守るべきもの
私は考え方をシフトして、なんとかヌメっちを逃がす方法を考えていた。
はっきり言って、万が一にも勝ち目がない相手に進化してしまっている。
レールが途中で切れているジェットコースターに乗り込む人がいないように、絶対に死ぬと分かっていて戦いを挑むほど、私は馬鹿ではない。
「ヌメっち、逃げるよ」
「させんよ?」
私がヌメっちに話しかけると同時に、地面が黒くくすんでいく。
「くっ!?霊界移動を封じられた!!!」
木草樹の中を通る【転送】が、使用不可になった。
この樹木、とことん熊側の味方をするようだ。
「ひどくない?……ヌメっちも【サルト】の戦士だよ?そっちばかりに肩入れするのは、あまりに不平等じゃないかな?」
「くっくっく、卵よ。そのためのお前ではないのか?お前がその蛙に付いているからこそ、私は熊に力を貸しているだけだよ」
くっそ、なんつー理論だよ。
少年サッカーの助っ人が、ただの大人と現役プロくらいの違いがあるってーの!
「……仕方ないかぁ」
もう、二人で逃げるのは無理。
ならば、答えは決まっていた。
「ここは私に任せて、ヌメっちは逃げて!」
恐らく、これ以上に良い選択は無いだろう。
私は、ここで命を落としても転生出来るけど、ヌメっちは、そうもいかない。
「アホか!なんで、逃げなきゃあかんねん!あの熊をまたやっつければ、万事解決やん!!」
ああ、この馬鹿は相手の強さがまだ量れる域に達していないらしい。
まぁ、見た目は汚いゴミの山みたいだし、気持ちは分からなくはないけど、見た目で判断するようじゃ、この先とても生きてなんかいけないぞぉ!
「……本当に馬鹿ね。いいから、私の言うことを聞きなさい」
「うっさいわ!親友置いて行けるか……いっ!?」
ごちゃごちゃうるさいヌメっちに、【重罪心疲】の奥義【覚醒停体】を軽く食らわす。
この威力ならば、10秒程度で動けるようになるようなものだ。
「 い い か ら 行 く の よ ! 」
私は、一言ごと区切るように、ヌメっちの目を見てそう言った。
真剣に目を見て言ったのだ。
これで、分からないようならもう知らない。
私は、ヌメっちに背中を向けて、熊の化け物と向き合う。
後ろの方から、歯をギリリと噛みしめる音が聞こえた。
「……先に逃げさせてもらうで。卵も、はよ逃げるんやで?」
「当然、そのつもりよ!」
10秒経過したのを確認するのと同時に、熊に向かって走り出す。
後ろでは、ヌメっちが大ジャンプで現場を離脱する音が聞こえた。
当然、熊は逃げていくヌメっちではなく、向かってくる私の方に狙いを定める。
よし、これなら時間は十分に稼げるはず!
今回の転生体は、【重罪心疲】の能力拳法の使い手だった。
なので、【重罪心疲】の扱いについては、【赤羽観梨亜】の次に使いやすい肉体なのだ。
私が極めた【重罪心疲】!
この肉体ならば、どこまで通用するか試してみよう……。
私は、【自己強化再生】を使用しつつ、【重罪心疲】の構えを取る。
防戦だけに徹して12分持った……。
いや、気合と努力で12分持たせたといったほうが正しいだろう。
熊は、恐ろしく硬く、そして強かった。
唯一の欠点とも言えるのが、速さだけだったのだけど、それでもヌメっち以上あるのだ。
【転移】と【攻撃予想処理】を駆使して避け続けて、どうしても避けられない時は、【重罪心疲】で受け流した。
それで、なんとか頑張れたのが12分だった。
もう満身創痍なうえに、体中が融けていて、更に状態も猛毒のオマケ付き。
はぁ……、とっとと転生して休もうっと。
今回は、木草樹と知り合えるなんて言う重要な情報も分かったし、有能な転生時間だったわね。
そう私が思って、肉体が死ぬ直前に嫌な感じがした。
これは、猪に転生したときに、トラバサミにかかってしまった時と感覚が似ていた。
そう、重要な何かを見逃してしまっているような感覚。
「フフフ、何処へ逃げようというのかな?卵よ……」
木草樹の声が聞こえた。
【アダモゼウス】とほぼ同格の強さを持つ者の声が……。
「はぁ?……わたし……い…ま…………死ぬとこ……なんですけど?」
ギクリと心臓を鷲掴みにされたような気分だった。
逃げる?
一体、なんのことを言っているのか……?
私は、必死で頭に浮かんできた考えを振り払う。
そんなこと、あっていいはずがない!
……出来てほしくない。
「始めの方は、仕組みが分からずに何度も逃げられてしまっていたが、なるほど……【転生】とは盲点だった。まさか、私以外にそんなことを出来る人物がいるとは思わなかったからな」
背筋に氷を突っ込まれたかのような感覚と絶望が私を襲う。
自然と体が震えてきて、久しぶりに恐怖を体験していた。
「だが、仕組みが分かれば、捕まえるのは容易い。……逃がさんよ」
一瞬のうちに木草樹の枝の一本が伸びてきて、それに生っている木の実が大きく口を開けて、私を飲み込んだ。
私の肉体は消化され、魂だけが取り残される。
「さぁ、捕まえたぞ……」
真っ暗な木の実の中で、私は誰にも転生できず、恐怖と孤独に震えていた。
「だっ、誰かぁ~!!助けてぇ~!!!」
目から涙が溢れて、初めて魂も泣けるんだと知った。
私は、完全に木草樹に捕まってしまったようだ。




