腹が減った患者
「どうやら、私に一時的に【木草の巫女】の力が宿ったみたいですね……。この子から力が流れてくるのを感じました」
私は、トランス状態が解けたかのように振る舞うと、遠回しに赤ん坊を大事に育てる様にと、釘を刺しておいた。
口からの出まかせだが、こう言っておけば、男児の赤ん坊でも大事に育ててくれるだろう。
「おぉ……おぉ……、そうかい、そうかい……。【木草の巫女】は、生まれるかい……」
大粒の涙を流しながら、曾孫を抱き上げる老婆。
老婆は、思いっきり頬ずりするが、タバコの臭いが嫌なのか、赤ん坊はイヤイヤと手で抵抗をしていた。
「本音を言うとねぇ……。私は、あの子にこの子を産んでほしかった。でも、里の事とあの子の体の事を考えると、どうしても許可を出すことが出来なかったんだよ……。もし、この里で産ませてあげられていたら、千鳥も助かったかもしれないのに……、本当に馬鹿なおばあちゃんだよ……」
そう言う老婆の横顔からは、後悔の感情がにじみ出ていた。
ふむ、このおばあちゃんがいるのなら、この子は、無事に大きく育つだろう。
さてと……、あまり時間が無い。
時刻は、既にお昼を回っていた。
あと、半日もすれば、私の強制転生が始まってしまう。
その前に、あの帝国軍をなんとかしなくては……。
「では、そろそろ失礼をさせていただきます。私は、これから用がありますので……。赤ん坊をよろしくお願いいたします」
私は、そう言って部屋を出ていこうとしたが、老婆に止められてしまった。
「待ちな!恩人をタダで帰すなんざ、私達に【木草樹】様の罰が当たっちまうよ!せめて、昼飯を御馳走させておくれ……。それと、服だ。さすがに、その服は汚れすぎているからねぇ……」
私は、自分の姿を見た。
なるほど、確かにあちこち泥で汚れてしまっている。
戦火の中を駆け抜けたし、出産もしたし、森も抜けたし、そりゃ汚れるか……。
くぎゅう~……。
タイミングの良いところで、お腹が鳴ってしまった。
「……お呼ばれします」
私は、少しだけ頬を染めて、そのご厚意に甘えた。
老婆が手を叩くと、廊下からお手伝いさんが現れた。
「この客人に、新しい巫女装束を一着差し上げな。それと、昼食の準備だ。豪華な奴を頼むよ!」
「はい、大婆様」
お手伝いさんは、老婆に向かって軽く会釈をすると、私を案内するように廊下へ出た。
そして、私は、お手伝いさんに促されるままに、綺麗な巫女装束が置いてあった部屋に通された。
「こちらで、お着換えくださいませ。では、昼食の準備が出来ましたら、お呼びいたします」
お手伝いさんは、丁寧に頭を下げると、廊下へ出ていった。
「まぁ、せっかくだし、着替えますか……」
私の着替えが終わって、少し経った頃、ふすまを軽く叩く音が聞こえた。
「申し訳ありません、千鳥の旦那の【充】です。入ってもよろしいですか?」
「ああ、どうぞ」
少しの間が開いてから、ふすまが開かれる。
そこには、目を真っ赤に泣き腫らした旦那さんが赤ん坊を抱っこして立っていた。
「大婆様から、【木草家】の皆に通達があり、事情を聞きました。本当に、ありがとうございました、鈴蘭さん。私は、もっと妻の事を考えてあげるべきでした……」
「……いえ、事情は分かります。奥様へ注いであげたかった愛情は、その子へ注いであげてください。きっと、それが奥様の為であり、奥様への懺悔となるでしょう」
里には、それなりの人間が住んでいる。
とても平和な田園風景が広がる自然あふれる田舎といった場所だ。
この里を守るために、この旦那さんもさっきの老婆も心を鬼にして、堕胎を勧めたのだろう。
大切な一人を犠牲にして、その他全てを守ろうとしたんだ。
本当に辛い選択をしたんだと思う。
その泣き腫らした目や疲れ切った顔を見ていれば、それが良く分かった。
「はい、ありがとうございます。……そして、これは、もしや鈴蘭さんの物ではないでしょうか?」
旦那さんは、頭を下げた後に、胸元から一枚の紙きれを私に差し出した。
「これは?」
「はい、実は、この子を包んでいた布の中に入っていたものでして。始めは、妻が私に充てた手紙だと思ったのですが、文字が別の国の言葉で書かれていて読めなかったので、もしやと思い……」
私は、旦那さんからその手紙を受け取ると、目を通した。
「……ふむ、確かに私宛の手紙ですね」
これは、今の時代の全ての人間が読むことが不可能だろう……。
私は、この手紙の文字を見て、感心してしまった。
なんせ、この文字は、魔法文字と言われる【ウラヌス】で開発された未来の文字だ。
こんな文字を書ける奴なんて、私の知っている限り一人くらいしかいない。
差出人の名前を見て、思わず口元がにやけた。
そこには、こう記されていた。
【卵より】と……。




