序章-会議は踊る-②
「アンタ、猫被ろうって思わなかったの?」
指令室とは別の地下施設内の一室。会議用の小さな部屋には発言者であるアンナ、そしてアキトとシオンだけが集まっている。
休憩を取るという流れにはなったもののシオンを他の人間のように自由に休ませるわけにもいかないのでこうして別室を用意した。軽食と飲料も運ばせ終えた今、この部屋に近付いてくる人間もいないだろう。
「どうせ大体の人間はあの眼鏡の女軍人さんみたいな感じでしょうし、被るだけ無駄じゃないですか?」
「まあ、確かにちょっと猫被って払拭できるような悪印象でもない、か……」
元々人類軍には人外への敵意が強い人間が多いのに加え、この少年は拘束室からの脱走をやってのけ基地内を混乱の渦に陥れるということまでやらかした。彼らからの印象は最悪もいいところだろう。アンナの言う通り、多少の小細工でどうにかなるとは思えない。
「……だからといって印象をより悪化させるようなことをするのはどうなんだ?」
「礼儀正しくしたところで印象よくはなりそうにないですし、だったら自分が楽なスタンスでいいかなーと」
イスに座ってテーブルの上のサンドイッチを摘まみながらあっけらかんと答えたシオンは印象をよくできないと思っているというよりも、よくする気が無いようにアキトの目には映った。しかしそこに特に何の感情もない。
「お前は、多少腹を立てるなりしないのか?」
これは純粋な疑問だった。
人類軍に協力しているのも望んだわけではなく、近しい人間を守るための仕方なしの選択であり、そうして嫌々協力する相手の大部分は自身のことを危険な存在として邪険に扱ってくる。
アキトから見てシオンは無感情というわけではない。むしろ年相応に感情豊かなように見える。そんな彼がこのような扱いを受けて憤らないことが不思議で仕方がなかった。もちろんあの場で暴れたりしようものなら協力関係に亀裂が入っていただろうが、現在のようにアンナとアキトしか室内にいない状況でなら多少不満をぶちまけても問題ないはずなのだが、その様子もない。
「そりゃあまあ多少イラっとはしますよ? だからあの眼鏡女軍人さんにイジワルしたわけですし」
変わらずサンドイッチを咀嚼しつつ答えるシオンだが、とても腹を立てているという表情ではない。日常会話の中で世間話をするような、そんな様子だ。
「それだけか?」
「別に、名前も知らないような人たちにどう思われようと基本はどうでもいいんで」
ためらいなく言い放ったシオンは、話は終わったとでも言いたげにサンドイッチに集中し始めた。どうでもいいというのは嘘ではなく、少なくともサンドイッチより優先順位が低いのは間違いないようだ。
「……思っていたよりも淡泊なんだな」
「淡泊っていうか、興味の有る無しが極端なのよ」
思わず零した言葉に反応したのは本人ではなくアンナだった。呆れたように答えた彼女からは諦めのようなものも感じられる。
「興味のないことにはとことん雑というかやる気がないというか……興味の湧かない授業は平気でサボるような問題児だったからね、この子」
「それでよく卒業できたな」
アンナの話す事実が純粋に驚きだった。軍士官学校は普通の学校などよりも規律が厳しい。軍に実際に入ってから軍規に背かないように、ということらしいが、その分授業をサボるなどの不真面目な行為が目立てば退学だって十分にあり得ることであるし、それを逃れられたとしても留年という可能性もある。
現在目の当たりにしているマイペースぶりとアンナの証言を合わせると卒業できたことが不思議でならない。
「最低限のラインは器用に守ってたし、テストの成績はいつでも上の中以上。何より技術科首席だからね」
「多少目を瞑られていた、と」
難ありでも技術科で首席となれるような才能を捨てるのは惜しかった、ということらしい。どうせ軍人ではなく技術者となる人材なら、最悪多少軍規にルーズでもよし、という判断なのだろう。
「お前の苦労が伺えるな」
「本当にね! 担任だったせいでどうにかしろって上にうるさく言われて散々だったわよ」
その時のことを思い出したのか鼻息荒く言っているアンナだが、内容の割には本気でシオンに対して苛立っている様子はない。苦労をかけられたという割には彼に対して友好的なのだ。
「アイツのこと、気に入ってるんだな」
「まあね。ちょっと性格は悪いけど、見てて退屈しないわよ」
アンナもまたシオンに素性を隠されていた側の人間であるにもかかわらず、彼に対する信頼が揺らいでいるようには見えない。アンナは、彼がどういう存在であるかではなくどんな人物なのかを重視して、自分なりに彼を見極めたのだろう。
学生時代、学友として彼女と共に過ごしてきたアキトは、それがなんとも“彼女らしい”と思った。
アキトにとってアンナは信頼に足る人物だ。そんな彼女がシオンを信じているというのなら、アキトも彼の全てを疑うまではしなくてもよいのかもしれない。
「ん」
サンドイッチを貪るだけだったシオンが、口にそれを含んだまま声を漏らした。
続いて彼の足元の影がわずかに揺らめき、そこから三体の使い魔がテーブルの上に飛び出してくる。
「終わったらしいな」
「みたいです。……もうちょっとのんびり戻ってきてもよかったんだけどなー」
ほぼ一時間ぴったりで戻った使い魔の内の一体の頭をツンツンと突いているシオン。そんな彼にじゃれつくように残る二体がぴょんぴょんと跳ねている。なんとも気の抜けそうな光景だ。
そんなシオンに歩み寄ったアンナはぐしゃぐしゃと彼の頭を乱暴に撫でた。
「さ、休憩はおしまい。さっさと情報整理して、あのデカいのを片付けましょう」
「諸々終わったらこんなサンドイッチじゃなくてドーナツかケーキを所望します」
「そこはアンタの新しいご主人様に頼みなさい。同期の出世頭だからアタシなんかより金持ちよ、アキトは」
「おい」
「ミツルギさん! 有名ショコラティエ監修の限定チョコレートが某通販サイトで限定販売中なんですが!」
アンナの誘導により勢いよくアキトに主張を始めたシオン。先程までの淡泊さはどこへ行ったのかと尋ねたいくらいの勢いだ。
「アンナ……」
非難を込めて微笑んだままのアンナを見るが、まったく悪びれた様子はない。
「まあ、あれよ。シオンはアンタが思ってるよりも普通の子供で、案外簡単だったりするの。高級チョコで素直に言うこと聞いてくれれば安いもんでしょ?」
アンナの言葉にシオンへと視線を戻せば目を輝かせてこちらを見上げている。どこからどう見てもただの子供でしかないそんな姿を見せられて、すっかり毒気を抜かれてしまう。
「……こちらの指示をしっかりと守ったらな」
「イエッサー! よい子にするからよろしく頼みますよ、ご主人様!」
満面の笑みで、今にもスキップを始めそうなシオン。そんな彼を連れ、アキトたちは再び指令室へと向かうのだった。
***
「早速だが、イースタルに偵察の結果を説明してもらう。それ以前に何か意見がある者がいれば聞くが、どうだろう?」
先程の会議がミスティの主張を有耶無耶にした形で終わってしまったこともある。彼女に限らずシオンとの協力関係に反対の人間は間違いなくいるはずなので確認はしておいた方がいい。それを受けて最高司令官やアキトの意見が変わるかと言われれば答えは否だが、意見を聞いた上で説得するプロセスを踏んでおくだけでも、今後余計な火種になるのを少しは抑制できるだろう。
しかし、この場で意見しようという者はいないらしい。先程あれだけ強く反対を示したミスティもこの場にいるのだが、動く様子はない。彼女に関しては例の“ハッタリ”の一件で気力が削がれてしまっているのかもしれない。他の人間も一連の問答を見てしまったからか動きにくいのだろう。
シオンが受け入れられたとは到底思えないが、ひとまず今は情報や戦力というメリットを上回る反対理由を見つけられないでいる、といったところか。
「では、イースタル」
「了解です」
ひとつ前の会議と比べてずいぶんと行儀よく答えたシオンは慣れた手つきで近くのキーボードを操作して指令室のディプレイに大型アンノウンの姿を映し出した。
「魔術的な話は置いておいて、あのアンノウンの特徴は、“デカくて硬い”です」
「……大きさについては言うまでもないと思うが、硬いといっても鱗や甲羅があるようには見えないぞ」
「それを言ったら小型や中型でもオオカミとか鳥の見た目で銃弾効かないでしょ? アンノウンは魔力防壁が使えるので見た目と防御力は必ずしも一致しません」
防壁とは魔力を用いて展開する防御壁。アンノウンに限らず人外もよく使う、一般的な防御手段であるという。そして今回の大型アンノウンに関しては、その防壁の防御力が異様に高いらしい。少なくとも、機動鎧の装備できる武装では現存するどれを使っても貫通させることはできないというのがシオンの見立てだ。
「お前の〈アサルト〉はどうだ? 〈ドラゴンブレス〉の高出力モードがあるだろう」
あの武装はECドライブ搭載を前提として設計された最新型の光学兵器。シオンの言う現存する武装とは一線を画した高火力を発揮することができるはずだ。しかもシオンという異能に通じる人間が使うとなればより防壁相手にはより効果的に使えることだろう。
しかし、シオンの表情は芳しくない。
「はっきり言うと厳しいです。仮に防壁を破れても、あの巨体にどれだけダメージ与えられるか……」
「生物の姿をしているのだから、頭部を撃ち抜けさえすれば致命傷になるんじゃないか?」
防壁を突破できてもその過程にエネルギーが削られてしまっていれば、本体に与えられるダメージは当然軽減される。だが例え軽減していようと頭部に当てられれば殺せるはずだ。幸い標的は頭部に限らず鱗や甲羅などの防壁以外の防御手段を持たない。
「確かに頭に当てられれば威力が半分以下でも殺せると思います。でも、頭部なんて狙ったら絶対そこに防壁集中されると思うんですよ」
「防壁を集中……?」
「魔力防壁は装甲板とかとは違ってもっと臨機応変にいろいろ調整が利くんですよ。例えば、頭に攻撃が来たから尻尾の周りの防壁を消してその分頭の周りを硬くする、とか」
「直感的に防御力の強弱を変えられるというわけか……」
アンノウンは知能こそ低いが動物的な本能は持っている。そうなると急所への攻撃には確実に対応してくることだろう。そうなってしまえば、〈ドラゴンブレス〉の最大火力でも防壁を突破できる可能性は低い。少なくともそれをあてにして作戦を考えるのには不十分だ。
いくらシオンという異能を持つものが最新鋭機の〈アサルト〉を扱うといっても、あの大型アンノウンを単独で倒すことは困難らしい。
「というか、そもそも出せる戦力ってどんな感じなんですか? 俺の〈アサルト〉以外にどれくらい機動鎧とかが出せるのかで作戦も変わると思うんですけど」
シオンの質問はもっともなものだ。しかしそれは非常に答えにくい質問でもあった。
「出せる戦力は、ない」
「……は?」
「現状、お前の〈アサルト〉以外の機動鎧を出すのは不可能だ」
アキトの返答に、シオンは呆気に取られた表情で口を開けて固まった。
「いやいやいや、それはさすがにないでしょ! 厳密な数はともかく、ざっと五十は配備されてるっていつだったか士官学校の授業で聞きましたよ?」
「確かに数としてはその程度配備されているが、八割は出撃できる状況にない」
格納庫のほとんどが小型・中型アンノウンの襲撃により機能しない。そしてかろうじて出撃可能だった二割は、アンノウンの排除のために出撃したものの破壊されてしまった。よって、現時点で出撃可能な機動鎧はシオンが持ち帰った〈アサルト〉のみになる。
「……俺への協力要請って、情報がほしいってこと以上にそっちのが切迫してたんじゃないですか?」
じっとりとした目をアキトに向けるシオン。その予想は決して間違えていない。間違いなく人類軍側にはそういう意図があった。ただ、それを正直に伝えて協力要請をしなかったというだけである。
「……わるーい大人ですねぇ」
「否定はしない。だが、これも駆け引きだからな」
あのタイミングで全てを明かして協力要請をしていたなら、確実に目の前のこの少年は彼にとって都合の良い条件をつけ足そうとしたことだろう。彼にそういう狡猾さがあることは間違いない。そういう意味で、アキトやクリストファーの取った方法は正しかったはずだ。
「まあ、探りも入れずにホイホイ乗っかった俺の負けって話ですね。今更文句は言わないでおきますよ」
不満がないというわけではないようだが、シオンはそれ以上このことに対して何も言わないつもりらしい。一度約束したことを今更反故にしたり、掘り返したりするつもりはないようだ。
「でも、現実問題俺だけであのデカブツやら他の雑魚アンノウンの殲滅とかできませんからね?」
「シェルターではずいぶん易々と倒していたように見えたが?」
「小型は軽々倒せますし中型も少なければなんとかなります、でも現状の数をひとりでどうこうとか無理です。基本的に自衛手段を持ってる人間でしかないんですからね、俺は」
シオンの言い分が事実であるかどうかはともかくとして、少なくとも彼はこの戦いで言い分以上の働きを見せるつもりなどないだろう。まだ人類軍の監視下で戦闘をほとんどしていない今の段階であれば、シオンが手抜きをしたとしても問題にならない。アキトがシオンと同じ状況にあったならこんなところで自身の手の内をすべて晒したりなど絶対にしない。
「それで、〈アサルト〉以外にどの程度の戦力があればこの状況に対応できる」
「……戦艦」
少し考える素振りを見せたシオンは、ポツリと呟いた。
「小型のものでもいいので、ちゃんとした火器を積んでて軍の基準で戦艦に分類される飛行戦艦……最悪水上艦の一隻でもあれば、なんとかなります」
「戦艦、か……」
「まあ自分で言っといてなんですが、機動鎧すら満足に出せない中でそんなもん出せるわけないですよねー」
アキトの返事を待たずに諦めた様子で肩をすくめるシオン。しかしアキトはそれに対して同意することはしない。何故なら、シオンの考えは見当はずれなのだ。
「……え、あるんですか? 戦艦」
待てども「出せない」と断言されないことに驚きを通り越して困惑しているシオンに対して、アキトは一度だけ、しかしはっきりと頷いて見せてやった。
***
「ホントにあったよ。しかも結構立派なのが……」
中央の施設から地下を走る車両に乗せられ北の方角に数十キロ。人工島北端にある特殊工業地区――戦艦など巨大なものを作るための区画にシオンはアキトに連れられてやってきた。
今まさに目の前にあるのが、あるはずがないと思っていた戦艦。
その名は〈ミストルテイン〉。ロールアウト前の最新型の中型飛行戦艦だ。
基本的な武装や戦艦としての規格は既存のものとそう異なるものではないらしいが、この戦艦には決定的に他と異なる部分がある。それは、この艦がECドライブを動力とすること。つまり、機動鎧と戦艦という違いはあれども根っこの部分については〈アサルト〉と同じなのだ。これらは基本的なコンセプトが同じだからこそ、同じ人工島で研究開発が進められていたらしい。
そして当初の予定では〈アサルト〉を含む四機のECドライブ搭載機動鎧を載せて、実戦データ収集を兼ねた特殊部隊として〈ミストルテイン〉はこの島から飛び立つはずだったそうだ。出力に問題のあった〈アサルト〉はひとまずこの島で留守番する流れになっていたようだが。
「で、この艦はちゃんと使えるんですよね?」
「ああ、すでに動力であるECドライブの起動テストは完了しているし、作戦行動も可能だ。……残念ながら一〇〇パーセントの性能は発揮できないがな」
「しれっと不安になる発言しないでくれませんか⁉」
思わず食い気味に叫んでしまったシオンの反応はこの状況では当然のものだろう。この戦艦が使えるかどうかでこの後の作戦の成否が決まるのだ。使えると思って作戦を開始してからやっぱりダメでした、なんて展開になろうものなら笑い話にもならない。
「出力の都合、現時点では主砲が使用できない。それだけだ」
「……本当にそれだけですか? ロールアウト前って言ってましたよね?」
「テストは万全にしてある。……そもそも明後日には飛び立つ予定だった船だ。現時点で問題が残っていようものなら大問題だぞ」
「その状況、技師としては考えるだけで胃が痛みますね」
学生の身だったとはいえ実習として実際の作業に携わる機会はあった。その時の期限直前の修羅場を思い浮かべてしまい、思わず胃の辺りを押さえる。
とにかく、ひとまずは主砲以外の問題はないと判断するしかないようだ。それ自体少し心配ではあるが、中型の艦であれば主砲がなくとも火力はそれなりにあるだろう。
「それで、指令室でこちらから提案した作戦で問題はないんだな?」
「大丈夫かどうかはともかく、正直あれ以上の作戦は現状ないでしょうに」
作戦と言っているが、内容としては非常にシンプルだ。
シオンが雑魚を薙ぎ払いつつ大型アンノウンの注意を引く。そしてこの地下ドックから飛び立った〈ミストルテイン〉の砲撃によって大型アンノウンを倒す。それだけだ。
大型アンノウンの防御は強固なので〈アサルト〉単体ではまずまともなダメージは与えられない。だが、戦艦の火力があれば話は別だ。大型とはいえ所詮三〇メートル程度のサイズのアンノウンの防御を突破できないほど、人類軍の戦艦は軟弱な代物ではない。
勝利条件は〈ミストルテイン〉が武装の射程距離に入るまで大型アンノウンに接近し、砲撃を命中させること。シオンの役目は勝利条件がクリアされるまでの間派手に立ち回ってアンノウンたちを薙ぎ払いつつ、戦艦に攻撃が向かわないように引きつけること、そして艦にアンノウンたちの攻撃が及ばないように守ることだ。ただ、これは言葉で言うほど簡単なことではない。
「たったの一機で圧倒的多数のアンノウンから艦を守れるものなのか?」
「守れる守れない以前にやるしかないですし……幸い空を飛べるアンノウンはほとんどいないので、そいつらだけ早めに倒しておけばなんとか」
「地上から攻撃される可能性もあるんじゃないか?」
「まったくないとは言わないですけど、かなり低いです。今回のアンノウン動物ベースの個体ばっかりなんで」
ここまで何度かこの島に出現したアンノウンたちとの戦闘をしてきているが、どの個体も爪や牙を用いた物理攻撃以外を仕掛けてこなかった。持っている攻撃手段を出し惜しむような知性を持ち合わせているとは考えにくいことも踏まえれば、そもそもそのような攻撃手段を持たないと考えるのが妥当だろう。であれば、空を飛ぶ能力を持つ個体以外が飛行する戦艦に攻撃するのは難しい。突然状況が変わるようなことがあれば別だが、現状は空を飛べるアンノウンだけ警戒していれば戦艦を落とされる心配はまずないだろう。
「わかった。お前は予定通り〈ミストルテイン〉出撃の十分前に出撃、先行して飛行可能な個体を優先して排除、その後陽動に移るように」
「アイアイサー。誠心誠意お勤めさせていただきます」
アキトに対して敬礼して見せつつ、心の中だけで朱月に語り掛ける。
『ってことになったけど、それで異論はないね、朱月』
『別にいいぜ、正直お前がぽっくり逝くようなことさえなければどーでもいいしな』
一応力を借りる手前確認をしてみたが、どうもこの鬼はシオンの行動に対して干渉するつもりはあまりないようだ。あくまで自身の目的である魔力の貯蓄さえできればいいという考えなのだろう。妙な横槍などを入れられる心配がない分、それはシオンとしても好都合だ。
「では、俺はこのまま作戦の準備に入る。お前は作戦開始までフリーになるが……」
「フリーだからって好き勝手歩き回るわけにもいかないですよね。わかってます」
「対等な協力関係を謳っておきながらすまない。ひとまず適当な部屋を用意させているからそこで過ごしてもらう」
「その部屋への案内人兼監視役は?」
「手配している」
アキトのその言葉を裏付けるように近くの通路の先から複数の足音が聞こえてきた。地下空間で通路がトンネル状になっているのでよく響いている。人数はひとりやふたりではなくもっと数がいるようだ。
「……んん?」
近付いてくる気配を探れば数は四つ。そのどれも、どこか覚えがある気がする。……つい数時間前にもこのようなことはあったわけだが、何とも嫌な予感がしてしまう。そうこうしている間に通路から四人の若者が姿を現した。
「ハルマ・ミツルギ以下四名。シオン・イースタルの誘導任務を命じられて参りました」
「ご苦労。彼は少々扱いづらい男だ。勝手をしないようにしっかり所定の部屋に送り届けてくれ」
綺麗な敬礼をしているハルマたちに「では、任せた」と背を向けて歩き去ろうとするアキトだったが、シオンはすぐさまその腕をがっちりと捕らえて引き留めた。
「なんだ?」
「なんだもなにもないですよ! なんでここにあの面子が来るんですか⁉」
普通の声量で話すアキトに対して、シオンは彼にしか聞こえない最低限の声量でありながらも叫ぶように尋ねた。
「なんでもなにも彼らがお前を案内件監視役であるというだけだ」
「そんなことは話の流れでわかってます! 俺が聞きたいのはなんであの面子なのかって話です!」
ハルマを筆頭に、リーナ、レイス、ナツミという見事なシオンの元クラスメートで構成された面子は明らかにこの状況において最適ではないはずだ。
シオンのような下手すればスパイかもしれないような怪しい対象を案内しつつ監視するのだから屈強な男性兵士が大型マシンガンでも抱えてくる方が状況的に正しいだろう。それが蓋を開けてみれば、エリートとはいえ男女二名ずつの四人組。しかもシオンとは顔見知りである。どう考えてもおかしい。
「言っておくが俺の考えたメンバーではないぞ。このメンバーを俺に推してきたのはアンナだ」
「あ・の・ひ・と・は~‼」
イイ笑顔をこちらに見せつけるアンナのイメージが頭をよぎる。
彼女であればシオンが今日まで“ただの人間として”関係を築いてきた相手に対して多少なり気まずさを感じることくらい予想できそうなものなのだが……おそらく今回の場合はそれをあえて無視してあの面子を差し向けてきたと見える。
「(というかどういう狙いが? 意味もなくこんなことするタイプじゃないはずだけど……いや、今はそれどころじゃない)」
アンナの狙いは気にならないわけではないが、そんなことより目の前の状況である。
アンナという例外中の例外はともかく普通の神経を持ち合わせていれば、シオンに今日まで騙されていた彼らがシオンに対して抱く感情が良いものなはずがない。特に、《異界》を憎むハルマなど最悪の気分でいるに違いないだろう。なまじ友人として過ごしてきたからこそ、余計にだ。実際シェルターで異能の力を見せつけた時、まさにそのような反応が返されたのは記憶に新しい。
現時点の人類軍において最も強い怒りと疑念をシオンにぶつけるのは、間違いなくハルマ・ミツルギその人だろう。
「……フ」
「何でこのタイミングで笑っちゃうんですかねミツルギさん」
「何、お前は思ったよりも――いや、年相応に不測の事態に弱いのだと思ってな。どう扱ったものかと思っていたが、アンナの言う通りお前は案外簡単な子供なのかもしれない」
わずかに優しさを滲ませる子供を見守る大人のような目。急にそんな目を向けられてしまってなんとも居心地が悪い。
「俺のことはともかく、弟さんのこと、わかってるんですか?」
居心地の悪さから咄嗟に口から飛び出したのは彼の弟の話題だった。
ハルマの憎しみは深い。普段の快活で善良な彼からは想像もできないほどの真っ黒な憎悪をその胸の内に秘めている。それは、彼が次の瞬間シオンへと銃口を突き付けてきたとしても何らおかしくなどないほどの激情だ。もしもそうなれば部屋への案内どころではあるまい。
「……外の状況はハルマも知っている。この状況でお前の存在がいかに重要なのかもわかっているだろう」
「感情が理性を吹っ飛ばすことなんて、よくある話だと思いますけど?」
「だとしても、アイツは大丈夫だ。親代わりになって以降、そんな軟弱者に育てた覚えはないからな」
言いたいことは言ったとばかりにシオンの手をほどいて歩いていくアキトの背中に迷いはない。弟が暴走することなどまったく心配していないのだろう。
「(あの人が甘いのか、俺が悲観的すぎるのか……どっちにしろ出たとこ勝負か)」
もうアキトは去ってしまった以上、シオンはやや後方で控えている現実に向き合うしかない。そして結局のところ、その現実はシオンの身から出た錆でしかない。
ならば受け入れなければならない。罪にはそれ相応の罰が下されなければならないのだ。
「それじゃあ、案内、よろしく」
「……ついてこい」
明るく優しい色しか見たことのなかったはずのハルマの金色の瞳が、今のシオンはひどく暗い色に見えた。




