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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
序章 はじまりは災いと共に
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序章-月下の戦場-

時刻は午後七時を少し回った頃。地下にいるので外の様子はわからないが、確実に日はすっかり沈んでしまっているであろう時間帯だ。


ハルマたちの案内で待機部屋へ案内されたシオンだったが、実際のところそこまで長時間休ませてはもらえなかった。すでに〈アサルト〉を放置していた入り口の塞がったシェルターに移動し、機体に乗り込んで待機している。結局、出撃準備に入るように命令が来るまで、せいぜい一時間程度しかなかっただろう。

〈ミストルテイン〉はそもそも近日中に飛び立つ予定の艦であるという話だったが、そうは言っても準備にはそれなりの時間を要するはず。それを、この短時間で準備を完了させて出撃までこぎつけたということは人類軍側も相当焦っているのだろう。


「(確かにあれが急に暴れだしたりすると、シェルターでも大して時間は稼げないだろうしな……)」


問題の大型アンノウンが強力な攻撃手段を持っている様子は今のところない。

しかしそれがなくともあの三〇メートル以上あるずんぐりとした身体がかなりの質量を持っていることは一目瞭然だ。そんなヘビーな身体に思いきり体当たりなどされれば、それだけで中央管理塔の地上部分は確実に御陀仏であるし、その場でジャンプなどされてしまうと地下部分の天井を踏み抜かれてしまう可能性が高い。

この島のシェルターは新暦の初期、まだ大型アンノウンの出現例が少ない時代に作られたものなので、どこまで耐えられるかは未知数なのだ。

そんな最悪の展開になる前に大型アンノウンを倒すべく、こうして諸々のことが急ピッチで進められているということなのだろう。


『シオン、準備の方はどうなってるかしら?』


〈ミストルテイン〉からの通信、相手は考えるまでもなくアンナだ。現在の状況でこんなに気安くシオンに話しかけてくる人間は彼女以外いない。


「機体には搭乗済み、軽く動作確認も完了済みですよ」

『さすが、任せてしまえば仕事が早いわね』


機嫌よくそう話すアンナに、今度はシオンの方から質問をぶつける。


「〈ミストルテイン〉からの通信みたいですけど、教官も乗ってるんですか?」

『ああ、説明してなかったわね。もともとアタシは軍人稼業に戻ったらこの艦に乗る予定だったの。一応戦術長の役目を任されてるわ』

「ってことはここから俺は教官、もとい戦術長の指示に従えばいいんですかね?」

『そういうこと! 突っ走ったらそれ相応のペナルティを課すからそのつもりで』

「……イエス・マム」


別に命令を進んで無視する予定もなければ、この人事も偶然に過ぎないのだろうが、なんともシオンにとって微妙な状況である。シオンを嫌悪するような相手ではなかったことを喜ぶべきなのかもしれないが、あまりに相手と親しすぎて手抜きや隠し事がバレそうな気もする。アンナはともかく人類軍相手にあまり手の内を晒すつもりはないので、振る舞いには注意しなければなるまい。


『ところでシオン』

「なんですか?」

『アンタ、仲直り(・・・)はしたの?』


まるで脈絡のない仲直りというワード。恐らく〈ミストルテイン〉のブリッジでこの通信を聞いているであろう他の人間には意味がわからないだろう。しかし、シオンにだけはそれが意味することを理解できた。


「(本当にこの人は……)」


何のためにハルマたちをシオンにけしかけたのかと思えば、そういうことなのだろう。

彼女はシオンが彼らに対し全てを説明し、学生時代のような関係に戻るためのチャンスを用意してくれた。

それをお節介だとも浅はかだとも思わない。もしもシオンが彼らと関係を修復したいのであれば、できるだけ早く話をする必要があったのは間違いないからだ。時間が空けば話をするタイミングすら見失い、そうしている間に亀裂は決定的なものになってしまう。そうなる前にと、アンナは気を利かせてくれたのだろう。

結局、シオンはそのチャンスを無為にしてしまったのだけれど。


「仲直りはしませんでしたよ」

『……いらないお節介だったかしら?』

「いえ、必要なことではあったので助かりました。ただ最初から仲直りなんてするつもりはありませんでしたけど」


彼らとの関係においてシオンが望んだのは“仲直り”ではない。“決別”だ。

シオンは現在、アンナという親しい相手を人質に取られている。ここでシオンが彼らと関係を修復してしまったとして、人質が増えるだけでしかない。

あの時、助けたり忠告したりした理由は特にないと言ったものの、あれは半分ウソだ。

ナツミはアンナと同じようにシオンを信じようとしかけていた。レイスは迷っていたし、リーナは少なくとも盲目的にシオンを敵と断定はしていなかった。それがシオンにとって不都合だったからこそ、警告し、信じるなと告げたのだ。ハルマがそのような素振りを見せないでくれたことは、むしろ好都合だったくらいだ。

あの護送の一件を経て、おそらく四人ともがシオンから遠ざかるだろう。

アンナという弱みを見せてしまったこと自体、大きな失敗なのだ。これ以上同じような失敗を重ねるつもりはない。学生時代近しかった相手であろうとこの先明確に距離ができていればアンナのような対象になることもないだろう。


『……アンタがそれでいいなら、アタシから言うことはないわ』

「はい、ありがとうございます」

『でも、ひとつ聞かせて』


通信越しに聞こえるその声は寂しそうに聞こえた。きっとブリッジにいる彼女はその声と同じような表情を浮かべているのだろう。


『アンタ、辛くはないの?』


ハルマたちとは三年間を友人として過ごした。あまり他人と関わることを好まないシオンだったが、彼らとの日々は楽しかったと迷わずに言える。

そんな彼らに、これからのシオンは“敵”と見なされていく。バケモノとして見られていく。いつか銃口を向けられる日が来るかもしれない。それはきっと第三者から見て辛く苦しい事なのだろう。

確かに、シオンも何も感じないわけではない。けれどそれ以上に、巻き込んではならない。憎まれようと恐れられようと、そんなことは些細なこと(・・・・・)に過ぎない。彼らがシオンをどのように見ていようとどのように考えていようと、シオンにとってそれは最早関係ない。


「大丈夫ですよ。何より、これは俺自身が望んだことですから」


はっきりと告げたシオンに返されたのは「そう」というシンプルな言葉だけだった。それから一度咳払いして、アンナは改めて口を開く。


『さあ、そろそろ時間よ。覚悟はいい?』

「いつでも」

『結構。カウント一〇〇で〈ドラゴンブレス〉で天井を撃ち抜いて出撃。あとは作戦通り飛行可能な個体を優先して討伐、陽動を開始しなさい』

「イエス・マム」


起動と共に魔力を流し込んで出力を上昇させつつ〈ドラゴンブレス〉も高出力モードで発射準備に入る。機体の状態に問題はない。いつでも動けるだろう。


『やっとこさ出陣ってか……シオ坊はびびっちゃいねぇか?』

『出てきたかと思えば冷やかしかい……』


ここまで一切口を挟んでこなかった朱月。本人曰くシオンが死にさえしなければどうでもよいということだったので、今口を出してきたのも深い意味はないのだろう。発言内容からして完全に冷やかしだ。


『……お前、ほとんど緊張してやがらねぇな』

『契約通して思考探るのはやめてもらえないかな? あんまりやると探り返すけど』

『いやいや、戦慣れしてなさそうなご主人様を励ましてやろうかと思っただけさ。どうもそんな必要ないらしいが……それはそれでおかしな話だよなァ?』


朱月の言葉をシオンはあえて無視した。正直出撃直前なので彼の話に付き合っている余裕はない。それでも朱月は気にせず話を続けるつもりらしい。


『まだ成人もしてないようなガキが、単騎でバケモノだらけの戦場に飛び出そうってのにどうしてそうも落ち着いてやがる』

『別に、怖くないもんは怖くないだけだけど』

『ほぉ~、ソイツはまた……』


カウントはすでに半分を切って残り三〇程度。〈ドラゴンブレス〉の銃口を天井へ向けて飛行ユニットの出力を上昇させる。


『その話、長くなるなら後でいい? もう作戦開始なんだけど』

『お、後で話に付き合ってくれるのか?』

『前向きに検討する』

『その言い方をする時点で検討するつもりねえよな⁉ まあいいけどよ』


朱月の言葉の終わりとカウントの終了はほとんど同時だった。カウントゼロに合わせて〈ドラゴンブレス〉から放たれた閃光が天上をぶち抜き、そこから〈アサルト〉は上空へと飛翔する。


『何はどうあれ、こんなところで死んでくれるなよ?』


今宵は満月。月明かりの下、大小様々なアンノウンの闊歩する戦場へと飛び出したシオンにかけられた朱月の言葉。そこにシオンの身を案じているような様子はなく、むしろどこか楽しげな響きをしていた。


***


天井に開けた穴から飛び出した〈アサルト〉はそのまま一気に高度を上げ、地上にいるアンノウンたちから距離を大きく取る。ここまで上昇すれば飛行できる個体以外はまずこちらに手を出せないだろう。


「思ってた以上にうじゃうじゃと……」


軽く気配を探っただけでも周囲に十、実際はその数倍はいるだろう。しかも大型アンノウンを倒さなければ増える一方だ。

それをしばらくの間ひとりで相手取れとは無茶な注文をしてくれたものだと思うが、それだけ人類軍も手段を選べない状況なのだろう。考えようによっては人類軍に大きな恩を売るチャンスでもある。とりあえずはそのようにポジティブに考えることにした。

そんなシオンの思考を阻むようにアンノウンの接近を示すアラートが鳴り響く。気配を殺して接近して来るアンノウンのことがあったので警戒していたのだが、どうやら飛行可能な個体はその技能を持っていないらしい。


「それじゃあ早速……やりますか!」


正面から接近して来る反応は三つ。その反応に向けて〈アサルト〉を一気に加速させ、距離を詰めつつ機体の右手に〈ドラゴンブレス〉を構え、光の弾丸を連射し始める。


元々シオンはあまり狙いを定めて撃つのが得意ではない。


操縦スキルは技術科内ではトップクラスで軍人としてでもやっていける腕前だとアンナを筆頭に実技の教官に太鼓判を押されているが、射撃のスコアはその中でも低い。だからこそ無理には狙わず数を撃って当てる方が合理的だ。

一般的な機動鎧の場合、エネルギーの使用量が多い〈ドラゴンブレス〉のような光学兵器はあまり多く発砲することはできない。しかし幸いにも〈アサルト〉は実験中のECドライブ搭載機だ。

理論上は一度に大量のエネルギーを使用することさえなければ半永久的に稼働できるECドライブ搭載機は光学兵器と相性が良い。

しかもECドライブのエネルギーは異能の力の源である魔力と同じもの。故に、異能の力を持つシオンは理論以上の出力で〈アサルト〉を扱うことができる。具体的には〈ドラゴンブレス〉を二、三百発撃ったとしても、シオンも〈アサルト〉もほとんど問題がない。

〈アサルト〉とシオンの相性は最高と言ってしまっても過言ではないのだ。

乱射していた光弾が三体の内二体を撃ち落としたが、残る一体がアサルトに迫る。鋭い鉤爪が〈アサルト〉を狙い――機体に達する前に光の防壁に阻まれた。


「ざーんねん」


目の前で無防備に動きを止めたアンノウンに対して〈ドラゴンブレス〉が火を噴く。零距離で頭部に命中した光の弾丸によりアンノウンの頭が消し飛んだ。


「ひとまず、第一波終了っと」

『シオン!』


通信で届けられたアンナの大声に咄嗟に耳を塞いだ。しかしアンナはそんなシオンに構うことなく言葉を続ける。


『今の、魔力防壁ってやつじゃ……』

「そうですけど、なんでそんな驚いてるんです?」

『だって使えるなんて聞いてないわよ。それに最初その機体に乗った時、アンタが使ってるんじゃないって言ってたわよね?』

「あー……あれはまあ、機体に載ってるエナジークォーツの防衛反応とかそういう感じの……俺も正直ちょっとわかんないですけどね!」

『もうちょっと真面目に説明する気ないの?』

「わかんないもんはわかんないんです! 本職の魔法使いとかじゃないんですから」


実際は〈アサルト〉の核となっている朱月の仕業だったわけではあるが、彼のことを現時点で人類軍に知らせるつもりはない。シオンが最低限の知識しか持っていないのは事実なので全部がウソというわけでもないだろう。


「っと、次のが来たので通信終わりで!」

『……色々終わって帰ってきたら、アタシとアキトによる質問大会セッティングするから覚えてなさい』


最後に不穏な発言があったが一応シオンの言った通り通信は途切れた。終わった後が非常に憂鬱ではあるが目の前の敵に集中する。


「(でもまあ、個々の個体はそんな強くはないんだよな……)」


この島にはかなりの数のアンノウンが出現している状況ではあるのだが、その個々の戦闘力はそこまで高いものではない。

まだ能力が未知数な大型アンノウンは別として、機動鎧の出撃に問題が起こっていなければこの島の戦力だけでも十分に対処できたレベルだろう。

シオンひとりで圧倒的多勢のアンノウンを相手取るという話になった時には無茶に思ったものだが、蓋を開けてみれば思ったよりもなんとかなりそうだ。


「とりあえず、とっとと落っこちろ‼」


再び〈ドラゴンブレス〉を連射しながら空を飛び回る。

どうやら最初の三体を相手にした時に派手に立ち回ったからか他のアンノウンもシオンの方へと集まりだしているらしい。飛行可能な個体を倒しつつ陽動をしなければならないシオンとしては好都合な展開だ。

群がってくる無数のアンノウンたちにあえて背を向けて逃走する。四方八方から飛んでくるアンノウンたちを引っ掻き回すように飛び回れば、〈アサルト〉を落とそうと躍起になって追いかけてくる。

――それが、シオンの狙いであることも知らずに。


十分に追いかけてくるアンノウンを増やした〈アサルト〉はそこでさらに加速して一気に引き離す。それでもなお追い縋るアンノウンたちは見事にほぼ一直線に列をなした。


『朱月‼ デカいの撃つよ‼』

『いいぜ、魔力はしっかり回しな‼』


〈ドラゴンブレス〉の銃身が開き、高出力モードの銃口がまっすぐに列を作るアンノウンたちを狙う。シオンの狙い通り(・・・・)の状況だ。


「『消し飛べ、ザコども‼』」


シオンと朱月の声が重なると同時に銃口が光の奔流を解き放つ。放たれた閃光は空を切り裂き、アンノウンの群れをまとめて薙ぎ払う。一直線に並んでいたアンノウンたちは一網打尽だ。


『カカカ! やるじゃねえか、俺様好みのド派手なやり口だぜ‼』

『鬼好みって言われるとそれはそれで複雑なんだけどな! けどまあこんだけ消し飛ばせばほぼ片付いたはず……』


軽く周囲の状況を確認してみるが、現状空を飛んでいるアンノウンの姿はない。であれば、そろそろアキトたちにも頑張ってもらわなければなるまい。


『戦術長殿! そっちの準備はいかがですか?』

『心配せずともちゃんと終わってるわ! そっちの掃除が片付いたのも確認済みよ』

『それなら、早めにどうぞ! あのデカブツが追加のアンノウン出してくると面倒ですよ』

『ああ、そうだな』


アンナとの通信に割り込むようにアキトが同意する。


『あれ、ミツルギさんも乗ってるんですか?』

『もちろん。俺がこの艦の艦長なのでな。言っていなかったか?』

『初耳ですけど? いや、まあそんなことより……』

『わかってる。……〈ミストルテイン〉、出るぞ!』


アキトの命令と同時に島内でまだ機能している放送機器が一斉に警報を鳴らし始めた。もともとは戦艦や大規模な機動鎧の出撃などがある場合に一般市民に知らせるための警報だったはずだ。

ここまで騒がしくなれば知性のないアンノウンたちでも何かが起こることくらいは判断できるのだろう。地上にいるアンノウンたちがせわしなく周囲を見回している。


そんな中、人工島の外れで巨大な影がゆっくりと浮上してくる。

一般的な戦艦と比べ、曲線が目立ちシャープな印象を受けるシルエットはどことなく〈アサルト〉にも通ずるところがあるように思う。

〈ミストルテイン〉は十分な高度まで到達すると艦首をこちらに向けて前進を始めた。ここまで来れば、あとは〈ミストルテイン〉の砲撃で大型アンノウンを倒すだけですべてが片付く。


「(それじゃあ俺は大型アンノウン付近で軽くひと暴れするか)」


〈アサルト〉が付近を飛び回っていれば大型アンノウンも無視はできない。それでこちらに注意が向けば、それだけ〈ミストルテイン〉の砲撃に対する防御が弱まるはずだ。その方が作戦の成功率も上がる。

地上で蠢くアンノウンたちは無視して一気に大型アンノウンに向かう。ものの十数秒で大型アンノウンを肉眼で見える範囲に捉えたシオンは、そこで妙な動きに気づいた。

ここまで微動だにしていなかったはずの大型アンノウンがわずかに動いている。動き自体は非常に緩慢だが、身をよじって足の位置を微妙に調整しているように見えた。


「あれは、踏ん張ろうとしてるのか……?」


先程までと比べて四本の足を少し広げ、少し身を低くしている。その動きはまさしく人や動物が地面を踏みしめて力を入れようとしている時のものと同じだ。

そして次の瞬間、大型アンノウンは吼えた(・・・)

響きわたる低く大きな叫びに大気が激しく震え、大型アンノウン付近の建物の窓ガラスや外壁がそれだけでひび割れていく。接近していた〈アサルト〉も音の波に阻まれ空中で一度動きを止めた。

そして咆哮と同時に巨体の影が蠢きそこから無数のアンノウンが姿を現す。


『シオン、アンノウンの数が増加したわよ!』

「はい、見てました! 見事に飛べるのばっかり出してきやがりましたね……」


影から現れたアンノウンたちは大きさに差はあれどすべて飛行能力を持つ鳥獣型のものばかり。完全に〈アサルト〉や〈ミストルテイン〉を警戒しての布陣のように思える。空から迫る脅威に対して本能による防衛反応が働いたのかもしれない。


「そういえば聞いてなかったんですけど、〈ミストルテイン〉の対空防御ってどんなもんですか?」

『一般的な戦艦と同程度ってところね。自動照準の対空機関砲が十分な数あるわ』

『だが、数十体に一気に群がられては迎撃が間に合わない。可能な限りそちらで落とせ』

「仰せのままに!」


飛び上がってきたアンノウンたちに向けて〈ドラゴンブレス〉を乱れ撃つ。だが、一気に三〇以上のアンノウンが出現してしまったため迎撃は厳しい。

何せこちらはあくまで単発式の光学兵器しか遠距離の武器がない。百発百中の腕前があればまだしも、どちらかと言えば狙撃が下手なシオンでは逃さず倒しきるのは困難なのだ。


「冷静に考えると、〈アサルト〉って武装のラインナップからして多頭狩りに不向きですよね?」

『当然だ。その機体は機動性を武器に敵陣に切り込み、撹乱することをコンセプトに造られたんだからな。基本的に“倒す”ことが主目的ではない』

「それ知ってたなら追加武装持たせるとかもうちょい配慮はなかったんですかね⁉」

『そんな余裕はなかったというだけだ。だが、ここからは多少援護できるだろう』


アキトの通信と同時に〈ミストルテイン〉からデータが送られてくる。内容はミサイルの軌道データのようだ。


『誘導ミサイル、一から十六番まで全門発射! シオンはちゃんと避けなさい!』

「発射の前に言ってほしかったです!」


見事にシオンのいるあたりを狙うミサイルの発射に慌ててそこを離脱する。誘導ミサイルなのでちゃんとアンノウンを狙うのだろうが、近くにいては巻き添えをくらいかねない。

咄嗟にその場から離れた直後、無数のミサイルが爆発する。どうやら上手くアンノウンたちに着弾したようだ。しかし、その直後新たな反応がレーダーに映る。


「あのデカブツ、まだ出してくるのか⁉」


大型アンノウンを見れば、影からまた新たなアンノウンを生み出している。しかも先程よりもペースが上げているのか出てくる数が明らかに多い。たった今倒し終えた以上の数がちょうど目の前で生み出されたところのようだ。


『キリがないわね! こんなにガンガン出してくるなんて……』

「……妙ですね」


大型アンノウンが小型や中型のアンノウンを生み出すためには相応の魔力を消費する。決してなんのリスクもなくできることではないのだ。

そして魔力というものはアンノウンや人外にとっては生命力に等しい。それをこうも大量に消費してまですぐにやられてしまう弱いアンノウンを生み出すことに意味があるとは思えない。特に動物的本能で動くはずのアンノウンが自身の命を削る行為を乱発するというのはどうにも腑に落ちない。


「(戦いになる前みたいに、休んだまま最低限の数出してくるならともかく……)」


どうにも引っかかるが、それについてじっくり考え込んでいられるほどの余裕はない。出てくる以上、シオンはこのアンノウンたちを迎撃しなければならないのだから。

右腕に構えた〈ドラゴンブレス〉に加えて左腕に〈ライトシュナイダー〉を携え、光の刃を形成する。両手の武装に十分にエネルギーを回したまま、〈アサルト〉はアンノウンたちの群れに突撃する。


『シオ坊、思い切りがいいじゃねえか!』

『撃って当たらないんだから斬るしかないんでね! それに、この距離なら俺でもそうそう外さない!』


ほんの数メートルの距離に近付いていた中型アンノウンを光の弾丸で撃ち落とし、続くように目の前に現れた小型アンノウンは斬り捨てる。たまに両方の対応が間に合わないが、その時は〈アサルト〉の全身を覆う魔力防壁を盾に体当たりして弾き飛ばす。

戦略性や操縦テクニックなど度外視の、機体性能とECドライブとシオンの人間離れした魔力による力技だ。


『シオン! 〈ミストルテイン〉のレンジに大型アンノウンが入ったわ!』

「待ってました! ド派手にやっちゃってください!」


ようやく成立した勝利条件に、シオンはひとまずその場から高く飛び上がる。

十分にアンノウンたちと距離を取り、周囲を見れば〈ミストルテイン〉は思っていた以上に近くまで来てくれているようだった。

前後に細長い〈ミストルテイン〉の両側面中央辺りが展開し、それぞれから兵装がせり出してくる。同時に折りたたまれていた砲身が開き、発射体勢に入った。

対艦用大型レールガン〈ライトニング‐Ⅴ〉

人類軍発足以前の戦乱の時代から技術の進んでいた欧米諸国の戦艦に搭載されてきたライトニングシリーズの第五世代にして最新型。人類軍の戦艦に搭載されるだけのスペックと安定性を誇る主要兵装のひとつ。

主砲ではないとはいえ、三〇メートル程度の大型アンノウンなら一発で倒せるはずの兵装だ。


『ライトニング一番二番、加えて誘導ミサイルも全門、照準、大型アンノウン!』


シオンの見立てでは〈ライトニング‐Ⅴ〉だけでも十分なはずだが、アンナは用心深くミサイルも当てるつもりらしい。そして――、


『撃て‼』


アンナの号令で弾丸とミサイルが飛ぶ。外れることなく直撃した弾丸と大型アンノウンの周囲の魔力防壁がぶつかり大気を揺らす。続いて着弾したミサイルの爆発による煙で、大型アンノウンの姿は一切見えなくなった。


『……やったの……?』


誰もが状況を見守る中、通信越しにミスティの声が届く。否、この状況では届いてしまった、という心地だった。


「眼鏡さん……それはフラグってやつですよ……」


煙が晴れたその先に、大きなシルエットが悠然と佇んでいる。その身体にはひとつの傷すら見当たらない。

それは〈ミストルテイン〉の砲撃でも大型アンノウンの魔力防壁を破れなかった証拠だった。


***


〈ミストルテイン〉の攻撃で大型アンノウンの防壁を突破できなかった。

この事実は人類軍やシオンにとって極めて危機的な事実であると言わざるを得ない。何せ、現在この島における最大火力の攻撃が通用しなかったのだ。こうなってしまえばあの大型アンノウンを倒す手段がないことと同義だ。


『シオン・イースタル‼ 話が違うではありませんか⁉』

「んなこと言われても! あのサイズの大型アンノウンがあれを防ぐなんて……!」


ミスティの怒鳴り声に怒鳴り返しつつ、シオンは考える。


シオンとて深く考えずにあのような見立てをしたわけではない。

使い魔たちに調べさせた大型アンノウンのサイズ、感知できる魔力量などの情報を元にあのように判断した。加えて過去の事例でも五〇メートル前後の大型アンノウンの討伐の際、ライトニングシリーズでの砲撃で討伐したという報告例を士官学校の授業の中でも数を多く聞いてきた。

それらを踏まえて出した結論だったわけだが、結果としてそれは外れた。しかしそれがどうして外れたのかがわからない。

大型であるだけの魔力量は備えているが、それは五〇メートル前後の大型アンノウンの方が多いはずだ。それに何より――、


「っ!」


操縦席に響くアラートに思考から引き戻される。慌てて状況を確認すれば、大型アンノウンから再び小型や中型のアンノウンが生み出されているらしい。しかも今日一番の数だ。


「(コイツの魔力、明らかにおかしい……)」


このアンノウンは先程レールガンの弾丸二発と十六発のミサイルを防壁で防いだ。それは相応に多くの魔力を必要とするはずなのだ。高々三〇メートル程度の大きさのアンノウンが、その直後にこんな風に大量のアンノウンを生み出せるはずがない。


『シオン、とにかく迎撃! こっちはこっちで大型への攻撃も続けてみるわ!』

「頼みます!」


湧き出てきたアンノウンたちの群れへと飛び込んで暴れる。やはり小型や中型程度なら障害にすらならない程度の戦闘能力しかない。だからこそ余計に違和感がある。

あの大型アンノウンが見た目に反してシオンの予想を上回るほどに強いのだとして、そうであれば生み出すアンノウンももう少し強くて然るべきだ。

これが人間やある程度の知能を持つ人外であれば、わざと自分が出せる最大以下の強さのアンノウンを出して力をセーブするなどの戦力もあるかもしれないが、目の前の大型アンノウンにそんな戦略的な行動ができるとは、ここまでの行動から見ても考えにくい。


大型以外のアンノウンを蹴散らしている間も、〈ミストルテイン〉からの砲撃は断続的に続いている。しかしやはり防壁を突破できていない。それもやはり異常(・・)だ。

人間の作る装甲であっても何度も攻撃を受け続ければいつかは壊れる。そして人外やアンノウンの使用する魔力障壁はある意味それらよりも壊れやすい。

装甲は物質として確かに存在するものであるが、反対に魔力障壁は物質として存在しない分もっと不安定なのだ。

攻撃を受けるたびにその分損耗し、魔力を消費する。そして損耗率が一定のレベルに達すれば容易く砕け散る。その分装甲よりも強度の調整や損耗後の修繕が楽であるというメリットはあるが、それも魔力あってこその話である。

つまり、あれだけ強力な砲撃をくらい続けているのだから、とっくに魔力が足りなくなり壊れているはずなのだ。それが一向に壊れる気配もない。


留まることなく生み出され続ける小型、中型のアンノウンたち。

そして、いくら攻撃されても壊れることのない魔力防壁。

どちらもポッと出てきた大型アンノウン程度ができることだとは思えない。


「(そういうデタラメなのは、それこそ神格があるような人外連中がすることだし……)」


だとすれば、何か裏があるはずなのだ。あの大型アンノウンが魔力を増幅、あるいは補給している何かが。

それを見つけ出せば、勝機が見えてくるはずだ。

そんな中、ゾワリ(・・・)と強い悪寒が背筋を駆け抜けた。悪寒の元凶はこの状況において考えるまでもない。

そしてその元凶たる大型アンノウンは今までが嘘のように動き出し、大きく口を開いて顔をやや上方へと上げている。その先にあるのは〈ミストルテイン〉だ。


「やばっ! 教官! 逃げるか避けるか急いで!」

『戦艦がそんな機敏に動けるわけない……なんて言ってる場合じゃないわね!』

『回避! 回避行動急げ!』


シオンの警告に対し、迅速にアキトの指示が飛ぶ。ブリッジでもアンノウンの不穏な動きには気づいていたのだろう。

だが、それでもアンノウンの方がわずかに早い。

大きく開かれた口の中に黒い影のような魔力が集まる。それは口の中で一瞬収縮し、次の瞬間弾けるように黒い奔流となって口から迸る。向かう先は当然〈ミストルテイン〉だ。


『回避、間に合いません‼』


ブリッジにいる誰かの悲鳴にも似た声が通信越しにシオンにも届く。そんなブリッジの状況をBGMにシオンは〈アサルト〉を大型アンノウンと〈ミストルテイン〉の間に滑り込ませた。


『オイオイシオ坊⁉』


驚き叫ぶ朱月の声を無視したまま解き放った魔力によりブワリとシオンの髪が逆立ち、その身から強い光が溢れる。加えて契約によるつながりを利用してECドライブからも魔力を集め、叫ぶ。

「魔力防壁、最大展開‼」

アサルトの正面に突如展開された巨大な円形の光の防壁は〈アサルト〉の全長の三倍はある太さの奔流を真正面から受け止めた。


***


迫る黒の奔流を前にした〈ミストルテイン〉のブリッジには大きく二種類の人間がいた。迫る攻撃に対して咄嗟に目を閉じながら身を縮こまらせる者、そして攻撃を前にしても目をそらすことない者だ。

しかしそのどちらの人間も、数十秒後には同じように目を見開き、呆然としたまま艦の正面を凝視していた。


「助かった……のか?」


ひとりの男性軍人の呟きが静寂に包まれたブリッジに木霊する。


『っ! 被害状況を確認しろ、船体にダメージはあるか⁉』


一番に正気に戻ったアキトは鋭く指示を飛ばす。その言葉に呆然としていた状態から呼び戻されたブリッジの面々はすぐに指示に従って状況を確認する。


「せ、船体ダメージありません(・・・・・)!」

「つまり……〈アサルト〉が完全にあの攻撃を防ぎきったというの⁉」


ミスティの驚愕の声にアキトも表には出さないが驚く。

先程大型アンノウンから放たれた黒の奔流はエネルギー量にして人類軍の小型戦艦――〈ミストルテイン〉よりは小さいものの十分なサイズを誇る艦の主砲と同等のものだった。

それを〈アサルト〉は機動鎧一機で完全に防ぎ切った。しかも守られた〈ミストルテイン〉のみにならず〈アサルト〉本体にも目立ったダメージは確認されていない。


「(いや、違う。〈アサルト〉ではなくイースタル自身(・・・・・・・)の力か……!)」


〈アサルト〉はECドライブを搭載しているだけであのような防御システムを持っているわけではない。つまりあの防壁は機体の性能ではなく搭乗者であるシオン自身の力なのだ。

あの少年は一七〇センチに届くか届かないかの小さな身体で、戦艦の主砲に匹敵する攻撃を防ぎきったのだ。


『……ブリッジ、無事ですか?』


再び呆然とするブリッジに〈アサルト〉からの通信が届く。アキトがちょうど思い浮かべていた少年の声にアンナがすぐさま反応した。


「シオン! アンタ今のは……」

『教官、ひとつ質問です』

「は?」


アンナの驚きを無視してシオンは尋ねる。他の人間相手であればともかく、アンナに対してそのような対応をしたことに、アキトは引っかかりを覚えた。


『あのデカブツが陣取ってるあたり、どういう施設ですか?』

「……すぐ調べるわ」


一瞬何の話だと思うような問いだったが、アンナはそれを掘り下げることなくブリッジの人間に指示を飛ばして確認を促す。アキトもまたその対応は正しいと考える。


「この状況で何故そんな話を……」

「わからない。……だが、イースタルはこのタイミングで無意味な質問をするほどバカな男ではないだろう」


ふざけたような言動をすることの多いシオンではあるが、決して何も考えていないわけではないというのは少し話しただけでもわかる。であれば、この突然の質問にも何か意味があるのだろう。

アキトの言葉に少なからず不満気な様子で黙りこむミスティを尻目にアキトもまた確認の結果を待つ。答えはそう長く待つまでもなくもたらされた。


「そこはこの一帯の工業施設に電力を回すため発電施設よ」


居住区や中央管理塔などに電力を供給するのとは別の、工業施設専用の発電施設。それが大型アンノウンの陣取っている場所の正体だ。


『りょーかい。おかげでだいたいわかりました。……ところで艦長殿』

「……なんだ?」

『現状、一刻も早くあのデカブツを倒すのが最優先って認識でいいですね?』


唐突な確認の内容自体は間違いではない。しかしこのタイミングでわざわざそれを確認するという行為がどうにも怪しい。


「何をするつもりだ?」

『発電施設を吹き飛ばします』


端的に述べられた返答に、アキトの隣に控えているミスティが息をのむ。


「何のために?」

『あのデカブツが魔力を回復できないようにするんです』


何故発電施設を破壊することと、魔力の回復を阻むこと。一見関係のなさそうのふたつだが、アキトはそのふたつを結びつけるものの正体にすぐに気づいた。


「エナジークォーツか!」

『ご名答! アレは発電用のエナジークォーツから魔力を吸収して自分のものにしてるんです』

「ということはお前の見立てが外れたのも……」

『それのせいでしょうね。外部からの魔力供給で本来のあのアンノウンのスペック以上の防壁を展開してるんですよ』


作戦会議の際、アンノウンの防御力は皮膚や鱗といった身体のつくり以上に魔力防壁に依存するものだとシオンは説明した。そして魔力防壁とは名前の通り魔力によって形成されている。

そんな中、決して小さくはない工業地帯を支える発電施設のエナジークォーツが生み出すエネルギーを、あの大型アンノウンが自身の力に変えているのだとすれば、過去の例に見られないほどの強固な防御にも説明がつく。

そしてそれを無力化する最適解が、魔力供給源の排除であるというのも明らかだ。


『ついでに言えばアンノウンを生み出し続けるのも、さっきのビームも、供給源がなくなれば封じられるはずです』

「それが本当なら……迷う理由はないな」


アキトの言葉に通信の先でシオンが笑う。その笑い声はずいぶんと楽しそうだった。


『話のわかる人は好きですよ、艦長殿』

「それなら精々俺のために尽くしてくれ」


叩かれた軽口にアキトもまた軽口で返してやれば、一瞬の間の後に大きく声を上げてシオンは笑った。

ただの少年のような屈託のない笑い声はこの場に似つかわしくないが、おかげで旗色の悪さに張り詰めていたアキトの心も少し余裕を取り戻すことができた。


『それじゃあ……始めましょう‼』


気合いを入れるかのように発された言葉に、〈アサルト〉のECドライブの出力が跳ね上がる。

続いて一気に加速した〈アサルト〉は流星のように月の輝く夜空を駆け、大型アンノウンへと向かっていった。


「総員、気を引き締めろ! 本艦はこの位置を維持し、発電施設の破壊を確認し次第、大型アンノウンに攻勢を仕掛ける!」

「ここが正念場よ……一気に終わらせるつもりでかかりなさい!」


アキトの指示とアンナの叱咤にブリッジの船員たちがそれぞれの役目に取り掛かる。


「(ここで失敗すれば、完全に打つ手がなくなる……)」


ここまでに弾薬も少なくない量を消費してしまっている。発電施設の破壊からの攻勢で決着をつけられなければ、最早〈ミストルテイン〉に打てる手はなくなる。

間違いなくこれがラストチャンスだ。


「(頼むぞ、イースタル)」


最後の頼りが信用に足るかも定かではない少年であるというのは、なかなか洒落にならない。とても他の船員たちに話せることではないだろう。

しかし不思議と、アキトの中にシオンが失敗するという予感はなかった。


***


〈ミストルテイン〉から離れた〈アサルト〉は最低限進路を阻むアンノウンだけを相手にしつつ大型アンノウンの真上の位置まで移動した。そこで一度停止しつつ眼下の発電施設を見つめる。


『とんだ無茶をしやがったかと思えば、いきなりあのデカブツのカラクリに気づくたあ、お前はどうにもせわしねえな』

『というか、無茶したから(・・・・・・)たまたま気づいたんだ』


大型アンノウンの放った魔力の砲撃に対する防御の時、シオンは自身の魔力に〈アサルト〉のECドライブの持つ魔力を上乗せして防壁を展開した。

これは規模こそ違えどやっていることは大型アンノウンと同じ。だからシオンはあのタイミングで大型アンノウンのしていることに気がつけた。言ってしまえば、単なる偶然というわけだ。

それを聞いた朱月はカカカと愉快そうに笑う。


『偶然幸運大いに結構。お天道様の気まぐれのない戦いなんぞ退屈だろ?』

『俺としてはそういうのは遠慮したいかな』

『つれねえなあ……』


朱月の無駄口に付き合いつつも発電施設を見下ろしつつ魔力の気配を辿り――見つけた。

大型アンノウンの立つ地点のほぼ真下。この発電施設で使用しているのであろういくつものエナジークォーツがある。


『見事にあのデカブツの防壁の内側にありやがる。畜生如きでもその程度の知恵はあったわけか』

『らしいね。まあ想定内だけど』

『で、どう攻めるよ』


防壁の内側にあるということはエナジークォーツに手を出すためには先に防壁を突破しなければならないということになる。シオンの想定以上の強度を誇り、戦艦の砲撃ですら破壊できなかった防壁を、だ。

しかし朱月の心配をよそに、シオンは口元を緩める。


『なーに、何のためにわざわざ発電施設壊してもいいか確認したのか、って話だよ』


戦況にそぐわぬニヤリとした笑みを浮かべ、シオンは〈アサルト〉を一気に急降下させた。

目標は大型アンノウン――ではなく、アンノウンのすぐ隣にある発電施設の建物だ。


大型アンノウンは発電施設に陣取っているわけではあるが、あくまでエナジークォーツの有る地下施設の真上にいるというだけだ。その周囲には発電に関係する様々な建物は残っている。

それらには発電した電気を蓄える蓄電用の設備や、それらを各工場に送るための送電施設などがほとんど無傷のまま残っていることだろう。

そしてそういった工業施設というものには、取り扱いを注意しなければならない危険物(・・・)がいくつもあるものだ。


「さあ! 派手にぶっ飛んでくれよ‼」


建物に高出力モードの〈ドラゴンブレス〉を叩き込む。

強力な閃光が天井を撃ち抜き内部まで届いた直後、建物が爆発を起こした。瓦礫が飛散し、爆炎が瞬く間に周囲を火の海にする。当然すぐ隣にいた大型アンノウンはそれに巻き込まれる。

戦艦の砲撃をも防ぐ防壁だが、不意打ちかつ至近距離で起きた大爆発はさすがに堪えたのか大型アンノウンの悲鳴に似た叫びが辺りに響く。まだ破壊までは至っていないが今までと違いダメージはあるようだ。


「まだまだあるよ!」


続けざまに大型アンノウンの防壁の範囲外にあたる地面や建物に閃光を叩き込み、爆発させていく。さらにはシオンが攻撃するまでもなく派手な爆発によって周囲の建物や地面が続けざまに誘爆していく。

それを尻目に、シオンは大型アンノウンから少し離れた地面に〈ドラゴンブレス〉の高出力モードで〈アサルト〉が通過できる程度のサイズの穴を開け、そこに飛び込んだ。

幸い高さも〈アサルト〉が動ける程度には確保されている地下空間を大型アンノウンのいる方向へと進む。目的地は、エナジークォーツのある区画だ。


『そういや、エナジークォーツ、だったか? あれはどうするつもりなんだ?』


真っ直ぐエナジークォーツを目指すシオンに朱月が尋ねる。

確かに、アキトには発電施設を破壊するとは言ったがエナジークォーツの扱いについては言葉にしていない。朱月が疑問に思うのも自然な流れだ。


『朱月はさ、エナジークォーツ壊したことある?』

『あ? あー、ねえな。まあまあ貴重なもんだし壊すくらいならぶんどる』

『じゃあ、覚えとくといい』


いくつものエナジークォーツが組み込まれた発電用の設備は目視できるほど近くに確認できた。そこは大型アンノウンのものであろう魔力防壁で覆われているが、地上での大爆発の連続に少しばかり弱体化している。


今、零距離で高出力の〈ドラゴンブレス〉を叩き込めば、防壁を突破も可能だ。


シオンは高出力モードで砲撃すべく上下に展開した〈ドラゴンブレス〉の銃身に魔力を纏わせ、研ぎ澄ます。

そして〈アサルト〉を加速させる勢いのまま、刃のように魔力を帯びた銃身を魔力防壁に槍のように突き立てれば、ぶつかり合うふたつの魔力によって光が周囲を迸る中、ゆっくりと銃身は防壁の内側へとめり込んでいく。


『エナジークォーツが砕けると――結構な規模の爆発起こすんだよ』


十分に防壁の内側までめり込んだ〈ドラゴンブレス〉の砲口が光り、閃光が迸る。

その閃光は真っ直ぐにエナジークォーツの組み込まれた設備に直撃し――直後、地下空間は閃光に包まれた。


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