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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
3章 "悪"とは何ぞと問われれば
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3章-迷い子の気配-


何度目かの月下の社。

満月に照らされたこの場所は夜だというのにいつも明るい。


そんなことをぼんやりと考えていれば、母を呼ぶ幼子の声と石畳の上をかけるカラコロという足音が聞こえた。


「おかあさん!」


楽しそうな声にこたえるようにシオンの意志とは別に跪いた体が、飛び込んできた幼子の体を柔らかく受け止めて抱きしめる。

動くことはできないくせに感覚だけはしっかりしていて、幼子の柔らかさと温かさははっきりとシオンにも伝わってくる。


「そうだ! おかあさんに見てほしいものがあるんだ!」


そういってゴソゴソと黒基調の和服の袂を探ると、「あった」という言葉のあとに取り出したものを差し出してきた。


差し出されたのは野球ボールほどの透明の球体で、中には一匹の小さな蝶がいる。

よくよく見てみればそれが実際の物体ではなく球形の捕縛結界であることに気づいた。


「裏の森にいたんだ! きれいだからおかあさんにも見せようと思って!」


愛らしく、とても子供らしい行動だとも思う。

しかし虫かごに入れるでもなく狭い結界なんてものに入れられてしまえば蝶の命が長くもたない。


「――――、」


相変わらず声は聞こえないが、シオンに身を貸している女性が何かを言ったのはわかった。

それを聞いた幼子は少し驚いてからばつが悪そうに目を伏せた。


「……うん、チョウチョさん、こんな狭いところ嫌だよね」


そう言って捕縛結界を消せば、蝶はヒラヒラと飛び上がって森の方へと向かっていく。

どうやらシオンが考えたのと同じようなことを女性は幼子に伝えたようだ。


幼子は少し残念そうではあったが、女性の手がその頭を褒めるように撫でてやればすぐに機嫌を直したようで、すぐに子供らしい笑みを浮かべながらこちらを見上げてくる。


「"人が嫌がることをしちゃいけません"だもんね。覚えた!」


ふんすと鼻息を荒くしつつ胸を張る幼子に女性がクスクスと笑う。

シオンも体が自由だったなら微笑ましくて同じように笑っていただろう。


今復唱した言葉は、おそらく蝶を離す直前に女性から言われた言葉なのだろう。

それをこんな風に真面目に覚えようとするこの幼子は、とても素直な子供なのだと思う。

きっと自分がこの子供くらいの頃はもっと生意気だったし、親の言葉をこんなに素直に受け止められてはいなかった。


それに、"人の嫌がることをしてはいけません"なんて当たり前のようなことを、シオンは守れている気がしない。

自分がやりたいことがあるのなら、それで嫌がる他人のことなんてシオンはきっと無視してしまう。


間違えてもすぐに悪いところを直せた小さな子供を前にして自分が悪いものだと浮き彫りにされたようで、少しだけ居心地が悪い。


「(このこ、このまま行けばミツルギ三兄妹みたいな感じに育つのかもな)」


髪や目の色も似ているし、なんて取り留めのないことを考えていると幼子がくいくいと服の裾を引っ張ってきた。


「ねえ、おかあさんもこのお社にいるのは嫌?」


首を傾げて問いかけてくる目は、少し不安そうにも見える。


「チョウチョさんだって狭いところは嫌なんだもん。おかあさんももっと広い外の世界に行きたいんじゃないの?」


女性が首を振りながら何事かを答える。それからもう一度何かを口にすれば幼子はぶんぶんと首を横に振った。


「ボクは大丈夫! ……いつかは外に行きたいけど、おかあさんと一緒じゃないとやだから。おかあさんが出られるようになるまで待てるよ!」

「(……この人は、ここを出られない?)」


この社がどういった場所なのかは全くわかっていないが、出入りに条件があるというのは初耳だった。

ただ、それがわかったことでいくつか合点がいった。


おそらく、彼女は今もなおこの月下の社から出ることができていない。

物理的にはもちろん、精神だけ外部に送り出すというのも厳しいのではないだろうか。


シオンの何かを伝えたいのなら、朱月がやっているようにシオンの夢に乗り込んで話をするほうが簡単なはず。

にもかかわらず、自分がシオンの夢に直接干渉するのではなくわざわざ自分の記憶に招き入れるという回り道をしているのは、そうせざるを得ないからだったのだろう。


「(……でも、助けてほしいのは自分じゃなくて、あの子なんだよな?)」


彼女は、社から出ることができない自分ではなく「あの子を助けて」と言っていた。


わざわざシオンに頼むということは彼女自身では不可能であるということになる。


「(あの子が、外に出ていってしまった?)」


先程の口ぶりからすると彼女を放って幼子が社を離れることはなさそうだが、事故のような形でシオンたちの暮らす世界に放り出された可能性もある。

そんな幼子を助けてやってほしいというのが、彼女の望みなのではないだろうか?


予測はできたが、確証はない。

何か他の手がかりはないかと思うが、視界はゆっくりと白くなっていく。


「(もしもそうだとしたら、早く見つけてやらないと……)」


幼子が現在どの程度の年齢なのかはわからないが、魔法の力を持つ子供が見知らぬ世界に放り出されてしまったのだとしたら、きっと苦労している。


早く見つけてやらなければと逸る気持ちを抱えたまま、シオンの視界は白に満たされた。


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