界宝十極の1つ【蜘蛛の手】
状況は最悪だった。
そもそもあれだけの長い時を生きてきて、【超越蟲】に宿られていない参謀長達の方が不思議だったのだ。
私は、冷静に今を分析しようとしていた。
超越蛙に誘われるまま、快楽殺人者になっていた過去のせいで、【超越蟲】にトラウマがあったが、それも既に克服していた。
身近に2人も【超越者】がいれば、さすがに慣れるというもの。
さすがに蛙だけには、未だに苦手意識を持っているのだけども……。
「皆さん、構えてください!!」
実と呼ばれた青年は、体内に【超越蟲】を飼っていて、今、目の前で超越してみせた。
木草樹からの力を得た超越者は、まさに桁違いの強さとなる。
それに加えて、最悪の界宝【蜘蛛の手】所持者!
ギリリと、奥歯を噛みしめる。
まさかあんなに極悪な界宝を所持しているとは、夢にも思わなかった。
「あの界宝は、『8人の自分と同じ力を持った質量のある影を使役できるようになる』道具です!分かりやすく言うのならば、8体の分身を出現させる力のようなもの!一気に向こうの戦力は、8倍ってことです。本体も入れて、9人の超越者と戦わなければいけないってことです!!」
「そんなに厄介なものがこの世に存在するっていうの!?」
ズズズッ
実の足元の影が膨らみ動き始めた。
影は8つに分かれ、それぞれが真っ黒い実の姿に変わっていく。
2次元の存在が、3次元へと姿を変えていった。
実の足元の影が姿を消して、8体の真っ黒い実へと姿を変えると、それらは実の後ろに並び、命令を待機する兵隊のように直立不動で立っていた。
「さてと……」
実の言葉に私の喉がゴクリとなった。
実際に使用されていることを見るのは初めてだった。
前に先生から【界宝十極】について、詳しく教えてもらったことがあった。
だから、それらの性能については詳しく知っているけど、実際に見たことは少なかった。
私自身が使用のなんかは、昨日の【風受の靴】が初めてだったのだ。
私は、ちらりとZEROさんが履いている靴を見た。
同じ界宝でも、用途も目的も全然違う。
あちらは、言ってしまえば自分自身を増やせる界宝だ。
様々な効率を上昇させることが出来る。
先生から聞いた唯一の欠点は、『8人の影達は、所有者の特殊能力などの特別な力まで持つことが出来ない。あくまでも、力や速さなどの単純的な強さだけの分身だ』という事らしい……。
それを聞いた時には、意外にもそんなに最悪な界宝とは思えなかった。
私自身が特殊能力をよく使用していたので、使用できない影にそれほどの脅威を見いだせなかったのだ。
しかし、実際に目の当たりにすると、その性能の凶悪さに冷や汗が流れる。
単純に実と同じだけの強さを持った影1体ならば、大したことが無かっただろう。
……だが、彼は超越していた!
影達は、超越後の強さで現れているのだ。
それが8体である。
今、私達の目の前にいるのは、9人の超越者たち。
圧倒的な戦力差に泣きそうになる。
一人当たり、平均して2人とちょっと相手取らなければいけないわけで……。
超越した実でさえ、私とZEROさんと神楽坂姉妹でかかって勝てると思っていたくらいだったのに……。
こうなったら、先手必勝しかない!
「ZEROさん!私達が、影の相手をします!!貴方は、本体を倒してください!!界宝は、所有者が死ねば自動的に解除されます!なんとか、私たちが生きているうちに本体を……」
「させると思うか?」
既に影達は、動き始めていた。
私達1人に対して、2人の影が相手につく。
「ぐっ!!」
私は、両手に握った【千雨】と【時雨】で、2つの影を相手取る。
影達は、武術のような構えで私達に襲い掛かってきた。
……読みが甘かった!
影を相手取ってすぐに、私はそう感じた。
私でさえ2人の攻撃を捌くだけで、周りの様子を見渡す余裕すらないほど追い詰められてしまったのだ。
きっと、ZEROさん以外の2人はボコボコにされているだろう……。
これでは、卵さんが来てくれても、なんともならないんじゃないだろうか?
そんな弱気な事すら頭をよぎった。
ギン!ザザッ!ギャリィ!ギギ!!
ひたすら相手の攻撃を受け流す、防戦一方の展開が続いた。
影には口もないので、物も言わずに淡々と攻撃を繰り返していた。
それに加えて、疲れもないらしく、動きが鈍る気配もない。
只々、こちらの体力が削れていくだけだ。
どれくらいの時間が経ったのか分からない。
それぐらいに集中し続けていないと、とても2人の超越者ほどの実力者の相手なんかできなかった。
力も早さも技術もあるのに、動きが単調だと気が付いた時だった。
「待たせたわね!!」
そう言って卵さんが、姿を現したのだった。
その声に実自身が意識を奪われたのだろう。
一瞬、影達の動きが止まったのだ。
私は、その隙をついて辺りを見回した。
そして、絶望する……。
息も上がった状態で4人もの影を相手取っていたZEROさんは、血だらけだった。
一葉ちゃんは、自慢の腕が変な形に折れ曲がっていながらも、必死に一体を相手取っていた。
双葉さんは、雷化している為に傷自体は無いが、もういつ雷化が解けてもおかしくないほど電気を消耗しつくしていた。
「……遅いぞ、先生!!」
「悪かったわ、ZERO!!」
急いで卵さんが、ZEROさんの助太刀に入っていった。
きっと弟子達に影2人は荷が重いと判断して、ZEROさんが彼女達の影を余計に担当したのだろう。
4人の影を相手取り、生きてこそいるがもうボロボロの状態だった。
卵さんが助っ人に入ったが、あれではそれぞれが2人を相手取るのに精いっぱいだろう……。
駄目だ!
これでは、ただの消耗戦だ!!
こちらがいずれ負ける完全敗北で決着してしまう!!
とは言え、それが分かっていても身動きが出来ない。
誰一人、本体へ攻撃を仕掛けることの出来る余裕なんて無いのだから……。




