3章-セレモニーへと向けて②-
アンナとなんてことのない世間話を繰り広げながらしばらく待てば、試着室からスーツ姿のアキトとハルマがほとんど同時のタイミングで姿を現した。
「若干腹立つくらい様になっててツッコミどころもありませんね」
「それ、わざわざ口に出す必要あったのか?」
呆れた様子のハルマの指摘はスルーして改めてふたりを観察してみる。
スーツ姿のふたりは背筋もピンと伸びていて、高級なこの店舗のスーツを完璧に着こなしているように見える。
顔の良さ身長などももちろんあるのだろうが、それ以上にこの手の服を着慣れているというのが様になっている要因なのだろう。
「ミツルギ兄はなんとなく知ってるけど、この感じだと艦長もモテモテなのでは?」
学生時代のアキトの女性人気はというと、すごかった。
そういった話題に欠片の興味もないシオンですら噂を聞く機会は山ほどあったし、実際クリスマスやらバレンタインやらといったシーズンにはそれなりに色々あったものだ。
「このパターンからして艦長の学生時代もそんな感じだったのではって思うんですけど……?」
「モテたわよ~。ハルマ君と同じくらい派手にね」
「やっぱりそうですよね!」
「あ、アンナ、そういう話は……」
話の矛先が向いたことで、アキトは珍しく少し焦っているようだ。
実の弟に自分の学生時代のあれこれを聞かれるのが気恥ずかしい、くらいのちょっとした理由だとは思うが、シオンの中でイタズラ心がむくむくと湧き上がってくる。
「というか艦長って恋人とかいないんです?」
「唐突だな」
「顔良し、家柄良し、スペック良しの優良物件なんだし、いても何らおかしくないのではって十三技班女性陣の中でも話題ですよ?」
「お前もその会話の中に混じってるのか……?」
「甘い物あるところに俺はありですから」
ちゃっかり紛れ込んでも別に邪険にされることもない。
シオンに下心が全くないのと女性陣がシオンを異性として見ていないのとが見事に合わさった結果である。
「で、ぶっちゃけどうなんです?」
「待て待て! 弟の前で兄さんの恋バナとか掘り下げるな!」
「「えー」」
「えーじゃない! ラステル戦術長まで悪ノリしないでください!」
ハルマの妨害に対してシオンがブーブーと不満を見せつけている中、カーテンレールの動く音が聞こえてきた。
「えっと、なんか盛り上がってたね」
少し戸惑った様子でこちらに歩いてくるナツミ。
コツコツというヒールの音に合わせるように、深い藍色のパーティードレスの裾がふわりと揺れる。
普段とは違うゆっくりとした歩みでシオンたちの前に立った彼女は、何故か少し緊張しているように見えた。
「その……どう、かな?」
「……?」
唐突な質問に首を傾げた瞬間、シオンの後頭部を鋭い一撃が襲った。
スパーンという小気味の良い音が鳴った直後に振り返れば、アンナが手を振り抜いた状態で立っている。
「いきなりなんですか教官」
「あの状況でピンと来てないアンタの残念さに思わず手が出たのよ……」
そう言うや否や肩をひっ掴まれたかと思えば、アンナは声を潜める。
「女の子に服の感想を聞かれてるのよ? 何を言うべきかわかってるわよね?」
「あー……そういう」
アンナの言葉でようやく質問の意図を理解した。
だが、それがわかったからと言ってシオンに気の利いたことが言えるかどうかは別問題である。
改めてナツミに向き合って、彼女の服装に目を向ける。
シンプルだが品の有る藍色のワンピースのようなパーティードレスに同じ色のヒール。
普段高い位置で結っている髪はおろされていて、少し動くだけでもさらりと軽く揺れる。
「(……あれ? なんかこれ……)」
目の前に立つナツミを見て、何か違和感を覚える。しかし、それがなんなのかがどうしても思いつかない。
そして横からアンナの厳しい視線に晒されているシオンに別のことを考えている余裕などない。
「なんか大人っぽいな! 見慣れないからちょっと不思議な感じだけど似合ってると思う!」
飛び出した言葉は我ながら無難なものだった。
嘘を言ったわけではないし似合っているというのも間違いなく本音だが、多分自分が第三者の立場で聞いていたら「コイツ逃げたな」と確信するレベルで無難な言葉選びだ。
少なくとも傷つけるような言葉ではなかったはずだが、かと言って喜ばせるような言葉でもない。
実際ナツミの反応は、ちょっと困ったように微笑むというなんとも言えないものだった。
そしてそれを目視した時点で、アンナの指はシオンの左頬を掴んでいた。
「あだだだだだだ」
「ホントアンタはそういうやつよね! 普段あんだけ口が回るくせにもうちょっと気の利いたこと言えないのかしらまったく!」
よく見ればアンナに限らずアキトとハルマもどことなく呆れ顔である。
ハルマはともかくアキトについてはむしろこちら側の予感がするのだが、頬を伸ばされる痛みでそれどころではない。
そこからたっぷり十秒ほど引っ張られ続けてから、ようやく左頬は解放された。
「ナツミちゃん本人がいる前で言うのもあれだけど……可愛いねのひと言くらい言えないのアンタ?」
「可愛いねって教官……こいつは普段からわっかりやすい美少女なんだから今更でしょ」
「「「…………ん?」」」
頬をさすりつつ返した言葉に何故かナツミ以外の三人が疑問符を浮かべる。
「シオン。お前、今なんて……?」
「なんてって……、お前んとこの妹は元々可愛いんだから別に服装変わったからどうこうって話じゃないだろって言ってんのさ」
――しばし沈黙。
アキトとハルマは額を抑え、アンナは頭を抱え、ナツミは顔を真っ赤に染め上げた。そして、
「――わかりにくいわ!!」
高級ブランド店に似つかわしくない大声と共にアンナのチョップがシオンの脳天に決まったのだった。




