3章-セントラルタワー完成記念セレモニー②-
アキトたちと共に戻ってきたアンナがじっとシオンのことを見つめ、足元から頭までゆっくりと視線を動かしていく。
「……うん。大人しくしてたみたいだし、こうして見るとちゃんとこの場にも馴染めてるみたいね!」
「そっちはちゃっかりしっかり馴染めているようで何よりです」
満足気に微笑みアンナに対してシオンも微笑みながら言葉を返す。
アンナの笑顔は本音だが、シオンのほうは完全に嫌味込みである。
アンナの着ているドレスもワンピースのようなタイプであるという点ではナツミのものと大差はない。
ただナツミのものよりは露出の多い同じワインレッドのドレスは大人の女性らしい雰囲気を醸し出している。
彼女の髪色と同じ色のドレスは贔屓目なしで似合っていると思うのだが、だからこそなんとも言えない気分になってしまうのだ。
「大口径のライフル抱えつつバイクかっ飛ばすような人なのに普通に淑女っぽく見えるの普通に詐欺だと思うんですが」
「普通に失礼ね」
少しムッとした様子のアンナだが、実際彼女はそういう人間だ。
第七人工島での暴れっぷりもなかなかだったが、彼女は士官学校では実技の教官も務めていた。
今は戦術長ということで〈ミストルテイン〉からシオンたち機動鎧部隊の指揮をすることに専念しているが、士官学校で教鞭を取る以前は機動鎧のパイロットとしてそれなりの戦果をあげていたという話も耳にしたことがある。
〈アサルト〉も平然と動かしていたくらいなので、今でも普通にパイロットとして活躍できるのではないだろうか。
そんな彼女がさも普段からお淑やかですよ。というような顔をしてパーティーを闊歩しているのだと思うと、完全に詐欺としか思えない。というのがシオンの感想である。
「この状態の教官見て鼻の下伸ばしてる皆様がいっそ哀れです……」
「鼻の下伸ばしてる人がいるって確信してくれる程度には綺麗だって思ってくれてるわけね」
確かにそう思っている側面もあるが本題はそこではない。
そんなことがわからないアンナではないので、完全にシオンの言葉に真面目に取り合う気がないだけなのだろう。
「それはそれとして、もう挨拶回りは終わったんですか?」
「ああ。今回は人類軍関係者だけでよかったからな」
ミツルギ家は日本の名家。この中東ではそこまで認知度も交友関係もない。
ここが日本やアメリカあたりだったらもっとかかってしまっていたと話すアキトに、驚き半分理解不能半分といった具合だ。
「じゃあ人類軍関係者以外のほうが多いんですか?」
「あくまでここは政治的な施設だからな。設計に協力しているとはいえ人類軍が来過ぎるのは好ましくはないだろう」
人類軍は人間の世界全てを守るための軍事組織だ。
特定の国家を優遇することも冷遇することもしない、というのが原則として守られなければいけない。
実際にそれが守れているかどうかについては色々と議論があるようだが、それはまた別の話として中東を優遇しているような印象を与えるわけにはいかないということなのだろう。
「こういうのがあるから、人間の社会って面倒なんですよね……」
「人外の社会にこういうことはないのか?」
「少なくともこっちの世界ではあんまり……まあ人間ほど数がいないからって話かもしれませんけど」
「《異界》はどうなんだ? あっちは人外の世界なんだろ?」
少し食い気味に割って入ってきたハルマに少し驚いたが、知り得る限りのことを思い浮かべる。
「あっちは確か世界全体でひとつの国だから、国同士の関係がどうこうみたいなことはないはず。まあそのひとつの国の内側で多少派閥とかはあるかもしれないけど、千年以上アンノウン以外との戦いは一切してないんだから人間社会よりはずっと平和なんじゃないかな?」
「…………」
シオンの言葉に反論できずに少し険しい顔をして黙り込むハルマ。
別にそんな顔をさせるつもりはなかったのだが、嫌味のようになってしまったかもしれない。
なんだかんだシオンに対して態度を軟化させたとはいえ、ハルマの人外や《異界》を憎み嫌う気持ちがなくなったわけではない。
憎き《異界》が人間社会よりも平和と聞かされるのは面白くないのだろう。
「ところで艦長。俺っていつ頃お披露目されそうな感じなんですかね?」
少し強引な話題変更になってしまったが、シオンにとってこれは重要な問題だ。
そもそもシオンがここにいるのは、世間に対してシオンの存在を正式に公表するため――というのがアキトたちの予想だった。
予想は予想ではあるが、そうでもなければ要人の集まる場所にシオンを招くなんてことをするとは考えにくい。
十中八九その予想で間違いないだろうとシオンは考えているのだが、これまでのところ公表すると明言されたわけでもなければ何かしらの段取りを聞かされたわけでもない。
セレモニーが始まって一時間ほど経過済みのこのタイミングまで何もないので、シオンは内心「まさか本当にただ招かれただけなのでは……?」と若干不安になってきている。
「残念だが、俺にもそういった連絡は来ていない」
「えー……」
「こうなってくると、ゴルド最高司令官に直接聞くでもしないとわからないな」
「おや、呼んだかね?」
「「…………ん?」」
シオンとアキトの会話に流れるように紛れ込んできた第三者の声にそろって横を見れば、すぐそばにクリストファー・ゴルド最高司令官が立っていた。
パーティーホールという場所を忘れて驚きで叫ぶシオンたちを前にしておきながら、細めのワイングラスで白ワインと思しきものを楽しむクリストファー。
いつの間にだとか事前に声をかけようかとか色々と言いたいことが頭をよぎるが、ワインを楽しみつつ若干微笑んでいる彼が確信犯であると察して、一気に言葉にする気が失せた。
「改めてこんにちは。アキト君、シオン君、アンナ君。それに、ハルマ君とナツミ君に会うのは久しぶりだ。大きくなったねえ」
何事もなかったかのように挨拶してきたかと思えば、ハルマとナツミをまるで孫を相手にするかのように優しく見つめるクリストファー。
説明を求めるようにアキトを見つめれば、そっと耳元に顔を寄せてきた。
「ゴルド最高司令官は俺たちの祖父と親しかったそうで、昔から面識がある。……両親の死後も俺が成人するまでは色々と助けてくれたんだ」
「……もしかしなくても、ミツルギ家って俺が思ってたよりもすごい家ですね」
まさか人類軍のトップとプライベートで親しい間柄だとは思っていなかった。
本人たちにその気はないだろうが、このコネを使えれば相当色々とできてしまうのではないだろうか。
「それはそれとして、シオン君。後で私と一緒に壇上に上がってもらうからそのつもりでいてくれたまえ」
「説明雑じゃないですかね!? もうちょっと丁寧に段取りとか教えてもらえません!?」
「君、そういう堅苦しい話は嫌いなんじゃないかい?」
「そうですけども、程度ってものがあると思うんですが!?」
すっかりクリストファーのペースに振り回されている自覚はあるが、自覚できているからと言ってどうにかできるものではない。
「何、基本的には私が話すだけだ。君は私の隣で大人しく立っていてくれればいい。……こういう展開を予想していたようだし、問題ないだろう?」
質問の形を取っているが、どう考えてもシオンに拒否権はない。
突然の登場からの怒涛の展開に、文句を言う隙もないまま全てはクリストファーの思い通りに進んでいってしまうのだった。




