3章-招かれざる者たち①-
アンノウンの出現で人類軍基地や〈ミストルテイン〉が対応に追われている頃、シオンはもちろんそのことを察知していた。
特に南側の出現地点は比較的都市から近い。アンノウンたちが都市を目指して直進すればニ十分もかからずに到達してくるだろう。
しかし、今のところアキトがそういった連絡を受けた様子も会場の人類軍関係者と思しき人々が慌ただしくしている様子もない。
出現反応が四方に散っている事実は少し気になるが、現地部隊が対応できないほど深刻な状況でもない。だからこの場にいる関係者まで連絡が来ていないのだろう。
「(なら、俺がここで騒ぎ立てるのもよくないかな)」
何よりこのセントラルタワーは都市の中心部にあるのだ。
多少アンノウンが都市に接近したとしてもここが危険になるまでには猶予もある。
慌てず騒がず様子見するのが得策だろう。
「イースタル。妙な顔をしてどうした?」
「……いえ、ちょっと外が騒がしくなってるみたいで」
「……アンノウンか?」
気づかれなければそれでも構わないと思いつつかなりぼかした表現をしたのだがアキトはシオンの言わんとしたことを正確に理解してくれたようだ。
騒ぐのが得策ではないということも含めて察してくれているようで、問いかけてくる言葉は近くに立つナツミたちにも届かないくらいに潜められている。
シオンは黙って首を縦に振ることでそれを肯定して見せた。
「数は?」
「ちょっと多いですけど、テロリストの奇襲も含めて現地部隊や〈ミストルテイン〉で対処しきれると思います。今日は他所からの増員もいるんでしょ?」
「ああ。普段の倍程度の戦力が揃えられているはずだ」
「なら尚更俺たちが動く必要はないと思います。現場の人たちもそう思ってるんでしょうし」
「……そうだな。だが、お前は少し警戒しておいてくれ。人間では気づけない異常があるかもしれない」
「了解です」
潜めたままの会話を終わらせた頃、ホールの照明がゆっくりと落とされた。
同時にホール奥にあるステージのみがスポットライトで照らされ、司会者と思しき細身の男性がステージ脇でマイクを手にする。
お約束の挨拶の言葉から始まり、関係者の言葉へと進んでいくステージを一応視界には収めておくが、話している内容は右から左へと通り抜けていくばかりで頭に入ってはこない。
単純に聞く気がないというのはもちろんだが、おそらくこの流れのどこかで行われるであろうシオンのお披露目に思考が向いている状況だ。
「(正直面倒なんだよな……)」
世間に対して存在をはっきりと公表するというのは構わない。
それに伴って愛想よく"接待"をする必要が生じることも、許容できる範囲の面倒ではある。
シオンが最も面倒に思っているのは、大なり小なり派閥だの権力闘争だのの流れに巻き込まれてしまうことだ。
人類にとって未知の魔法や情報を持つシオンは、よくも悪くもこの世界において強い力を発揮する。
軍事力としての強さはこれまでのアンノウンとの戦いではっきりと示されているので言うまでもないだろう。
加えて、仮にシオンから得た情報で科学と魔法を組み合わせたこれまでにない技術を開発することができたとすれば、技術力において大きなアドバンテージが得られる。
その技術を商品として莫大な資産を築き上げることだって不可能ではない。
得体が知れないというリスクはもちろんあるが、上手く利用できればとてつもない利益が得られる可能性もあるということだ。
シオン自身がそれらに興味を持たないとしても、否応なしにそういった思惑には巻き込まれていくことになるだろう。
「(ある意味、もうとっくに巻き込まれてるんだろうけどね)」
最初にシオンに協力関係を持ち掛けたのはクリストファー・ゴルド。
この後世間に対してシオンを紹介をするのもクリストファー・ゴルド。
さらにシオンが現在配属されている特別遊撃部隊〈ミストルテイン〉のトップはクリストファー・ゴルドと親しいアキト・ミツルギ。
クリストファー本人にそのつもりがあるのかはシオンにもはっきりとはわからないが、外から見れば完全にクリストファー・ゴルドの傘下にあると思われるに違いない。
「(あ゛ー……滅茶苦茶嫌になってきた……)」
そんなことするわけにはもちろんいかないが、正直今すぐ空間転移のひとつでも使ってホールから立ち去りたい。
シオンがそんな心境になっていた、その時だった。
バンッという勢いよくドアが開け放たれたかのような激しい音がホールに響き、何事かとステージから音のほうへと人々の視線が向かったタイミングに合わせるように、天井へと向けられた拳銃が銃声を鳴らす。
「全員、動くな! このホールは我々≪中東解放戦線≫が占拠した!」
唐突な宣言と共にホールになだれ込んでくる数十人の武装し覆面で顔を隠したテロリストたち。
銃を構える彼らを前にしては現役の軍人が紛れているとはいえホールの人間たちに抵抗する術はない。
「(……嫌だなーとは思ったけど、さすがにこの展開はちょっと)」
セレモニーの招待客から一転、テロリストたちの人質になってしまったシオンはのんきにもそんな感想を抱きつつ、他の招待客たちと共に大人しくテロリストたちの指示に従うのだった。




