3章-波乱の足音-
シオンたちがセレモニーに出席している頃、〈ミストルテイン〉のブリッジに立つミスティ・アーノルドは普段以上にピリピリとした様子だった。
「……あ、あの……どうして副艦長はあんな調子なんでしょう……」
彼女の放つ空気に少し委縮しているコウヨウの問いに、ラムダは曖昧な表情で乾いた笑いを漏らすしかできない。
〈ミストルテイン〉は現在基地に停泊している状態であって、作戦行動中どころか航行すらしていない。
実際、ミスティ以外のブリッジ要員たちはブリッジに待機こそしているものの、軽食や飲み物なども持ち込んでいるし、各々のシートに座らずに雑談しているなど比較的リラックスしている。
むしろミスティの様子こそが異常なのだ。
ただ、そうなっている理由がわからないわけでもない。
「よっぽどのことでもない限りはアキトは戻ってこれねえからな。今何か起きた場合全部自分で判断しなけりゃならねえんだよ」
昨晩のように単純に外出中というだけなら通信で指示を仰ぐこともできるが、セレモニー出席中となれば火急の事態でもない限りアキトに連絡を取るべきではない。
しかもミスティはアキトがセントラルタワーへと出発する前に「全て君の裁量に任せる。頼んだぞ」と言われているのだ。
副艦長としての役目というのはもちろんだが、敬愛するアキト直々の期待に応えようとしているのだろう。
ラムダの言葉に対して納得した様子で声を漏らすコウヨウから視線を外して、そっとミスティのことを盗み見る。
「(だとしても、ああもピリピリしてて大丈夫なのか?)」
ミスティの軍人としての能力は高い。何せ軍士官学校を座学トップで卒業した才女だ。
特に指揮や戦術立案などの成績は過去の卒業生の中でもトップクラスだそうで、パイロット上がりのアキトよりも専門的な知識には長けているのではないだろうかとアキト自身も話していた。
そのスペックを発揮できさえすればアキト不在の状況でも特に心配はないはずだが、ああもピリピリしていてそれができるのかについては少し心配だ。
年長者としてそれを指摘してもいいのだが、ラムダはアンナに近いタイプの人種だ。
彼女のような堅物とはそりが合わないし、どちらかと言えば嫌われている自覚はある。
そんなラムダが不用意にちょっかいを出してしまうと、むしろ余計にミスティが意固地になってしまうかもしれない。
結局のところは、藪をつついて蛇を出すよりはこのままのほうがまだマシだとラムダは判断した。
彼女も副艦長を任されるようなエリートなのだ、ラムダが気をもまなくても自分でどうとでもできるだろう。
「(一番なのはアキトが戻るまでに何もないことなんだが……)」
残念ながらそれは難しいだろうとラムダは思っている。
この一週間ほどの間、都市周辺に出現したアンノウン、そして奇襲を仕掛けてきたテロリストたちの戦闘は毎日のように発生している。
おそらく今日という日だけ何事もなく平和、というわけにはいかないだろう。
言葉にしていないとはいえ、そんなことを考えてしまったのがよくなかったのかもしれない。警報がブリッジに鳴り響き始めた。
「何事ですか!?」
「アンノウンの出現反応です! 都市から東の方角に反応あり!」
鋭いミスティの問いかけに、何か用でもあったのかちょうどシートに戻っていたらしいコウヨウが迅速に答える。
ただブリッジ内のモニターに表示されている情報を見る限り、都市からそれなりに距離がある。それこそ〈ミストルテイン〉の索敵に引っかかるギリギリのラインだ。
出現したアンノウンたちがこちらに近づいてくるかもわからないし、仮にその動きを見せたとしても準備の時間は十分にある。
「どうする、副艦長殿」
「まだ騒ぐほどのことではありません。マークス通信士、基地の司令室と通信を繋いでくれますか?」
「了解」
落ち着いて指示を出すミスティにセレナがテキパキと応じる。
特に問題もなく司令室と通信がつながった、その時だった。
「追加の出現反応! 今度は都市の西側です!」
「なっ! この短時間に連続で!?」
西側の反応も決して近くはないが、東側で確認された反応よりは都市に近い。
だが、むしろ気にするべきはほとんど間髪入れずに遠く離れた二か所で反応が確認されたことだ。
通常、出現反応がどこかで発生した場合、その近辺でさらなる反応が確認されることはしばしばある。
研究者たち曰くアンノウンたちが引き起こした空間の歪みがさらなる歪みを誘発しているんのではないかとのことだが、理論はともかく偶然で片付けられない程度には実際に起きていることだ。
しかしこうして都市をひとつ挟んだ上にさらに距離を空けて反応があったという例は聞いたことがない。
そして、まだ異常事態は終わってはくれない。
「続けて北側、南側にも反応!? 南側は他と比較してかなり近い位置の反応です!」
「そんな! こんなに連続するなんて……!」
ブリッジの面々ももちろんだが、同じように四つの反応を確認している基地の司令室からも通信越しに戸惑いの声や焦りの声が届いてくる。
「おい、どうする!?」
「……南側の反応に対して〈ブラスト〉と〈スナイプ〉を出します。〈ミストルテイン〉は念のためいつでも発進できるように準備を」
ラムダの声に少し戸惑いつつも指示を出すミスティ。騒ぐ基地の司令室にも同じ内容を伝えて話を進めていく。
「……嫌な感じがします。まるであの日の人工島のよう」
外部との通信を終えてすぐに吐き出されたネガティブな言葉。
一時的とはいえ部隊の指揮を預かる人間が口にすべきではないことだったが、おそらくは今感じている不安が意図せず口から漏れ出てしまったのだろう。
だが、彼女のその言葉と似たような感覚を、ラムダも同じく胸の中に抱いていた。
数こそあの日より少ないが、離れた距離に散発的に出現するというのは共通している。
「どうも一波乱ありそうだ」




