3章-大西洋の旅路④-
少なくともシオンはこれでこの話題は終わりのつもりだったのだが、アキトは難しい顔をして黙り込んでいる。
ここまでの会話の中にこのように重苦しい空気になるような話題があっただろうかと内心首を傾げるシオンだが、そんなシオンの様子にアキトは気づく気配もない。
了解を得ずに立ち去るわけにもいかず、邪魔をしないように黙って出されたカフェオレを口にして待つ。
そうして二、三分過ごした後、アキトは口を開いた。
「イースタル。お前は俺たちに魔法を教えることをどう考えている」
「どうって?」
「魔法はお前の持つ強力なアドバンテージ……特に人類軍との争いや交渉の切り札になるものだ。それを気安く俺たちに教えてもいいのか?」
「……ものすごく今更な質問ですね」
二、三日に一度のペースで知識なり実技なりを学んでいる人間の言うことかと思うが、アキトはあくまで真剣な様子だ。
茶化して濁してしまうのは簡単だが、それをして余計な疑念を持たせるほうがシオンにとっては面倒そうだと判断する。
「教えることについて、別に不安とかはありません」
「手の内を晒しているのにか?」
「ええ。……だってちょっと教えたくらいじゃなんの脅威にもなりませんもん」
魔法を教えるという行為は、確かにシオンの手札を見せてしまうことでもある。
だが、それが見られたからと言ってシオンの脅威になるかと言えばそんなことはない。
シオンが教えているのは所詮基礎のレベルであるし、基礎からもっと先の知識を与えたところでただの人間にできることなんてたかが知れている。
「仮に、艦長が俺と全く同等の知識を得たとしても……そもそもの出力が違いすぎます」
もしもアキトがシオンの与えた知識を活用してシオンを殺そうとしたとしても、簡単に捻り潰せる。
シオンの中で魔法を教えるという行為は、よくある"プロスポーツ選手による子供向け教室"くらいの認識でしかない。
事実として、シオンとアキトたちの魔力量には大人と子供以上、どんな手段を用いても埋められないような大きな差がある。
「どれだけ教えたところで敵にはなり得ない。だから教えることに不安なんて欠片もない。それが俺の答えです」
「……大した自信だな」
「自信とかじゃなくて事実ですから」
驕っているわけではなく、実際にそうなのだからそれ以上でもそれ以下でもない。
シオンの淡々とした態度から、そんな考えはアキトにも十分に伝わったようだった。
「お前がその様子なら、ミセスもおおよそ同じような考えだと思ってよさそうだな」
マジフォンもそうだが、魔法を施した武器を大量に提供した上にそれらを好きにしろとまで言ったミランダたち≪魔女の雑貨屋さん≫。
シオンと同等、あるいはそれ以上に人類軍に魔法に関する知識が漏れたところでなんの問題もないと判断しているように思える。
アキトの考えにシオンも特に異論はない。
シオンからの返答がないことでアキトは自分の考えへの確信を強めたようだ。
それから再び少し目を伏せて熟考し、数十秒ほどで改めてシオンに視線を向けた。
「≪魔女の雑貨屋さん≫は、お前以上に俺たちに協力的な印象を受けるほどだった。お前のように聞けば答えてくれるというよりは、あちらから積極的に提案してくるイメージだ」
「それは……俺も少し感じました」
アマゾンでの一件の際、ミランダは注文された商品を淡々と提供するというよりは、積極的にあちらから情報や物資を売り込んできているような印象だった。
その事実に、シオンも少し引っかかりを覚えている。
「そもそも人類軍に戦闘を任せようっていう話もおかしかった。彼女なら≪流浪の剣≫や≪剣闘士の宴≫以外にも戦いを専門とする人たちの知り合いなんていくらでもいたはずです」
アンノウンに関する知識が乏しく人外に対して敵意を持っている人間が多い人類軍に頼るよりも、そういった人外の知人友人に頼るほうがどう考えても簡単だったはず。
それを無料の物資提供をしてまで人類軍に任せたのは何故なのか。
事件について知らせたのが人類軍に協力しているシオンだった、というだけでは理由として明らかに弱い。
少なくとも彼女の中では何かしらの理由はあったはずだが、それなりにミランダとの付き合いもあるシオンでも彼女の意図が今もなおわからないままでいる。
「何か裏があると考えるべきだろうか」
「……何かはあるでしょう。でも裏とか呼べるほどのものじゃないかもしれません」
一〇〇〇年以上の時を生き、強い魔力と多くの知識でだいたいのことはできてしまう彼女にとって、多くのことはどう転んでも構わないような些細な出来事に過ぎない。
ゆえに、もしかすると「ただ思いついたから」だとか「面白そうだったから」なんて馬鹿馬鹿しい理由の可能性もある。
他にシオンが思いつくことと言えば、人外に限らず人間も≪魔女の雑貨屋さん≫の客にして市場の拡大を狙っている可能性くらいだろうか。
結局シオンには予想もつかないわけだが、ひとつはっきりしていることもある。
「少なくとも、人類軍に害を為そうとかそういう意図はないでしょう」
「根拠は?」
「そのつもりがあるなら、とっくの昔にやってます」
ミランダが本気で人類軍に損害を与えようと思うなら、話はとても簡単だ。
無数の魔女たちを従える彼女なら、呪いを振りまいて人間を大量に殺すことだってできるし、魔法で操り人形にした人間を使って内部から引っ掻き回すことだって容易い。
協力したり物資を提供して油断させるなどという策略など、全く必要ないのだ。
よってミランダに人類軍をどうこうしようという意図はないと見ていいだろう。
「ミランダがその気になれば人類軍は簡単に潰される」なんて話には流石のアキトも反論してくるのではないかと思っていたのだが、アキトからそういった言葉は出てこない。
「割とぶっ飛んだこと言った自覚はあるんですけど、なんにも反論とかないんですか?」
「……確かに少し前までなら信じられなかっただろうが、色々と実際に見せつけられてしまったからな」
「そうですか?」
「例えば、先日格納庫に大量の物資が一瞬にして送られてきたわけだが……あの方法で中枢に爆発物でも送り込まれたらそれだけでも大打撃だ」
アキトの想像したようなことが実行されてしまえば、人類軍には対処のしようがない。
それがわかっているからこそ、アキトはシオンの言い分を素直に受け止められたのだろう。
不穏な話題が続く中、デジタル時計がかなり遅い時刻を示していることに気づいた。
これから別の話題について話すには空気も時間もよろしくはない。
アキトも同じ考えだったため、今日の講座はこれにてお開きということになった。
「……イースタル。ひとつ聞いてもいいか?」
部屋から立ち去ろうとドアの前に立ったタイミングでかけられた声に振り向けば、アキトはイスに腰かけたままこちらを見上げている。
「お前が本気になれば、〈アサルト〉なしでも〈ミストルテイン〉を落とせるか?」
唐突な質問にシオンは少し驚いてから、小さく笑った。
「いやだなぁ~。そんなことしませんよ」
笑ったまま明るく答えを返して、それ以上何も言ってこないアキトに「おやすみなさい」と告げてシオンは部屋を去った。
「……できない、とは言わないんだな」
部屋のドアが自動でしまる直前に聞こえたアキトの呟きに、シオンは何も言わなかった。




