とある博士の日常生活
「ぐぎゃあああああ!!!!!」
私は、慌てて消化しかかっていた体を【自己強化再生】で修復した。
ゲコゲコ
「少しは、ヌメっちを見習えっての!」
私は、先ほど抜け出した口の持ち主へと【魂糸】を刺し、【魅了】をする。
「はぁ、はぁ、はぁ……、ふぅ~、捕食後の生物への転生は、未だに慣れないわね。下手すると、今でも死ぬし……」
私は、キョロキョロと辺りを見回す。
そこは、ガラスケースの中だった。
ピョコピョコ
のそのそと、私が【魅了】で足止めした蛙以外の蛙が私の周りに集まってくる。
「ああ、ここって飼育ケースの中なのね……。んで、私は餌のコオロギかっ!?」
ゲコォ!!!
一斉に蛙が私目掛けて、口を大きく開ける。
「あわわわわ!!!!!」
私が思っていたよりも遙かに速い舌の動きに翻弄されてしまう。
ってか、一体このケースの中に何匹いるのよ!!
軽く数えてみたけど、20匹くらいいるんじゃないかしら?
やばい、250年くらい転生生活しているのに、久々のピンチだ。
転生先がコオロギで、それを餌にする蛙が20匹前後。
あー、これは【魂糸】を全部に突き刺して、【睡眠】の魔法かけてしまったほうがいいのかしら?
それとも、【重罪心疲】の奥義【覚醒停体】をしたほうがいいのかね?
私が、そんなことを考えながら、蛙の舌を躱していると、たも網でスッとすくわれた。
いや、救われたと言ったほうが正しかった。
救った人物は、かなり高齢の老人で、立派な髭を蓄えていた。
老人は、私を見ると、ニコっと笑ってこう言った。
「お久しぶりです、ギフト様……。良かった。もう一度、会いたいと思っていたのです……。私が死ぬ前に、間に合ってよかった……」
……その顔には、見覚えがあった。
随分と年を取ってしまったようだけど、目元や雰囲気は変わっていない。
「もしかして、恭太君?」
「ええ、覚えていてくださって、光栄ですよ。実に80年ぶりになりますかな?」
懐かしい友人を見る目で、にっこりと笑う老人は、私に初めて出来た友達の【皇恭太】君だった。
恭太君は、私を机の上に放すと、 ロッキングチェアに腰かけた。
あのときと同じく、魔法【共感】で会話を続けた。
「うわ~!すっごく懐かしいわね!!!!本当に久しぶり!!!!」
「ええ、もう会えないものかと思っておりましたから、本当に嬉しいですよ……」
どこか遠くを見るような目で、私に笑いかける恭太君。
私にとっても、彼にとっても、長い年月会えていなかった。
本当に久々の出会いだったのだ。
「いつか、ギフト様が、また会いに来てくださるのではないかと……、色んな生物を飼っていた甲斐がありました。まさか、蛙の餌のコオロギに奇跡が起こるとは思いませんでしたがね……」
そういって、恭太君は本当に可笑しそうに笑った。
よくよく周りを見渡せば、何十種類のガラスケースや檻や籠が置いてある。
その中には、様々な生物が元気良く暮らしていた。
愛情をもって飼われているのが、良く分かるような元気のよさだった。
「公平の馬鹿は、3年前に先に逝ってしまいましたよ……。あいつ、どっちが長生きできるか競争しようぜ!なんて言っておいて……、私に癌を隠したまま逝ってしまいました。本当に、馬鹿な親友でしたよ……」
「そう、公平君とは、親友になれたんだね……」
「ギフト様のおかげですよ。貴方に会えていなかったら、私の人生は、もっとくすんだものになっていたでしょう。本当にありがとうございます……」
キィキィっと心地よいロッキングチェアの音が部屋に響く。
私は、恭太君が幸せそうな顔で話をするのが嬉しかった。
「ねぇ、もしよかったら、私と別れてから今までのお話を聞かせてくれない?」
だから、私は恭太君のお話をもっと聞きたいと思ったのだ。
恭太君は、ちょっと驚いたような顔をした後に、笑顔で承諾してくれた。
家族が優しくなったこと。
公平君の勉強を手伝って同じ学校へ行ったこと。
初めて彼女が出来た時のこと。
その彼女と結婚したこと。
女の子の子供が生まれたこと。
子供が成長して嫁いでいったこと。
奥さんが亡くなったこと。
親友が亡くなったこと。
恭太君は、彼の人生を余すことなく話してくれた。
……恭太君は、80年ぶりと言っていた。
ってことは、これからの未来でも会えることは無いってことだ。
つまり、これが私と恭太君の今生の別れとなるんだろう。
「ああ、そういえば、ひよこちゃんとは、友達になれましたよ。小学校までは、一緒だったのですが、途中で彼女は来なくなってしまいましたな」
「そうだったんだね~」
どれくらいの時間がたっただろうか?
恭太君がうつらうつらと舟を漕ぎ、しばらくしてから慌てて起き上がり、目を擦る。
「あぁ、寝てしまっていましたか。申し訳ありません……」
「いいよ、もう恭太君、おじいちゃんだもん。無理はしないで……」
「ギフト様、僕、ギフト様のこと……みんなに伝えたんだよ……」
「うんうん……」
「みんな、信じてくれたんだよ……。みんな、みん……」
クゥー、クゥー、と静かな寝息が聞こえ始めた。
私は、寝てしまった恭太君を【念力】でベッドまで運ぶと、布団を掛けて明りを消した。
「おやすみなさい……」
ゆっくりとドアを閉めると、私は先ほどの部屋まで戻って、飾ってある賞状を眺めた。
それは、ギフトに関する論文による評価だったり、ギフトのことを研究した証だった。
「何冊も本を出していたから、知ってるんだよ、ありがとう、恭太君」
この世界で、ギフトの存在が広まったのは、私の転生現象が派手だっただけでは無かった。
とある博士が、ギフトについて研究して、世界中に広めたからだ。
おかげで私は、転生した先々で、面倒な説明を省くことが出来たし、あれこれ誤魔化すことも出来ていた。
「ただ、天使の使いってのは、失敗だったかな?恥ずかしい……」
皆が、私の事をギフト様と呼び、あまつさえギフト教なるものまで出来てしまっているのは、その博士がギフトを神様の使いだと紹介したからなのだ。
「本当に立派になっちゃって……」
賞状を授与した者の名前の欄は【皇恭太博士】と書かれていた。
幼稚園時代の夢を立派に叶えた生物好きの老人は、私の自慢の友達である。
本当ならば、こんなゆったりとした時間を過ごしている場合ではないのだけど……。
「こんな日もあっていいんじゃないかなぁ~……」
もし、私の存在がアダモゼウスに消される時がきたとしても、『後悔しない魂生を送ってきた』と胸を張れる時間を過ごしていきたい。
恭太君のおかげで、そう思えることが出来た。
抗う事も当然必要!
でも、それ以上にやりたいと思ったことをやる!
後悔の無い余生を過ごすのだ!!!
「余命宣告で、余裕も元気もなかったけど……少し心が軽くなったかな。本当にありがとう、恭太君!」
翌朝、起きてきた老人は、動かなくなっていたコオロギに顔をしかめた。
しかし、そのコオロギの脇に置いてあった紙に気が付くと、それを拾い上げて照れくさそうに頭を掻いたのだった。
その紙には、こう書いてあった。
「恭太君、本当にありがとう!大好きだよ!」
「お礼なんて、こちらが言いたいくらいですよ……。本当にありがとう、ギフト様……。どうかお元気で……」
老人は、ギフト教に伝わる幸運を祈る仕草をすると、その手紙を大切に抱きしめたのだった。
アダモゼウスが回収に来るまで、残り98年。
<今回の転生先で得たもの>
・余裕を持つことを覚えた。
・後悔の無いよう過ごすことを決意。




