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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
3章 "悪"とは何ぞと問われれば
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3章-事件の終わり-


シオンの作り出した影のドームの内部。

完全に外の状況がわからなくなってから、実に十数分ほどが経過している。


「(……このドームの外はどうなっている?)」


この十数分間の間、アキトの頭を占めているのはこの疑問ばかりだった。


もちろん、そのことばかりを考えて時間を無駄にしていたわけではない。

幸いこのドームは通信端末の電波までは遮断していなかったらしく、〈ミストルテイン〉と連絡を取ることができた。

それに倣うように他の人類軍関係者も各所に連絡を取っており、そのおかげでこちらが無事であることを伝えると同時にタワーの外の状況もおおまかに把握できた。


リーダーの男の言葉通り、都市の周辺には無数のアンノウンが出現し、それに合わせたテロリストたちの奇襲もあったらしい。

未だ戦闘は継続中であるが、今のところ都市にも人類軍にも大きな損害は出ていないそうだ。

〈ミストルテイン〉の部隊にも現時点で損害は出ておらず、〈ブラスト〉と〈スナイプ〉は現在も前線で戦闘中、〈ミストルテイン〉自体は出撃せずに基地に待機しているとのことだ。


油断をしているわけではないが、都市四方にアンノウンが出現しようと、それに合わせてテロリストたちが奇襲を仕掛けてこようと、戦力差を考えれば人類軍が圧倒されるようなことあり得ない。

それをひっくり返す要素になり得たのがホールの人質たちと都市に仕掛けたというアンノウンの誘導装置の存在だったわけだが、それらの問題が解決されてしまった今、人類軍が負ける道理はない。


このまま時間さえかければ最小限の損害で今回の一件は解決ということになるだろう。


「残る問題はドーム外の状況だけということだね」


顎をさすりつつ真っ黒な影の壁へと視線を送るクリストファーに、アキトは黙って首を縦に振る。


シオンの言っていた通り、ドーム内では外側の状況が何も伝わってこない。大して厚さもないであろ影の壁は完全に外側の音を遮断してしまっているようだ。

通信ができたのだからテロリストたちが配信していた映像は見れないかと思ったが、アキトたちがそれを試みる前にシオンの手によってカメラは破壊されてしまっていた。


音ひとつ聞こえてこないドームの中で、ただシオンがこのドームを消し去るのを待つしかない状況だ。

それがなんとももどかしい。


これ以上できることもなく、黙って待つだけの時間を過ごすこと数分。

アキトの懐で着信を知らせる振動があった。


振動の発生源は先程まで〈ミストルテイン〉と連絡を取っていた通信端末ではない、以前≪魔女の雑貨屋さん(ウィッチ・マート)≫の魔女から貰い受けたマジフォン(・・・・・)だ。

この状況でこの端末に連絡して来る相手などひとりしか思いつかない。


「イースタルか!? 状況はどうなってる!?」

『うわ、食い気味! ていうかいきなり大声出さないでくださいよ……』


焦るアキトとは逆に通話先のシオンは冷静で、いつも通りの彼だった。

その態度に少し冷静になったアキトは、周囲に控えるクリストファーたちにも聞こえるようにスピーカーフォンに切り替える。


「そんな話はいい、状況は?」

『えっとテロリストたちの無力化は終わりました。状況的にセレモニーもクソもないと思うんで招待客の皆さんをお帰しすべきだと思うんですけど……連中がこのホールの外に何も仕掛けてない確信がありません』


シオンというイレギュラーに引っ掻き回されてしまった≪中東解放戦線(MELF)≫のテロリストたちだったが、ホールを占拠するまでの手腕は間違いなく優秀だった。

そんな優秀だった彼らが失敗してしまった場合のことを考えていなかったとは考えにくい。


『失敗したとしてもせめて少しでも巻き添えに、とか考えてホールの外とか地上に降りるためのエレベーターに仕掛けしてあったら最悪でしょ?』

「確かにあり得なくはないな」

『そういうわけなんで、このドームごと人質全員を魔法で逃がそうと(・・・・・・・・)思うんですよ』


さらりと提案された方法に、アキトの理解が一瞬遅れた。


「この人数を魔法で逃がせるのか?」

『できなきゃ提案しませんよ。多少条件付きですけどまとめて全員空間転移できます』


とんでもないことを言っているシオンに、こういったことに慣れていない周囲の人類軍関係者たちは呆然としている。

しかしシオンがこうまで言うということはできるのだ。


「条件というのは?」

『座標指定できるのが〈アサルト〉付近に限られます。全員まとめて〈ミストルテイン〉の格納庫行きってことですね』


幸い〈ミストルテイン〉は基地に留まったままだ。移動先がそこであったとしても問題らしい問題はない。

他に条件はあるかと尋ねるが、特にないとのことだった。


「〈ミストルテイン〉に連絡を取るから少し待て、それからひとつ条件がある」

『なんです?』

「ドームごと転移させるときに、俺はこの場に残せ。どうせお前も残るのだろう?」


アキトの提示した条件に対してシオンが口を開くまでに、ほんの一瞬だけ空白があった。


『転移を二回に分けるの面倒なんですけど……』

「なら俺とお前は転移を使わず戻ればいい。お前がいればテロリスト側のトラップなどもどうとでもできるだろう?」

「すまないが、私も残らせてもらえるかね? 少し確認したいことがある」

『……わかりました。二名様ご案内ってことですね』


アンナやハルマが自分も残ろうと視線で訴えてくるが、それに対して黙って首を横に振る。


「アンナ戦術長とハルマ部隊長は〈ミストルテイン〉に戻り次第継続中の戦闘に参加してくれ。おそらく勝てる戦いだが早く終わらせるに越したことはない」


有無を言わせないアキトの指示に、ふたりは大人しく頷いた。

続けて〈ミストルテイン〉に通信を繋ぐとすぐにミスティから人質受け入れの了承を得る。


「準備完了だ。イースタル、いつでもいい」

『了解です』


そう言ってシオンはマジフォンでの通話を切った。

その直後、「あーあー、てすてす」という声がドームの内部に響く。


「招待客の皆様、大変お待たせいたしました。……テロリストの無力化は滞りなく完了しておりますが、徒歩での避難は危険である可能性を加味し、これより皆様を人類軍の保有する戦艦へと直接転移させます。わずかな浮遊感がありますがどうか慌てないようにお願いいたします。……転移開始まで十秒」


機内アナウンスのような内容を淡々と告げたシオンがそのまま秒読みを始める。

当然、突然このようなことを言われた招待客たちは混乱しているが、おそらくそれを待つつもりはないのだろう。


「アキト……シオンのことよろしくね」


残り五秒を切ったタイミングで他の人間に聞こえない程度に囁かれたアンナの言葉。

それに返事をする間もなく視界が一瞬だけ歪み、気づけばアンナはもちろん他の人々の姿はクリストファーを除いて影も形もない。


「転移完了。今頃もう格納庫に到着してますよ」


クリストファーと共に背後からの声に振り返って――言葉を失う。


アキトの目の前にシオンは立っている。

予想通り外傷がある様子もなく、そのスーツ姿はテロリストたちと相対していたとは思えない。

その足元に転がる人影はひとつ(・・・)

数十人はいたはずのテロリストが、たったのひとりだけしかこの場には存在していない。


「……他のテロリストたちはどうした?」

「ひーたちが食べました。で、情報吐かせるためにリーダーだけ残してます」

「俺は、殺すなと言ったはずだが?」

「ああ、あの時そう言ってたんですか。……名前呼ばれたのはわかったんですけど」


淡々と続けられるふたりの会話に普段のような温かさはない。

正しくは、アキトの言葉に温かさはなく、シオンの言葉はいつも通りだった。

その事実が、何よりもふたりの温度差を表している。


この状況をアキトは予想していなかったわけではなかった。しかしこの光景はアキトの予想以上のものだった。

予想を凌ぐ目の前の異様な光景を前に、アキトはシオンに問う。


「イースタル。何故殺した?」

「抵抗できない女子供を殺そうとしたのを見て腹が立ったから、ですかね」


「たったそれだけか?」という疑問が頭をよぎるが、言葉にするのはためらわれた。答えを確固たるものにしてしまうことに抵抗を覚えたのだ。

しかし、それを他の誰でもないシオンが許してはくれなかった。


「腹が立ったから、不愉快だったから殺しました。倫理的によろしくないことも、損得で考えて損しかないことも承知してますが、それでも俺は自分の心に従いました。……それが、シオン・イースタルの在り方(・・・)です」


正面からアキトを見つめる目に嘘はない。迷いもない。


「忌み嫌うのも、恐れるのも貴方たちの自由です。言い訳する意思も理由も俺にはありませんから」


言いたいことは言い切ったとでもいうようにアキトから視線を外したシオンは、足元に転がしてあったリーダーの男を魔法を使って浮かび上がらせる。

よく見れば手足が不自然な方向に曲がっている男は気を失っているのか動く様子がない。


そんなシオンの背に声をかけたのはアキトではなくクリストファーだった。


「シオン君。君は、君の心がそれ望めば、人類の敵になるのかね?」

「……ええもちろん。少なくとも、今はそんな気ありませんけどね」

「それなら、何があれば君はそんな気(・・・・)になってしまうのかな?」


そんな質問は予想もしていなかったのか、シオンはしばらくじっと考える。


「俺の愛するものを傷つけたとき。俺の見えるところで戦う意思も力もない弱いものを傷つけたとき。……まあ結論から言えば、俺を怒らせたとき(・・・・・・)ですよ」


「ゆめゆめお忘れなきように、人類軍最高司令官殿」と芝居がかったお辞儀を見せたシオンは微笑んでいたが、視線に柔らかさはなかった。


こちらに背を向けて、シオンはゆっくりとホールの外へと歩き出す。


ほんの数メートルしかないはずのその距離が、今のアキトにはまるで途方もないものであるかのように思えた。


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