㋟パル3‰クッキング
目の前に自販機がある。
人相、体温、心拍数、脳波、その他諸々を診て一番適切な飲み物を勧めてくれるのは勿論のこと、体調や今日の運勢まで表示してくれる優れもの。
が、ガムテープで塞がれている。使用不可であることは伝わるのだが、原始的過ぎやしないか?
確認の為、取り出し口を手で触る。ややザラりとしていて、丈夫そうで……確かに網目の入っているタイプの布テープだ。
仕方がないので、タルパで精神の安定を図ることにした。本当は経口剤で済ませたいのだが、自販機が壊れているので止む無しむなし。
コンビニで即席タルパを購入し、店員に温めてもらう。
自販機があんな調子だからだろう、僕と同じようにタルパで落ち着こうとしている人達が視界に入る。
あの身なりの良いサラリーマンは多分、高級タルパとお喋りしてる。
この身なりの悪いホームレスは多分、自前のニューロンとお喋りしてる。
まぁ、即席タルパと話していようが、ニューロンの自然発火と話していようが、どちらにせよ別はない。
経路がどうであれ、結果として似たような信号パターンが脳に流れれば同じことだ。
だんだんと即席タルパの効果が現れてきて、僕の化身が視界に映る。
僕はタルパと会話を始める。声に出して、それが普通だから。黙って一点を見つめるのは変だから。
「情動ってのは昇華されてないと思い通りに消費できないだろ? そうそう、精製されたガソリンでないと車が走らないのと一緒で……」
「重油だって僕なら使いこなせるよ。……原油は無理だけどさ……」
「生のケンカとか、殴り合いとか、優雅な決闘とか、やった方が良いのは分かってるけどさ、もう相手がいないわけで……」
「だから代替品として良質なアニメや漫画に触れて…………」
ふと、視界にいる即席タルパがずっと手を止めているような気がした。時間の感覚にあまり自信がないので、どの位の間だかは分からないが、あぁ、まだボケっとしている。
「おい! 写真を撮り続けろ! 絶やすなよ! 休むなよ! ただでさえ情報が断続的になりかけてるのに、あまり現実と離れたくないんだから、スムージングしていかないと、早く、修正はいいよこっちでやるから、」
即席タルパはあわてて仕事を再開する。連射モードで周囲の光景を撮るだけでいいのだから、しっかりしてほしい。
さて、他愛のない会話で大分精神が安定してきた。今なら駅のホームを正しく認識できるだろう……。
階段を下りると、電車の前で二人の車掌が何か話している。もしトラブルだったら学校に遅れてしまうな
「先輩、先輩。赤いやつだよ、赤いやつって言われるんですけど、緑のスイッチしか見当たらなくて……ど、どうしよう、押していいんですか?」
「大丈夫だよ、大丈夫。君はまだ視覚系と動作命令系は侵されていないんだから、大丈夫。ホラ、色なんか気にしなくてもスイッチは一つしかないだろ?」
良かった、新人が少し狼狽えているだけだった。電車は問題なく発車する。
ドアが閉まる時、即席タルパは最初で最後の言葉を発する。
「そんな顔しないでよ。僕のなけなしの良心が痛むじゃないか」
毎回必ずこのセリフ。毎回。毎回。
電車の中では無言の方が好まれるから、僕は黙ってタルパと会話をする。こっちはもう何年も一緒にいるし、さっきだって今だって喋ってる相手はこっちだ。
本当は人目さえ無ければ、あんな安物即席タルパを買う必要なんかなかった。高級タルパじゃないから、カウンセリング機能なんてついてないし、外側だけの使い捨ておもちゃでしかない。
それでも、タルパカップを手に持っていたかった。パッケージが見えないように手で覆って。だって……恥ずかしいじゃないか。
僕は使用済みのタルパカップを小さく潰してカバンに入れる。ただ嵩張るだけの無駄物になる。
機能を最少限にした安物だからって、やっぱり無駄なものは買いたくない。簡単な命令を実行する機能はまだ使えるが、あの一言機能だけは要らない。僕の需要的にはアレを削った分安くしてほしいものだ。学生は貧乏なんだぞ。
……思考が一巡して落ち着いてきた。学校のある駅まではまだ時間がある。そうだ、即席タルパに撮らせておいた写真をチェックしておこう。
昨日撮った光景と、今日撮らせた光景を並べて比べる。当然変わらない部分の方が圧倒的に多いのだが、そういう思い込みは良くない。特に僕の場合は。
僕は、外の世界を一旦持ち込んで、吟味して、咀嚼して、受け入れるということが下手だ。平たく言うと、リアルタイムで情報を更新していくことが苦手だ。
うっかり綺麗な写真に見惚れていると、本来上書きされるはずの情報に気付けない。現実の現在では花枯れた荒野になっているというのに、いつまでも過去の花畑が見えているようなもので。困る。
具体的には、両親や友達が気付くとまったくの別人になっている。とか。
同一人物でも、赤ん坊の時と老人の時で同じパーソナリティを持っているわけがない。そこに至るまでに、些細で連続的な変化が目の前で起きているはずなのに、常々意識して観測しないと取りこぼす。
――――次は――逅Φ驛キ――逅Φ驛キ――㋔㋑㋨学園前です――――
目的の駅を降りて、北口に出ると、視界の外から呼びかけられた。
「おはよう、豌エ蟒サ 蠖「閠 くん」
「え?」
「形而くん? おはよう」
「あぁ…………」
僕は目の前にいる見慣れた女の子と握手する。聴こえるだけでは幻聴かもしれないし、視えるだけでは幻視かもしれないから。こうして形而下の、実体のある他者であることを確認する。
「おはよう」
確認してから挨拶を返す。
信用できるのは触覚だけだ。
世界が崩れ、見知った天井が現れる。いつもの夢、もしくは幻覚はあの瞬間に決まって終わるのだ。そしてその内容は覚醒の瞬間泡沫のごとく消えてゆく。
「形而ー、ご飯できてるわよー。今日は友達と遊びに行くんでしょー。」
辛うじて覚えているのはタルパという単語。あの夢を見たのが3回目の日、僕はそのタルパという単語を調べてみた。ネットには全くと言っていいほど情報は載っていなかった。
それからもしばしば同じ夢を見るから図書館や本屋などで調べてみたがやっぱり何も見つからなかった。
今時本はおろかネットですら見つからない単語なんてほとんどない。夢はもともと散らばった記憶の整理をするときに現れる断片の集合と言うし、その中でたまたまできた造語なのだろう。と自分を納得させてもあの夢が消えることはない。むしろ最近は夢を見る間隔が狭くなってきた気さえする。
「形而! 遅刻するわよ! 早く降りてきなさい!」
やっぱり僕は世界を追いかけるのが下手だな、と思う。早く降りて出かけなければ。今日は友達と一緒にゲームを買いに行くんだ。確かタイトルは――。
追野学園前駅で降りた僕はすぐに友達と合流した。2分遅れてしまったのは悪かったけどそれで露骨に不機嫌になられるのも困ったものだ。僕が100%悪いのは分かってるけど。
駅を降りて商店街を歩く途中も、これでゲームが買えなかったらとこぼし続ける続ける友達。このままゲーム屋まで言われるのは勘弁願いたい。何か話題をそらさなくては。
そう思って話題を探してみるが話題と言うものは意図的に探そうとするとするすると僕らの手から離れていくものである。何かないかと必死に脳を働かせているとふと今朝の夢のことを思い出した。
「そういえばさ、最近妙な夢を見るようになって」
「……なに、夢って」
友達もいい加減不満を垂れ流し続けるのも不毛だと思ったのか僕の話に乗ってくれる。
「なんか、よく思い出せないんだけど、タルパっていうのがその辺で買える夢で……」
しかし僕の話はすぐに終わってしまった。僕が言い終わるより前に友達が僕を突き飛ばしたから。
「いってて、なにするんだよ!」
「バカやろう! タルパなんてこんなところで……!」
困惑と腹立ちが混じった感情のまま立ち上がろうとすると更に友達から押し倒される。
今度は何だ、という僕の声は日常に不釣り合いな轟音にかき消された。仰向けに倒れた僕にはただ目の前を轟音と共に無数の小さな物体が高速で飛んでいくこと、それと共に赤い飛沫が飛んでくることしか分からなかった。
「クソッ、形而逃げるぞ!」
友達は僕を無理やり立たせるとそのまま手を引っ張って走り出した。目まぐるしい状況の変化に全くついていけない。後ろを振り返ると流れ弾に当たって血だらけになったスーツの男が倒れていた。
友達につれられるまま走り続けると、見たこともないラーメン屋に連れていかれた。厳密には店内を通過しただけだったけど。そのまま店の奥の扉を開き小道に出る。
「ねえ、いまのはなんだったの? 僕たちは誰から逃げてるの?」
「お前がタルパについて知ってるから確保しに来たんだ。相手はタルパについて研究してる科学者の手先だろうさ」
友達は僕の疑問に答えながらもすぐ近くにあったマンホールをいじくり回している。
「確保って……僕、撃たれたんだけど。本当に確保?」
「生死を問わず、なんだろ」
吐き捨てるように言うとマンホールが開いた。しばらくその中を見つめた後、苦々しい顔をした友達はこちらを振り返る。
「ようこそ、深淵へ」
友達に連れられて逃げ込んだ地下組織は武装した兵士がたくさんいて、とりあえず安全であることとやはり僕は危険なことに巻き込まれてしまったんだなという二つの実感を与えてくれた。
迷路のような通路を友達はすいすいと抜けていく。道を覚えようとしてみたけど途中であきらめた。
入り組んだ道を進んで連れてこられた部屋には真っ白な服を着た険しい顔の男が待っていた。
「危ない目にあったな、大丈夫か?」
大丈夫なわけがあるか。こちとら何の事情も知らずに銃撃戦に巻き込まれて息の詰まりそうな場所に半強制連行されてるんだぞ
「いや、大丈夫なわけがないか。ま、とりあえずかけたまえ。ここは安全だからね。事情を説明しよう」
偉そうな男に座るよう促されソファに腰掛ける。友達も座るかと思ったが僕の後ろで立ったままだ。
「我々は精霊教団。神たるタルパを作ることを目的としている」
それから僕が説明されたのは、タルパとはチベット密教発祥の奥義、想念の力によって幻影を視覚化する秘術であり、極秘に研究されている国家機密であること、そしてそれを利用しようとしている二つの組織が対立していることだ。
「タルパは才能のあるものが正規の手順を踏めばあらゆる理想的な人格を作ることができる。タルパによって神を作り出し、その神の元に人類が統治される世界、それが我々の目指す世界だ」
「そして君を襲った科学者たちは人工的にタルパを量産し世界にばら撒き世界を混乱させようとする集団だ」
相当ヤバいカルト集団の対立に巻き込まれた。はっきり言って全部見たこと忘れて帰宅したいところだがこの精霊教団名乗る人たちに言わせると一度タルパの存在を知った者は一生科学者たちに追われるそうだ。
そしてこのあと検査したところ僕にもタルパの才能があることが分かり、僕は身の安全を保障してもらう代わりにこの教団に協力することになった。
高層ビルの上層部の休憩室には科学者たちの幹部、シュルツとその部下が集まっていた。
「そもそもタルパを常用出来ることに何のメリットがあるのでしょうか?」
部下はかなりの新入りだ。確か入ったのは数週間前のはず。ともすればまだ自分たちが何故タルパを広めようとするのか分かっていなくても仕方がないかとシュルツは思った。
「宗教、その中でも特に神の存在意義は報われぬ努力に対する逃避だ」
「人間、才能や適性と言ったものは必ず存在している。スポーツ然り、勉学然り、生存然りだ」
「そして例え適性がなくともそれを強いられる人間と言うものもまた必ず存在する。そういった人間は努力すれば、とか諦めなければと奮起させるわけだ。自己を保つためにね」
「しかし奮戦空しく挫折してしまったとき、どこへ逃げればいいか?」
突然の問いかけに部下は少し詰まるがすぐに返答する。
「家族、などでしょうか。もしくは友人、恋人か」
「ではそれらが頼れない人間は? 人それぞれ事情はあるだろうがそういう人は少なくないぞ」
完全に考え込んでしまう部下を見てシュルツは続ける。
「かつてはその逃げ場が神だった。神の試練と言ってな」
「だが現在はどうだ? 神など本当に信じられる世ではない。逃げ場を失った人々は救いを求める。新興宗教や悪ければテロ組織の甘い言葉かな?」
「我々は神の死んだ現代においてその逃避先としてのタルパを広めるべきだと考えている。自己を慰め逃げ場になってくれる理想の人格として」
「タルパは才能のない者は一生作れないとされている。それが先天的なものであるか、それとも後天的なものであるか、そして本当に不可能であるかは重要ではない。外部からタルパを入れてやればいいのだから」
そこまで聞いてから部下は思いついた疑問をぶつける。
「しかしそれではタルパで神を作ろうとする精霊教団と我々は何が違うのでしょうか?」
「君の言う通りお互いの組織、やろうとしていることは本質的には同じだ。タルパを神の代替とする。違うのはその神が唯一的であるか否かだ。精霊教団は才の無いものを切り捨てかねない世を作ろうとしている」
「幸いにも我々はタルパを作る才に満ちているがそれがない者は神託を受けられない人間として見られるだろう。それはそれは残酷な世界になるだろうな」
シュルツが言い切るとちょうど彼の手首に付けられた機器が鳴り始める。
解散を言い渡すと部下は礼を言って休憩室を後にする。
一息ついたシュルツは飲みかけの缶コーヒーを手に取り口にする。
「あたしを物扱いするなんてひどいじゃない」
怒ったような声が頭に響く。
「君は特別だよ。分かってるだろう?」
シュルツの体からぬるりと少女が現れる。シュルツにはまるでその場にいるかのようにくっきりと存在感を感じるが実際には誰もいない。
シュルツにとってタルパは十年以上の付き合いだ。完全に自立しているし声を出さなくとも会話できる。
「ほんとぉ?」
「僕のタルパに嘘はつかないさナオ。ところでレナは?」
「レナは危ない時にしか出てこないってシュルツも知ってるでしょ」
「まぁそうだけど、たまにはゆっくり話したいなって」
「私とじゃ不満?」
「だからそうじゃないって」
「ふーん、わかってますよ。この後地下組織への侵攻作戦があるんだからゆっくりする暇なんかないんだからね」
んべー、と舌を出して消えてしまう。
シュルツは幼いころ友を二人失った。どうしようもない理不尽に悲しみ打ちひしがれる彼を救ったのはタルパだった。人類には必要なのだ。失ったものを埋めるものが。
「さて、これからひと仕事、気合を入れますか」
うん、と先ほどとは違う声がシュルツの頭に響いた。
形而はタルパを生み出すトレーニングをしていた。
「ダメだよー。今形而くん体ガッチガチだよ。リラックスリラックス」
ニコニコしながらダメ出ししてくる指導官にはあと気のない返事をする。名前はティアだったか。外人さんかな。
聴いたこともない謎理論を聞かされてもいきなり人間の具現化なんてできるわけがない。
「まずは体の力を抜いて、目をつぶって」
自分の理想とする人間をイメージする、らしいけど理想の人間ってどういうものだろう。まずそこで引っ掛かりを覚えてしまう僕はいつまでたってもこの先に進めない。
と言うか正直先に進む気がない。この訓練の時は大体焼き肉や生きていることや人類のことについて考えている。今は焼き肉のことについて考えているカルビ。
しかも最近は例の悪夢でよく眠れていない。この教団に来てからあの夢はますます見る頻度が上がっている気がする。食欲で睡眠欲をごまかさないと寝てしまうぞ。
しかし僕のカルビは全て霧散した。代わりに現れるのは黒、黒、黒。そして虚空に話しかける人々、精神の安定を求めて彷徨う亡者。私の中に潜む囚人。
「あああああああああああああああああああああ!」
気づけば僕は絶叫を上げていた。
「形而くん大丈夫!?」
大丈夫じゃない。すべて思い出した。退廃した世界の夢を。
人類はこのままタルパを追い求めていいのか?
瞬間、大きな揺れが襲った。この地下施設のどこかで爆発が起きたかのようなそれとともに人の叫び声も。
「何が起きたの!」
「襲撃です! 科学者にこの場所がばれたようです!」
ティアに応えて事情を知らせた教団の団員が崩れ落ちる。その背後から現れたのは銃とナイフを持った男だった。
「意外と防備が薄かったな。なあレナ」
虚空に話しかける男。きっとタルパと話しているに違いない。傍から見ると本当に頭おかしい人にしか見えん。
「そちらの子はまだ染まってないようだな。こちらで回収するか」
「はいそうですかって渡すわけないじゃん。やっつけてやるから」
銃を構える男。対するティアも懐に隠し持っていた銃を取り出し相手に向けている。
「勇ましいようだが君には死んでもらう」
「形而くん、あなたはここから逃げて、他の教団員と共に別の支部へ」
小声で指示する指導官。ここは言う通りにして逃げよう。
「そうやすやすと逃がすと思うか?」
「簡単にいくとは思ってないよ、科学者幹部のシュルツさんッ!」
言い切るや否や何かを上に放り投げるティア。
「伏せて!」
銃声が鳴りティアが叫び僕が身を地に投げ打った瞬間爆発が起こり、衝撃が僕の上を通りすぎ、がれきが周囲に降ってきた。
「瞬時に安全圏へ避難したか。戦闘技術に優れたタルパに状況判断を任せたおかげね……物騒なタルパの使い方するね。さすがタルパをばら撒こうって危険思想してるだけはあるよ」
「そういう君も天井を破壊してがれきで遮蔽物を作るくらい戦い慣れているような物騒な人間じゃないか。気の狂った宗教団体にはお似合いだ」
睨み合う二人。がれきの影に隠れる僕。部屋は崩壊し始め、ティアが敵を引きつけている今ならば逃げられそうだ。
「形而くんなら見つけられる。君だけのタルパを! だから行って!」
ティアの言葉を背に飛び交う銃弾の中、僕は逃げ出した。
人の叫びや地響きのする中分かりにくい教団の通路を駆け抜ける。まだ覚えきれていない道をやみくもに走りながらさっき思い出した夢について考える。
あの夢の中、人々は皆精神を犯されタルパに依存していた。あれがもし予知夢のようなものであり、即席タルパの蔓延した未来の世界だとしたらこの戦いはタルパをばら撒きたい科学者たちが勝利するのか。
このままでは気の狂った世界へと進んでしまうのだろうか?僕はまだタルパを使えないからよくわからないけど。
「いたぞ、捕まえろ!」
十字路を走り抜けたとき脇道にいた兵隊に見つかってしまった。そのまま走り抜けて撒かなくては。
「待て止まれ、ステイステイステイ!」
しかし兵隊から逃げていると前方からも兵隊が現れた。他の教団員と全く会わないことやこの兵隊の数を考えると相当科学者側が押しているようだ。
反転しようにもすぐ後ろにも兵隊が追ってきている。万事休すだ。
「抵抗を止め大人しく捕まれ。そうすれば悪いようにはしない」
挟み撃ちにした兵隊の内一人がずいと前に出て僕に宣告する。受け答え次第ではどうなるか分からない。僕はきつく両手を握る。
「投降したら、僕はどうなるんだ」
「別にどうもしない。君をカルト教団から保護するだけだ」
小馬鹿にしたように笑いながら答える兵隊。
「保護して、それからタルパ研究に利用しようっていうのか?」
「利用などしない」
兵隊の声が耳に障る。熱いものが胸からこみあげてくる。こんなやつらのために友達やティアは死んでいったのか。こいつらが破滅の未来に進むために僕はこんな目にあっているのか。
「そういって僕をタルパ製造に利用するつもりだろう! お前たちの言う通りにはならない!」
思わず叫んでいた。こんなの絶対に認めない。僕は絶対に生き延びて未来を変える!
「こいつはダメだ、既に染まっている」
先頭の兵隊が感情のない声でそう宣言すると全員が一斉に銃を構えた。
思わず目をつぶると銃声ではない轟音と衝撃が起こる。
「な、なんだ! 待て、まだ撃つな!」
兵隊が混乱している中、目を開けると僕の側の壁には大穴が空いており、そこには白髪の女の子が立っていた。
「来て」
それだけ言うと僕の手を掴んで走り出した。
女の子に連れられて教団の入り組んだ道を抜けていく。彼女はこの拠点の構造を理解しているかのようにするすると進んでいき、とうとう科学者の手の者に会うことなく民家裏手のマンホールから脱出することができた。
僕はこの出入口を知らないが非常用に作られたものなのかもしれない。
外は日が落ち始めていた。夕焼けなんか久しぶりに見たな。
空を見上げ感傷に浸っていると女の子が僕を呼ぶ。
「乗って」
今の状況に不釣り合いなほど澄んだ声に慌てて顔を向けるとそこにはさらに不釣り合いな少女と大型バイクがあった。
「今はここから離れないと」
「は、はい」
思わず丁寧語で反応した僕は後ろに乗せてもらった。
しばらく高速で飛ばした。かなり北上した気がするが荷物は全て教団においてきてしまったからここがどこか確認することもできない。
それから高速を降りて田舎のほうでもそれなりに栄えた繁華街へ入り込んだ。そしてバイクを止め入る先は――
「ここ、ディスコだけど。ここでいいの?」
「ここでいい。森を隠すなら森の中」
中では人が気が狂ったように踊っていた。僕の夢の中がダウン系気狂いだとしたらこっちはアッパー系気狂いだな。
耳が悪くなりそうなほどの音量に怯んでいると女の子はさっきみたいにすいすいと進んでいく。置いて行かれたら合流するのは難しそうだ。ちゃんとついていかなければ。
女の子は隅の方で待っていた。でもここも周りでヘイヘイ手を上げてノってる人たちばかりだ。
「もう少し話しやすい場所のほうが良いんじゃないの!」
周りの騒音に負けないように大声で言ってみる。
「騒がしいところのほうが聞き取られにくい」
ああそうですか。
「それで、これから他の教団の支部に行くんだよね? どれくらいかかるの?」
「違う。私は精霊教団の人間じゃない」
……なんということだ。味方に付いていったと思ったら不審者だった。知らない人についていってはいけない。ばっちゃもそう言ってた。
「私は教団でも科学者でもない、別の組織」
「別? つまり教団の敵ではないってこと?」
タルパ的中立とか穏健派とか? ニュートラルは正義とは限らないぞ。
「……敵ではない、わけではない」
「やっぱり敵じゃないか! 僕をだまして連れてきてどうするつもりだ!」
やっぱりこいつも科学者達と同じだったのか。もううんざりだ。早くここを出て教団の人と連絡を取らなきゃ。
外へ出ようと歩き出すと手を掴まれる。意外に、と言うかかなり力が強い。この女の子そういえばさっき大型バイクを乗り回していたし力が強くて当然か。
「聞いて。二つの組織はタルパの利用を手段としているけれどそもそもタルパ自体が安全であるかまだ分かっていない」
手を振り払おうとする力を抜く。タルパが安全じゃない? どういうことだ?
僕が逃亡の意思をいったん引っ込めたことを認めると女の子は手を放してくれた。
「タルパが適性の無い人間の身体及び精神に及ぼす影響はまだ解明されていない。もしかしたら薬物のように人を廃人にしてしまうかもしれない。適性のある人間でも本人の身に余る知能を持つタルパが人を狂わせる可能性もある」
ゆっくりと話す女の子の声は煩い店内でも妙にはっきりと聞こえた。
「少なくとも現在そういったことが起きるケースが少数ではだけど研究で報告されている」
「でも世界はタルパ強硬派が強い力を持ち始めていて、私たちはどうすればいいか判断に困っていた。
「そんなとき、強いタルパ波動を日本で検知した。強いタルパ波動を持つものは己がタルパを別時間軸の同一個体と共鳴させ、疑似的に過去、未来の自分を体験することができる」
「あなたのタルパ波動ならできる。あなたにも心当たりがあるはず」
普段であればディスコパワーに頭をやられた人の妄言と受け流したかもしれない。だが僕は予知夢を見てしまっている。あれは僕の強すぎるタルパ波動によるものだったのか。
「あなたにならできる。未来を予見し、過去を変え、今を正しく歩むことが。私はあなたに世界の未来をかける」
女の子が僕の手を握る。
あんな退廃的な世界は嫌だ。友人が分からなくなるようないびつな世界は嫌だ。あの破滅を変える力が、僕に未来を変える力があるなら……僕は時を超える!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおAAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHH!」
全身に力をみなぎらせ、雄たけびを上げる。鼓舞された僕の精神がタルパ波動を増幅させていくのが分かる!
「いくぞおおおおおおおおおおおおおおおお!」
視界が白に包まれていく。女の子の姿が遮られ見えなくなる。そういえば名前を聞いていなかった。
そして僕は――
ここで曲線判定機がマイナス値を叩き出し、俺は思わず舌打ちをした。
「>>ケイジ、何をイラついている」
同僚のたしなめるような口調に、俺は深くため息をつく。
「いや悪い。納品日が近いのに、曲線の品質がアガらなくってさ」
「>>性質の悪い流れを拾ってくるからだろう。お前の良くない癖だ」
12月29日に案件を受け取ってから、ろくすっぽ進捗もないまま12月35日になってしまった。
思わず頬杖をつくと、三日前から剃っていない髭のざらざらとした手触りで余計に気分が悪くなる。
「>>焦る気持ちも分かるが、いったん外でも歩いて頭冷やしたらどうだ。あとの処理はこちらでやっておく」
「恩に着るよ、兄弟」
俺はえいやっと重い腰をあげて、通りがけに同僚とやる気のないハイタッチを交わした。
ふと、ハイタッチも一種のコミュニケーション・プロトコルだなと頭をよぎり、その発生の起源に思いをはせる。
プロトコル。規定。決まった型の規定が存在するからこそ、意思疎通や相互理解、あるいは通信が成立しているわけで。
まあなんだ。なにかを規定すること。枠組みを作ること。型に嵌めること。ふわふわとしたものを確かな存在たらしめること。
すべてが曖昧なままに広がっている宇宙では、事象の曲線を観測して表現の幅を広げることは重要な事業となる。
おおざっぱに言えば、それがステーションでの俺の仕事だった。
「形而さん……!」
研究室の外に出るやいなや、はちゃめちゃな満点笑顔が俺の胸に飛び込んできた。
彼女はまるで雪が降った日の犬みたいに、俺の白衣に顔をなすりつけてくる。
コンソールばかり相手にしてきたからか、久しく離れていた肉の感覚に一瞬どきっとしそうになるも「お前らそういう関係か?」と理性がピーガガガ。
ホバーしかかった両手も無理やり軟着陸させるつもりが、結局宙ぶらりんのまま背中をぽんぽんと叩くに留まった。
彼女はひとしきり満足したあと、がばっと身体を離して何かを期待するような視線をよこした。
「お前もういい歳なんだから、バケツひっくり返したみたいに大騒ぎするのやめろ」
雪まみれの乱れた茶髪を手櫛で整えてやりながら、俺は照れ隠しでわざとらしく呆れたような態度を示した。
彼女はくすぐったそうに目を細めて、懲りない様子で俺をからかう。
「わたしじゃなくて、お腹の赤ちゃんがあなたと遊びたがっているんですよ」
「はいはい、あんたは立派なマリア様だ」
「ちょっとはノってくれてもいいじゃないですか」
「流行のノリ。流行の音楽。流行のピコピコゲーム。最近の若者は何考えてるか分からんのよな」
「もっと相互干渉してくださいってことです」
ここで俺は顎に手をあてて、少しだけ考え込む仕草をする。
しげしげとこちらを覗き込む彼女と目が合い、そのくりくりとした瞳のなかに俺自身を見る。
干渉、ねえ。俺自身なにか悟ったようなことを言えるほど生きてきたわけではないが、理解は結局、個々のものさしの範疇で起こる現象だ。
たとえば彼女は、瞳の大きさ以上に俺を認識することはできない。それが彼女のもつ解像度の限界だ。
そしてそこに距離があればあるほど、何かを見極めるための解像度は荒くなっていく。
たとえば赤ん坊からしたら、四十歳だろうが八十歳だろうが、その距離は倍もあるはずなのにみな一緒くたに老人扱いだ。それ以上細かく分類するにはあまりに距離が離れすぎている。
手を伸ばせば届くような彼女、それは本当か? 俺が何も知らないからこそ、埋めることのできない無限に遠い距離をほんのすぐ近くのように錯覚しているだけではないのか?
俺のほうこそ、適切な心の距離に存在できているのだろうか。メルキュリウス、あんたは……。
「おかしいな、対話モジュールは整備良好のはずだが」
ピーガガガ、ここステーションでは頻繁に耳にするビープ音を真似たところ、あまりに似ていたからか彼女はぷっと吹き出す。
「表層のお喋りでなく、そこから掘り下げてですね」
「一時間一万円ぽっきりでどうだ」
「うがー! だれがポルノを望んだか! そういう方向じゃなーい!」
突然気が触れて暴れ出した彼女をなだめすかして、どうどうどう。
ロデオ気分で後ろから腕を回して押さえつけ、ついでに羞恥へのリベンジも果たす。
ところがその矢先、首筋からふわっと香るシャボンとハーブの清涼感が「あんたは終わりだぜ」ってな具合で銃口を突きつけて来やがって、何だ、いつになく引き金が軽いじゃねえか、パーン!
思わず言語野が処理落ちして、気持ちに余裕が無くなったからカウボーイ終了。おしまい。閉店。そっと彼女の身体から離れて、弾んだ気分も無理くりシャットダウンさせる。
好きなオードトワレの話なんてした覚えは無いんだけどな。
彼女は俺のそういう勘どころをことごとく理解していて、狙った横っ腹に風穴を空けてくるから性質が悪い。
まったく仲良くなれない人種だと、取り急ぎプラカードを立てて主張しておいた。まあ、嘘だけど。
そんな旨のことを遠まわしにぽろっと漏らしたところ、
「嫌ですよ。わたし、形而さんと結婚するんですから」
とストレートに言われ、俺はいつものように宇宙規定をそらんじてみせる。
一つ、結婚するには年齢の相対比を0.8以上1.25以下の閉区間に収めなければならない。
由来は定かではないが、規定はあるべくしてあるわけで。むやみに広い大宇宙ではこうした小さなことからコツコツと決めていかなければ、すべてが曖昧に拡散してしまうものだ。
「そんなの待ってたら形而さん、ヨボヨボの三十歳になっちゃうじゃないですか」
計算に従えば、年齢が上がるにつれ許容される範囲が緩やかに広がりルールは曖昧になっていく。
まるでこの宇宙を体現しているかのようで、俺はこっそり気に入っていた。
「そんときはお前もヨボヨボの二十四歳だ。老人同士、茶でもすすって仲良くやろうぜ」
「きゃー好き好き大好き! いいですね、約束ですよ。絶対忘れないでくださいよ」
この拠点で地球出身は俺と彼女だけだった。
IQ80とちょびっとくらいの、頭の悪い会話で周波数を合わせられるくらいには長い付き合いだ。
ステーションでの会話はもっぱら共通語か、>>特定の規約によって機械翻訳された言語が使われる。
いまさら地球由来の言葉に未練があるわけではないけれど、なんとなく名残惜しい気もしていた。
そんなわけでこうして彼女と二人だけの時は、冗談交じりの懐かしい文法に浸っていたりする。
俺たちはステーション中腹部にある談話室で、耐圧ガラス越しに外を眺めていた。
居住区が近いためか、わざわざ談話室まで来る人も少ないようで、リラックスしたいときにはよくここへ足を運ぶ。
「長い付き合いといっても、あんまり実感は無いんだよな」
「それ前から疑問なんですよね。アニマ同位体なら、そのときの感情とか記憶とか自然と流れ込んできませんか?」
「いや全く」
「魂が同じなら、たとえ次元が異なっていても多少は分かると思ってたんですけどねえ」
次元、時空、分岐点、あらゆるアニマ同位体のなかで、俺たちは不思議と縁があったらしい。
ある時は滅ぶ直前の地球で、ある時はなんでもない平和な時代に、積層した因果は語りつくせないほどだと。
と言っても、それは彼女が証言しただけで、俺には一切の覚えがない。
「拡散する宇宙、人をばらばらにする無重力の中。私たちだけが特別な重力をもって惹かれ合っているとしたら、それはなかなかロマンチックだと思いませんかね」
「そう思うなら、もっと思い切って断言していこうぜ」
「いえ、まあ、心情的には永遠の運命とか言いたいところなんですが、そういうの一方的に言うのもなんじゃないですか。問いかけは、共通認識を作って相互理解を深めるための文法なんですよ」
彼女は一息つけてからすこし不機嫌そうに話を続ける。
「理解するって難しいんですよ。で、人は簡単な方に逃げる」
「簡単な方ってのはつまり、自分の持ってるテンプレの型で相手を推し量ろうとする方法です」
「6話で盛り上がるから艦これ、白髪美女だから友利奈緒、ふわっとした科学者が出るからクソアニメ、そういう自分が積み重ねてきた知識経験の総体、まあ偏見みたいなものに押し込めて理解しようとするんです」
「最悪ですよ、これ。あいてを理解するために新たなリソースを割きたくないって言ってるようなもんですし」
俺はぎくりと手に汗をかいて、無意識のうちにポケットに入っていたペンをいじりだす。
カチカチカチカチ。治したいと思っている癖だが、心が不安になるときはよくやってしまう。
「どうなんでしょうかね。形而さんにとってのわたしは、どこまでわたし自身で構成されているんでしょうか」
「たまには名前とか呼んでもらえると嬉しいんですけどね」
「……好きな人にとっての何者にもなれないっていうのは、案外つらいんですよ」
大宇宙の片隅に生きていて、誰もが何者かになろうと必死であがいている。
世界が広がった分だけ、相対的に自分の存在は小さくなっていく。
技術の発展、生活圏の拡大は、良い事ばかりでもなかった。
はたして何物でもない自分が、他者を規定するに足る資格を持つのだろうか。
大きな存在は俺たちの些細な自信や肯定感すらもすり潰していく。
あまり覚えていないが、とにかく視線を遠くに飛ばしながら、ああ、とか、まあ、とかそのようなことを口走った気がする。
どこかぼんやりしてしまい、彼女には悪いと思いつつも会話に身が入らない。
「ああっと、そんな顔しないでくださいよ。なけなしの良心が痛むじゃないですか!」
思わず会話も止まってしまい、談話室には気まずい沈黙が流れた。
「分かりました。換気しましょう。いいですか、ここからギャグパート行きますよ」
神妙な面持ちで、こほん、と小さく咳払いをする彼女。
その提案には思わず俺もごくりと喉を鳴らす。
「あのですね、ちょっと恥ずかしい話ですけど」
「キャアーー恥ずかしい! えっち!」
「そうそれ! やればできるじゃないですか! で、さっきのは、あの、本当に一万円払ったら形而さん好きにしていいんですよね」
「おうよ、首とか関節ぐりんぐりん回して面白おかしく遊んでくれ」
一万円。もっとも既に金銭価値という文化は廃れてしまっているが。
これは余談だが、感覚レセプターの技術が煮詰まってきた現在において物質がそこにあろうとなかろうと大した違いは無い。
イメージインテンシファイア、サーモ、光学プレッシャー、グラビティスキューネス、ブラブラブラ。
そこにあるように振舞うものは、そこにあるのと同じ。そういう規定。感覚できるかどうか、重要なのはそれだけ。
当然の流れで人類はそれまで大好きだった美容やコインなんかの現物を捨てて、精神素にばかり重きを置くようになっていった。
「あれですよ、じゃあ逆に、わたしが一時間一万円ぽっきりって言ったら、その、形而さん買うんですか……」
自分で言っておいて照れているのか自信がないのか、語尾がどんどん尻すぼみになってついには墜落した。
札束でビンタしてやるよ文字通り数の暴力だ、という悪ふざけが喉まで出かかっていたものの、ボソッと小声で釘を刺されてしまう。
「これ、マジなやつですよ」
俺は両手を首にあてて「グエエー」とうめき声を漏らし、その様子を見て彼女がくすくすと笑みをこぼす。
マジなやつ。これも一種のプロトコル。575だ。雅な風が吹いたところで、マジなやつにはマジなやつで答えなければならない。
付き合いが長ければ長いほど、こうした共通文法も増えていく。膨張し続ける文法の果てには何が待ち受けているのか、俺はあまり考えないようにしていた。
ひとしきり騒いで小腹がすいてきたので、俺たちは食堂へ向かうことにした。
食事の時間ではないからか、シュルツのじいさん以外に人影は無い。
じいさんもじいさんで艦内放送用メインモニタをハックして、なにか映画を見ているようだった。
「よお坊主、またメルキュリウス嬢に遊んでもらってたのか」
「逆だよ、じいさん。見りゃ分かんだろ」
「ハッハ、そりゃいい。おれは見たまんまを言ったつもりだがな」
彼女はキッチンの奥の方へと引っ込んでしまい、手持無沙汰になった俺はカップ飲料だけ持ってじいさんの近くに座った。
120度に湾曲したの広域視覚モニタの中では、とにかくでかいワニが火を噴いてビルを薙ぎ倒している最中だ。
「スケールのでかいハイコンセプトな映画ってのは、それだけで笑顔に花咲くってもんだろう」
「下手クソな恋愛モノよりはよっぽど良いが、そればっかだと痴呆になっちまうぜ」
「怪獣ドーン、人がギャー、血がビャー、どう考えたって最高じゃねえか。やめるもんかよ」
「あんたはもう脳みそまでB級の花畑に染まっちまってんのさ」
でかいワニは更に巨大化し、高層ビルとタメを張るほどになっていた。
豆粒ほどの人間をプチプチ潰しているようだが、なんつーか、この映画はどこに向かっているんだ?
「お前も後悔したくなけりゃあスケールでかく生きろよ、つまんねえ日常なんかに収まるんじゃねえぞ」
「なんでも大きくなりゃ良いってもんでもないだろうに」
「大きいってなにがです? もしや胸の話ですか?」
彼女が簡単なツマミを皿に用意して持ってきた。
「してねえよ」
「してるじゃないですか」
彼女の指さすほうを見ると、ちょうどバルンバルンなヒロインのサービスカットが映っている。
怠け者の料理番はそのやりとりを聞いてハッハと笑いながら、さっそくツマミに手を出す。
「はいはい、おっぱいおっぱい」
「そういえばさっき、わたしが抱き着いた時めっちゃ挙動不審でしたよね。なにを思い出して照れてるんですかね、形而さん」
勘の良いことで。彼女はフフンと、まるで鬼の首でも取ったかのようなしたり顔だ。
それが思わず俺までニヤけてしまいそうになるくらい微笑ましく、心がざわついた。
「ばっかお前、俺のアニマのほうが巨乳だっつーの」
強気な態度でごまかしてしまうのは俺の悪い癖だ。
言うや否や染色体情報を置換したアニマ同位体を顕現させ、俺は自慢のナイスバディでハグをかます。
「とくと味わえハッピー乳イヤー」
「フゴフゴ、フゴ!」
適当にじゃれていると、いきなり大画面からワニが消えてメッセージが表示される。
『>>ケイジ、定時通信に人手が足りない。楽しい時間を邪魔してすまないが手伝ってくれ』
署名には通信室で働く同僚の名前があった。
「あんにゃろう、おれの映画に割り込みたあ腕を上げやがったな」
「いやいや、たまにはモニタにちゃんとした仕事させてやれって」
じいさんは年季の入ったラップトップを取り出すと、さっそく割り込みログの解析を走らせる。
荒い口調とは裏腹にニコニコと嬉しそうな表情で、それを見ると俺まで上機嫌になった。
ステーションではみな、いつでも笑ったり、笑わせたりしたいと思っている。
地球を追われてばらばらに散らかった人類。いつまた来るかもわからない自販機の影におびえながらも、これまで集団としてまとまっていられたのはそうした精神のおかげかもしれない。
俺だって、どんなに苦しい目に遭おうと胸を張って最期の瞬間まで笑っていられたらいいと常々考えている。
このあと彼女は居住区へ戻ると言っていた。疲れたから少し眠るらしい。
食堂から出ようとしたとき、俺のうしろで不意に彼女が呟いた。
「大丈夫ですよ。不安にならないでください。たとえ百万回転生して犬とか猫とかゴキブリとかになっていたとしても、宇宙でただ一つの形而さんのアニマを見つけて抱きしめてあげますから」
相手に好意を売るのは、自分が好意を欲しているからだろうか。
だろうか。だろうか。だろうか。あらゆることは結局、相手のアニマに直接聞くでもしなければ不確かなままだ。
もしかして怖いのか?
矮小な自分に好意を寄せる相手もまた、矮小だと考えているのか?
あるいは相手を認めることは、自分が認められたいことの裏返しだからか?
その考えはあまりに失礼だ。俺は余計な言葉をすべて飲み込んだ。
「ゴキブリは勘弁してほしいかな」
「言っておいてなんですけどわたしもそう思ったので、現世でちゃんと徳を積んでおいてくださいね」
彼女は照れくさそうに笑う。俺もつられて一緒に笑う。
「>>ケイジ、なんで女になってんだ」
「そういう年頃なんだよ」
同僚はウハハと笑う。俺も笑う。
空いてる席に座ってざっくりとコンソールメッセージを確認し、割り当てられた数値の計測を開始する。
「>>アケオメ・トラフィック現象を確認、定時通信開始します」
俺が仕事で手間取っている間に、世の中は新年を迎えようとしていた。
年末年始に108回pingを発射することで有害通信帯域を避けられるというジンクスは、いつの頃からか根付いている。
計測値や経由地点から、同じ宙域にいるほかのステーションも無事であることが分かり、同僚たちもほっとしていた。
それからしばらく経っても異常は無く、暇になった俺がバッチ処理を書いてログ出力の自動化をはじめようとしていたときだった。
「>>マクスウェル商会より新年のご挨拶」
「>>マクスウェル商会より新年のご挨拶」
「>>マクスウェル商会より新年のご挨拶」
「>>マクスウェル商会より新年のご挨拶」
「>>マクスウェル商会より新年のご挨拶」
突然メーラーが起動して無秩序なメッセージを受信しはじめる。
ほかのデスクでも同様の現象が起こっているようで、通信室全体がにわかにざわつく。
「なんだ?」
「>>pingで勘づかれたか?」
「>>あんな微小電波なぞ察知されるかよ」
すぐさま他の計測室から艦内チャットでメッセージが届く。
「>>戦艦が公転速度を落として接近しているようだ」
「>>ステーション全域に通達。自律型商品輸送戦艦-マクスウェルXVが接近。各位、避難計画に従い行動せよ」
自律型商品輸送戦艦。
自販機に組み込まれた自律型AIのタルパが肥大化し、重力波で空間をゆがめて顕現している。
目を閉じても確かな存在を感じる。実在しているわけではなく、そういう形状を感覚に訴えかけているだけの存在だ。
しかし質量に干渉できるだけの十分な力を持っている。らしい。俺もこの目で確認したことはない。
「>>タルパを売ってアニマを対価に要求するファッキン・マッチポンプ野郎さ。内部で飼いならしたマイクロブラックホールに魂を閉じ込めて、永遠に落下し続けるひも状のアニマからタルパを抽出してるんだとよ」
「>>考えるだけでぞっとするね、現代に残るコズミック・ホラーってやつだな。恐ろしくてクソ映画の題材にもなりゃしねえ」
いつだったかそういったのはシュルツのじいさんだ。
自販機はかつて、人類を媒介とした自己複製、内部冷暖環境の恒常性、コインと商品との代謝など、おおよその生物的特徴を備えていた。
全生物のタルパ覚醒を機に、全国の自販機とバックボーン・ネットワークを介して巨大なタルパを生成したとみられている。しかも本拠地にあるサーバー群はタルパ・ドローンによって守られていて手が出せない。
やつらはいまでも我が物顔で天の川銀河をうろついている。広大な宙域に逃げだした大事な顧客を追いかけて。
「避難ったって、どこに逃げりゃいいんだよ」
「>>分からん。おれもこんなこと初めてだ。とにかくデータを集めて、ほかのステーションにも救援を求めるぞ」
「まったく、とんだ年明けだな」
無作為に流れてくるデータからだいたいの通信状況、宙域、航行速度が割り出され、俺は解析機からの出力を横に渡す。
その最中、スパムに紛れて目を疑うようなメッセージが流れてきた。
「>>マクスウェル商会より俺は形而という者だ。新年のご挨拶いま輸送戦艦とタルパ同調している」
「>>マクスウェル商会より制御できない。新年のご挨拶不可解な重力場に引き寄せられている。対応を頼む」
どういうことだ。両手の指が急激に震えて、連続していたキータッチ音が途切れる。
スクリーンショットをチャットに流す前に、慌てて近くにいた同僚たちを呼んだ。
「俺じゃねえぞ。流石に悪ふざけで超えちゃいけない一線くらい分かってる」
「>>ケイジ落ち着け。お前じゃないってことくらい、みんな理解している」
「>>メッセージ送信元のロケーションは間違いなく戦艦だが、そんなことがありうるのか?」
「>>メッセージの真偽より戦艦接近の対処だ。いいから手を動かせ」
「>>些細な情報でも何か使えるかもしれないだろう」
次々に事態が公転し、余裕をなくした同僚たちの怒号が飛び交う。
俺はそれをどこか遠くの方で聞いているような感覚になり、こんな時だというのにまた彼女のことを考えていた。
質量は重力を引き起こすとされている。
俺と彼女とを引き合わせる重力は、俺たちの持つなんらかの確かな質量を証明するのだろうか。
だとしたら、その根底にある彼女の想いこそが、この世で絶対唯一の揺るぎない存在と言えるのだろうか。
あるいはヒッグス重力場のように俺と彼女の間にだけ、引き合うときの摩擦を軽減させるような、なにか特殊なプロトコルが存在しているのだろうか。
メルキュリウス。ヘルマプロディートスの神に寵愛を受けた賢者の石、永遠の命、輪廻のアニマ。
タルパ-アダムとタルパ-イヴが交わり合った究極の魂だと聞かされていた。
そんな神祇を司る宇宙一可愛いアニマが、なぜだか俺と惹かれ合っている。
俺自身に神に等しい何かが備わっているとでも言うのか。
とてもそうは思えない。俺は普通に生きてきて、これからも普通の道をたどるだろう。
人の想い、アニマ、考えるほど分からなくなっていく。
数百億光年の空間があって、しかし俺たち生き残った人類はいまだ極小な人間関係で頭を悩ませていたりする。ひどい悪ふざけだ。
「>>これ以上の混乱は避けたい、事態が落ち着くまでこれは隠匿する。ケイジ、あとでこの件の協議会を開くが、お前にも来てもらうぞ」
「あ、ああ、もちろん」
騒ぎを聞きつけた通信室の室長が駆けつけて、ひとまず保留となった。
しかし、問題がそれですべて解決したわけではない。
一瞬、グワングワンという衝撃が身体を駆け抜けて、平衡感覚を失いそうになった。
戦艦がこちらに向けて商品を射出した際の重力波が、ここら一帯を通っていったらしい。
巨大な宇宙艦はわずかな光しか届かない遠方だというのに、途方もない圧力を感じる。
「>>サポートデスクに攻撃しろ」
「>>自動通信部隊、秒間100億クエリの問い合わせで通信リソースを攻撃する」
「>>応ッ!」「>>応ッ!」「>>応ッ!」「>>応ッ!」「>>応ッ!」
有害通信領域と誤認させて進路変更をうながすようだが、オペレーターの表情は芳しくない。
流石に同僚たちも顔を曇らせ固唾を呑む。部屋全体にちりちりとした焦燥感が漂っている。
「>>敵機サーバー、オートスケーラー起動! リソースが十一次元方向に拡大しています! 攻撃間に合いません!!」
「>>商品第一陣、25秒後に到達予定!!」
「>>攻撃中止!! 緩衝にパワー回せ!!」
ステーション自体は反物質空間膜で防御されているが、外装への衝撃までは殺しきれない。
急いで攻撃用バックホールへのアクセスを解除し、マシンやラックの倒壊に巻き込まれない場所まで避難を始める。
「>>来るぞ! 対ショック姿勢で耳ふさいで口を開けろ!」
これ以上は間に合わないと判断し、通路の隙間に身を固めた。
俺は携帯端末を使って外装カメラの映像を繋げる。飛来したクラスタ型自販機が空中で幾重にも拡散し、次々にステーションへ襲い掛かるところだった。
戦艦自体はタルパから生まれた虚無だが、そこに積載されているものにはきちんと実体、質量がある。
「>>お買い上げありがとうございます」
「>>お買い上げありがとうございます」
「>>お買い上げありがとうございます」
「>>お買い上げありがとうございます」
「>>お買い上げありがとうございます」
ガンガンガンガンと、ひどく不快な音と揺れがステーション全体を包む。
防護膜に弾かれた自販機がそこら一帯に留まり、更に押し寄せるクラスタ自販機と防護膜との間でギチギチと嫌な悲鳴を上げる。
そしてそのうちひとつが圧力に耐えきれなくなり、大きな衝撃とともに爆発した。
俺は通路の反対側まで吹き飛ばされ、しばらく気を失っていた。
先ほどまで共にやりとりをしていた同僚たちがそこら中に倒れていて、何とか無事だったものが介抱している。
「どうなった」
「>>居住区の横っ腹に大穴が開いた。いま救援を呼んでいるが、間に合うかどうか……」
彼女は避難できただろうか。
俺は居ても立ってもいられず、居住区の方へ足を動かす。
「>>馬鹿野郎! ケイジを連れ戻せ!!」
壁にぶつけた右半身がとにかく泣きそうなくらい痛い。
耳鳴りも収まらない。あらゆる方位から鳴り響くビープ音で頭がおかしくなりそうだ。
侵入した自販機がどこかでタルパ生成剤を噴出しているのか、エアダクトから色の付いた気体が吹き下している。
強襲用自販機のタルパは強力な幻覚剤であることが多いと聞いた。あれを吸ってはいけない。
通路はものが散乱し、とにかく足場が悪い。それに加えて既にいくらかの区画ではエアロックが作動し、通路が塞がれている。
せっかく進んでも行き止まりになっていると、大幅なタイムロスだ。
こんなことなら状況を監視できる端末を持ってくればよかった。しかし、いまさら戻る時間もない。
たとえ自分がどうなろうと、彼女の無事を確認しに行かなければならない。
いまは辛くても、とにかく進んでいくしかない。
行ったり来たりを繰り返しながら、なんとか封鎖される前に談話室まで辿り着いた。
そこで俺は心臓を掴まれるような錯覚を起こす。覚悟はしていたが、いざ直面すると身動きが取れない。
外気で凍結しはじめた彼女の身体が、耐圧ガラス一枚隔てた目の前の宇宙空間を漂っている。
ところどころ破れているが部屋着のままだ。避難の最中に爆発したのか、それともそのまま眠っていたのか。
こちらに背中を向けていて、笑っているのか苦しんでいるのかすら分からない。
そして漂うメルキュリウスの身体を、新たに接近してきたクラスタ自販機が回収しはじめる。
彼女に伸ばそうとした手が、耐圧ガラスによって阻まれる。もう一歩たりとも近づくことはできない。
たった一枚の距離だというのに、それがあまりにも遠い。
「嘘だろ、おい! メルッ…………!!」
この声は真空を貫いて君に届いただろうか。
最期の瞬間、君を確かなものに規定できただろうか。
目を覚ますと、そこは駅のホームにあるベンチの上だった。 ディスコの喧騒は消えており、それは人々の雑踏に置き換えられている。
隣を見ると、先ほど、僕の腕を引っ張り回した白髪の少女が僕と同じように座っている。 僕はいったい何してたんだっけ。 まだぼーっとする意識のなか、手探りで記憶を手繰り寄せる。 確か僕は、喧しいディスコの中で、タルパの力とやらで未来を見ていたんだった。
そして、その未来は……よく覚えていないけれど、全くといっていいほどいい未来じゃなかった。 きれいな女の人、確かメルなんとかさんが、窓の外に放り出されて連れてかれたり、なんといったかは忘れたけど突然現れた敵に、何もかもめちゃくちゃにされてしまった光景を覚えている。 だけど、その世界は現在のこの世界と何もかもが大きく離れてしまっているせいかは分からないけれど、意識が現在にある今では、未来の世界のディティールというものは思い出せなかった。
「それで、私はあなたをここまで運んで来たの」
「あ、ありがとう。 でも、どうして駅に?」
「精霊教団の連中は、どうやらあなたを探しているようね。 どうも先ほどの予知夢を見たせいで、タルパ波動が拡散して居場所が特定されたみたい。 ディスコに奴らの気配がしたから、あんたを抱えて逃げてきたのよ」
頭の中がこんがらがってきた。 僕の理解が正しければ、どうやら僕はタルパの力とやらで未来予知をしている最中、つまり意識が現世にないときに敵が現れたので逃げてきたということのようだ。
「乗って」
促されるままに目の前の電車に乗る。 30分ほど揺られ、着いたところは入谷駅だった。
「ここは……」
僕が通う学校のそばの駅だ。 そして、そこは
「精霊教団の、もガッ!」
「ばかっ、その名を口出すんじゃないわ!」
一瞬で、車内の雰囲気が変わった。 穏やかだった乗客の気配は一転して殺意を撒き散らすようになったのだ!
「まずいわ、コイツら染まってる! に、逃げるわよ」
乗客が、まるで操り人形のよな動きでフラリフラリとこちらに寄ってくる。
「世界に咲かせようゥ~~平和ァ、幸福ッ! そしてェェェェ……」
「自由ゥ!!」
謎のコールを繰り広げ、乗客たちの怪しげな一体感が増していく。
「くそっ……なんだこいつら」
「まずいわ、植え付けられたタルパが共鳴してる!」
「植え付けられたタルパァ!?」
恐ろしい字面の並びにびっくりして声が裏返ってしまう。
「ええ、あの教団は能力開発と称して、信者にタルパを植え付けているわ。 タルパは波動次第では言語モジュールとして共有化されてしまう、つまり人々を洗脳できるのよ!」
「まるで幸福の波動だな! みんなやられちゃってるのか!」
周りの人間は全員敵なのだろうか……
「形而くんが裏切った! もう世界を守れるのは俺たちしかいない!」
「う~らぎり! う~らぎり!」
謎のコールを始める危ない老若男女に面食らってしまう。 ッていうか、なぜ彼らは精霊教団に協力させられかけていたのを知っているのだろう。
そんな疑問をかき消すように、そこから突然地鳴りのような声が響きわたった。
「ちょっとあんた!」
まともな奴はひとりもいないのかと思っていたが、よかった。 なんと、ひとりのおばさんが立ち上がり、暴徒と化した若者を睨みつけているではないか。
「いい加減にしなさい! 電車の中では静かにしましょうって、学校で習わなかったの!?」
若者の前に仁王立ちし、ガミガミお説教を始めた。 だが、若者はチラとおばさんを一瞥し、叫んだ。
「黙れババアアアアアァァァァァAAAAAHHHHH!!!!」
キレる若者はいきり立ち、おばさんにスープレックスをかます。 おばさんは無残にも砕け散った。
「こいつら、戦闘集団なのか!」
「そのようね。 逃げましょう!」
ちょうど開いたドアから脱兎のごとく遮二無二走り出す。
いつも高校に通うときに使っている通学路が、まるで異世界に落ちてしまった。 そばに精霊教団があるのは知ってたが、そんなにやばい奴らだとは知らなかった。 ここはもう、そんなやばい教団の本部のすぐそばだろう。 僕は一足飛びで階段を駆け上がって行った。
さて、その駆け上がる階段より地下深く。
ガタンガタンと騒がしい音が響き渡り、こつこつと雑踏が遠くから聞こえてくる。 その騒がしさという槌に、意識を叩き起こされた。
「夢……か」
誰に言うでもなく、ぽつりとそう呟いた。 夢というにしては、少々残酷な展開だったな。 忙しくてあまり寝られなかったからだろうか。 貴重な睡眠時間を使っているんだ。 見るとするならこんな夢がいい。 同僚のメルとステーションの端っこの方にある『テラス』と呼ばれているスペースに、いくつか適当な酒を持ち寄って、適当に一杯やりながら、ルージュ食中の惑星サファールを眺めて、互いに酔っ払って、ちょいちょいつっつきあいながら、くだらない話で笑って、ちょっとイイこともしたりしちゃって。
それがいったい、どういう転化でB級映画も裸足で逃げ出す超展開ムービーに早変わりしたのか。 『自律型商品輸送戦艦マクスウェル』は、宇宙で有名な怪談噺の一つで、オカルト雑誌ーーといっても量子書籍だがーーにもしばしば取り上げられる超有名な与太話だ。 観測に成功したといった論文もあるが、眉唾ものだし何より再現性がない。 やはり、酔っ払いの与太話というのがぴったりなお話だ。
酔っ払うといえば、そういや少し頭がふらふらするな。 この感じは二日酔いだ。 そういえば昨日の夜、あんまり呑みすぎちゃダメだよとメルキュリウスが口を尖らせていたっけ。 そして俺はいつものように煮詰まっているときにこそ必要な潤いだとかなんだかと、その場凌ぎで都合のいいことを言い、そしていつものように”ついつい”飲み過ぎて、そして談話室あたりのベンチで寝てしまったんだろう。 もしかしたら、納期も近いのに未だクオリティの高い『曲線』を捕まえられない苛立ちをぶつけてしまったかもしれない。 それでもメルは笑って許してくれると思う。 仕方ないなぁ、うふふふって。
さあ、困った。 可愛い彼女の顔は浮かぶが、これから何をしようとしていたのか、思い出せない。 まるで自分の居場所の部分だけ地図をなくした旅人みたいに。 仕方ないから景色という名の方位磁針でなんとなく座標を探ってみる。
自分で自分に呆れながら、ふらふらと起き上がろうとしたとき、ふっと妙な感覚が襲った。 視界に入るベンチの雰囲気がいつもと違う。 色が、形が、何もかもが違う。 ベンチという『機能』は変わらないが、『形態』が違う。 目をこすりながら辺りを見回すと、遠くの方に人がちらほらと立っているのが目に留まった。 だが、あの格好、人であるがその服装がどう考えてもステーションでの活動に適した形態ではない。
しかし、俺はこの服装の名を知っている。 スーツだ。 接頭辞も形容詞も何も前に置かず、ただ、スーツだ。 普遍的価値を持つ単語のくせに特定のものを指すなんておかしな言葉だなと思ったのは、ステーションでの業務上自然と身についた言語センスの影響なんだろうかと苦笑いする。
この『おかしな名前』は、時代によって意味合いが変わった言葉の例としてぴったりだ。 今の時代において、ステーションでスーツといえばまず間違いなく宇宙で活動する際に用いるものを指すだろう。
周りの連中のスーツの時代は幾分昔のものだが、そういえば目の前に見える汚く煤けた壁は時代がいくぶん経っている様に見える。 じっくりみると、天井から水でも垂らしたかのようなシミがいくつも残っていて、一層年代というものを感じさせる。
妙なところに来てしまったなとは思ったが、思えばなにか昔に見た記憶のある光景だ。 俺から少し向こうは横幅いっぱいに大きな段差となっており、目の前に、その断絶とこちら側を仕切るかのような白い点線が引いてある。 眺めていると昔の記憶がだんだん鮮明になり、蘇ってくる。
何か他に思い出せるものはないかと、あたりを見回して見つかったのは電光掲示板だ。 天井にあり、『菊名 17 : 34』の表示をしている。 そして、その隣に古めかしい赤い8セグメントは『17:32 THU』と表示されている。 そして、目の前には丸で囲ったHのシンボルに、『入谷』の文字。 ここまでくれば間違いない。 どうやら、なぜか俺は地下鉄の駅の中にいるようだった。
先ほどまで、基地にいたはずなのに、どうして俺は駅にいるんだろうか?
何だか訳が分からないが、自分の置かれている状況がおかしいことははっきりしている。 わけのわからない。 この意味不明な視界情報、聴覚情報、触覚情報、エトセトラはひょっとすると夢なのではないのだろうか。 なぜなら、地球はとっくの昔に滅びているから、宇宙に疎開したこの俺が、俺が高校への通学に使っていた、懐かしの日比谷線の入谷駅ホームにいるはずなどないのだ。
間違いなくこれは夢だ。 そして夢の中にサブ夢が形成されている。 いったい、いつから夢は入れ子構造になったのだろうか。 いや、夢の続きのまた夢で、いや、そんなことはどうでもよかった。 おかしなことが連綿と続いてて、不思議な世界にでも入り込んだ気分だ。 自律型商品輸送戦艦マクスウェル。 その存在は胡散臭い以外の何物でもなく、観測した結果とか、その考察を扱った論文ががかろうじてゴシップ誌に載る程度の存在。 つまり、馬鹿げたものだったのだ。 そんなものがいきなり夢に?
だが昔、地球が崩壊した時は、まるで意味不明な出来事が起こったと思ったじゃないか。 でも今、振り返ればなんてことはない。 それはちゃんと理解できることだ。 事の顛末をまとめればこんな感じだ。
タルパを利用し、完全な神を生み出し世界を安寧と秩序に満たされた世界にしようと願った精霊教団は、人々の邪悪という精神にあまりに無頓着だった。
現在はタルパは計算機上でモジュール化され、抽象上の領域の遷移で現実の世界の制御を安全に行うことができる。 だがその技術は当時はまだ手に負える代物ではなく、そもそもタルパの具現化すら、月の裏側に密かに暮らしていた『うさぎ星人』の技術提供があったからこそできたのだ。 しかし優秀な彼らもその実現にはうさぎ十数匹の犠牲が伴っていたという困難な道のりがあった。 つまり、当時の人間がそれをやるにはあまりにも早すぎたのだ。
精霊教団は『神』のタルパを作り上げ、幸福を願い、それを崇め奉っていた。 力が、知恵が、勇気が欲しいと。 だが、実際には人々の貪り、瞋り 痴かさを、数多の邪悪を凝縮してしまっていたのだ。
幹部らのタルパ波動によって誕生した『神』は、表向きでは綺麗事を並べ、人々に救いの波動を与えていたようだが、その裏では密かに世界の滅亡を図っていたのだ。 なぜか。 それはわからない。 だがその『神』は最終的に大悪魔となり、世界の悉くを自身の信者のタルパ波動を凝縮したエネルギーで消し去ってしまった。 その悪魔は後世にこう伝えられることになる。 世界を滅ぼした地球上で最後の悪魔『ラスト・デーモン』と。 ラスト・デーモンは荒野となった地表に君臨し、人々に悪と堕落を説き続け、世界は金と暴力が支配する世界となり、人々は思考をやめたの生き残ったわずかな人々ももはや地上に暮らすことはできず、新しい平和なフロンティアを求め宇宙へ行くことになったのだ。 ちなみに、その先導役を担ったのがあのシュルツのじいさんたちだった。
夢だか、そうでないかは分からないが、ここにいても始まらない。 俺は重い頭を持ち上げ、階段に向かって歩き出した。
同じような服を着た、同じような感じの雰囲気をまとったサラリーマンの大群が、片側をきっちりと開けて乗るエスカレーターに俺も同じように乗る。 異世界としか言えない<昔>の世界、それにこれは夢の世界だろう。 それにもかかわらず、なぜかそこでもまともな振る舞いをしてしまう自分が妙におかしかった。 そんなことを考えながら手すりに寄っかかって後ろの方をちらっと見れば、目の前の、ムスッとした銀縁眼鏡の中年はPHSを耳に当て、今から家に帰ると一言呟いていた。
なんて言えばいいのだろうか。 やけにリアルな<夢>だな。 駅から出るには改札を通らなければならない。 別に強行突破しても夢だから問題ないだろうが、なにかとこの世界はリアルな感覚を俺に突きつけてくる。 吹きぬける風や、トンネルの静けさ、少し湿っぽく冷たい風。 当時の俺も肌で感じていた事柄だろうが、いちいち覚えているというのも変ろう。 もしかしたら、この『リアルな夢』では、強行突破すると、警備員だか警察がが出てくるイベントでもあるのかもしれない。 そうであれば、連中に目をつけられるのは、なんかいやだし、まずい。 改札の窓口にいる駅員に、間違えて改札に入ってしまったみたいだとか言えば通してくれるだろうか。 なんか怪しいが。 ノープランだが改札の駅員に話しかけるしかないだろう。 やれやれ。
「すみません……」
窓口に向かって声を投げかける。 が、しばらく経っても返事がない。 次は軽くガラスをこんこんこんとノックしてやる。 すると、ようやく駅員がこっちに向かって歩いて来た。
「すみません!」
すこし語調を強めて言う。 ガラス戸越しだが、それには穴がいくつかあいているし、聞こえないはずはない。 だが、駅員はガラス戸の前に立ち止まり、左右をちらと見回して、少し首をかしげながら踵を返して行った。
まるで、俺なんかいないかのように。
どうやら、俺はこの世界では『浮いた』存在らしい。 そう言われれば、先ほど歩いていても誰もこちらを一瞥もせず、避けるそぶりもしなかった。 見えていないのか。 だが、戸を叩く音に気付かせることはできた。 物理的に物体には干渉できるということか。 だが、声は聞こえないらしい。 つまり、このまま飛び出してしまっても問題ないってことだ。 ゲートを飛び越え、とっとと出口の階段を上る。
階段を上ると、目の前には車が行き交う大きな通りがあった。 ここらの景色には見覚えがある。 俺が高校生だったとき、よく通っていた道ーーここは何もかもが懐かしい平成の昭和通りだ。 夕焼けに照らされ、あたりのビルの窓や首都高の高架がオレンジ色に輝いている。
ビルのガラスの煌めきに目を細めてながら歩いていると、急にどたどたと、慌ただしい足音が聞こえた。 驚いて振り向くと、中学生くらいの銀髪の女の子が何やら必死な表情の青年の手を引いて走っている。
ただごとではない勢いみたいなものを感じる二人はなにかどこかで見たような気がする面影を持っていて、俺の記憶が少しずつ何かと噛み合い始める。 少女はコンビニの前に止めてあるやたらでかいバイクに近づくと、青年に向き直った。
「乗って」
なんだか知らんが必死になっている青年を引っ張ってる、慌ただしい状況には不釣り合いなほどに落ち着いた声だなと、そう思った。 だが、それは同時になぜか懐かしい感じがした。
「今はここから離れないと」
「は、はい」
青年は少女に促されるまま後部座席に乗った。 少女がペダルを蹴ってエンジンをかけると、あたりに重厚なバイクのエンジン音がこだまし始める。 振り返るときにちらっと少女と目があった。 少女は少し驚いた表情をしたが、瞬きした次の瞬間には消えていた。 信号が矢印を灯した瞬間、彼女はまっすぐ目を向き直し一気にスロットルを回す。 バイクはぐんぐん速度を上げて行く。 少女は長い銀髪を風になびかせながら、首都高の入谷ランプへとまっすぐに、どでかい交差点を突っ切っていった。
あまりのギャップに呆気にとられてしまったが、かつてこの感覚を経験したことも覚えている。 それに、あの少女の顔も見覚えがある。 数々の事柄を総合的に考えると、そうとしか考えられない。 俺は確信した。 銀髪の彼女はこの世界、『今』を生きるメルキュリウスだ。 そうなると、あの後部座席に座っているのは……この世界の<俺>か!
もし、ここが過去の世界なのであれば、もしかすればこの世界を変えることができれば、俺の見た悪夢……いや、あまり考えたくなかったが、もう逃げるのはやめよう。 俺が『体験した悪夢』を避けることができるのではないか?
そうだとすれば、--いや、そうだと信じよう!--この世界のどこを切り捨てして統合すればいいのかを考えなければならないだろう。
もう一度メルに会いたい。 会ったら、やっぱり辛口でおたがい戯れ合うんだろうな。 いや、その前にぎゅっとしてやりたい。 地球人らしく、キスしてやりたい。 それで、平和に暮らせたら、その先のこともしたい。 だから、何としてでもメルに会いたい。 きっと、メルの運命はこの世界の<メル>が握っているに違いない。
では、彼女が<メル>であるとすれば、その行き先はどこだったか。
記憶の糸を情景の糸車で紡ぎながら街角を歩く。 道ゆく人は皆俺に気づきもしない。 物理的干渉はできるようだから、そこのテラス席でスパゲッティを食べている姉ちゃんのフォークをひったくって、それを大声で笑いながら道いっぱいに広がっている学生どものそのアホ面めがけて放り込んでやろうといういたずらを考えたが、やめた。 妙なことをすると何が起こるかわからない。 妙なイベントが発生してメルに会えなくなったら困る。
たまにアホなことを考えるのはいいことだ。 そこから別の思索が生まれることもある。 それから得た結論。 俺はこう考えるべきだ。 俺は今、超既視感のあって超生活感溢れるんだけど異世界にいると。
戯れはここまでに、手がかりとなるメルの様子を思い出す。 メルは確か茶髪だったはずだ。 どうして銀髪、いやもっと白い髪の色をしているのだろう。
そういえば昔、ふたりで酒に酔いながら、昔の話をしてたっけ。 その時見せてくれた擦り切れたアルバムの写真の上で、斜に構えながらにっと笑っていた彼女は、確か茶髪ではなかった。 そうだ。 それで、なんでこんな変わった色なんだとか、そんな感じに聞いたんだ。 それで……そのときメルはなんと言ったっけ。 ただ、何かの文化的活動に関連しているとか、そういう認識だったな。 曖昧になると言葉は抽象的になるね。 絵ではないし、なんか、こう、音楽……ふと『ギロッポン』の響きを思い出す。 かつて、さっき見た少女、メルに無理矢理に連れてこられた、ディスコ。 そう、あのディスコだ。 場所は定かではないが、行けば思い出すだろう。
『乗り放題』の地下鉄に乗ってギロッポン--六本木に向かう。 立派なビルがいくつかあるが、それはどうでもいい。 景色が蘇らせる記憶を頼りに、数多の車が行き交う大通りにひっそりと顔を覗かせる小道を進む。
しばらく歩くと、それはあった。 例のディスコは、こじんまりした一方通行の狭い路地にひっそりと佇んでいた。 昔、俺はメルにバイクでここに連れられ、未来予知をさせられ、そしてこのディスコで敵に見つかりそうになり、メルとともに一時逃げたのだ。 だが、ここに彼女はいなかった。 そういえば当時、ここを出たのは夕暮れに差し掛かる頃だったか。 上野線から見る青空に浮かぶ夕日を思い描き、それと今の空を比べてみる。 それはすっかり茜色に塗りつぶされており、もうとっくに出て言ってしまった頃だとわかった。
日は刻々と沈み行き、街の外れから徐々に夜が、闇が、あたりを覆い始め、すこし肌寒くなってきた。 ちょうどそこに自販機があるから、暖かい飲み物でも飲むか。 金はなぜか少し持っていた。 まるで六文銭のように。 それを、目の前の当時流行っていた最新型の『人相、体温、心拍数、脳波、その他諸々を診て一番適切な飲み物を勧めてくれるのは勿論のこと、体調や今日の運勢まで表示してくれる優れもの』に放り込もうとしたとき、妙な既視感を覚えた。
これはどこにでもあるわけではないが、まあまあちらほら見かける自販機だ。 ICカードに対応していて、カメラかなんかで買う人の人相を見て、こういう人はこういうものを買う、みたいな傾向をデータベースとかから引き出してくるような機能を持ってたりする最新型のただの自販機だ。
だが、この光景は見覚えがある。 この自販機は昔の昔に夢で見た、俺を、そして当時の<俺>を奇妙な世界へと導いた『自販機』そのものだったのだ。
それで、確かこいつから、それを実世界に物理的干渉できる霊体のようなものとして行使できるものであるとされたタルパを購入し行使でするという『一億総シャーマン政策』をかの精霊教団は打ち立てたのだったか。 つまり、ここにあるこれは、もしかしたら、この世界を狂わせた、あの『自販機』なのではないか!? タルパがものに宿るということは何かしらの特別な条件が必要で、それが起こることは滅多にないとすらシュルツは言っていた。 つまり、
一気に考え事を進めすぎてしまうのは良くない癖だ。 あれこれ妙なことに巻き込まれすぎて即断力を過剰に要求されてた反動かな、と自嘲する。 少し深呼吸しよう。 す~~は~~。
俺は大事なことを見落としていた。 そう、あの『自販機』を破壊すると言うことは、もう二度とメルキュリウスに会えないということを意味しているのではないのか。 なぜなら、タルパ波動の干渉で発生した自販機の自我が膨張したの結果、未来の世界に時空の歪み生み出され、それがタルパの力の源になっているということが考えられるからだ。 つまり、その原因となる『自販機』を破壊することは、時空の歪みを通して自分のアニマーー未来の世界における<俺>、すなわち、今、ここで思考を続けるからこそこの世界にいるこの『俺』自身ーーをこの世に口寄せすることができなくなるということだ。 口寄せすることができないということは、逆に戻ることもできない。 呼び出したサブルーチンはリターンされることなく終了し、その場合、もともとこの世界のものではないのであろう俺という存在は、おそらく消えはしないが、あの駅で誰も俺に気づきもしないように、誰からも認識されずにくすぶり続けるのだろう。 そうなれば、二度と彼女に会うことも叶わないだろうし、俺だってイヤだ。
いったいどうすればいいのだろうか。 それに、この世界をどう変えれば、俺のいた未来は、あの悪夢から逃れられるのだろうか。 かつて夢で見た自販機を目の前に、俺は騒然と立ち尽くす。 日はすっかりビルの谷間に沈み込み、街灯の蛍光灯がちらつきはじめた。
蛍光灯の調子でも悪いのだろうか、さっきから消えたりまた点いたりの繰り返しだ。―――俺はこういう些細な現象でも何かあったりするとすぐに考える事に集中できなくなってしまう。正確には、考えるべき事から目を背けて、何か違う事をボンヤリと考えてしまうのだ。それは、昔から……何なら、夢にいる時だってそうだった。いつぞやの夢の中での戦艦マクスウェル襲来時だって、基地の安全を第一に考えて行動しなきゃいけなかったってのに、同僚たちの怒号合戦で気が散っちまって、現実逃避でもするみたく"彼女"のことを考えていた。遠い昔、変な教団の施設に匿われてタルパの生成術みたいなヤツの習得トレーニングをしてる時だって、指導員が外人だったせいでやけに彫りの深い目と高い鼻が気になっちまって、気が散るのを紛れさせようと、何でか焼肉のことを考えて全くトレーニングに集中出来なかった。……なぜ人の目と鼻を見て焼肉を連想したのかはわからん。まぁアレだ、俺はここではない違う夢の世界で、その世界での姉がお土産として持ってきた高級和牛の肉を見て、何故か胎盤を連想し、Wi●ipediaで検索を行い、胎盤食という行為を知るという謎なエピソードがあるのだが、それと同じような流れだと考えてくれても構わない。……要するに、俺のこの悪い癖は、どんなに成長しても、どんな世界にいようが、変わることはないのかもしれない。
でもこの癖は案の定、頭を一度リフレッシュさせるには丁度いい手口なのかもしれない。……まぁこれまで余計なことを考えた末路には確実にとんでもない目に遭っている訳なのだが。しかしだ、脳内が思考・思考・思考のオンパレードと化した今、闇の支配する混迷の森から光明を見出すことなんて出来るのだろうか。案外、頭の中でパレードしやがってる連中を掃き出すことでひょんな所から抜け口を見つけることができることだって、ない訳ではないだろう。たとえ結末がどんな事になろうとも、ひとまず俺はあえて不安定な点滅を繰り返す蛍光灯をボーっと眺めることにした。
灯りが点いたり消えたりのサイクルを見つめながら、俺は昔住んでいた家のことを思い出していた。あの時住んでいた家の近くにも、こんな風にチカチカしやがる変な街灯があったっけなぁ。でも気づいた時には、業者によって修理の手が加えられたのか、普通の街灯に変わっていた。それにしても、どのくらい昔の出来事だっけ……昔というよりは、今いる世界の、前の、前の、前……ああ、どのくらい前の世界のことだったかはもう、忘れてしまった。それに、その世界そのものが実在してるかどうかもわからない。何故ならどれも夢だから。今いるこの世界だって、夢の世界……なのかもしれないし、現実なのかもしれない。でもどちらが事実だなんて、俺は知らない。ここを過去の世界と仮定はしたけれど、それだって実を言うと根拠はない。ただ、自分が経験した事と似たような出来事が、目の前で起こっていたからそう推測してみただけであって。……でも確かに言えることは1つある。それは、俺の存在―――自販機で即席タルパ買って電車でこじんまりとしてた俺―――登校前の何気ない会話から変なカルト教団同士の対立に巻き込まれた俺―――宇宙ステーションでの和気藹々とした雰囲気から一変して絶体絶命の危機に襲われた俺―――そして今、再び自販機の傍で、蛍光灯の点滅をただ眺めている俺―――たとえ夢だったとしても、それは紛れもない俺なんだ。自販機の傍でボーっとしていたのが無秩序そのものな混沌パラダイスに突き落とされ、ほんで今またこうして自販機の傍でボーっとしている。この一連の出来事を体験しているのは、俺だけなんだ。その出来事で一喜一憂、または喜怒哀楽を感じたのも全部、俺だけ。この世界で見かけた<俺>にはわからないことなのだ。―――もし<俺>がこの先、俺と同じような道のりを辿っていたとしても、その時に感じる痛みだとか、感情だとか、その他諸々は<俺>の物なのであって。決して俺の物ではないのだ。仮に<俺>の感じたアレやコレやが全て俺が経験したものと全く変わりなかったとしても、それをどのように証明すべきか?―――まぁ、俺と<俺>が同一であるか否かの議論はひとまず置いておこう。ともかく、様々な世界を渡り、今はこの世界で点滅を眺めて考え込んでいるのは、俺だけなのだ!
……またしても無駄な思考を巡らせていたせいで、辺りは眠りが支配する静寂に包まれていた。お空にはお月様がこの世界を見下ろしている。―――お前は、どの世界にいてもいつもその形を保ってるよな。そりゃあまぁ、太陽の光の当たり方によって、この地から見える月の形も変わってはくるけどよ。でも、球体でいて且つ太陽光の影響で地球からの見え方も異なるというのは、どの世界でも変わってなかった。
にしても、この世界では俺はまるで亡き者であるかのような存在だ。物体には干渉できても、会話が出来ない。―――人がたくさんいるってのに、話もできないんじゃあ、何もない世界で一人ぼっちでいるのと同然なんじゃないか?……でも、何もないよりかはマシなのかな。でも、何もない状況よりは何かがあるというこの現状は、度重なる混沌と、その末路で待ち受けていた孤独に苛まれた俺を救う余地になり得るのか?
意味がないのはわかっている。だけど、俺は誰かに話しかけたい気分だった。会話をしたかったのだ。いつだったか見た夢の中でのように。……試しに、月に向かって話かけた。
「なぁお月様!お前は、本物か!?お前も!!俺と同じ!!本物なのか!?!?!?」
随分と馬鹿げた事を言ってるなぁとは自分でも思ってる。なんせ、月に届くように大声で話してるから尚更だ。俺がもしこの世界の全くの他人だったとして、その俺が俺を見ていたとしたら、あぁ可哀想なひと、きっと頭をおかしくしてしまったのね、このまま放っておけないから頭の病院に連れてってあげましょう……と行動に移す訳ではないが脳内世界で独り言をぼやきながら何事も無かったように見て見ぬフリをして過ぎ去るだろう。
すると、俺の声に反応したのか、月はニョロニョロと手と足を生やし、空からウンショウンショと―――梯子で降りるのと同じ要領だろう―――見えない何かを掴みながら必死に降りてきて、俺に歩み寄ってきた。マジかよ、この月、歩けるんか。
「お前はなーに頭のおかしい事言ってるんじゃ。どうでもいいだよ、ンな事。」
何ということだ。月が会話をしている。しかも俺と。ていうかこの月、目もあるし、鼻もあるし、口もある。月と人間がおしゃべりしてるなんてこと、絵本とかアニメとか、そんな出来事かと思ってた。まさか、いま俺の目の前で、起きてるだなんて。しかも俺がその当事者だなんて。―――これも、本物なのか?―――いや、これは夢の中の世界の出来事に過ぎないのだろう。でも、ようやくこの世界で会話を出来る相手を見つけられたという事実が、何となく俺の重くなっていた胸のあたりを少し軽くしてくれたようにも思える。
「なーんかさっきから哲学的思考モードに突入してるけど。お前、やるべき事あるんじゃねえの?」
……ああ、そうだ。俺には、やるべき事があった。蛍光灯の点滅をボーっと見ているつもりが、変に考えすぎちゃって謎の方向に向かっていた。
……あれ、俺、何すべきだったんだっけ……。
「おやおや、考えに考えを積ませ過ぎて大事な目的を忘れちまったかい。情け無いねぇ。」
何かをしようと思った時に別件が入ってきて、一段落した時に「アレ俺何しようとしてたんだっけ?」となるのはメルメルマックスお馴染みの定番ソングとして知られているけれど、まさかこの流れで目的を忘れちまうとは。夢の世界の行き来が激しすぎて、ついに俺の脳内も使い物にならなくなってきたのだろうか。
こういう時は、メルメルマックス著【何かを忘れているかもしれない僕に大事な001のこと】に書かれていたことを思い出す。―――そうだ、ひとまず、"一段階前の作業をもう一回やる"んだ。俺は、再び蛍光灯の点滅を眺めた。今度は、頭を真っ白に―――というより、余計な考えを一切排除し、点滅だけを眺めることに精神を向けた。
……この点滅……気のせいなのかな……何だか、規則性がある気が……
「おッ本当力???じゃあ、どんな規則性があるのか考えてみい。」
月の助言に従って、点滅を凝視した。……一定間隔で灯りがついたり消えたりしている。……これもしかして、何かを伝えようとしているのか?
灯りを用いてメッセージを伝える手段……考えられるのは、モールス信号だ。
俺は、前回だったか前々回だったか忘れたが、宇宙ステーションの一員として働いていた経験を活かし、例の点滅をモールス信号として解読を行った。
―――さっきの重~い巡り合わせは、頭を冴え渡らせるのに必要だった流れなのかもしれない。解読結果は、5文字のアルファベットになった。
「……"S"、"H"、"O"、"U"、"T"。
……"SHOUT"?」
すると、アスファルトから突然湧き出す人たち。なぜか皆、黒目だ。
黒目の人々は、俺に近寄ってくる。どよ~りと、遅くとも歩みは止めず。人々は何かボツボツと呟いていた。
「サケビ。サケビ。サケビ。」
訳がわからない。でもわかるのは……この群れは、確実に、狙っている。獲物は、俺であること。頭上では、地上百数mの高層ビルたちが二本足を生やし、フォークダンスを踊っている。かかっている音楽はマイム・マイム。きっと運動会に違いない。テラス席のスパゲッティたちは通りに溢れだし、可視化された曲線を描く。判定機はマイナス値を示していて壁がぶつかった右半身。モジュる、モジュると。めるめるめる。宇宙戦艦サイズの学生ブロックが摩天楼を薙ぎ倒す。脚が生えたのは電車もそうだ。よりによって六本脚でウジャウジャ動くし。わ!足元にのぼってきやがった!気持ちが悪い!白装束で身を固めた教団がマンホールを拝みだした。「光あれ。」と。ここからファイナルファンタジーだ。コンビニはおいしい。流行りのピコピコゲームはプチプチ潰すやつ。アニマ、アニマ、アニマ。イメージインテンシファイア、サーモ、光学プレッシャー、うさぎ星人、グラビティスキューネス、ブラブラブラ。
―――俺は猛烈な吐き気を催した。―――というか、もう吐いた。俺が幾度となく転移してきた過去の世界たちが、交わり合っている!この世界の住人は、魑魅魍魎と言うには迫力は足りないが、禍々しい何かを持ち合わせていた。街並みが、ぐにゃり、ぐにゃりと歪みだす。夢と夢、そして世界と世界の多重構造に、この世界が限界点をきたし始めている。同じく体力的にもお気持ち的にも限界寸前な俺は、月に救いを求めた。月は、歪み始めている足場の中、一切の影響を受けず直立不動だ。どうやらこの世界への干渉を受けていないようだ。
「た、助けてくれお月様!!!!俺はもう……こんな混沌に耐えられない!!!!!!」
だが、月は俺に冷徹な言葉を向けるだけだった。
「何言ってるのさ。ここも、いわば夢の中の世界。耐えられなきゃ、出ればいいんだ。」
「そ、そんな……!!!!俺を救ってくれないのか!!!!あなたはいつも!!!!どんな世界でも!!!!俺を天から見ていてくれてたじゃないか!!!!!!!!」
「おいおい、俺は一度も、お前を"救って"はいないぜ? ただ俺は、お前と、会話をしただけ。それにいままでだって、全てお前が切り拓いてきた道じゃないか。」
「いや違う!!!!!!俺はただ成り行きに任せているうちに見つけた道を進んだだけ!!!!!!!道なんてつくったことない!!!!!!!無理だよ!!!!!!!!助けてよ!!!!!!」
「そうか……じゃあ、お前はもう、ここまでだな。」
月は、どこかへ消え去ろうとしている。
「ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!!!!!!!!俺がお前に何したってんだぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!あんまりじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
発狂する俺を、冷ややかに見つめながら、月は俺に最後の一言を放った。
「そんな顔するなよ。なけなしの良心が痛むじゃないか。」
どこかで聞き覚えのある言葉を残し、月はどこかへ消えた。
歪みはさらに激しくなる。「サケビ、サケビ」と囁く声はますます増えてきている。大地のぐにゃり度は増すばかりで、立つことすらもう出来ない。揺れに干渉を受けまくっている俺は、もう吐きすぎて死にそうだ。
ここまでか……俺はもう何もかんもを諦めようとした時、ふと目にした物……それは、あの月と同じように、何も干渉を受けずにただじっとそこに、居た。
俺は自販機に必死に近づいた。地面のぐにゃりが凄すぎて俺は幾度も吹っ飛ばされたり元の位置に戻されたりしたけど、それでも何とか這いつくばって……そして俺の今の状態はというと、目の前に自販機がある。
もう何でもいい。月にすら見放されたんだ。たとえ、目の前にいるのが、僕に脅威をもたらした存在だったとしても、どうにかなるって可能性は、0%じゃないだろう。
「た、タスケテ自販機!!!!!も、もう無理!!!!!!耐えられない!!!!!!!!!!」
俺はふと、自販機の上の方を見上げる。自販機には、黒い目がついていた。それはそれは、真っ黒な目。そして自販機は俺に向かって囁いた。
サ
ケ
ビ
俺は大絶叫中の大絶叫をかまし、勢いよくベッドから起き上がった。起き上がるどころか、もう飛び上がっていた。
―――どうにか、例の世界からは解脱する事は出来たようだ。
しかし、世界が崩れた後に現れたのは見知らぬ場所だった。天井なんてない。……というか建物すらない。何だここは。上に広がっているのは無数に広がる星空。夕陽が沈んだ後なのか、それともこれから朝陽が昇る寸前なのか、よくわからない空模様だけど、それでも星だけは何故かよく見える。でも、月だけが、見当たらない。……きっと地球とか月なんかよりも遥かに遠い惑星の地にでも飛ばされたのだろうか。
それにしても謎すぎる。さっき俺が寝ていたであろうベッドも、岩肌剥きだしな場所に置かれていたのだ。そしてすぐ目の前には無限に砂漠が広がっている。見た感じ、地平線のその先にも砂漠が広がってるんだろう。で、ベッドから数歩で行けそうなところにポツンと置かれているテレビ。謎すぎる。
枕の近くにはリモコンがある。まぁ、このテレビに対応してるリモコンだろう。……こんな電波もクソもなさそうなところで、まずテレビなんて点かないだろうとは思ったが、でもまさかの事もあるかもしれないじゃないか。電波ないけど、このテレビはつくんですよ~。的な。でもまぁこれに気にせずさっさとあの地平線の先まで進んでみよぅ~☆という選択肢もあったのだが、たぶんそれを選ぶとこのテレビが点くかどうかを確かめないままになりそうだったので、どうせならと思い、便宜上リモコンをテレビに向け、電源ボタンをポチっとな。
すると、そのまさかの事が起きた。テレビが点き、画面に映るのは、見たことのない他人2人のトークショー。どうやら、映画をテーマにした対談をテレビで放映しているようだ。珍しや。
「「ようこそ!深淵へ~~!」」
このコールは番組名なのらしい。『ようこそ!深淵へ』という番組……ずいぶんと変わった名前だ。てか放送局どこやねんこれ。
「さて!まずはですね、尾月さんの観た映画の感想コーナーが始まりますけどもね、○×さん、今月はどのくらい映画を観られたんですかね?」
「そうですね。今回は……映画館で観たのは、2つですね。そして、DVDをレンタルして観たのも3つ。だから合計すると5回観たことになりますかね。ただ、DVDでレンタルしたものは、1つを除いてどれも観たことはあるヤツでしたね。」
「なるほどー。ちなみに先月はどのくらいの回数を?」
「先月も映画館で観た2回分だけで……先々月はまず1回しか行ってないですね。で、先月も先々月もDVDをレンタルして新しい映画を観るという行為はしてないんです。……何か、こういう感想コーナー任されるような身分じゃないと思いますよ(笑) 多くて月に2回ですかねぇ。そもそも映画館にすらない時期だって普通にありますし。」
「ということは2017年に入って、映画館に行った回数は5回ということで。……それではですね、今年に入って映画館で観た5本と、DVDレンタルで初めて観た映画のリスト、作ってもらっちゃってもいいですかね!」
「ああ、いいですよ。少々お待ちを……。(ここでしばし、リストを黙々とつくる作業)――できました。」
◎スター・ウォーズ:ローグ・ワン
◎ドクター・ストレンジ
◎LA LA LAND
◎モアナと伝説の海
◎紅の豚(※DVDレンタル)
◎SING/シング
「ほほぉ、これらを観たとのことで!……『紅の豚』って、あのジブリの奴ですよね?」
「そうですね。よくジブリの名作として挙げられる作品の1つなんですけど……実は最初から最後までガッツリ観た事が無かったんですよね(笑)なので、せっかくなので観てみようと。」
「そうですかー。……そういえば今月はDVDを3つレンタルしたと言っていましたけど、『紅の豚』以外にはどのような作品を?」
「『ゲド戦記』と、あと『となりの山田くん』を借りてきましたね。これは、初見ではないんですけど、内容もちょっと忘れてきてたので、何となく観てみようと思ったのですが………これについては、あまり感想は書けませんね。何か、覚えられないんですよ(笑)この作品たちについては。なので、これらの感想は、厳しいです…(苦笑)実を言うと、ローグ・ワン観たのも2ヶ月前なんであんま覚えてない所もあるかもしれませんがねぇ!」
「そうなんですか(笑) 」
「ですがまぁ、その……まぁ、頑張ります(笑)」
「はい^^; それでは早速いきましょう!感想☆スタート!」
何だかいまいちピンとこない対談だ。というか、二人とも映画はそこまで好きそうではない。ぱっ見、興味があるものだけしか見なさそうなタイプだ。しかも、だいぶミーハーな。……しかしこの、尾月さんだか……何だか、妙に見覚えがある気が……
ぼんやり考え事をしているうちに、感想を語るコーナーがとっくに始まっていた。
①スターウォーズ:ローグ・ワン
「まずはローグ・ワンからですね。二か月前に観ました。私は元からスター・ウォーズシリーズが好きでして。この映画自体は2016年末から公開は始まっていましたが、色々用事だの都合だのありまして、観られたのが本当に公開終了前という時期だったんです(笑) 今作を見るにあたって、一応過去作を見て復習をするという行為はしたのですが……結構前にやったもんで、細かい事は忘れてたんですよね^^; でも、それでもある程度の知識があれば楽しめる作品でしたよ!私も、普通に楽しめましたし。……あの、これってネタバレって……?」
「うーん……大丈夫だと思いますよ?たぶんコレ観てるの物好きしかいないでしょうし(笑)」
「(笑) あの、この映画って主要人物、基本全員死ぬじゃないですか。勿論生き残ってる主要人物もいますけど、これについては主人公?ポジの人も死んじゃうんですよ。……まぁシナリオの時系列からしたら下手に生き残ってるよりは死なせちゃった方が丁度いいとは思うし、何となくストーリーも進んだ所で予想はできたんですけど。でもそれをスター・ウォーズシリーズがやるってのは何となく意外でしたね。……そうでもないかな?前シリーズの主要人物が死んじゃったりもするし。……でも個人的には驚きでしたね。あと、物語の終盤は南国の島っぽい所でドンパチやってるんですけど、それについても何だか新鮮味がありましたね。あんまりシリーズ通して、海の綺麗な所ってあんま出てこないイメージあるんですよ。しかも白い砂浜とかもあって。そんな所にスター・ウォーズ的な建物はあるし、機械もあるし。あとはまぁトルーパー達がウロウロしてたり。そういうシーンがあるのも珍しいと思いながら観てましたね。まぁ要するに色々と楽しめたんですけど、これを楽しむなら過去作をガッツリ見直してから見た方がいいかもしれませんね!私は見終えた後にいろいろ考察サイトとか感想を書いてるサイトを見ては、"あぁ、これってこうだったのか!"となった部分もありましたし。結構、スターウォーズ知ってる度とこの映画の面白く感じる度……感じる度て(笑) まぁ割と、それとこれは比例するかもしれませんね。」
「……何かこれから観る人へのアドバイスっぽいの言ってますけど、さっきネタバレしてましたよね?意味なくないっすか?」
「……確かにそうですね(笑)んふふw」
②ドクター・ストレンジ
「こちらはどういった時期に御覧になられたんですか?」
「これを観たのは……先月の14日ですね。外では、異性同士のコンビが結構な数いましたね。」
「おぉ、その中で。一人で(笑)」
「……そう一人で(笑) この作品を観たキッカケはですね、主役の俳優さんがベネディクト・カンバーバッチという方でして。その俳優さんはイギリスのTVドラマシリーズの『SHERLOCK』っていう作品でシャーロック役を務めているんです。んでですね、私の家族がそのTVドラマめっちゃ好きでして。……私が好きになったのはすごい最近なんですけど(笑) でも、ようやく惹かれてきたというか。ところどころの演出もクールで好きだし、何よりカンバーバッチ氏、めっちゃ英語早口で喋るし。なんかこう、早口でウマく喋られるのって憧れるんですよね。英語だろうが日本語だろうが。ちなみに私、そのTVドラマは吹き替えでもよく見てて、吹き替え版もこれまた早口で喋ってるのにゴニョゴニョしてないんですよね。なのでまぁ、早口でウマく喋られる人マジ尊敬……ってのは置いといて(笑) まぁその、家族そろって好きなTVドラマシリーズのメインを務めてる俳優さんが出てるから、気になって観てみたってだけです(笑)」
「へぇ……その、シャーロック役で出てた俳優さんが出てたからというのが動機だそうですが、他にも同氏が出演していたドラマとか映画は観たことはあるんですか?」
「いや、他は無いんですよ。今回が初めてなんですよ。好きな作品の主役(俳優)が出てるから観るっていう流れは。今回の映画はマーベルの作品なんですけど、私自身マーベルシリーズは全く分からないですし。……でもSNSかなんかで意外に面白かった的なコメントを知り合いがしてたのを見たんですよね。なのでまぁ、それも動機の1つではある、かもしれない。」
「そうなんですかぁ。観た感想どうでした?」
「そうですねぇ。初めは、期待してなかったんですよ。マーベルシリーズも特に好きって訳じゃないし。何となく時間潰しという感覚で……そういう体で居たおかげなのか、想像してたよりは結構面白かったですね。まぁシナリオとしては、ザ☆USAなアメリカンコミック的な……まぁ原作がアメコミだからアメコミ的なのは当たり前っちゃあ当たり前なんですけどね(笑) あと、マーベルシリーズについての知識がないとわからなそうな部分も終わりのところでちょっと見受けられましたね。だからその点についてはついて行けなかったですね……。というかシナリオよりも好きだったのはCGの演出ですかね。敵が変な魔術を使う設定でして。その魔術も、なんか空間をすげーグニャグニャに出来たり、建物とかの形変えまくったり、上下逆転とかもしちゃったり……いまいち言葉でうまく表すことが出来ないのですけど(笑)要するにもう空間を好き勝手出来る能力なんすよね。その魔術がかかってる時の演出がもう、私の厨二精神を刺激しましたね!なんかもう、これ観たおかげで、脳内世界での妄想戦闘に新たな要素が加わりましたよ。」
「……え、普段から脳内で戦闘してる妄想とかしてるんですか?(笑)」
「え、あ、まぁ……その……どうしようもなく暇になった時とかには(苦笑)」
「そういえば、主演を務めた俳優さんについては今作はどのように感じました?」
「あぁ……まぁ……シャーロックそのままだなぁと(笑)」
「……それ感想としてあんまり良くないと思いますよ(苦笑)」
③LA LA LAND
「お次はこれですね。LA LA LAND!」
「これはね、良かったですよ!」
「おっ!早くも"良かった"発言。やっぱりアカデミー賞でいろんな部門獲っただけに、尾月さんも開始すぐに!三つ目にしてようやく!」
「そうですねぇ。まさにアカデミー賞絡みで話題になったから観たんですけど、やっぱりたくさん受賞してるだけに、すごくエンターテイメントしてましたね。いわゆるミュージカル物……なんでしょうかね。現代の世界観で、それぞれ夢を追う男女のアレやコレやを、歌唄ったりとかを交えながら描くというね。やっぱ劇中にかかる音楽良いですねぇ。劇中のメイン2人の設定が、女優を志す人と、あとバーを開くのが夢であるジャズ・ピアニストの青年という訳ですが、それらを反映したのかジャズの要素を取り入れた音楽が多くてですね。……まぁ別にジャズめっちゃ大好き!って訳でもないんですけど、ああいう雰囲気の音楽は元から地味に好きだったりするので、音楽の面でも楽しめましたね。あとシナリオも個人的に切なくて好きですねぇ。」
「ほほぅ、切ないんですかぁ。」
「そうそう。まぁ、夢を追いかけるうちに……まぁ互いをちょっと意識し始めたりもするんですね。でも、ふとしたキッカケでボタンの掛け違いが続いちゃったりもして……おっとこれ以上はネタバレになりますね(笑) ともかく、全体的にまぁ……言葉合ってるかは置いといて、楽しい雰囲気なんですよ。でもまぁ、楽しくて順風満帆そうな空気感の中でも、どことなく切なさを匂わす場面が淡々と存在していて。そして最終的には……まぁ、細かいネタをバラさないようにネタをバラす言い方をするなら、まぁ、結果的にはハッピーには終わるんですね!」
「ほう、ハッピーエンドに終わると(笑)ネタバレを!」
「(苦笑) でも、幸せを手にしたはずなのに、どこか切なさを残したまま終わるんです。なので……私は"結果的にはハッピー"と言いましたけど、人によっては"いやぁバッド・エンドじゃないの?"と思う人も、いるのかもしれない。でもまぁ、あの終わりについては、ハッピーエンドとかバッドエンドとか一概に決め付けるのは難しいんじゃないかなと思うんです。観た人通りの解釈があるんじゃないかなと、思います。……いやそんな数ないかな?(苦笑) でも、ああいう風に終わるのって、なんか、こう……良いんです!」
「良いんですか(笑)」
「はい!良いんです!!!!(笑)」
④モアナと伝説の海
「お次はディズニーの最新作である『モアナと伝説の海』ですね。初めは何となくディズニーのお姫さまが主役張ってるシリーズの一環っていうイメージがありましたね。しかしところがどっこい、実際はお姫さまモノの皮を被った冒険劇って感じでした。海を渡り、時には嵐の中、荒波を越え、色んな島に行き着くものの、とんでもない化け物に襲われたり……本当、一寸先は闇、隣には常に死が待ち構えている、みたいなスリリングな状況が割と続くんですよね。キラキラ系かと思えば、意外と汗が滴るスリルたっぷりのアドベンチャー。でもそういうギャップも好きでしたね。まぁでも、音楽はキラキラしてますね!CMとかでもよく流れるモアナが歌ってる曲が流れた時には、まるでその場に居た全員がスタンディングで……思い思いの楽しみ方で……隣同士で肩を組んでシンガロングする人もいれば、中には感情が昂ってダイブをする人もいて……」
「え、実際にやってたんですか?映画館で!?」
「……という妄想を、脳内で繰り広げていました。」
「何ですかそれ(笑)」
「いやぁとにかく、あの主題歌?は好きです。本当に。他の音楽も同じくらい好きです。普通にサントラ欲しいです。……まぁでも、これまでびっくりするくらい評判の良かった近年の作品と比較すると、もしかしたら地味な作品という印象が残ってしまうのかもしれませんね。『アナと雪の女王』とか『ズートピア』とか凄い評判良かったですよね。アナ雪とかは主題歌がめちゃくちゃ大ヒットしましたし、シナリオについても……まぁ賛否は分かれる感じでしたが、ディズニー伝統のシナリオを打ち砕こうとする試みを感じ取ることができましたね。ズートピアはファンシーな雰囲気醸し出しておいて、現代社会にも存在する問題を風刺していてこれまた面白かったんです。『ベイ・マックス』とかも目立ってますよね。それらと比べると、今回の作品の特徴はあまり強くない、かもしれません。……まぁそのくらいですかね。でも色々言っちゃってますけどそれでも好きな作品です!」
⑤紅の豚
「お次はDVDでレンタルした映画の感想でありますが、『紅の豚』を改めて観ようと思ったキッカケとして、最初から最後まで観たことがなかったんですね。途中から観たことはあるんですけど、それらは大体流し目程度で観てきてて。なのでちゃんとガッツリ見たことがなかったんです。それで、たまたま友人の家でジブリ映画をひたすら観るという会が行われるということで、三つ選んだうちの一つに組み込まれたんです。」
「ちなみに他にも『ゲド戦記』と『となりの山田くん』も借りたそうですけど、そちらの感想は話さなくてもいいんですか?」
「その2つについては、感想は話さなくていいと思ってます(笑)……ただ唯一話すとするなら、『となりの山田くん』の評価、Amazonだとヤケに高いんですよね。あれは……わからないんです。」
「ほほう、皆は高く評価してるけど、自分は違う。と!」
「……なんかその言い方だとただの天邪鬼じゃないですか(笑) いや、でも、悪くはない……んじゃないですかね?」
「なんですかその微妙な感じ」
「……まぁ実際のところ、個人的には微妙でした!少なくとも集団で賑やかに観るには不向きな作品だと思いました!!それについては以上!!!!」
「はいはい。それで『紅の豚』はどうでしたか?」
「これ観た時ですね、一番最初にゲドを観て、次に山田くんときて、最後に紅の豚という順番だったんです。……いやぁ、上二つが霞んで消滅するくらいには素晴らしい作品でしたね!何なら上二つの物語、そもそも覚えてないです!!……まぁ山田くんについては、そもそも基盤となる物語がないといっても過言ではない。オムニバス・ストーリー的な映画だったんですよね。観始めたときは何らかの物語が基盤にあるという心構えでいたのがよくなかったのかもしれませんね。ある種、あの作品は挑戦作みたいな立ち位置だったのかな。……ちなみにゲド戦記も世間体での低い評価の割には、そこまで酷いとは感じませんでした。でも、最後に観た作品はそれらを観た記憶を平気で吹き飛ばすくらい印象に残ったんで、やっぱり名作は違うなと!もう文脈の流れに無駄というか、濁りが一切ない。本当に素敵な作品でした。DVD普通に買いたくなるくらい好きになりました。」
⑥SING/シング
「最後はこちら、『SING/シング』ですね。これはズートピアのスピンオフや!アナザーストーリーだ!……と、公開前の告知映像で観た時に勝手に一人で脳内で騒いでいました(笑) でも、これを観た後はズートピアのアレやコレでもない、これはSINGなのだと、思えましたね。」
「……よくわからないですけど要するに面白かったという事なんですね?」
「まぁ、そうです。あと、これについてもやっぱ劇中音楽も良いですねえ。まぁ、この作品の音楽は既に世に出ていた洋楽を使用しているとのことですが。あと何故かきゃりーぱみゅぱみゅの音楽も流れてましたね(笑)ともあれ、これを機にちょっと洋楽を齧りたくなってきましたね。ちなみにこれを観た時は日本語吹き替え版で観たのですが、二回目も観れるなら字幕版でも観てみたいですね。英語ではどうなんだろう……って感じで。……あとねぇ、これ面白いかどうかわかんないけど、個人的な面白話でちょっと話したいんだけど。」
「はいはい何でしょう?」
「映画観ててね、終盤くらいになってきて……ちょっと僕、ふと思ったんですよ。"これもしかして続編あるパティーンじゃね?"て。何かシナリオ的にも、重すぎず、かといって軽すぎずって感じで。エンディング前のシーンも、割と続編は作れる余地あるなぁと感じたんです。それでエンド・ロールとかをボーっと眺めてて……ひととおり流れ終わった時にね、現れたんですよ。【早くも続編製作中!】って文字。」
「ほほぉ、当ててしまったと。続編製作を(笑)」
「予感的中という(笑) まぁ、続編もたぶん観るかもしれませんね。」
「ちなみにシナリオ自体は、どうでした?」
「シナリオは良かったんですけど……個人的にですね、『LA LA LAND』を先に見てしまっていたせいで、エンターテイメントとしての迫力はちょっと薄いんですよね(笑) LA LA LANDもSINGも、まぁ目的とかジャンルは違うけれど……一応どちらも、音楽と共に夢を追いかける系のシナリオじゃないですか。だからそのせいで、私はこの二つのシナリオを比較しちゃったんですよね。まぁ、本格的ミュージカル映画とアニメ映画を比較すること自体おかしいのかもしれませんが。何はともあれ、観る順番次第では、もしかしたら、その作品への印象もちょっぴり変わるかもしれないので、その辺は考えた方がいいのかもしれませんね。」
「なるほどぉ……。……では!一通り感想を述べ終えたところで、尾月さん!この6作品の中から一番良いと思えた作品を!どうぞ!!」
「えー、一番良いヤツ?(笑)いやぁ、どれも良かったからなぁ。この中から一番ってのはちょっとキツいなぁ(笑) うーん……まぁでも」
「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおい!!!!!!!!!!!!!!!!!」
俺はテレビの前で、荒ぶる。
「何だよこれよぉお!!!!!!全然関係ねえ映画レビューのコーナーになってんじゃん!!!!!!!!何でココでやるんだよぉお!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
強く地団駄を踏み、砂埃を激しく舞い散らかす俺の足は、まさに怒りそのものを現していて。
「これの!!!!!せいで!!!!!!情報量!!!!!ハンパねえんだよぉお!!!!!!!!!さっきの映画レビューだけで文字起こしたら絶対5000字入ってるんだけどぉおおおおおお!!!!!!!!!!」
「あのすみません進行の妨げになるんでちょっと……」
「進行の妨げって何だよぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!!!!!!お前らが妨げてん……って」
俺はふと冷静に、またテレビの画面に視線を移す。テレビの画面の中の2人は、気まずい表情を浮かべながら、カメラに顔を向けている。……いや、この目線はカメラに対してではない。明らかに画面外の視聴者……つまり、俺に向けている。明らかに、そうだ。
「……え。……え、……え。……え?……いや、あの、え、聞こえてるんすか?オレの、その……」
画面の中の2人は、互いに顔を合わせて、苦笑い。
「いやだなぁ、実は最初から聞こえてるんですよ。……まぁあなたさっきまでずぅっと黙ったままでしたがね。」
「もしかしたら聞こえてねえんじゃねえのかって、ちょっと不安になりながら話してたもんな(笑)」
間違いない。この2人の会話は、どう考えても俺の発した言葉を受けてるものだ。俺はテレビの画面に写っている人間と、コミュニケーションをとっている。……でも、幾度となく世界転移と世界の崩壊を目の当たりにしてきて、挙句の果てには月とか自販機に会話を求めた俺には、もう、こんな事では驚かなくなっていた。それよりも、画面の中にいるってことは、仮にリアルタイムで上手くやりとりが出来ているとしても、実際に目の前で会話するってのは無理な訳で。もう、生きた相手とおしゃべりをするというたったちっぽけで簡単なことが、永遠に叶わないのかもしれない……そんな考えが頭の中をよぎった。気づけば、俺はどうも悲し気な表情を浮かべていたようだ。画面の中にいる人たちは、今度は違うベクトルの気まずさを醸し出していた。それでも、尾月の方からは底知れぬ不敵さを感じる。
「えぇと……どうにか彼を笑わせることって、できますかね。」
「え?いやいやいやお前、無茶ぶりはよせよ!いくらお前のが先輩だからってそれはない!!!」
「前から思ってたんですけど何で私は敬語で後輩の貴方がタメなんですかね。先程のはいくら茶番とはいえども。」
「いやまぁ、それは、さ………………何か、こう、あるやん?」
尾月の先輩は「ねえよ。」と後輩にツッコみ、談笑し合っていた。彼らの笑いに何も響かないのは、もう、俺が疲れてしまったからなのだろう。体力的にも。精神面でも。……俺の疲れ顔がまだ変わっていないのに気付いたのか、二人はまた先程の気まずい空気に包まれていた。重苦しい空気の中、尾月は俺に対してこうかけたのだ。―――何度も聞いたことのある、あのセリフ。
「そんな顔するなよ~。なけなしの良心が痛むじゃないか~。
……前にも言ったろ?」
繰り返し言うが、このセリフは何回も聞いているし、何よりも聞き逃してはならないのは最後の部分。そうだ。"前にも言っている"のだ。そしてあの苗字。そうだ。アイツは……あの時の……
「…………おつきさまかぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「うおお。おいおい、めっちゃ叫んどるやん。」
字面だけだとぱっと見、再会を喜んで感激のあまり叫んでいるようにも見えるけど、実は逆なんだ。俺はアイツにこんな形で再会したことに、腹が立ってるんだ。あの世界で、命の危機に瀕していたかもしれないこの俺を、見捨てた相手。俺を見放した冷酷な月。そんなヤツに、何で次の世界でも会わなければならないのかと。
俺は怒りのあまりテレビをぶっ壊そうとしたけど、行動に移す寸前の所を「やめてくれ。その技は俺らに(精神面で)効く。やめてくれ。」と懇願されたので、仕方なくやり場のない怒りをその辺の岩にぶつけた。かといって、グーで岩を殴ったりなんかしたら絶対に痛いに決まってるだろうし、そうなったら余計腹正しさが増すばかりなので、しょうがないので足で何度も岩を蹴りつけた。俺の細い足と弱い脚力では当然蹴ったところで岩は当然うんともすんとも言わなくて。蹴る度に怒りはジワジワと増え続けるばかりだった。何だ、グーで殴ろうが足で蹴ろうが、関係なかったじゃないか!それに、怒りの矛先は月どころか、一周回って俺に対しても向けている自分自身がいた。俺……というより、俺の運命に対して、と言った方が正しいのだろうか。何度も何度も、悪夢のような出来事に苛まれるし、それを克服したところで肝心な場面の寸前で夢から覚めるわで。俺はいまのところ、この流れから脱出する術を知らない。このままだと永遠に拉致されたり爆発に巻き込まれたり世界のカオスに飲み込まれそうになったりのサイクルを繰り返すことになるのだ。ひどい、ひどすぎる。
怒るという行為は非常に体力を消耗するモンで、すっかり疲れ切った俺は地面に横たわっていた。しばらくすると、画面に写っていた2人がいつの間にか画面外へと移動していて、何やかんやの流れで焚火を囲んでやんやらやんやらと喋くっている。どこで見つけたのかわからない食糧を適当に串で刺し、火に炙っている。なんか似非バーベキューごっこでもやってるんだろう。で、横になってたところで特に何も起きないし、他人様が飯食ってるところを見ていると正直お腹が空いてきたんで、俺も気づけば焚火の方へ行き、2人の会話に参加していた。
俺が会話に交じるまでは相変わらず映画の話をしていた2人だけど、俺が介入した途端、急に親身になって俺の話を聞いては、疑問に答えてくれたりした。
「いろいろ聞きたいんだけどさ……ここどこなの?何か、遠い昔、遥か彼方の銀河系にある惑星的な何か?」
「おッ、それアレだろ。"ばぁん!"ってデカい音とでっかいロゴタイトルを出すブラクラ映画だろ?」
「ねぇ尾月さんもう映画の話題やめましょうよ。―――まぁ変に振った彼も悪いですけどね。」
「―――そうだな。ここはまぁ……"深淵"、とでも言うのかな。」
「"深淵"……?」
深淵。いつぞやの夢だったか世界だったかは忘れたが、前にもどこかでその単語を聞いたことがある気がする。でも、彼らの話を聞いていると、その時の意味とは少し違うものなのかもしれない。
俺が前に居た世界は、俺が今まで見てきた夢とその中の世界と統合しようとしていた。しかし、俺の見てきた夢と世界の数があまりにも多すぎたってんで、世界のバランスは乱れ、秩序も、空間も、ありとあらゆる概念が歪み、崩壊し、あの世界も含め、融合を試みた全ての世界が滅亡した。要するにキャパオーバーを起こして爆発しちまったワケだ。―――俺のいる場所は、消滅して木っ端微塵となった世界の破片で形成された世界で、無数に広がる星のようなものは、どれも砕け散った世界の破片なんだそうだ。そういう意味で、深淵。世界が消え、行き場を失くした者だけが辿り着く、世界の果て。
「―――ていうか、何で世界と世界が統合しようとしてたんだ?突然すぎない?」
「突然って、おいおい。何も世界が自らの意思で統合しようとしたワケじゃないぜ?―――お前があの世界に、干渉しちゃったからさ。」
「干渉?……俺なんかしたっけ。」
「読み取っただろ?あのメッセージ。」
メッセージ……そういや、思い出した。モールス信号のくだり。……あれを解読したせいで統合祭りが発生してオーバーフロー起こした結果消滅しちゃったの?え、ちょっと待って。俺の責任重すぎじゃね!? ……ちなみにあの時のメッセージ、何で"SHOUT"だったのかを一応聞いたんだけど、特に拘りなかったんだって。別に何でもよかったとのこと。なんやねんソレ。―――まぁそんなことはもう隅っこに置いとくとして、まさか俺のせいで世界が滅んだみたいな事になってる。
「え、何だか俺が世界に干渉できる能力を持ってるみたいじゃん。何それ、え、本気で言ってる?」
尾月とその先輩は、ヤレヤレ顔をカマしていた。
「おいおいお~い。その発言に対して俺は"本気で言ってる?"と指摘したいぜぇ……。……まぁ無理ないか。」
「でも君、前に居た世界の時点で、"住人たちに存在を気づかれることなく"物体への干渉を実際に行っていたじゃないですか。」
俺は記憶の回路を辿る。……確かに、前の世界のヤツらは、ガラスをこんこんこんこんここんと鳴らした"音"には反応していたが、その音を出した"俺"を認知しなかった。……思えば地下鉄に無賃乗車をかました時点で誰も俺に反応してなかったな。まさかアレが、その能力の1つだっただなんて。だが、まだ疑問は残っている。……いやめっちゃ数残ってるんだけど。でも、強いて聞きたいことを絞るなら。
「……どうして、俺はそんな能力を持ってるんだ?俺、気になるんだよ。俺にそんな能力ある設定だったけな、って。……いや設定とか言うのはやめておこう。ともかく、俺がその能力を持っている理由と、身に着けたタイミングが知りたい。」
「なるほどねぇ……まぁ、あえて設定と表現するなら、お前自体、もう既にその能力は持ってたし、今もあるんだよ。」
「マジかよ……生まれながらの能力だったのか……。俺、強えな。俺ハンパない。これもしかして、アレ?何か、選ばれた的な?海に選ばれた的な?そういう理由?みたいな???」
「……お前やっぱところどころ映画レビューの流れにしようとしてるけど、これ以上情報多くすんのはさすがにキツいからなぁ。(ていうかアレだけ関係ねえとかキレてたくせに……。)……簡潔に言ってやるよ。」
尾月は、また不敵な笑みを浮かべる。
「お前、いつから自分自身を本物だって思ってたんだ?」
「え?」
キョトンとする俺に、しばしの沈黙―――を続けようとしたんだけど、ちょっとね、あの、アレなんでね。尾月はちょっとの間を空けたくらいで次の台詞をば。
「お前は奴の分身。つまりさっき居た世界に住んでいた別のお前の分身、というか幻。お前は、アイツのつくった作り物に過ぎないって訳よ。」
―――俺は絶望のあまり、言葉を失くす。あれだけ、俺の感じてきた痛みやら気持ちやらが本物だなんて言ってたのに、全部、作り物だっただなんて。
「でも、全部が全部作り物……かって言われるとまた厄介な話なんだよなぁ。それに、別のお前……というのも語弊がある。……ちょっと難しい話するけど、お前の記憶そのものはデタラメじゃないのよ。感覚やら感情やらも全部、本物。でも、どういう意味なのかというと、それはあの世界に"元々"居たお前が、いずれ未来で体験するっていうこと。お前自身のモノではない。」
―――よくわからないけど、俺は作り物なのに、記憶そのものは嘘ではない?感情も?…………どういうことだ?
「……信じられないし、混乱しちまうよなぁ。だってしょうがねえもん。そういう風に作られたんだから。お前は、あの世界にいたアイツの、何十年後のアイツと全く同じように作られたの。記憶とか感情が本物なのは事実なんだよ。だって何十年後のアイツが経験したもんなんだから。それをインプットして出来たのが、お前。だから、ただの作り物じゃないの。元の存在と"とてつもなく"近いフェイク。」
「ちなみにただの作り物じゃないポイントはそれだけじゃありませんよ。あなたの姿は、あの世界に居た別のあなたにしか見えないんです。……あなたの居た世界でいうと……"タルパ"、と呼ぶんですかね。それみたく作ったんでね。現にあなた、あの世界じゃ誰にも認知されなかったじゃないですか。」
「でも、分身は物体への物理的な干渉はできても、世界そのものへの干渉は出来ない訳でな。―――それが出来たお前は、ただの偽物じゃねえな。」
「凄いですよね。何たって、女の子の力を借りて時空移動するって流れだったのに、発揮した力がよもやの分身生成の術だったっていう。なのに夢を媒介することで疑似的に時空移動に成功しちゃったもんで、その歪みであの世界で未来の彼の記憶をもつ分身が出来たんですから。あの世界じゃ作り主とは程遠い分身が作られるってのに、あなたは未来の作り主とそのまんまですからね。要するに作り主に準拠してつくられた分身。だから本当に"特別"なんですよ。あなたは。たとえ作り物だとしても。」
―――彼らが話す真実に、俺は絶望するしか他に方法はなかった。でも、そのうち心の絶望パラメーターでもぶっ壊れたのかわからないけれど、不思議なことに段々と負の感情が心から薄れてゆく。―――彼らの言うとおり、俺は、偽物なのだろう。いままでの記憶も、アイツの物なのであって、俺の物ではない。この感情だって、言うなれば、本物の<俺>が持つ物ではない。<俺>によく似てつくられた俺の感情。―――まさか、片隅に置いていた、俺と<俺>が同一か否かという議論が、こんな所で決着をつけられるとはね。俺は、本物ではない。―――でも、あの議論に入る前に考えていたこと―――というか、考えたという"こと"。そして彼らに怒った"こと"。そして、今この感じるこの気持ち。―――これらは全部、"本物"だろう?俺が本物じゃなくても、現に俺はここに存在している訳だし、何なら彼らは今、俺の存在をこの目で確認できている。会話だってしている。焚火で暖を取っている。―――俺が作り物だったという事実に必要以上に絶望することはなかったのかもしれない。だって、俺は本物の<俺>じゃなくて、"本物"の俺なんだから!
「―――なんか自己完結したような顔してるね。まぁ安心したわ。……まぁあの世界も滅んじまった今、もはやお前が本物、かもな。」
ちょうどエエ具合に焼けた食糧を、尾月は頬張っていた。串刺しのまま炙られた食糧には、何やら白いソースがかかっている。……タルタルソースなんかな。これ。でも、何だか美味しそう。それちょっとちょうだい。
「―――ところで、あなたたち何者なんです? こんな変な場所でのほほんと生活してるとか絶対只者じゃないとは思うけど。」
「―――そういや紹介するの忘れてたな。まぁ俺は置いとくとして、隣にいるのは俺の先輩。―――一この人、前にね(笑) 変な名前、名乗っててね。なんだっけ、<真を支配する全てを超越せし……」
「ちょ、ちょっとやめて!!!!それ昔拗らせてた時の名前!!!!やめてそれ黒歴史だから!!!!」
「(笑) まぁ名前はともかく……この人はいろんな世界の流れとか、バランス保ててるかなぁってのを監視する仕事してるのね。で、元々は一人でやってたんだけど……一人っていう状況があまりに苦しすぎたのかね(笑)」
「もうやめて……本当につらいからやめて……それで拗らせてあの名前にしたレベル…………だから黒歴史晒すのやめてって!!!!」
「いやいやそれは自分で踏んだヤツやん(笑) まぁともかく、孤独に耐えられなくなって先輩が病んじゃってさ。それを見かねた上の方がね、同じ役目を務めるもう一人の存在を作ったの。それが俺。……だからまぁ、俺もお前と同じ、作り物ってことだ。」
「でも、後輩が出来たのはいいんですけど、後輩だけ何故か色んな世界に入り込める能力を持つんですよ。僕は相変わらず世界に入れないままジッと監視する係で。何でなんすかね。……まぁ後輩と会話できる分まだいいんですけど。」
「おッ、デレか?(笑)……まぁいいや。ともかく、色んな世界に行き来しては色んな存在として溶け込んで暮らしてたのに、色んな事情を抱えたお前が色んな事したせいで世界が終わって、俺は元の身体に戻って先輩とタルパしてるってところ。そんな訳っす。」
ちなみにこの世界はタルパとは、タルタルソース・パーティーという意味なのらしい。そういえばさっきから食べ物に軒並みタルタルソースをかけてるけど、もしかしてそういう事だったんか。
「……"タルパ"が、タルパ。ねぇ……。…………んふふw」
地味に揶揄われてるようにも聞こえたけど、俺は気にしない。よく火で炙った串を尾月にぶん投げたりしたけど、全く気にしてないから。うん。本当に。
―――で、それからはというと、元の世界が滅んだせいで帰る場所のない俺は、しばらく俺はこの世界に留まっていた。だが、俺以外の二人はここに留まることなく、常に外の世界にいた。滅亡したのは単に俺がいままで存在に関与していた世界だけであって、それ以外の世界は何の影響も受けずピンピンとしているので、尾月は複数の世界を転々としてはその場に沿った形と化して潜入しているし、その先輩……<真を支配する全てを超越せし……いや、尾月の先輩は、ココではない違う世界でずっと監視を続けている。だから、二人のいない間は死ぬほど暇で暇でたまらなかった。
で、退屈で死にそうになった―――これはあくまでも比喩だ。瀕死の重傷を負ったというワケではない。だが精神が腐れ死にそうだったのは事実だ。―――そんな俺を見かねた二人は、何やら上の方と相談した結果、俺に外の世界への条件付きの渡航許可と、その時の役割を与えてくれた。俺は外の世界へ行った時は必ず二つの存在に分かれる。そして、ある条件に達した時―――それは世界が新しい一歩を刻む時だったり―――まぁ色んなパターンあって一概にコレとは言えないが―――時が来たら、二つの存在に分かれていた俺は統合を果たし、新しい世界の始まりへの手助けをする仕事を全うしなければならない。その時、俺は純白の衣に純白の羽、純白の耳を頭から生やしてるっちゅう奇奇怪怪なヴィジュアルをしている。俺はこの恰好になることを、死ぬほど反対した。だが、上の方がその服装でいることを決めたから変える事は出来ないと。拒むようなら、渡航許可を取り消すと。―――あの恰好をするのも死ぬほど嫌だったが、かといってあの何もない世界で退屈な時間を過ごすのはもっと嫌だったので、仕方なく受け入れることにした。
それ以来、俺は何度もこことは違う世界に行っては、必ず存在が二つにぱっかーんなって、時が来たら一つに戻って世界をリフレッシュしたりとか世界そのものを作り替えたりとか、そんな生活を過ごしていた。或る程度、この生活に慣れてから俺は救世主と名乗るようになった。初めて救世主を名乗ったのは、詩をつくることを禁じられた世界で、詩人を取り締まる警察たちを一斉にぶっ殺す時に降臨した時だったかな。でもあの時は周りの雰囲気からめっちゃ浮いてて、ちょっと小恥ずかしかったな。あと、それから何年かした後に、どっかの学校の教室で死体以外何もないっていう状況で救世主として降り立った時は若干怖かったな。この仕事してると死体を見ることなんてそんなに珍しくないから割と慣れてたつもりだったんだけどな。でもやっぱ、静寂に包まれる中、無数に横たわってる死体に囲まれながら一人でいるのは怖かったよ。いくら救世主とはいえ、あれはビビった。
ともあれ、救世主としての生活は決して退屈ではなかった。まぁまぁ充実もしていたと思う。長い時間と共に、俺はすっかり元の名前を忘れてしまった。教団に拉致されたこととか、宇宙ステーションで働いてたこととか、世界が歪みに歪みまくって滅亡しちゃったこととか……一部の記憶は偽物であることは分かってるけど、段々と明確なものか薄くボンヤリと浮かぶくらいのものになってきていた。……それでも、忘れられない事が1つだけあった。
そう、"彼女"だ。……だが、俺はもう"彼女"の名前を、思い出すことができない。顔はどうにか覚えているけれど、髪の色は、確か茶髪か銀髪のどっちだったかで迷ってしまっている。……染髪してたんだっけ?確か。……でも、それでも、"彼女"のバイクに無理やり乗せられて高速を駆け抜けた時のスリル。初めて行ったディスコで"彼女"の隣でひっそり感じてた不安と緊張。それから紆余屈折あって……地球の外へ行くことになっても……それでも"彼女"とおしゃべりしては、ちょっとイイ感じの雰囲気になったり、空気に任せてイイこともしちゃったり。……"彼女"と過ごしていた記憶は、なぜかずぅっと覚えている。……まぁそれは<俺>の記憶であって、俺の記憶ではないのだけれども、でも、"彼女"なら、俺だろうが<俺>だろうが、関係なく俺を受け入れてくれるんじゃないかな……そしたら、またあの時のように、他愛もないおしゃべりに興じたりとかさ……"彼女"に会いたいという俺だけの感情は日々の蓄積が重なり、気づけばもう、それはそれは大きくて抑えられそうにないものになっていた。
―――無数に広がる世界の破片を見上げながら、心にある強い決意を生んだ。
―――俺は、決めた。"彼女"に、会いに行く。
だが、元の世界は滅んだままだ。……しかしだ。俺はかつて、<俺>の疑似的な時空移動に伴って生み出された存在。俺は<俺>じゃないが、<俺>の持つ能力は引き継がれている。ならこうだ。世界が滅ぶ前の世界へ移動すればいい話なのだ。そして仮の世界再生を行った状態で、俺と<俺>を統合させてしまえばいい。そうすれば、俺は<俺>だし、<俺>は俺であるという二つの事象が重なった『俺』となる。……統合した後、どうなるかはわからない。だが、俺の記憶を持った俺であり、且つ<俺>である『俺』は、きっと"彼女"の下へ向かうだろう。そうしたら、少しは世界の運命も変わるのかもしれない。世界は滅ばずに、済むのかもしれない。
俺はなけなしの記憶を頼りに、全身に力をみなぎらせ、雄たけびを上げる。鼓舞された俺の精神がタルパ波動を増幅させていくのが分かる!
「いくぞおおおおおおおおおおおおおおおお!」
視界が白に包まれていく。世界の破片が遮られ見えなくなる。そういえば尾月やその先輩にお別れの言葉を言えなかった。
目指す先は、俺が行き着くことのできる、最も古い地点だ。
―――――――――――――――――――
目の前に自販機がある。
人相、体温、心拍数、脳波、その他諸々を診て一番適切な飲み物を勧めてくれるのは勿論のこと、体調や今日の運勢まで表示してくれる優れもの。
が、ガムテープで塞がれている。使用不可であることは伝わるのだが、原始的過ぎやしないか?
確認の為、取り出し口を手で触る。ややザラりとしていて、丈夫そうで……確かに網目の入っているタイプの布テープだ。
仕方がないので、タルパで精神の安定を図ることにした。本当は経口剤で済ませたいのだが、自販機が壊れているので止む無しむなし。
僕は落胆しながらコンビニへ向かうつもりだった。だが、背後から肩をぽゥんぽゥんされたので、何事かと思い僕は後ろを振り返った。
僕の視界には、純白の衣に純白の羽、純白の耳を頭から生やしてる変なオッサンがいた。あまりにも奇妙すぎる格好に僕は絶句するしか他はなかった。そのうち僕は「だ、誰ですか?!不審者なら通報しますよ!!」と言うつもりだったのだが(思えばあの恰好をしている時点で不審者ではあるが)、あまりにも沈黙が長すぎたんで、服も羽も耳も白い白いおっさんに先手を打たれた。
「おい、<俺>。」
うん、このオッサンはやはり不審者だ。目線は僕を向いてるのに、自分自身に言葉をかけている。これはまずい。とんだ頭のおかしい輩に絡まれてしまった。僕は早く近くのコンビニに駆け込み匿ってもらおうと走り出そうとした。だが、オッサンは僕が走り出す寸前に腕をギューっと掴んできたのだ。これでは逃げられない!
「お、おい逃げんな!融合するだけだから!!融合するだけだから!!!!」
融合ってどういうことなのだろう。僕にはわからない。だが一つだけわかる……絶対ヤバイことだということ。具体的にどうヤバイのかはわからないし、何がどういう意味でヤバイのかをうまく説明できない。ただ、オッサンは明らかに僕と"何か"をする目的でいるし、それは僕の身体を利用して行うということを感覚的に予想できた。危機察知能力とでもいうのだろうか。僕は助けを求めた。
「ぎゃーーーー!!!!!!助けてーーーーーー!!!!!!この人怖いひと!!!この人怖いひと!!!」
「ちょ叫ぶなってお前……!!!!」
僕のただならぬ叫び声に、近隣の方たちが集まってくる。バツの悪そうな表情を浮かべるオッサン。いい気味だ。そのまま人々の視線に耐えられなくなり、僕を捨ててどこかへ消え去ればいいのだ!
「何だ何だ……?」
「……何もないところで男が叫んでやがる。」
「ああ、あの人は怖いひとだ。近寄らんとこ。」
野次馬たちは、むしろオッサンではなく僕の方に奇怪な眼を向け、そのまま何事もないように去ってしまった。そんな馬鹿な……僕は、僕はおかしくない!どうして僕がこんな目に!!
「助けを求めても無駄だ!!!俺は!!!!お前にしか見えない!!!!何故なら……!!!!」
と、ここで俺は危うく<俺>に正体を言いふらしかけたが、俺は、お前の何なのかを。なけなしの理性が働いて何とか言いかけるギリギリのところで口を止めた。ふぅ、危うかったぜ今の。
……かといって、正体を晒さないまま融合融合言ったところで不審がられたままなのであって。それに<俺>はずっと俺に抵抗したままで、いつ俺が隙を突かれて<俺>に逃げられてしまうのかもわからない。だから、何とか俺の素性を100%知られない感じの……事実なようで、事実でない事を言うことにした。
「何故ならって……何だよ!!!お前は僕の何だっていうんだよ!!!!」
「何故かって……!!!!お前は、<俺>だからだ!!!!」
「いやだからわかんねえんだよ!!!!僕が<俺>ってどういうことなんだよ!!!!」
「あぁぁぁぁぁもうしゃらくせぇ!!!!!!このまま融合したる!!!!!!!!」
「ぎゃーーーーーやめてーーーーーーー!!!!!!!!」
俺は<俺>を抱きしめ、あの時と同じように、融合を果たす。……ここでも融合は出来るんだよ。ここは過去の世界でもあり夢の世界でもあるという事実。つまり精神世界にほぼ近いもんだ。だから、問題は、ない!!!!
「出でよ!!!!!『俺』-----------!!!!!!!!!!」
真実色に染まった二人は互いに引き寄せられていく。その中心、二人の間にまばゆい光が現れすべてを飲み込んでいく。自販機も、野次馬も、コンビニも、生ぬるいビールもカルパスも。
―――例の衝撃で気絶したまま野次馬共が横たわる中、僕は降り立った。―――僕?いや、俺?―――まるで自分の中に、2つの人間がいるような感覚だ。そういえば、さっきのオッサンが見当たらない。―――もしかして、あのオッサン……本当に文字通り、僕と"融合"を……?―――でも、僕の中にいるもう1人の人間は、どうも僕とは全く異なるものではないようだ。何だか、よく知っていて、何故か懐かしくも思えて……
―――その時だった。
「マルチャン!!!!!!!!!!!」
僕はひどい頭痛を感じた。地面に転がり転がり、まだ続く頭痛に打ちひしがれる。―――だが、強烈な痛みの末、僕は何だか悟りのようなものを開いた。
―――いや、悟りじゃない。僕は、目覚めたんだ。
この世界に戻って来た、俺として。
そして、救世主として。
「―――そうか。僕は、俺で。俺は、僕!この世界の真実も……あの自販機の正体も!!全部!!!!知ってる!!!!!!!」
痛みはいつの間にかひいた。そして僕且つ俺は、グイっと立ち上がった。
「我は救世主!!!!!!!!!愚かな人類とかぶっ殺して!!!!!!!!!!『俺』は!!!!!!!彼女に会いに行くぞォーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
俺の華やかなる復活と、新たな目覚めに、世界は、祝福のファンファーレをあげた。
「たるたる☆タルパ~☆☆☆☆」
「た~るぱっ☆た~るぱっ☆た~るぱっぱ~!」
「か~るびっ!か~るびっ!か~るび~のび~!」
「ピーガガッガピーガガッガ☆がーんががーんががーん!」
世界は揺らぎと共に、賑やかに踊り出す。辛いことも、悲しいことも、ひとまず忘れ、ただただ、踊り狂っていた。これは、パレードだ。エレクトリカルではないが素敵で夢心地のいいパレードだ。―――皆が笑顔に包まれる中、ただ俺だけが浮かない顔をし、世界の流れと同じように、ただ踊っているだけだった。
―――おかしい。こんな事になるはずではなかったのに。
かといって、俺はこの流れをどう断ち切ればよいのかもわからない。―――どうやら俺が救世主だと思ってたのは勘違いだったのかもしれない。俺と<俺>を融合した末路が、ただダンス・パーティーと化したこの世界でずっと踊り続ける運命だっただなんて。救世主だからこそ世界を救えると思っていた俺自身が、猛烈に恥ずかしい。どれもこれも、"彼女"に会いたいという願望を抱いたせいだ。救世主がたかが記憶の中の女のために翻弄しちゃうなんてさ。いっそのこと、自販機の下に挟まって、雨と埃だけ食って辛うじて余生を送りたい。
自責の念に苛まれながら、俺は救世主再誕のパレードに参加している。俺はひどく後悔してるってのに、俺を祝福するだなんてやめてくれよ。冗談にもほどがあるよ。お祝いの音はだんだん俺にとっては「ざまぁ見ろ」と言わんばかりの賑やかな半面、冷やかしにも聞こえてきて、後悔の次に生まれたのは怒りだった。パレードの連中は皆、タルパ、タルパと喚ていている。うるさい……だまれ……!!!!
「タルパなんてタルタルソース・パーティーの略じゃねえかぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!!!!!」
パレードのご一行は一斉に俺の方を振り向いた。―――さっきまでの歓びの音は鳴り止み、流れるのは、殺気に近い静寂。
「―――――タ――――ール―――――――パ」
「タルパ――――タルパ―――タルパ―――――」
「タルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパタルパ」
虚無の眼をした連中が、俺の下へ近寄る。やがて連中は俺の身体を這いづり回り、重さに耐えられなくなった俺は仰向けに倒れ込んでしまった。
俺がいくら「やめてくれ」と乞うても、ヤツらは言うことを聞かない。連中は間違いなく、俺を、"消そう"としている。俺の身体にまとわりついている連中は、俺から「力」を奪いとっているようで、だんだんと力が消えていくのをヒシヒシと感じる。このままでは、決定的な何かすら切れてしまう。―――俺は僅かな力で時空移動を試みたが、移動をするのに必要な力はもう、残っていなかった。
俺の身体に更に連中は乗っかってゆく。力を全て吸い取られて息絶えるのが先か、それとも奴らの重力に潰されて死ぬのか。―――もう、そのどちらかしかないのだろう。希望を失くした今、残るのは後悔と、破滅への恐怖。
連中はついに俺の顔の方にも乗ってきた。冷たい目が、俺の目線全てを覆っている。俺はこのまま、冷徹な目に睨まれながら消えるのだ。後悔と恐怖と共に。そして、さっきからボソボソと囁いている連中の声を聞き取った。
「―――タ―――ル―――タ―――ル―――ソース――――パーティー――――――」
それが、俺が最期に聞いた音だった。耳すらも聞こえなくなり、いよいよ全ての力を吸い取られる時が来た。―――後悔と恐怖はもう、消えた。だって、受け入れたから。―――にもかかわらず、俺は相変わらず、この強い想いだけを抱いていた。
――――俺は、"彼女"に、会いたかった。
「―――そんな顔されちゃうと、普通に心が痛むっての。」
モニター越しに救世主が滅びゆくのを確認した2人の監視者は、深いため息と共に、ぬるいコーヒーを口にした。
「―――余計なマネをしなければこうならずに済んだのに。何でこう、自分に力があるヤツってこんなにも無謀なことをするんですかねえ。」
「まぁ、何もせずジッとするよりかは幾分と面白かったじゃないか。―――あの時の神様と同じようにさ。」
「―――<全知全能の神>のことを思い出させないでくださいよ。あの人ホント、怖かったんですから……。」
「しかしまぁ、救世主も死んじまった今、上の方はもうカンッカンだろうよ。」
「まさか目を離した隙にこんなことになるとは思いもしませんでしたし……我々の管理能力不足も否定出来ませんね。思えば彼は初めから夢の世界を無意識に行き来できていたし、彼にはもっと厳しく監視すべきでした……」
「―――おっと、上の方が来たみてぃだ。おぅし、正座スタンバイだ。」
俺たちはキッチリ正座をかまして待機なう。いつでも怒られる準備万端だ!
「―――救世主―――いや、閠がもういないって考えると、何か急に寂しくなってきたなぁ。」
「―――そういや何で閠くんに本当の名前を教えてあげなかったんですか?たぶん彼、最期の最期まで自分を形而と思い込んだままでしたよ。」
「いやいや教えたさ。何なら、アイツとあの世界で"もう一回"接触した時から、既に俺はアイツの名前を言ってたさ。―――ま、いい反応なかったらそのままあの名前で呼んでたけどよ。てか、教えるんならお前だって教えてやったってよかったじゃないか。二人そろって名前で呼んであげないんじゃあ、分からねえだろうよ。」
「―――確かに私にも責任はありますが、そこはあなたが教えてあげるべきだったんじゃないんですか?仮にも、何度も"彼女"として接してきてたのに。…………とにかく、あなたにはめたくそに叱られてもらいたいですねえ。―――あなた、わざと目を離したでしょう?」
「おいおい、何だよ。俺が面白さを求めてヤツを自由にしたとでも??おいぉい、それはねぇぜ先輩。俺はそんな単純なヤツじゃねえぞ?」
「―――あなたを見てみると、私のことを呪うだの恨むだの憎むだの言いまくってた彼のことを思い出しますよ。」
「そんな顔するなよ~。俺のなけなしの良心が痛むって~。」
そして俺たちは、上の方からこっぴどく叱られ、厳重処分が下された。当面は世界の監視は上の方だけがやることになり、時期が来るまで、俺たちは世界の果てから追放され、指定された世界の住民として生活るハメとなった。もちろん、外の世界への移動なんて当然禁止な訳で。―――色んな世界を転々と行ったり来たりするのが大好きだった俺には厳しすぎるペナルティだ。でも、モニター越しでしか世界を見ることが出来なかった先輩は今回の罰で初めてモニターの向こう側に行ける訳だ。……同じペナルティだとしても、えらい違いである。何ならたぶん先輩、ペナルティをペナルティって思ってねえよ。
「―――ほんで、お前はどんな世界にポイされることになったの?」
「よくわからないですけど、思春期の子どもたちがたまに変な特殊能力を発症するっていう世界みたいです。……でもねぇ、初めてモニターじゃなくてこの眼で世界を見られる訳ですからね!何だか罰を受けるとは思えない気分ですよ!」
「……やっぱり思った通りだったな。ったく、お前普通の住民として世界に生活と思ったら大間違いだぞ。たぶんロクなもんじゃねえぞ。空にちょこんと現れる彗星役とかだよお前。」
「えぇ、彗星役って……生き物ですらないんですか。……でもあなたもいつぞやの世界では月でしたよね?」
「あぁ……そういやそうだったな。……まぁ、自由に楽しめや。」
「そうですね!……まぁ彗星だとしても、何らかの形で色んな人たちと関わりを持ちたいですねー。何なら私が近づくことで特殊能力がうんたらかんたら~とか!」
「ま、まぁ……あまり関わり過ぎて変な風にするなよ。」
了解です!という挨拶と共に、先輩はさっさと世界へと生活行った。……まぁでも、この場合なら、俺の方が先輩にはなるのかな。先輩、外の世界へ入るのは初めてだしなぁ……余計なことしなけりゃいいんだけど……。
「……さてと、俺も行きますか。」
俺の行き先は―――初めて行く世界だからわからんが、黙考県とかいう場所で生活することになるのらしい。……何だよ黙考県って。それにしても、時期が来るまでだから無制限ではないとはいえ、長期的なモノになるとは聞かされたからなぁ。飽きちゃったり嫌んなっちまったらどうしよう。そんな時、違う世界に移動できない苦しみをヒシヒシと感じることになっちまうんだろう。
でも、それでも悪くはないのかもしれない。違う世界に移動できないのなら―――同じ世界の中でも、その世界が少し違ったように見えるようにすればいいだけ。具体的にどうすりゃいいのかはわからんが。その術はまぁその世界での暮らしをある程度知ってから試してみるよ。
俺は一旦この世界の果てでの生活を終えて、新しい生活を送る。終わりと始まりってのはワンセットだと思ってる。表裏一体。終わりがあるから始まりがあるのであって、始まりがあれば、終わりだってある。始まることにビクビクするってのは終わりも恐れるってこと。―――まぁ俺だって全く不安が無いといっちゃあ嘘になる。まぁ皆そうだ。とりあえず、その時が来る段階になったら、その時で。そんな心構えでいようと思う。
「んじゃ、またな。」
また会った時は、あの日みたいにバカ騒ぎしようぜ。