笑い上戸の泣いた様
今日までの3年間が満足だ、ってお酒に浸された脳みそでも自信を持ってそう言える。
小さな私たちのバンドには、多すぎる思い出ができた。ただ、この脳みそでも今日でこの居酒屋に集まってする打ち上げが最後だと思うと、耐え切れない寂しさが襲った。
「笑いながら泣いて、大丈夫かぁみっちゃん」
ひろまろは、私の肩を叩いてそう言って笑った。ドラムみたいに響く、少し低い音のする引き笑い。
「武田のお嬢ちゃんは泣きながら寝てもたし、りゅうはギター持ってどっか行ってもたし全くやなぁ」
ひろまろは普段から酔っ払っているようなテンションの高さで、よく笑うメンバーだった。ひろまろのドラムスティックを折っちゃった時でさえ、笑っていた。一番年上なのに、私たちに“ひろまろ”と呼ぶように言ったひろまろは、3年間ずっとそんなおかしな人でそれでいて、このバンドのお父さんのような人だった。
ふと、リハーサルのときに外れた一音を見つけてしまった時のような、そんな気持ちになった。
「ひろまろは、私たちとバンドやってて楽しかった?」
一人だけ社会人のひろまろは、こうして今から社会に出る私たちと違ってもっとしたいことがあったのではないか、なんて考えが浮かんだ。いつでも私たちを気遣ってくれる、優しいひろまろだからこそ、未熟な私たちとのバンド活動が日常の妨げになっていたとしたらどうしようと、今になって思った。
そんな不安を見透かしたかのように、ひろまろはまた笑った。
「めっちゃ楽しかったよ、俺は。みっちゃんが誘ってくれんかったら、こんな楽しい3年間にはならんかったやろな。両立がきつかったこともあったけど、俺がしたいことみんなとやりきれたよ」
泣いて喚いていた武田ちゃんとも、寂しさを紛らわすようにお酒を飲んでいたりゅうくんと私とも、違う。ひろまろは、一頻り私たちの話を聞いて介抱して、今日も笑っていた。私は、いつも以上に今日だけは笑えない。私たちの解散はメンバー全員の未来への新しい一歩だと、分かっていても笑えない。
「ひろまろは、笑ってばかり。こんなときくらい、暗い気持ちにならないの?」
「俺は、嬉しいよ」
「みんな、今までみたいにすぐ会えること、なくなるんだよ?」
「就職決まって、留学決まって、3人ともよかったやんか」
そう言うと、ひろまろは一口お酒を飲んだ。
お店は、眠る時間が近づいて明日の朝に向かって進んでいて、ライブが終った後の盛り上がった記憶を残したままの、あの静かな会場に似ていた。
「私はさ、できるならお金を稼いで、売れるバンドになってみんなと一緒に居たかった」
できるなら、留まっていたい。覚えている、忘れないうちに次を重ねて行きたい。そうでないと、こんなにあっさりとあの盛り上がりが去ってしまったら、体の熱が残って冷めない。熱いままなのに、こんなに静かになってしまうなんて寂しすぎて私はやっていけない。私は、この店みたいに明日に進んでいくことなんてできる気がしない。
ひろまろは、隣の私の顔を見て、頭をぽんぽんと二回叩いて、そしてまた笑った。今度は少し控えめな、それでもいつもの引き笑いだった。
「嬉しいなぁ、リーダーがそう言ってくれるなんて。でも、それはできん」
ひろまろがグラスの淵を、つんつんと突いた。小さな音が、リズムが、なんだかライブの帰り道を思い浮かばせた。
「俺らは、元々そういう目標のために集まったんじゃないやろ?確かに、そうなったら楽しいやろな。でも、俺らはお互いの将来のための生活の中で、ちょっと面白いことをしてみようって、そういうみっちゃんの考えに集まってきたんやから」
残っていたお酒を一気に飲み干すと、ひろまろは俯いた。
「ただ俺だって寂しいなって、戻りたいなって、今でさえ思ってまうねんけどなぁ」
表情を見せないままそう言い切ると、ひろまろは立ち上がって、また大きな声で笑った。今までで一番、いい音の引き笑いだった。戻ってきたりゅうくんに駆け寄るひろまろは、もしかしたらあの一瞬、泣いていたのかもしれないと思った。
読んでいただきありがとうございます!
このタイトルめちゃめちゃ気に入ってるんです!もうタイトルから出来た短編(
時空モノガタリさんとオリジナルサイトにUPしてたのですが、お気に入り過ぎてこっちにもと再録。
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