老化
私は、素っ裸になった下半身を隠すために、スーツの上着を脱いでパレオの様に腰に巻いた。
命のやり取りをしている最中とはいえ、私は乙女である。
流石に男性器をプラプラと露出したままはいられない。
「くっ!油断し……ひっ!?」
私の股間をうっかり見てしまった青卵も、慌てて視線を逸らし、キョロキョロと落ち着き無さそうに辺りを見回していた。
ほのかに顔が赤い。
うむ、その気持ち良く分かるぞぃ。
木草樹に操られているとはいえ、基本は私である。
とっさの判断や、ついやってしまう癖のようなものは、どうしても出てしまうようだった。
私って、男性に免疫あんまりないのよね~……。
私は、パレオから男性器を青卵に見せつける様に足の角度を調整しながら、封筒の中身を再度まじまじと確認する。
偶然の出来事とはいえ、ラッキーだった。
まだ青卵は羞恥心のほうが勝っているようで、小さく悲鳴をあげた後に、顔を覆って私と距離を開けようと離れていった。
これで、しっかり物が確認できそうだった。
……それは、バッジだった。
木のような葉っぱのようなものが彫り込まれた、金属製のプレート。
後ろには、安全ピンのようなものが取り付けられていて、布に取り付けることが出来そうだ。
「なんだ……コレ?」
どう見ても只のバッジだった。
こんなので状況が逆転するなんて到底思えない。
とは言え、他に方法があるわけでもない。
私は、庭鳥さんを信じて、そのバッジを自分のワイシャツへ取り付けた。
ドクン……。
一瞬心臓が跳ね上がった。
「あ……れ……?」
そして、数秒後に激しい光に包まれた。
「なっ!?なんだ、この光は!!!!!」
「きゃああああああああ!!!!!」
「凛!!!」
遠くから、色んな人達の声が聞こえた。
あ……よく考えたら、人はいなかったわ。
植物と魂と蛙だったわね……。
そんなくだらないことを考えているうちに、肉体に変化が起こる。
ほうれい線が目立っていた顔の皺が伸び始める。
白髪交じりの髪の毛が、真っ黒に染まっていく。
皺だらけの肌が、瑞々しいく艶のあるものへ変化していく。
遠近の感覚が取りづらかった視点が、ゆっくりと標準が合うようになっていく。
「おぉ……、これは!?」
この世界では、鍛えただけ肉体は強くなっていく。
強さに際限のない世界と言えよう。
しかし、当然のことながら、この世界にも衰えというものが存在する。
いくら体を鍛えようと、どんなに修行しても抗えないものがある。
それが、『老い』である。
年齢を重ねるごとに生物は、肉体的、精神的に成長していく。
しかし、ある一定のピークを過ぎると、肉体は衰えを始める。
それは、生物が成長しきった後に、死に向かって進み始めるからだ。
皮膚が弛む、骨が脆くなる、腰が曲がる、目が悪くなる、髪の色が抜ける。
生物は、どんどんどんどん老化を始める。
生物が成長しきった最高の状態は、ほんの一瞬である。
しかし、その最高の状態を維持し続ける物が、この木草界には存在していた。
「嘘でしょ……」
青卵の驚きの声が聞こえた。
いや、一番驚いているのは、きっと私だ。
【巣作蜘蛛】の年齢は、還暦間際の57歳だった。
しかし、【千里眼】で自分自身の姿を見てみると、明らかにそれよりも若返っていた。
20代前半位の若者の姿に変わったのにも驚いたが、それよりも驚いたのが自身のステータスにだった。
HP:3521/9350
MP:3198/4211
力:18923
防:15329
速:22921
世界最強の生物が一番強かった時の姿へと戻っていた。
「よし、これなら戦えそうだ……」
自分でも驚くほど冷たい声が出せたと思った。
青卵を見てみると、涙を浮かべながら歯をガチガチ鳴らして震えていた。
既に、生物としての本能が敗北を認めているかのような表情だった。
「木草界最強の生物ならば、所持していても不思議はないか……」
木草樹は、若くなった凛の姿よりも胸に装備したバッジに目を奪われていた。
あれは、界宝十極の一つ【不老の証】。
効果は、装備した者の肉体を一番強かった時の状態へ移行させて維持する。
生物の中で、人の寿命は非常に短い。
長くとも80年くらい生きれば、十分生きたと言えるだろう。
80年なんて【サルト】の生物の平均寿命の6分の1程度だ。
だが、その分、人間は成長が早い。
それは、同時に老化が早いとも言える。
「まさか、ここまで【不老の証】の効果が表れるとは……」
少し若返っただけで、青卵が怯えるほどの強者へと強さが変化していた。
木草樹は、人の成長の早さを見くびっていた。
生物は、進化などしなくとも、鍛えることでどこまでも成長できるのだ。
「……まぁ、あんな玩具。我が力の供給を断てば、効果も無くなる……がな、しかし…………」
界宝九極は、超越蟲と同じく、木草樹からの力の供給を受けて、効果を発揮する界宝である。
故に、木草樹が力の供給を断てば、【不老の証】は効果を失い、ただのバッジと化す。
しかし、その供給を断つのを木草樹は、渋っていた。
もしも、力を断つのが超越蟲ならば、木草樹は、それこそドヤ顔で供給を断っていただろう。
だが、この界宝九極に関しては、そう簡単に断てない理由があった。
「むぅ……」
しかし、木草樹が渋っている間にも、凛は、怯えて身動きが取れなくなっている青卵の元へ歩を進める。
「……………………仕方があるまい」
木草樹は、苦虫を噛み潰したかのような声を上げると、界宝への力の供給を断った。
流石に、この最高傑作をここで手放すわけにはいかなかった。
木草樹にとって、それは苦渋の選択だった。




