侵入者
一歩【サルト】に踏み入った途端に、全身に寒気が走る。
……見られている。
私の全身を嘗め回すかのように、じっくりねっとりと絡みつく視線の数々。
【サルト】に侵入した異端者を、ここの住民が観察しているのだろう。
ずいぶん昔に転生した【サルト】を探索した写真家を思い出す。
彼も、侵入と同時に視線を感じていた。
だが、住民はまだ襲ってはこない。
来るのは、外の国へ簡単に出られないほど奥に進んでからだ。
写真家の【歩み】のおかげで、少しだけ心に余裕が出来る。
同じパターンであるから、今はまだ大丈夫なのだろう。
私自身を【歩み】で視る。
HP:53/53
MP:2111/2291
力:81
防:91
速:77
名前や特殊能力は、省略。
【エンシェントドラゴン】のステータスを視た後だと、ものすごく頼りにならない。
私は、完全な魔法使いタイプだ。
魂だけの存在なので、MPと技術以外を鍛えても、転生後に引き継げないので無駄なのだ。
なんかのゲームで、最難関のダンジョンを一人きりでプレイしなくてはいけないシーンを思い出した。
あれは、確か伝説の装備を手に入れるためだったっけ?
まぁ、それで魔法使いを選択するやつは、少数派だろう。
その少数派の行動を、今まさにやってやらねばいけないのだ。
「はぁ……」
自然とため息がこぼれる。
指の先から出していた【魂糸】だが、今では頭の髪の毛と混ぜる形で出している。
【魂糸】は、魔法の発動に重要な存在。
攻撃にも防御にも使うものだ。
【魂糸】は、そこらへんの一般人には見えないけど、【ウラヌス】では見える人が山ほどいた。
攻撃や防御の発動時に少しでもカモフラージュ出来ればという苦肉の策である。
あと、髪の毛なら伸びてても気持ち悪くないしね。
全身から長い糸を生やした人とか、想像するだけでゾッとする。
馬鹿なことを考えながら、進んでいくと大きな滝のある川辺に着いた。
【位置情報】を魔法で確認すると、本当にまだまだ入口付近だ。
方角的には、この川を上流に沿って進んでいけば奥地のほうへ行けそうだ。
「よし、行くか……」
私が、一歩を踏み出そうとしたその時だった。
「ガゴォ!ガガゴォ!!!!」
向かいの川辺で30cmくらいの蛙が蛇に巻き付かれていた。
「ガガゴゴォ!!ガァガァ!ゴォゴォ!!!」
何故か、蛙は私のほうを見て必死に叫び続けている。
なんか『助けてぇ!』って叫んでるように聞こえなくもない……。
「いやいや、食物連鎖は止められないよ~!可哀そうだけど、その蛇ちゃんの餌になってあげてね!」
残念ながら、野生の世界は厳しいのである。
私は、蛙を見捨てて、上流を目指そうとした。
しかし、今まさに蛙を飲み込もうとした蛇が、私を見つけて動きを止めた。
あれ?もしかして、蛙に必死で私に気が付いていなかったのかな?
その瞳が私を睨みつけるように、私に固定されたまま動かなくなる。
そして、蛇は蛙の拘束を解いた。
「ああ、くっそ!声なんて掛けるんじゃなかったかなぁ……」
お決まりのパターンに下唇を噛む。
「シャアアアアア!!!」
全長10数メートルは、ありそうな蛇がこちらに大口を開けて威嚇をした。
「ああ、もう!!」
私は、【自己強化】を掛けて上流へ逃げようと駆け出した。
幸いにも、蛇は川の向こう側である。
泳げるにしても、こちら側に来るには時間が相当かかるはず……。
「!?」
ピョーン
軽い効果音とは、裏腹にいきなりの大ピンチである。
蛇だと思っていた物体には、まるでバッタを思わせる巨大な足が生えていた。
すっかり、忘れていた。
【サルト】の生物に、常識なぞ通用しないことに……。
蛇は、容易に川を飛び越えると、私の前に対峙した。
ボオォ!!
炎が燃えるような音とともに、蛇の体が赤いオーラのようなもので覆われる。
「【木縁樹草風華】!?」
容易に川を飛び越えるほどの力を持った蛇の身体能力が、木草樹の加護の力で10倍となる。
「……まったく、いきなり大ピンチじゃない」
私は、腰を落とした後に、左手を腰の後ろに構えて、右手を開いて前に突き出した。
【重罪心疲】の戦闘時の構えである。




