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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
3章 "悪"とは何ぞと問われれば
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3章-セントラルタワー完成記念セレモニー①-


中東最大の都市の中心地に高々とそびえ立つ真新しい高層ビル。


ミドルイースト・セントラルタワーというとてもわかりやすい名前を付けられた建物の最上階において、今日、ビルの完成記念セレモニーが執り行われる。


中東地域に存在する無数の国家の出資と人類軍の技術共有のもとに作られたこのセントラルタワーは商業目的ではなく政治的な施設に当たる。

まだ完成したばかりなのでほとんど機能していないが、いずれは中東各国の高官が駐在しつつ中東全体の連携の強化やさらなる発展のための活動拠点になるのだとか。


「(またなんというか場違いなとこに来ちゃったなー……)」


このセントラルタワーがどういうものなのかについて脳内で改めて整理した末にシオンの出した結論は、このひと言に尽きる。


シオンは現在、タワー最上階のパーティーホールにいる。

各国要人を招いてのパーティーなどを行う想定で設計されたというホールは流石と言うべきか豪華な造りになっており、少し視線を上に向けただけでもキラキラとしたシャンデリアがいくつも視界に入ってくる。

大理石でできているであろう床も新しさもあって輝いていて、全体的にホール内が眩しく感じるほどだ。

広いホールには等間隔に真っ白なテーブルクロスのかけられた円形のテーブルが配置されており、その間を参加者が自由に移動できる立食パーティーの形式が取られている。


「(こんなに天井高い空間、格納庫以外に足を踏み入れたこともないよ……)」


目の前に広がる煌びやかな空間も、そこをさも日常とでも言うように悠々と闊歩する育ちの良さそうな人々も、シオンからすれば生きる世界が違い過ぎて思わず遠い目になってしまう。


「……シオン、大丈夫?」


周囲に気づかれない程度にため息をついていると、軽いヒールの音と共に気遣わし気なナツミが顔を覗き込んでくる。

シオンにとっては見慣れた相手ではあるが、パーティー仕様ということなのか昨日試着して見せた藍色のドレスと薄く施された化粧も相まってまるで別人のような印象を受けてしまう。

そんな彼女はシオンのように委縮することもなくホールの風景に馴染んでいる。

アキトたち他の三人も似たようなもので、彼らは主に人類軍関係者相手に挨拶周りに行っている。

いると話がややこしくなる可能性の高いシオンとその監視役のナツミだけが、ホール内でも比較的目立たない位置にあるテーブルのそばで待機しているわけだ。


「だいじょばない。この空間にいるだけで首と肩が凝り固まって死にそう」

「あーうん、なんかシオンっぽいね」


マナーなんて言われてもさっぱりわからないし、スーツなんていう堅苦しい格好をしているだけでストレスがすさまじい。

正直、今すぐ魔法のひとつでも使って〈ミストルテイン〉に逃げ帰りたい。


「豪華な料理が食べられるかも、なんて甘いこと考えてた俺が馬鹿だった」

「別に自由に取って食べていいんだから、食べればいいじゃない」

「"アンタはひとりでとんでもない量平らげかねないから料理への手出し禁止"って教官にNGくらった」


ナツミの言う通りホールの両壁際にはいかにも上等そうな料理の数々が並べられているのだが、アンナに先手を打たれてしまったのだ。

確かにビュッフェスタイルをいいことにスイーツを全て駆逐するくらいはできてしまうので、残念ながらシオンに反論の余地などなかった。


「我慢して普通の人くらいの量に抑えるとかできないの?」

「無理。自信ない」

「子供じゃないんだからそこは頑張ろうよ……」

「どうせ俺はマナーのなってない甘いもの好きのガキですよーだ」


何故タダメシ、しかも好物である甘い物を目の前にして我慢せねばならないのか。

自らの心と欲望に忠実なシオンにはそんな我慢などできはしないのである。

拗ねたような言動をするシオンを前にため息をついたナツミだが、「少し待ってて」とだけ言い残してテーブルを離れていった。


特にやることもないのでぼーっとして少し待てば一枚の皿にいくつかのスイーツを乗せたナツミが戻ってきた。


「……お前、食べたくても食べられない俺の前で甘い物食うとか悪魔か何かか?」

「違うから! これ、シオンの分よ」


そう言って押し付けるように差し出された皿を受け取る。

よく見ればバリエーション豊かでありつつもシオンの好みのスイーツが選ばれていることに気づく。


「多分問題なのは大量に食べることでしょ? これくらいなら教官も許してくれるんじゃないかな?」

「お前……神か?」


「これだけでそんなに感謝されてもね」と苦笑するナツミだが、シオンからすればまさしく天の恵みのようなものだ。

しっかりと感謝の言葉を伝えつつ、一応周囲の目を気にして気持ちゆっくりとしたペースで皿の上のスイーツを楽しむ。


「美味しい?」

「ん。さすが要人集めまくったパーティーだけあるな」

「へえ、あたしもせっかくだし少し食べようかな」


スイーツを食べ終えテーブルに皿を置いたシオンの幸せそうな様子を見ていて興味を引かれたのか、ナツミがもう一度料理を取りに向かおうとする。


しかし、歩き出したナツミは軽い悲鳴と同時に突然バランスを崩した。


「あっ、ぶな……」


咄嗟に助けに入ったのが間に合ったので、ナツミが床に身体を打ち付けることはなかった。

その事実にひとまず安堵しつつ、咄嗟に抱きとめる形になったナツミに声をかける。


「大丈夫? 足とか捻ってないか?」

「あ、うん。大丈夫……」


急な出来事に驚いたのか少し反応は鈍いが、特に身体に異常はないという返答に安心した。


「(細いし、受け止めてなかったら結構危なかったかもな)」


腕の中で未だ固まったままの細い身体にそんな感想を抱く。

日々顔を合わせることは多いがこんな風に至近距離で触れ合う機会などまずないので、初めて気づいた。


「(……でも、なんか見覚えがあるような……?)」


腕の中にいるナツミの顔をかつてない距離で見つめていると何か引っかかりを覚えた。

既視感の正体を探ろうとじっと彼女の顔を見つめるが、どうしても答えが見つからない。


「し、シオンさん……?」

「……あ、ごめんごめん」


戸惑ったようなナツミの声に我に返ったシオンはすぐに彼女を立たせてやる。


「…………」

「あー、女子に軽々しく触れるのはアレだったな」

「そこはまあそうなんだけどそうじゃなくて……」


微妙な反応を見せるナツミに内心首をかしげていると、視界の隅で何かがおろおろと動いていることに気づいた。


「……チビッ子?」


年齢にして五つか六つかというくらいの小さな男の子だった。

パーティーの参加者には家族を連れてきている人もいるので別に彼がここにいること自体はおかしくもないのだが、彼は視線を泳がせながら不安そうにしていてどうにも挙動不審だ。

少し遅れて彼に気づいたらしいナツミとふたりで彼を見下ろしていると、突然意を決したように勢いよく頭を下げた。


「ぶつかっちゃってごめんなさい!」


一瞬なんのことかと思ったが、一連の流れを思い出して彼がナツミの転倒の原因なのだと察しがついた。

大方はしゃいで走り回っていたらナツミに激突してしまったのだろう。


自分の落ち度だとちゃんとわかっているらしく不安そうにこちらを見上げている少年に対して、シオンはそっとしゃがみこんで目線を合わせる。


「ぶつかったのは確かにアレだけど……ちゃんと謝れて偉いな」


意識して優しく語りかければ不安そうな顔が一転してきょとんとした表情に変わる。

その変わり様が少しおかしくて小さく笑ってしまう。


「なんだ? 叱られると思ったか?」

「……うん」

「まあ謝らずに逃げてたらちょっと叱っただろうけど、逃げずに謝れたのはいいことだからな~」

「そうだね。あたしもシオンのおかげでなんともなかったし、大丈夫だよ」


シオンに続けてナツミも少年に優しく声をかける。

それでも緊張した様子の彼の頭をポンポンと軽く撫でてやれば、少年はようやく安心したようにほっと息を吐き出した。


「とはいえ、みんなが俺たちみたいに子供に甘いわけじゃないかもしれないからね。この後は走り回ったらダメだぞ?」

「うん! ありがとうお兄ちゃん、お姉ちゃん!」


元気よく返事をしつつもちゃんとシオンの言いつけを守って走らずに去って行った。

少しやんちゃではあるらしいが両親の教育の行き届いたしっかりした子供なのだろう。


「……シオンってさ、意外と年下に甘いよね」

「意外とってなんだよ」

「普段同級生とか年上には意地悪かったり容赦なかったりするじゃない」


そう言われてしまうと心当たりはそれなりにあるので言い返せない。

確かにその姿と比較すれば年下に甘いと思われても仕方ないのかもしれない。


「そりゃあ、子供には優しくしてやるもんだろ?」

「シオンもあたしも、世間から見ればまだ子供なんじゃない?」

「だとしても俺たちよりは小さいんだ。なら愛してやるべきだし、守ってやるべき存在には違いないだろ?」

「なんか、そういう言い方だと親目線っぽいね」

「……そうかもな」


短くそう返した直後、アキトたちが戻ってきたことでナツミの意識はそちらに逸れた。

だから返事をするまでに不自然に開いた間も、シオンの浮かべている表情にも彼女は気づいていない。


少し不思議そうに"親目線"と表現したナツミにおそらく他意はない。

純粋にシオンの言葉をそう感じたというだけなのだろう。


「(変なところで鋭いんだよな)」


ナツミの背中を見つめつつ、シオンはわずかに詰まっていた息をそっと吐き出した。


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