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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
3章 "悪"とは何ぞと問われれば
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3章-夜道にて語らう-


レストランでの食事を終えて外に出れば、すでに日はかなり傾いていた。

あと一時間もかからずに日は暮れて夜の時間が訪れることだろう。


食事の前に購入を済ませたスーツやドレスは配達を頼んであるので手荷物はなく身軽であるし、どうせ戻るだけなのだから町の様子を見ながら徒歩で戻ろうというアキトの提案に一行は頷いた。


歩いている間にも着実に周囲は暗くなっていくが、行きかう人々の数が減る様子はなく賑わっているようだ。

そんな町中をハルマたちはゆっくりと進んでいく。


「平和なもんだね」

「……嫌味か?」


目の前に広がる光景が平和なものであるのは間違いない。

しかしこの中東という地域では今もどこかでテロリストたちが何かを企んでいるかもしれない。

この平和な光景が彼らによるなんらかのテロ活動によってあっさりと崩される可能性もある。

そんなこと、実際にテロリストと相対することもあるシオンがわかっていないはずもない。


そんなシオンはハルマの言葉に少し驚いてから「違う違う」と手をヒラヒラと振って見せた。


「平和だなと思ったのに含みとかはないよ。この平和の裏で色々物騒な連中が動いてるのは承知してるけどね」

「……だったら、平和なんて言えないだろ」


次の瞬間にも罪のない民間人が暴力に脅かされるかもしれない。

そんな状況を本当に平和と呼ぶことができるだろうか?

少なくともハルマはそうは思わない。


「だとしても、ここだけでも人が笑ってられるなら悪いことじゃない。……少なくとも誰も彼もが辛気臭い顔してるよりはよっぽどマシじゃん?」


言わんとすることはわかるがそれは現実から目をそらしているだけのようにハルマには感じられてしまう。

厳しい表情を浮かべるハルマに、隣を歩くナツミの表情が曇った。


「……どうしてこうなっちゃうんだろうね」


普段の明るさがなりを潜めたナツミの声は小さかったが、ハルマの耳には確かに届いている。


「戦わずに、傷つけあわずにいられれば、それだけでいいんじゃないのかな」

「……そうだな」


無論、それだけで何もかもが上手くいくとはハルマも思っていない。

暴力でぶつかり合うことがなくなっても経済的な格差などの問題はきっと残る。

それでもせめて血を流さずにいられれば、命のやり取りをせずにいられれば、少しは穏やかな世界になっていくのではないだろうか。


ハルマとナツミのふたりを見て、シオンが薄く微笑んだ。

ただそれだけのはずなのに、普段の子供じみた振る舞いを感じさせないどこか影のある微笑みに胸がざわつく。


シオンに秘密があることなど、今のハルマにはとっくにわかっているはずなのに、それ以上の何か(・・)を覗き見てしまったかのような、そんな気がしてしまった。


「世界中の人間がみんなお前たちみたいなら、もう少し穏やかな世の中になるんだろうな」


優しく穏やかでどこか諦めたようなニュアンスを含んだ言葉を口にするシオンはハルマとナツミのことを話しているというのに、目を背けるかのように空を見上げた。


「ま! そんなの夢物語というか絵空事というか……口にしてみたところでどうにもならないんだけどさ!」


「それにミツルギ兄みたいなのだらけになると、俺の命がだいぶ危ない」なんて言いながら普段の調子で笑うシオン。

その振る舞いにハルマは少し安心する。


「結局、俺たちはできることをするしかないんだろうな」

「そういうこと。ひとりの人間にできることなんて、せいぜい手の届く範囲をどうにかするくらいなんだからさ」

「……お前が人間について語ってるの見るとモヤモヤするな」

「いやいや! 俺ちゃんと生物学的にも人間だから!」

「うーん。普通に空飛んだりしてるの見ちゃってるから「人間ってなんだっけ?」ってたまに思っちゃうかな」

「予想外のとこから追撃された!?」


ハルマはともかくナツミにまで言われるのは予想外だったのか狼狽えるシオンに、ナツミとふたりでクスクスと笑う。

それに文句を言おうとしたのだろう。シオンが不機嫌な顔のまま大きく口を開きかけて――口を開いたまま唐突に足を止めた。

それから弾かれたように右方向に顔を向けたシオンに、ハルマは何かあったのだと察する。


「兄さん!」

「……何かあったのか?」


咄嗟に少し前を歩いていたアキトに呼びかければ、振り向いてすぐにシオンの様子に気づいたのか真剣な顔でこちらに引き返してくる。

その間もシオンはある方角を見つめるだけで言葉を発することもしない。


「シオン、何があったの?」

「……何がと言われると答えにくいんですけど、あっちのほうで嫌な感じ(・・・・)がしたんです」


曖昧な表現をするシオンは本当にその感覚の正体がわかっていないらしい。

ただ直感的に嫌悪感を覚えたというのは間違いなさそうで、表情も目線も険しい。


「穢れ、だったのか? でも今まであんなの一回も……」


しばらく自分の中で考えを整理するようにブツブツと呟いていたシオンだが、再び弾かれたように先程と同じ方角を睨みつける。

それに合わせるようにハルマたちが所持していた通信端末が一斉に着信を知らせた。


「こちらアキト・ミツルギだ。何があった?」

『アンノウンの出現反応です。急ぎ〈ミストルテイン〉に戻ってください艦長!』

「出現位置は?」

『都市の北の方角、これまでの出現例の中でも一番都市に近い位置での出現になります! 先行して〈スナイプ〉と〈ブラスト〉を出撃させますがよろしいですね!』

「構わない。戻るまでは君に任せる」

『はい!』


通信を切って走り出そうとしたアキトたちだったが、その前にシオンがアキトの手を掴んで通信端末に顔を寄せる。


「ちょいと失礼! 〈アサルト〉はもう出せる状態ですか?」

『〈ミストルテイン〉搭載の機動鎧は全ていつでも出撃可能ですが、それが何か?』

「じゃあ、俺はこのまま現場直行します! 三分後に〈アサルト〉を転移させるので(・・・・・・・)、技班のメンバーに離れとくように言っといてくださいね!」


慌てるミスティを無視して通信を切ったシオンはすぐさま都市の北方――まさに先程までシオンが睨みつけていた方角へと走り出す。


「イースタル!」

「通信で言ってた通り、だいぶ近いとこに出てます! 侵入されたら大惨事なんで先に行きますから!」


こちらの制止など知らないとでも言うように、次の瞬間シオンは空高く飛び上がった。

しっかりと認識阻害の術を使っているのか周囲の民間人を驚かせることはなく、あっという間にハルマたちから遠く離れていく。


「アキト、どうする?」

「……実際対処が早いに越したことはない。俺たちは一秒でも早く〈ミストルテイン〉に戻ろう」


シオンは離れた場所にいても〈アサルト〉をそばに呼び出すことができる。

単機とはいえ生身でアンノウンたちに挑むわけでもないので問題はないだろう。


ひとまずそう結論付けてハルマたちは〈ミストルテイン〉のある人類軍基地へと走り出すのだった。


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