3章-セレモニーへと向けて①-
セレモニーへの出席を明日に控えた午後。
シオンは〈ミストルテイン〉を離れて賑やかな大都市の一角を車に乗って移動していた。
「まさか俺の人生の中でリムジンなんてものに乗る日が来るとは」
こんな長さは絶対に必要ないだろうと常々思っていた黒塗りの高級車の中でぼやくシオン。
そんなシオンの傍らにはアキトたちミツルギ三兄妹とアンナが控えている。
「アタシもそこらへんは同意見だわ」
「ですよねー。俺たち小市民には縁のないものって感じで」
そわそわと落ち着かないシオンとアンナ。
それとは対極的にアキトたち三兄妹はずいぶんと落ち着いているように見える。
「……そういえばミツルギ妹も名家のお嬢様だったんだよな」
「なんか失礼ね! どうせあたしはお転婆よ!」
リムジン内でも動じず落ち着いていたのが一転、シオンの発言にプリプリと怒り出すナツミ。
本人に言えば確実にさらに機嫌を損ねそうなので口にはしないが、"名家のお嬢様"ではないいつも通りの彼女を見て少しほっとする。
「お前、そんな調子で明日のセレモニー大丈夫なのか?」
「正直本気で自信ない」
「胸張って言うことじゃないだろ……」
即答したシオンにハルマは眉間にしわを寄せているが、こればかりはしょうがないと声を大にして言いたい。
一般家庭どころか戦災孤児のシオンに上流階級の作法だのなんだのと言われても困る。
「せめてシオンも特別科だったらマナー研修もあったんだけどね……」
「え、特別科ってそんな授業まであったんですか?」
「将来的に軍の中でも上位の役職に就く予定の学生たちだからな。最低限のマナーは習うことになるんだ」
「……ってことは、アンナ教官もなんやかんや大丈夫な感じで?」
笑顔でサムズアップして見せるアンナにシオンは衝撃を受けた。
つまり、セレモニーのような席に慣れていないのはこの中でシオンだけというわけだ。
ミツルギ三兄妹はともかくリムジンにそわそわするアンナは仲間だと思っていたのに裏切られた気分である。
「俺、下手すると紹介される前に会場で浮きまくりなんじゃ……」
「まあまあ、あんまり難しく考えないで黙って立ってれば大丈夫だよ」
「そういうもんか?」
「うん、黙ってれば多分大丈夫。見た目もいいほうだしちゃんとした服着て黙ってれば物静かなどこかの御曹司みたいな感じに見えるよ。黙ってれば」
「すごく黙ってれば連呼されてるけどさっきの仕返しか? ん?」
質問に対してナツミはそっと目をそらした。
この反応を見るに特に仕返しなどの意図はなく素で黙ってればと連呼していたらしい。それはそれで少し傷つく。
「とにかく、会場で浮かないためにもちゃんとしたスーツ見繕わないとね」
そんなアンナの言葉にタイミングを合わせたようにリムジンはとある建物の前で停車した。
目の前の店舗に掲げられた看板にはどちらかと言えば低所得者に分類されるシオンでも名前だけは知っているような有名ブランドの名前。
何を隠そう、シオンたちは明日のセレモニーに向けての礼服を見繕いにきたのである。
「……こんな馬鹿みたいに高い服、着てるだけで気が休まらねえわコレ」
「ちょうどいい。その調子でこれ着てる間は大人しくしとけよ」
入店から十数分。
プロの店員たちと場慣れしているナツミたちにあれよあれよと着替えさせられたシオンはスーツはもちろん革靴まで履かされてばっちりパーティー仕様にされていた。
セレモニーへの参加を聞かされたときてっきり軍服で出席すればいいものだと思っていたのだが、それとは別の礼服を用意しなければならないと聞かされたのは今日の午前中のことだった。
もちろんシオンはそんなものなど持っていない。
そのことはアンナが予想していたようで、こうして高級ブランドの店に連れ込まれた次第である。
全員のチェックによりシオンの分は問題なし、となるや否や残る四人も明日に向けての礼服選びを始めた。
今回のセレモニーにはシオンとアンナ、ミツルギ三兄妹が参加する。
アキトは元々出席の予定だったわけだが、残る三人は簡単に言えばシオンの見張りである。
正式な協力者とはいえシオンの立場は色々とややこしく難しい。
そんな人物を各国の要人が集まる場所に連れ込む以上は、それなりの備えをしているのだと対外的に示す必要がある。
そのために最もシオンの手綱を上手く握れるアンナ。パーティーの席に場慣れしていてシオンのことも比較的理解しているハルマとナツミが選ばれたというわけである。
アンナはともかくミツルギ三兄妹は礼服くらい持っていそうなものなのだが、少し古いものなのでこの機に新調するのだとか。
「ミツルギ家って本当にお金持ちなんだなー」
「急にどうしたのよ」
高級感溢れる店内の居心地が悪くて隅の壁に寄りかかっていると、四人の中でいち早くドレス選びやら試着やらを済ませたらしいアンナが隣にやってきた。
「いや、この値段の礼服を少し古いから新調するとかやべえなと思いまして……」
特にこれまでシオンが見てきたハルマとナツミは普通に士官学校の寮で暮らし、食堂で食事をするなど、どこにでもありそうな学生らしい生活を送っていた。
いいところの子供であることは有名であったし、時折育ちの良さを感じさせることはあったが、こんな風に悠々と高級ブランドを物色できるような金持ちだとは思っていなかったのだ。
「教育方針、みたいなものらしいわよ。必要以上の贅沢はせず、欲に溺れないようにってね」
「でも、お金自体はあるんですよね?」
「少なくともお屋敷は大きかったわよ。あと屋敷から少し離れた所に神社もあったわ」
「神社って……その神社もミツルギ家の所有なんですか?」
「どうだったかしら? ただの近所の神社って感じじゃなかったけど……」
ミツルギ家がどういった種類の名家なのかはともかく、神社が関係しているとなると少しシオンの中で引っかかることがある。
「(まさか、神主とかの血を継いでるのか……?)」
全部が全部ということはないが、神社の神主などの家系であればこちら側の人間である可能性は高い。
そういった家系と血の交わりがあるのだとすれば、アキトたちもただの人間とは言いにくくなる。
以前少し考えた、ミツルギ家の血縁の霊的な力への抵抗力の存在が一気に信憑性を帯びてきたわけだ。
「(でもこれは……)」
本来なら三兄妹の誰かに細かいことを尋ねて確証を得てしまったほうがいい。
しかし「神社の家系の血を継いでいないか?」などと尋ねれば、確実に何故そんなことを聞くのかという話になるだろう。
相手がナツミならその場はごまかせるかもしれない。しかしナツミがアキトやハルマにその話をすれば確実に追及してくる。
そして、その追求の果てにシオンが彼らに伝える羽目になるのは、彼らもまた彼らの父親の仇である人外に連なる存在であるという忌々しい可能性だ。
アキトやナツミはまだいい。しかしハルマがこれを知れば、決してよい方向には進まないだろう。
「……シオン? どうかした?」
「いえ……世の中、とんでもない金持ちっているんだなーと思ってただけですよ。ついでにもうちょっと艦長相手に色々せびってもいいんじゃね?と認識を改めました」
「やめてあげなさい」
本気で制止をかけるアンナにアハハと笑って見せながら、先程まで考えていたことを胸の奥底にしまい込む。
確証はない――確証を得る必要もない。
真実などわからなくともシオンも、アキトたちも困りはしない。
であれば、そんなもの誰にとっても必要ないだろう。




