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傷跡  作者: 真琴
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第3話 綺麗な月

学校から一キロ弱先に建つ、比較的できて新しいほうの施設。きらきら園という名前で、様々な事情でここに預けられた子供が暮らしている。そして、この施設が、わたしの「家」だ。


きらきら園の内装は、ドラマや映画なんかで見る施設とほとんど変わらない。ある程度の広さのある庭があって、屋内にはたくさんの部屋があって、簡単に言えば大家族用の家、というような造り。


特徴をあげるとすれば、玄関から中に入るとすぐにある、二つの階段がそれだ。左の階段は二人部屋に続く階段で、右の階段は三人部屋に続いている。つまり、二人部屋から三人部屋に行くには、いったん階段を下りて、それからもう一回三人部屋へと続く階段をのぼらないといけない。


これはもう昔からの構造で、今さら立て直そうと提案する人もいないし、財政的にもそんな余裕はない。それに、みんなこの階段の造りになれてしまっている。わたしも最初は違和感があったけど、今となっては特に何も気にせず階段を上り下りしている。


また、どんな子がきらきら園にいるかと言うと、それは様々。まだ一才にもならない赤ちゃんや、もうすぐ高校を卒業する子など、幅広い年の子がいる。名前もつけられないまま、預けられる子もいる。


でも、大学生は一人もいない。理由は、高校を卒業するのと同時に、きらきら園からも卒業しないといけないからだ。


この「ルール」には、何か理由があるのかもしれない。そこまで面倒を見れないからかもしれないし、早く独り立ちしたほうが将来のためになるという考えからということもあるだろう。いずれにしても、それは分からない。


ただ言えるのは、高校を卒業した子がいくらきらきら園を出ていっても、きらきら園に住む子の人数が減らないのは、いつになっても、あの人みたいな人がいるからだ。わたしを嫌々生んだ挙句育てることもなく親戚に預けるような、無責任な大人がいるからだ。


でも、どうしてだろう。心から憎めない。


わたしみたいな施設で育つ子にとって親という存在は、決して天使なんかじゃなく、むしろ悪魔のような存在なのに。それでも憎めないなんて。


ふと、引き出しを見た。あの人が写っている写真が入ってる、引き出し。普段はカギをかけてあって、簡単には開けられないようにしてある。それは、自分の欲望を抑制するため。あの人に会いたい、なんていう邪魔な感情を消し去るため。


でも、時々我慢できなくなる。引き出しの取っ手、今まで何度ながめたことだろう。思わず、手をそれに伸ばす。でも、途中で冷静になって引っこめた。


わたしは決めたのだ。あの人のことを、求めてはいけない。求めたら、もっと寂しくなる。手に入れられないもの、しかも自分を辛くするだけのものなんて、思い出すだけで心が痛くなるだけ。そんなものいっその事、自分を抑えるかわりに痛みを感じなくなるほうが、ずっと楽でいられる。それに、あの人はわたしを捨てた人だ。そんな人の写真を見たって、何にもならない。


今まで何度か引き出しを開けてしまいそうになったことがあったけど、その時はそんなふうにして、ずっと我慢してきた。


代わりに、机に立てた写真たてに挟まれた、お父さんの写真を見た。


ほんとうに、幸せそうに笑っている。お父さんの実物を見たことも、声を聞いたこともないけれど、きっとお父さんは生きたかっただろう。まさか、自分が事故で死んでしまうなんて、思ってもみなかったに違いない。


お父さんは、果たしてわたしに会いたかっただろうか。自分が死ぬと予感した直前に、わたしがきちんと無事に生まれてくれるように、祈ってくれただろうか。いや、祈らなくてもいい。わたしのことを、思ってくれただろうか。一瞬でも、考えてくれただろうか。


分からない。遠いような近いようなとこにある空の薄高い雲みたいに、届きそうで届かなくて、分からない。もどかしい。一番いてほしい人がそばにいないことも、いてほしくない人を求めてしまう自分も、全部難しくて分からない。


「ねぇ。何考えてるの」


分からなくて虚しい。


分からなくて不安になる。


「ねぇ、ちょっと由奈。聞いてる?」


「え?」


「って、そんな反応あり? なんか考えてたんだろうけどさ」


香絵に言われて、気づいた。またわたしは、考えなくてもいいことを考えていたんだ。


香絵は回転イスに座って、こっちを不思議そうにながめている。この表情に、嘘をつかずに答えたらどうなるか分かっていたから、


「うん。ちょっと。今日あったこと思い出してただけ」


と、あえて本当のことは言わなかった。


「ふうん、そか」


香絵がきらきら園にやってきたのは、わたしが預けられてから一年後のことだった。香絵と同い年の子はその時少なく、そのうちの一人がわたしということもあり、香絵は一番にわたしと仲良くなった。それ以来同じ部屋で暮らしている。二人部屋と三人部屋じゃやはり違いはあるようで、わたしと香絵はその象徴ともいえる関係だと思う。


「香絵、寝ないの? もう十二時だよ」


わざとあくびをしながら、わたしは言った。


「そういう由奈も寝ないじゃん」


久しぶりに月を見た気がする。


窓から視界に入る月が、今日は一段と輝いていてきれい。そういえば、あと五日後の夜の天気は晴天で、くっきりとした満月が見れるらしい。わたしはあの丸みが好きだ。あまりにも完璧すぎるほどの丸を見ていると、なんだか楽になる。


「ねぇ、由奈」


「何?」


「由奈ってさ、将来どうしたい?」


香絵の質問がいきなりで、わたしは少し戸惑った。


「どこに住みたいとかどういう仕事したいとか、さ」


正直、わたしはそういうのを全然考えたことがない。別に今さえよければいい、ってことじゃないけど、考えてもその先が続かないのだ。将来のことを考えてると、ひたすら奥深く続くかたい地面を掘っているだけみたいで、何か無意味に思えてしまう。結局は現実逃避なんだけど、どっちにしろ今やりたいこと、やってみたいこと、はこれっぽっちも思いつかない。


「やっぱ、由奈はそういうのって、わかんないタイプ?」


わたしが言葉に詰まっていると、香絵はさらっと言った。


「まぁ、そうかもね。わかんないっていうか、そういうの考えられないっていうか。ちょっとは意識したほうがいいんだろうけど、なんかそれさえもできないんだよ」


「由奈は、今だけで精一杯って感じだからね」


「うん。情けないけどわたしもそう思う」


「自分で分かってるんじゃん」


「分かってても、行動に移せないからしょうがないんだよ」


「それ言えてる」


あまり大声にならないように二人で顔を見合わせて笑い、決して重苦しくない数秒の沈黙が流れた。いや、沈黙じゃない。どちらかといったら、合いの手に近いような空白だった。


「じゃぁ、わたし寝るね」


沈黙の流れに乗るかのように、香絵は言った。


「うん。おやすみ」


「由奈は寝ないの?」


「あと、ちょっとだけ起きてたい気分。先寝て」


「わかった。じゃぁ、おやすみ」


「おやすみ」


香絵がベッドの中に入って寝静まってからも、わたしは一つあくびをしかけたけれど、まだ寝る気分にはならなかった。


今日の月はきれいだから、ずっと見ていたい。夜空に浮かぶ幻想的な月を、首が痛くなっても見ていたい。月からこぼれる微量の光を浴びている間は、全部忘れることができるから。


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