3章-"魔法使い"は嘲笑う①-
突如現れた"魔法使い"を名乗る得体の知れない少年に、テロリストたちは明らかに動揺している。
シオンが現れたという事実だけならまだマシだっただろうが、母と子に向けて発砲したはずがそのふたりに傷ひとつない状態なのだ。
状況からしてシオンが何かしたとしか考えようはない。
「……君が、人類軍が迎え入れたという人外の協力者ですか」
冷静さを取り戻した――あるいは冷静になったように振舞っているリーダーの男がシオンに尋ねる。
その質問に対して、シオンはくるりと背を向けた。
背を向けて、ちょうど自身の真後ろで呆然としていた母親と子供の前にしゃがみこむ。
「ミセス。それに少年もケガはないですか?」
「え……は、はい……」
「さっきのお兄ちゃん?」
テロリストに囲まれているという状況を全く無視した振る舞いに母親の女性は狼狽えているが、少年のほうはあまり警戒する様子もなく驚いたような声をあげた。
「やっぱり君だったか。怖かったよね? 大丈夫?」
「うん……でも、お父さんが……」
少年が振り返り、痛めつけられた末に人質の集団に無理やり戻された父親のほうを見る。
そんな少年の姿を見て、シオンの目がギラリと光った。
「とりあえず邪魔」
瞬間、シオンの影が意思を持った巨大な腕のような形を取って動き出す。
急な異常事態にテロリストたちはもちろん人質たちも驚く中、横薙ぎに振るわれた腕がステージと人質の塊の間にいたテロリストたちをまとめて吹き飛ばした。
まるで周囲を飛んでいる虫を追い払うためかのような軽さで振るわれた腕だが、サイズがサイズだ。
本当に"吹き飛ばしただけ"なので大した威力はなかっただろうが、吹き飛ばされた先のテーブルや料理を巻き込んで盛大な音を立てている。
テロリストも人質も誰もが盛大な音を立てる一角に意識を奪われている中、人質の中から先程暴行を受けた男性が飛び出した。
暴行の際に切ってしまったのか額から少量の血を流しつつも、すぐさま自身の妻と子を抱きしめる男性。それにテロリストたちの銃が向けられたが、銃口を向けたテロリストたちはシオンの影の腕によって瞬く間に吹き飛ばされていく。
「ふたりとも、無事でよかった……! 君も本当にありがとう!」
「いえ、大したことしてませんから。……それより、ふたりと一緒に人質の集団に戻ってください」
「だが……」
「大丈夫、皆さんに手出しなんてさせませんよ」
周囲を囲むテロリストの存在にためらいを見せた男性に対してシオンは強気に微笑んだ。
それに安心したらしい男性はもう一度礼を言うと迷わず妻と子を連れて人質の集団へと戻ってきた。
当然その間に妨害しようとしたテロリストたちもいたのだが、悉くシオンに邪魔をされた形だ。
「貴様……!」
「えっと、なんだっけ? なんか質問されてたような……あ、いいやどうせゴミの質問に答える気とかなかったし」
初手で見向きもしなかっただけではなく、全く相手にする気がないとわざとらしく口にするシオン。
どう考えてもわざとテロリストたちをコケにしているのだとわかる振る舞いに、リーダーの男が怒りで体を震わせている。
「……たった三人守った程度で随分と偉そうにしているが、ここには一〇〇人以上の人質がいるんだぞ。あれで勝ったつもりか?」
「……馬鹿なの? その程度わかってるに決まってるじゃん」
「あ、ちょうどいいや」と軽い調子で口にしつつリーダーのそばに控えていた大柄な、先程の子供を引き摺り出した男の胸倉を掴んだシオンは、外見からは考えられない腕力で男を人質の集団へ投げつけた。
「ちょ!? 何やってんのアンタ!?」
思わずといったアンナの叫びが響く中、大柄な男は空中で何かに激突して弾かれた。
まるでボールがガラスにぶつかって跳ね返されたかのような動きに周囲が呆気に取られる中、シオンは跳ね返ってきた男を蹴り飛ばしてもう一度同じ流れを実演して見せる。
「人質の周囲には防壁は展開済み。中型アンノウンの攻撃でも破れない強度にしておいたからゴミ風情じゃ手も足も出ないんじゃないかなー」
ゆるく話しながらもう三回ほど大柄な男を防壁に叩きつけたシオンは、最終的に男をホールの端へと投げ捨てた。
「で?」
"一〇〇人の人質"というカードを失ったリーダーの男に対してシオンは「まだ何かあるのか?」とでも言いたげに首を傾げて見せる。
「……だが! 我々にはまだアンノウンの誘導装置がある!」
「あーそれ気になってるんだけど、都市の中に置いてるんだっけ?」
「そうだ! これを起動すれば都市の中にアンノウンが現れて住民を殺すだろう!」
「そっか、それなら楽かな」
リーダーの男の言葉に動揺するでも焦るでもなく、シオンは空中に手をかざす。
「写影顕現・神刀 〈月薙〉」
瞬時にシオンの手元に現れた美しい日本刀。
それはシオンが手に取るのと同時に強い光を発し始めた。
「白き破邪の極光よ。この地に加護を!」
天高く掲げられると同時に刀の切っ先から真上に放たれた閃光。
目が眩むほどでありながら、どこか優しい気配を感じさせる光が止んだときには不思議と周囲の空気が清浄なものになったかのように感じた。
「……さて、この都市全体にアンノウンの侵入を阻む結界を張ってみたわけですが」
「な、なんだと!?」
「アンノウンを誘導する装置なら呼んだところで入ってこれないだろうし、これでまともに機能しないよね多分」
「嘘だ! そんなことができるはず……!」
「じゃあ試しに起動してごらんよ」
焦るリーダーの男に対してシオンのペースは全く崩れない。
やれるものならやってみろと言いたげな態度を前に男は懐から遠隔起動用と思しき端末を取り出した。
「とか言っておいて、それ貰いますね」
その言葉と共に突然男の手から飛び出した端末が吸い寄せられるようにシオンの手に収まった。
「貴様何を!」
「いやー起動されても別にいいんだけど、起動される前に回収して調べられるならそれに越したことないっていうか。……ちょっと煽ったらすーぐリモコン出してくれてありがとうね」
シオンは焦ることもなく、労力を使っている様子でもなく、あっさりと遊び半分のような軽さで≪中東解放戦線≫の計画を潰していく。
それに飽き足らずあからさまに嘲笑する態度にリーダーの男は怒りに震えているが、その怒りすらも眼中にないとでも言いたげな軽い振る舞いはさぞ男のプライドを傷つけるだろう。
「お前のような何も考えてなさそうなガキに、我々の理想を邪魔させてたまるか……!」
「……あ、そっかテロ組織ならそういうのあるんだ」
そう口にしたシオンの影が動き出した。
再び腕の形になるのではないかと警戒するテロリストたちの予想に反して、影はまるで劇場や映画館にでもありそうなイスへと姿を変える。
シオンはそんな座り心地のよさそうなイスに腰かけると、どこからともなく飲み物とポップコーンを取り出した。
「気が向いたから、その理想ってやつを聞いてあげてもいいよ? どう見ても自分たちより弱い女子供選んで人質にしていきがってるような小悪党の理想ってちょっと興味あるから」
これから映画鑑賞でもするかのような態度で、リーダーの男に向けて微笑む。
「大丈夫、怖くないよ? どんなにつまらなくても下らなくても、きっと最後は手を叩いて笑ってあげるから。多分」
シオンが付け加えるようにそう言ってポップコーンをひとつまみ口にした瞬間、リーダーの男は叫んだ。
文字にするのも難しい絶叫をあげたまま、腰のあたりから取り出した手榴弾をシオンに向けて投げつける。
シオンとリーダーの男は同じステージ上に立っているので、距離はほとんど離れていない。
この状態で手榴弾を投げつけるなど男にとっても自殺行為なのだが、それを判断できないほどシオンの嘲笑に逆上してしまったのか、あるいは自爆上等でシオンに一矢報いようとしたのかもしれない。
そして一瞬の空白の後、ステージ上は爆炎に包まれた。




