3章-大西洋の旅路①-
〈ミストルテイン〉が大西洋上空を航行するようになって数時間、格納庫では今日も今日とて十三技班のメンバーが忙しなく、そして騒がしく作業をしている。
アンノウンの出現に陸上も海上も関係はない。
さらに言えば海上、海中で出現したアンノウンについては陸に接近なければ放置することが多い。
下手をすれば陸上以上に大規模なアンノウンの群れに遭遇することもあるということで、警戒レベルはいつもよりも高く、いつでも出撃できるように機体の状態に注意しろとアキトから命令が下されているわけだ。
第七人工島から北米への道中は格納庫にいなかったので、シオンにとってはこの忙しなさは初めての経験ということになる。
「なーなーシオン。お前曲がりなりにもパイロットなのにバリバリ作業してていいのか?」
「んーどうなんだろ? 俺がいいならいいんじゃないかな?」
ギルとゆるゆると会話しつつもシオンは〈アサルト〉を弄る手を止めない。
警戒レベルが高く設定されている今、ハルマたち機動鎧のパイロットは急な出撃になってもいいように休息を取りつつ格納庫のすぐ近くの船室に待機している。
同じくパイロットであるシオンもそちらで休むべきではあるのだが、シオン本人が万全でも〈アサルト〉に何か問題があればどちらにしろ出撃できない。
よってシオンは〈アサルト〉の整備を優先しているというわけだ。
「(誰に許可を取ったってわけでもないけどね)」
とはいえこうして作業を始めてすでに二時間は経っている。
ダメだった場合とっくにアンナ辺りからお叱りのひとつくらい飛んできているはずなので、それがないということは大丈夫なのだろう、とシオンは適当に結論付けた。
「にしても、湖くらいならともかく海中ってなると専門装備なしはキツイんじゃないかな……」
湖程度なら深さも大したことはないので水上から実弾を撃ちこむという戦法でもなんとかなったが、海となればやはり専用の武装が必要になってくる。
が、実を言うと〈ミストルテイン〉はあまり水中戦用の武装を載せていない。
そもそも〈ミストルテイン〉がこうして活動している主な目的は、実戦におけるECドライブのテストにある。
そしてECドライブは基本的にエネルギーさえあれば使用可能な光学兵装とセットで考えられている。
そういった事情で光学兵装をメインとするECドライブ搭載機は、水中戦との相性が最悪というわけだ。
明らかに相性の悪い環境での戦闘は想定されておらず、想定されていないのだからわざわざコストを割いてまで専用の装備を用意するはずもない。
「(わからなくもないけど、想定外なんていくらでもあるだろうに……)」
とはいえ文句を言っても無いものはない。
幸い、シオンは魔法を使えばどうとでもできる。最悪の場合はその手を使えばいいだろう。
「おーい、作業終わってんのかお前ら?」
「チェック終わりましたー」
下からのロビンの声に返事を返してシオンとギルは〈アサルト〉の足元に降りる。
各部のチェックは終わったので、これで〈アサルト〉はいつでも出撃可能だ。
シオンは〈アサルト〉以外に手を加える許可を得られていないので、これ以上できる作業は特になくなる。
残る三機もチェックが完了しているようで、ひとまず十三技班の作業はひと段落ということになるようだ。
「にしても、海上に出ただけで毎度毎度この騒ぎとなると、気が休まらねえな」
ため息交じりに腕を回すロビンに同意するように他の面々も少し疲れた顔をしている。
「っていうか、海上艦ならともかく飛行できる〈ミストルテイン〉って海のアンノウンに襲われるの? 届かなくない?」
「リン先輩。飛行艦を攻撃できる個体が何例か確認されているんですよ」
「アンジェラちゃんの言う通りだよ。それに、僕たちはまだまだアンノウンのこと全然知らないんだ。油断は禁物だよ」
エリックに窘められているリンリーに苦笑していると、カナエが突然「閃いた」とでも言いたげに手のひらに拳をポンと振り下ろした。
「アタシたちはわかんなくてもわかるシオンくんに聞けば一発で解決なのでは?」
カナエの思いつきにその場の視線がシオンに集中した。
それを受けて、シオンはどこからともなく取り出した眼鏡をかける。
「疑問にお答えしましょう」
「うんうん。シオンくんもお約束ってのがわかってきたっすねぇ」
「どっかの誰かさんに耳にタコができるくらい聞きましたからね」
どっかの誰かさんが「眼鏡をかけることでいかに知的な雰囲気を醸し出すことができるようになるのか」についての長々と説明してくれたので、シオンもなんだかそんな気がしてきた。
カナエが面倒なので大人しく言い分を聞いているとも言う。
「結論から言えば、油断するのは危険です。海上からこっちに魔法での攻撃を仕掛けてくることくらいは普通にあるでしょうし、イルカみたく艦が飛んでる高度まで飛び上がってくる個体だって絶対にいないとは言えませんから」
そういった事例はアンジェラの言っていた通りすでに確認されている。
まだ攻撃されないパターンのほうが多いようではあるが、それがいつ普通になってしまうかわからない。
「なんつーか、アンノウン避けとかって作れないのか? アマゾンはそういうので守られてたんだろ?」
アマゾンの熱帯雨林はその地に住む人外たちの手でアンノウンの侵攻を阻む結界で守られていた。
先日の一件では突破されてしまったが、一般的なアンノウンであれば問題なく追い返すことができるはずだ。
ロビンはそういったもので〈ミストルテイン〉に近づくアンノウンを防げないのか、と言っているのだ。
「やってやれなくはないんですけど……」
「やれんのかよ!?」
「でも、ぶっちゃけコスパ悪いっていうか」
シオンの魔力を使って〈ミストルテイン〉を覆う結界を張ることはできる。
それがあれば中型までのアンノウンであれば追い返すことだって可能だろう。
ただ、それをするとシオンが疲れる。
しかも〈アサルト〉での出撃もこなさなければならないとなると、余計に大変だ。
「せめて〈ミストルテイン〉のECドライブが本調子だったらそこから魔力引っ張って来れるんですけど……」
「そういや、本来出せるはずの出力に全然届いてないんだっけか?」
「主砲が使えないのも出力不足が原因って話っすもんね~」
ロビンとカナエが話しているように、〈ミストルテイン〉のECドライブは想定されているスペックを全く出せていない。
航行には全く影響していないのだが、未だに主砲は使えないままの状態が続いている。
シオンは手出しできないので何も聞かされていないが、ゲンゾウやアカネは現状をどうにかしようといろいろと検討しているらしい。
「正直技術的な問題じゃなさそうなんで、いくら親方でも難しいんじゃないかな」
「実際今って想定スペックの何割くらい出てるんだ?」
「二割から三割くらいじゃないかな」
シオンが軽く口にした答えに質問したギルはもちろん全員が驚きの声をあげた。
「まだ三割出てるかどうかくらいって……どんなとんでもねえエナジークォーツ載っけてるんだよこの艦……」
「……本当に、どこでそんな高品質のエナジークォーツ拾ってきたんでしょうね」
〈ミストルテイン〉のECドライブ使われているエナジークォーツがそこいらで拾ってこれるものではないとシオンは確信している。
三割以下の出力で戦艦を一隻動かせるほどのものが自然界で発見できるとは考えにくい。
そしてシオンは〈アサルト〉に積まれた〈月薙〉という例を知っている。
そこから考えるに、〈ミストルテイン〉の核となっているものも〈月薙〉のような人外によって生み出された神器や秘宝の類である可能性が高い。
そうなってくると、人類軍が一体どこからそんな希少なものを入手したのかが大きな謎だ。
「(ま、俺には関係ないことだけど)」
気にならないと言えば嘘になるが、それを追求したところでシオンに益はない。
それが原因で人類軍と溝を作るようなことになれば困るので、放っておくことにする。




