初めからこんなオチですか?
目を開けると、そこは深い森の中だった。
……いや、目を開けると表現したけれど、それは適切ではなかった。
だって、この体には瞼が無かった。
……大丈夫、大丈夫だよ、私。
よし!一旦、深呼吸して落ち着こう。
すぅ~、はぁ~。
お腹にある気門で、深呼吸をする。
……あれ?
普通は、口で呼吸するんじゃないの?
辺りをキョロキョロと見回すと、そこは高い木の上だった。
私は巨大な木の枝の先で、ゆらりゆらりと揺れていたのだ。
……ん?何かがおかしいな?
自分の手を確認すると、鎌状になっており、色は緑色だった。
あ!
私これ知ってる!
神様ゼミで習ったやつだ!!
いきなりの展開に、私の気持ちが一気にブルーになった。
……そうだね。
これは【蟷螂】だよね……。
まごうことなき、昆虫だね!
……おいおい、マジデスカ~。
生後1時間も経ってない私に、早速こんな試練を与えちゃうの?
神様って、残酷だわ~……。
まぁ、どうやら半分は私らしいんだけどさー。
いやでもさ、普通は……だよ?
普通は、初手人間じゃないのん?
そこで、色々と自分の立場を整理とかさせてくれるものじゃないのぉ~?
ちっくしょおー……、初めての転生だからどうすればいいのかまったく分からない……。
幸いにも知識だけは充実しているみたいで、転生をサポートしてくれるナビゲーターのような者がいなくてもなんとかなりそうだった。
……まぁ、とりあえず、自分の知識を確認してみよう!
私は自分自身がどこまで何を知っているのかを確認する為、基本的な知識を色々と考えてみた。
……ふむ、計算は出来るね。
一般常識なども、理解している。
だけど、戦闘方法や魔法、帝王学や医療知識など、専門的分野は、全然分からないなぁ~。
ふむり……。
これ、あれだ。
神様の魂という名の……ただの一般人だ!!
本当に生きていく上での常識的な知識しかないぞー!!
どうやって自分の知識を確認してみても、神様らしさの欠片も無かった。
……大丈夫なの、これ?
こう、奇跡的な力とか、念力とか、まったく使用出来そうもないんだけど……。
鎌の手で器用に腕組みをして深く考え込んでいると、突然、私の頭の中に思考が流れ込んできた。
んん!これは……?
沢山の兄弟たちと一緒に原っぱへ散らばっていく映像。
ひらひらと舞い踊る蝶を、鎌で引き裂き食べる映像。
自分より大きなトカゲに、精一杯の威嚇をする映像。
ふむ、なるほど……。
もしかして、これが前回の時に神様が言っていた『転生した生物の一生を理解する』ことなんだろうか?
というか、その為の力を授けるって言ってたから、これが私の常識外の特別な能力なのか……。
『転生対象になった生物が、生まれてから今までの【歩み】を視ることが出来る能力』
これから生まれてくる生命へ転生していたら、当然得られぬ知識。
一生を終えた肉体へ転生する私だからこそ意味のある能力だろう……。
どうやら今回は蟷螂へ転生して、狩りのやり方をマスターしたようだ。
…………いや、いるのかな?この知識!?
なんだか非常に残念な能力のような気がする……。
目の前をパタパタと飛んでいく蝶を、先ほど視た【歩み】の動きで捕まえる。
驚くほど自然な動きで、獲物を捕らえることが出来た。
すごいなぁ……、確か蟷螂って止まった獲物しか捕らえられないはずなのに……。
とりあえず、早速蝶を頂いてみる。
もぐもぐ……。
蝶……、美味しいなぁ……。
どうやら、味覚も蟷螂になっているようである。
……ふむ!
つまり、こうやって転生を繰り返して、彼らの【歩み】を拝見して、知識を蓄えていけばいいのか……。
私は、蝶を食べ終えて、深い溜息を吐き出した。
やれやれ、どうやらかなり大変な作業になりそうだ。
食べ終わった蝶の羽部分を、ポイッと木の下へ捨てた。
蝶の羽は、ひらひらと風で運ばれて、そんなに遠くない池の水面に落ちた。
ぴくっ……。
私の複眼が池を視界にとらえた瞬間、思考が黒く塗りつぶされていくのを感じた。
瞬間、私の体はまるで操られているかのように動かなくなった。
あ……れ?
……なんだ、これ?
体が思うように動かないぞ……?
私の意思とは裏腹に、蟷螂の体は腕と羽を広げて池の真上まで飛んで行き、そしてそのまま、池の中へ落下した。
一気に体中の穴から、水が侵入してきた。
ぐあ!
ぎゃああ!
カマキリって泳げるの!?
ってか、腹が水に浸かって呼吸ができない!!
私がパニックに陥ると同時に、グニュリとお腹の中が動く妙な感触がした。
え!?
……あれ?
もしかして、私……ハリガネられてね?
【ハリガネムシ】:カマキリなどの肉食虫に寄生する寄生虫。成体になると、宿主の脳を操作して、水に飛び込ませる。その際に、宿主の尻から池へ移動する。
おいおいおいおい!!!
噓でしょ!!!!
何?私、これから寄生虫プレイさせられるの!?
グネグネとお腹の中を動き回る感触が強くなり、お尻に激痛が走った。
ら、らめぇえええ!!!
ハリガネムシれちゃうぅううう!!!
私のお尻から3匹のハリガネムシが、元気よく飛び出した。
そして、グネグネと水中を動き回る。
そこで、プツリと私の意識が急激に薄れていくのが分かった。
ああ、もうらめぇ……。
ガクリと意識が落ちて、水の上に力なく浮かぶ。
水の中の大きな魚影が私に向かって大きな口を開けたところで、私の意識は完全に途絶えたのだった。
<今回の転生先で得た知識>
・寄生虫には気を付けよう!