3章-"魔法使い"は嘲笑う②-
ステージ上というすぐそばで爆発が起こったとはいえ、防壁で守られたアキトたちには熱風も焦げたにおいすらも届かない。まるで画面の向こう側のことのようにも思える。
「(……どうなった?)」
正直に言えばシオンのことはあまり心配していない
こうしてアキトたち人質の安全を確保しているシオンが自身の防備を怠っているとは思わない。例え至近距離の爆発であろうと涼しい顔で立っている光景が思い浮かぶ。
むしろリーダーの男の安否こそ絶望的だ。
本人がそれを意図したのかどうかは定かではないが、普通の人間はあの距離の爆発の中で生き延びることはできない。
そんなアキトの予想の通り、晴れた煙の中から影で作り出したシートに腰かけたまま悠然としているシオンの姿が現れる。
そしてほどなくして、シオンの正面で棒立ちのままのリーダーの男も煙の晴れ間から姿を現した。
あり得ないはずの現象に人質たちの中からも息を飲む音が聞こえる。
しかし口を開けて目を見開いているリーダーの男自身が他の誰よりも自分が生きている事実に驚いているのだと、遠目からでもわかってしまう。
「困るんだよね」
誰もが言葉を発することのないホールに呆れたような声が妙に響く。
シートのひじ掛けに肘をつきながら不満そうにため息をつくシオンは、先程言葉にしたように"困る"のだと全身で表現しているかのようだ。
「子供が見てるでしょ? 死ぬのは勝手ですけど場所を選べって話です」
「あと、情報も吐いてもらわないとだし」と申し訳程度に言葉を続けているが、"子供に死体を見せるわけにはいかない"ということ以外おそらくは考えていなかったのだろう。
それだけのために、男の命は救われたのだ。
「……まずいわね」
ぽつりと、すぐそばに控えていたアンナが呟く。
「どういう意味だ」
「シオンってば、多分物凄く怒ってる……アタシも初めて見るくらいに」
アンナの言葉に同意するようにハルマとナツミも頷いてみせる。
ハルマの顔は険しく、ナツミの顔は不安げで顔色も少し悪い。
思い当たる節はアキトにもあった。
シオンは普段から他人に対して皮肉や嫌味のようなことを口にすることは多いが、それはせいぜい一言二言程度だけですぐにやめていた。
ここまであからさまに、そして執拗に相手を嘲笑するような態度を取っているのは初めて見る。
シオンとの付き合いの長いアンナでも見たことがないほどとなれば、その異常さは口にするまでもない。
ここまで目にすることのなかったシオンのかつてない"怒り"。
それがどういった方向に向かうのか、アキトはおろかアンナにも予想ができない。
しかし、アキトはどうにも胸騒ぎがしてならなかった。
"止めなければ"という思いに駆られたアキトは、ひとまず人質の集団の中をかき分けてステージに可能な限り近づこうと試みる。
「……うん、ご立派な理想とやらも話す気ないみたいだし、興味も失せちゃったや」
リーダーの返事を待つ様子もなく自己完結したシオンは影で作っていたシートを消して人質たちに向かって体ごと向き直る。
相変わらずテロリストたちに対してなんの脅威も感じていないのが伝わってくる態度だ。
「えーっと、これよりテロリストたちを無力化します。多少の銃撃戦などが予想されますが、そういったものが皆さんにストレスを与えないよう、視界と音声を遮断させていただきます。内部は安全ですので落ち着いて、リラックスしてお待ちください」
少したどたどしい案内の言葉の後、人質の集団を囲うように床に黒い線が刻まれる。さらにその線から生じた黒い壁がゆっくりとドーム状に集団を覆い始めた。
これがシオンの口にしていた視界と音声を遮断するためのものなのだと察すると同時に、アキトは集団をかき分けて進む歩みを速める。
「イースタル!」
「あ、艦長。ちょっと中暗かったりするんで、人質に皆さんのフォローお願いしますね」
「そんな話はどうでもいい! お前、この後どうするつもりだ?」
アキトの問いにシオンは答えない。
いつも無駄に思えるくらいに回るはずの口を閉ざすばかりの態度に、アキトの中でひとつの予感が確信に近い形を成した。
「ドームの中は安全ですけど、通信とかはできると思います。〈ミストルテイン〉に連絡取っておいたほうがいいかもしれません」
わざとアキトの質問を無視したシオンがこちらに背を向ける。
ここまでの間に影のドームは九割以上完成してしまっていた。あと数秒もあれば完全にアキトたちを覆い隠すだろう。
集団から飛び出してステージに駆け寄ろうとしたが、防壁は外部からの攻撃だけではなくアキトが外へ出ることも許してはくれない。
「イースタル! 殺すな!」
気づいたときには完全に影のドームで周囲は覆われてしまっていた。
最後の言葉がちゃんとシオンまで届いたかどうかはわからない。
「(……届いていたとして、どんだけの意味があるってんだ)」
銃撃戦など、母と子が撃たれたかけ手榴弾が爆発した時点で今更だろう。防壁で完全に守られている今であれば大したストレスも与えることはないはず。
それ以上に、シオンがその気になれば発砲など許さずにテロリスト全員を捕縛することくらいできるはずだ。
でなければ親子が撃たれることなく集団の中に戻ってくることなどできなかった。
発砲する隙を与えずに影の腕でどうとでもできるのは明らかだ。
それなのに何故、シオンはそれをしなかったのか。
何故わざわざ外部の光景や音が届かないドームで人質たちを覆ったのか。
それは、人質たちに見せたくないことをするつもりだからに違いない。
アキトはそう確信していた。




