだろう。


しかし、その裏で心に生まれ落ちた影を消し去る術を、青年はまだ見つけられないままでいる。


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