3章-食堂にてご挨拶②-
「セレナ・マークス。通信・管制を担当しているわ」
目の前にやってきたシオンに対して自己紹介をしてくれるセレナ。
一か月近く同じ艦に乗っていて名前すら知らなかったことやシオンが魔法使いであることなどの諸々の事情を一切気にしていないのか、非常にクールな態度だ。
さらに今更ながらセレナに同席していた人物がいることに気づいたのだが、彼はセレナと真逆の様子である。
「……こ、コウヨウ・イナガワです。……索敵と分析を担当してます」
シオンが若干申し訳ない心地になるくらいに怯えまくった状態で名乗るコウヨウ。
正直セレナと同じくあまり記憶になかったのだが、思えば通信越しに警告を発したりしていたような気もする。
「あー……名乗るまでもないかもですがシオン・イースタルです。魔法使いですが、別に取って食ったりしないのでもうちょっと落ち着いてくださいな」
シオンの言葉の矛先が向いただけでびくりと大きく肩を震わせるコウヨウに、まるで野生動物を相手にしているかのような気分になる。
ただ、別にこちらに害意はないし、明らかにコウヨウのほうが年上なのでせめて敬語はやめてほしい。
「コウヨウ君。シオン君が困ってるわよ……」
「わ、わかってはいるんですが……」
「……もしかして人外がらみでトラウマとか?」
正体がバレてから敵意を向けられたり怯えられたりということはひと通りあったが、彼の怯えようは少々度が過ぎる。
彼をそうさせるだけの理由があるのではないかと思ったのだが……。
「あーいや、そういうことは特にないんですけど……」
「ないのにそれですか……」
思いつく原因はそれくらいだったのだが、予想は外れてしまったらしい。
単純にコウヨウという人物が小心者というだけの話なのかもしれない。
「それはそうと、君、さっき物凄くこっちを見ていなかった?」
特に怖気づくこともなく尋ねてくるセレナだが、彼女は彼女で平然とし過ぎだ。
コウヨウのように怯えろとは言わないが、もう少し警戒心などはないのだろうか。
ふたりの態度の落差で風を引きそうである。
「えっと、大したことじゃないんで……」
「そうですよ。この馬鹿はドーナツ見つめてただけなんで気にしないでください」
シオンがあえてぼかしたというのに、ハルマが勝手に補足を加えてしまう。
確かにドーナツを見ていたのは事実。むしろドーナツしかほぼ見ていなかったが、このクールな女性にそんな話をしても困惑させてしまうだけだろう。
「あらそうなの……じゃあひとつあげましょうか?」
「いいんですか!?」
予想外の提案に食いつくシオン。
ここまで終始クールだったセレナも流石にこの勢いには驚いたのか目を見開いている。
「ええ構わないわ。たまには甘いものでもと思ったけれど、そんなに食べたい人がいるなら、ね?」
見た目のクールさとは裏腹に案外茶目っ気もあるのか、シオンを見るセレナの口元は微かにだが緩んでいる。
「セレナさん、いいんですよ? この馬鹿にそんな甘くしなくても」
「いいのよ。……いつも、前線で頑張ってもらってるのだしね」
割とひどい言い様のハルマに、セレナはそういって首を横に振った。
「君にそのつもりがあったわけではないんでしょうけれど、この〈ミストルテイン〉の船員は間違いなく何度か君に守られてる。ドーナツひとつなんて安すぎるお礼でしょ?」
そう言って差し出してくれたドーナツをシオンはありがたく受け取った。
ハルマにとやかく言われる前にすぐさま平らげてしまってから、改めてセレナに向き合う。
「月並みな言葉ですけれど、俺のこと怖くはないんですか?」
「よくわからないのは事実だし、わからないから怖い部分はあるわ。……でも、何度か守られたのは事実だし、ブリッジで見る限りそんなに悪い子には見えないから」
世間一般のイメージや考え方に左右されず、自分なりにシオンを観察した結論として彼女は今の態度を取っているということらしい。
思えば、シオンと一切関わりがない人間でそのような判断を下した人物と話すのは初めてかもしれない。
多少、結論を出すのが早過ぎるとは思うが、善意を示してくれる相手にはシオンも善意で返そう。
「貴方たちを守ったのは、お察しの通りついでみたいなものなのでお礼をもらうほどのことじゃありません。……ですから、その内俺のほうからドーナツのお礼をさせてもらいますね?」
微笑みかければ、少し驚きつつもセレナは頷いてくれる。
「何かご要望があれば気軽に言ってください。金銀財宝、素敵なドレス、なんだったらガラスの靴なんてロマンチックなアイテムだってご用意しましょう」
「お姫様なんて柄ではないけれど……わかったわ。何か考えておくわね」
「物じゃなくてもいいですよ? バレないように誰かに嫌がらせしたいとか、嫌いなアイツに呪いをかけたいとか」
直後、「物騒なこと提案するな!」というハルマの怒声と共にシオンの脳天に拳骨が落とされたのだった。




