3章-招かれざる者たち②-
テロリストたちによってセレモニーの招待客は全員ホール中央に集められた。
全員が床に座らされ、その周囲をぐるりとテロリストたちによって囲まれている状態だ。
軍人であるアキトだが、現在武器の類は所持していない。このホールに入る前に預けてしまったからだ。
テロリストたちはそれを把握しているのか、人質たちの持ち物を調べることもしなかった。
「全世界の皆様。我々は≪中東解放戦線≫。これより全世界に対していくつかの要求をさせていただきます」
テロリストのひとりが、他のテロリストの構えているカメラに対して少しわざとらしく感じるほどに丁寧な口調で話を進めていく。
おそらくはネットを介して全世界に対してリアルタイム中継を行っているのだろう。
人質にも見せつける意図があるのか一連の演説はホール奥のステージの上で行われているので、アキトたちからもその様子はよく見える。
「こちらにいらっしゃる各国要人並びに人類軍関係者の皆様には我々の要求が受け入れられるまでの人質となっていただいています。どうかそれをお忘れなく」
ゆっくりとそう話す男の声は最初にホールの占拠を宣言したのと同じだと気づいた。
この男が今回の一見の首謀者であり、この部隊のリーダーであると見ていいだろう。
砂漠に溶け込めそうな迷彩服と同色の防弾ベスト、頭部は覆面で隠されているので人相などは全くわからないが、三〇から四〇代の男性といったところだろうか。
他のテロリストの大多数はリーダーの男と同じような服装だが、数人だけパーティー会場で給仕をしていたウェイターの服装をしている。
最初から数人の内通者が紛れ込んでおり、その手引きで残る仲間たちが突入してきたということらしい。
「(とはいえ、そう簡単に実現できるものか?)」
各国の要人が集まるのだ、警備にはもちろん力を入れている。
多少内通者がいたとしてもこうもあっさりと侵入できるとは考えにくい。
「まず最初に人質の皆様に残念なお知らせです。外部からの助けにはあまり期待しないでおいたほうがいいでしょう」
アキトが考えを巡らせる間も、男は淡々と話を進めていく。
人質たちに対してはっきりとそう宣言してみせた男の声や態度からは自信が伺える。
「現在外部の人類軍はアンノウンと我らの同胞の相手で忙しい。おかげさまで、我々はここに来るまで実に穏やかなフライトができました」
このセントラルタワー周辺にはセレモニーの警備のために人員が割かれているが、周囲でアンノウンが大量に現れたとなれば、例え人員をそちらに向かわせなかったとしても意識はアンノウンに向かう。
そうしてできた隙を狙って地上ではなく上空から電撃作戦でホールに突入してきたということなのだろう。
加えてアンノウンや、アンノウンとの戦闘の隙を狙って奇襲を仕掛けてくるテロリストたちを今も相手にしているのなら、救出作戦を開始するのも難しい。
しかし、このリーダーの男の言葉にはひとつ大きな謎が残る。
「……まるで、君たちがアンノウンの出現を確信していたかのようだね」
アキトの中にあった疑問をそのまま代弁し、さらに人質全員が床に座らされている中で立ち上がった人物、クリストファー・ゴルド。
即座に向けられた無数の銃口に怯むこともなく、人類軍のトップに立つ彼はリーダーの男に尋ねる。
「どうなんだい? さすがに、君たちにとって都合よくアンノウンが現れたということはないだろう?」
仮に都市の周辺でテロリストの別部隊が暴れたとしても、人類軍は陽動を疑ってむしろタワー周辺の警戒を強めた可能性が高い。アンノウンでなければここまでの隙はできなかったはず。
今回のテロリストたちの作戦は、アンノウンの出現なしでは到底上手くいくはずがないのだ。
「……まあいいでしょう。どちらにしろ明らかにする予定だったことです」
クリストファーに対してどこか面白くなさそうな様子を見せてから、リーダーの男はわざとらしく腕を広げて見せる。
「我々≪中東解放戦線≫は、アンノウンを誘導する技術を有している」
高らかに宣言された言葉は、アキトたちからすれば到底信じられないものだった。
思わず隣にいるシオンに視線を向けるが彼もまた目を大きく見開いていて驚きを隠せていない。
「外部の協力者より手に入れたこの技術で、我々は任意の場所にアンノウンを呼び集めることができる。都市の四方に出現したアンノウンたちもその技術によるものです。……そして、すでにこの都市の数か所に誘導装置を配置してある!」
勝ち誇ったような声でカメラの先にも語りかけるように男は続ける。
「人質は、このホールにいる人々だけではありません。この都市に暮らす全ての人間の命が我々の手の内にあるのです!」
ただでさえ都市周辺のアンノウンの相手にも追われているのだ、都市の内部にまでアンノウンが出現するとなれば、対応は間に合わない。
民間人に多くの死者が出ることになってしまうだろう。
「それを避けたいというのなら、権力者の皆様には賢明な判断をしていただきたい」
わざわざネットで状況を配信しているのは、こうして世間にも状況を知らしめた上で要求をのまざるを得ない状況を作り出すためだったのだろう。
テロリストには譲歩しないという考えが一般的ではあるが、中東最大の都市の住人を全て人質に取られてはそんなことも言ってられまい。
加えて、シオンに指示してテロリストたちを制圧させようと考えていたアキトの策も使えなくなってしまった。
シオンがその気になれば人質を守りつつテロリストたちを制圧するのも不可能ではないだろうが、"自分たちが制圧されてしまった場合に自動で起動する"などの仕掛けがアンノウンの誘導装置とやらに施されている可能性もある。
具体的に誘導装置がどういった代物なのかわからない今、軽率にテロリストたちを制圧するわけにもいかない。
「……さて、こちらの要求をお話する前にひとつ。我々が本気であることをお見せしておきましょう」
そう言ってリーダーの男が近くに立つ別の大柄な男に目配せする。
最初から段取りは決まっていたのか、大柄な男は人質の集団へと歩み寄った。
「……お前がいい。来い」
しばらく品定めをしていた大柄な男は小さな男の子の腕を掴んで引き摺り出した。
ナツミから「そんな、あの子……」を悲壮な呟きが聞こえたかと思えば、シオンの目が一気に険しさを増す。
その一方で泣き叫ぶ子供の両親と思しき男女が銃を恐れることもなく必死に我が子を取り戻そうとするが、すぐに他のテロリストたちに押さえつけられてしまう。
「ちょうどいい。母親も一緒に連れてきてください」
リーダーの指示で母親の女性もまた引き摺り出される中、男性はテロリストたちの拘束を振りほどいて立ち向かう。
人類軍関係者と思しき体格のよい男性だったが、丸腰であることに加えて多勢に無勢だ。
複数の男たちに囲まれて一方的に暴力を振るわれ、力無く地面に膝をついてしまう。
その光景の最中、ぞわりとした感覚がアキトを襲った。
「……イースタル?」
隣で同じように事の成り行きを見つめるしかない少年の目が、凪いでいる。
凪いでいるはずなのに、アキトはその目に恐怖を覚えた。
そんな異変を他所にテロリストたちは子供と母親をカメラのすぐ前まで連れてきて床に座らせた。
母親はそれでもなお子供を守ろうと全身を使って覆い隠すようにしている。
「我々は、理想のためであれば手段を選ばない。いかなる人物であろと殺害する覚悟がある。……それを全世界の皆様にお見せしよう」
リーダーの男や周囲の男たちが一斉に銃口を親子に向ける。
「待ちたまえ! ……それをするのなら私を使いなさい!」
咄嗟にアキトが動きかけたその時、ホールを一喝するクリストファーの声にテロリストたちの手が止まった。
「どんな人間でも殺すというのなら、私にしておくほうがいい。そのほうが君たちの本気は世間に正しく伝わるでしょう」
自分を殺せと言っているのに、クリストファーの声に迷いはない。
確かに人類軍のトップを殺すというパフォーマンス以上に世間に対して本気を見せつけられるデモンストレーションは存在しないだろう。
「……最高司令官殿は人質である自覚がないのでしょうか?」
「……では言い換えよう。どうかその人たちではなく、私を使ってほしい」
「この通りだ」と迷いなく頭を下げるクリストファーにテロリストたちに動揺が走る。
「人類軍のトップが、たったふたりのために命を捨てると?」
「老いぼれひとりの命で幼い子供とその母親が助かるのなら安いものだ」
心の底からそう思っているのだと伝わるような迷いのない言葉に、リーダーの男がフッと笑った。
「であれば、尚更この親子を殺そうじゃないか! 憎き人類軍への見せしめにこれ以上のものはない!」
どこか狂気すら感じさせるような叫び。
先程までの芝居がかった丁寧語もなくなったリーダーの男の言葉に従って、再び親子に銃口が向けられる。
やめろと鋭く叫んだのは父親の男性かクリストファーか。
数人の女性の悲鳴も響くホールの中で、場違いなため息がアキトの耳に届く。
「最悪」
氷のような冷たい呟きの直後、複数の銃声がホールに響く。
しかし、それだけだった。
赤い血が舞うわけでもなく、床に誰かが倒れるでもなく、誰かの悲鳴や嘆きの絶叫が響くでもなく、テロリストたちが高らかに笑うでもなく。
いつの間にか、母と子のそばには小柄な少年が立っている。
瞬きひとつする以前はそこにいなかったはずの人物が、さも当然かのようにリーダーの男の前に立って、その顔を見上げている。
「……お前、何者だ……!」
ようやく言葉を絞り出すと共に得体のしれない少年から距離を置くように後ずさるリーダーとテロリストたち。
「しがない魔法使いです。ちなみにゴミに名乗る名前はないので悪しからず」
母と子と守ったシオンは、ふざけている一方でこれ以上ない敵意を含んだ名乗りをあげた。




