聖域
「はぁ~……、これまた厄介な事になったねぇ……」
木草家の大広間にて、私は赤ん坊を抱いたまま、老婆の前に座らされていた。
先ほど、千鳥についての説明を終えたところだ。
とりあえず、こんな感じで説明した。
・私は、旅の僧侶であり、この里の噂を聞いて、この里の神の巫女に会うために、この里を目指していた。
・森の中で野営をしていると、妊婦の女性が駆け寄っていた。
・彼女は、千鳥という身重の女性で、今にも出産しそうな状態だった。
・私は、出産を手伝い、女性はなんとか赤ん坊を出産した。
・しかし、出産の体力消耗で、女性は息絶えてしまう。
・息絶えてしまう前に、自分の正体と里、【木草家】の事を話して、赤ん坊を私に託した。
・その託された赤ん坊と共に、木草家を訪ねた。
少し無理があるかもしれないけど、これで誤魔化した。
ふふふ、私ってば、策士だねぇ……。
脚本家になれるかもしれない!
まさに、完璧のシナリオだ!!
「まぁ、赤ん坊の事は、素直にお礼を言っておくよ……。ありがとう。……で、なんであんたは、千鳥の服を着てるんだい?本当は、追剥ぎの類じゃないのかい?」
キセルの吸い殻を灰皿に、カツーンと落として、ぐいっと老婆は体を乗り出してきた。
……はい、前言撤回!
ダメダメな穴だらけのシナリオでした。
そうか、そういえば服装は、ここの巫女の物だった。
なんで、こう大事なところでいつも私は抜けているんだろうかねぇ……。
「……これは、無償では悪いという千鳥さんからいただいたものです。私の元の服は、ボロボロでしたし、ちょうど巫女の服という事で、僧侶としても都合がよかったので……。とはいえ、配慮が足りませんでした。申し訳ありません」
私は、そう言って深く頭を下げた。
とっさの思いつきにしては、我ながら良い言い訳だったんじゃないだろうか?
私は、【千里眼】で老婆の様子を盗み見た。
老婆は、しばらく黙っていたが、やがて大きくため息を吐いて、少し頭を横に振った。
「ああ、こちらが少し意地悪だったね……。すまなかったよ。なんにせよ、あんたは、私の孫娘を看取って、曾孫を救ってくれた恩人だ。いや……、頭では理解しているんだがね……、正直なところ、まだ整理が追い付いていないんだ……。色々、立て続けに起こっているからね……」
老婆は、疲れ切った顔で、キセルにタバコを詰めた。
しかし、赤ん坊の姿を見て、眉をしかめて、キセルを置いたのだった。
「いかん、いかんねぇ……。赤ん坊の前でタバコなんて吸うもんじゃない。はぁ……、それにしても、千鳥が亡くなったことは、精神的にも、里的にも深いダメージだよ……。さてさて、一体、どうしたものか……」
「あの……、差し出がましいようですが、一体、何が起きているのか、教えていただけませんか?千鳥さんから、里の事や【木草の巫女】のことを聞いてはいますが、先ほどの軍服の方々は、一体誰なのでしょうか?」
老婆は、ちらりと私を見ると、何度目かの溜め息を吐き出した後に、ぽつりと話し始めた。
「あいつらは、連合帝国【アダモグランディス】の内の一国【サーベルアダモ】の参謀長と、その兵隊共さ……。やつらは、この世界の御神木【木草樹】様すら恐れない無敵の軍隊だと思い込んでいる哀れな人間たちだよ。……まぁ、実際、やつらが崇める神【アダモゼウス】ってのは、相当に厄介なようでね。各帝国の参謀長に【神託】を授けて、実際に帝国を築き上げちまった」
老婆の【アダモゼウス】という言葉に、体が一瞬ピクっと反応するが、幸いにも老婆には悟られなかったようだ。
老婆は、そのまま話をつづけた。
「前にも、ここに乗り込んできたんだが、その時は【アダモゼウス】から【神託】が下り、『巫女が生きている限り、この土地に手を出すことは許さない』と言われたらしいんだよ。まぁ、こちらとしては、幸いでしかないよねぇ……。そこで、私たち一族は、【木草の巫女】の存在を絶やさない様にしていて、奴らは、毎月【木草の巫女】の存在を確認するようになっていたのさ……」
「ここの守護神である【木草樹】様は何と?」
「………………【アダモグランディス】の兵隊は、私の力の範囲外。お互いの神同士が、不干渉を貫いていて、その土地に住む者同士で解決しなくちゃ駄目だとさ」
その言葉を聞いて、私はやっぱりと呆れてしまった。
あのヘタレ樹木は、【アダモゼウス】が怖くてたまらないのだ。
下手に【アダモゼウス】の怒りを買いたくないので、不干渉を貫きたいのだろう。
そして、住民が【アダモグランディス】の兵隊に手出しをしたら、彼らが勝手にやった事にして逃げるつもりだ。
何千年も前から【木草樹】を祀ってきた一族を、【アダモゼウス】が怖いからって見殺しにするかねぇ……。
………………いや、残念ながら痛いほどに【木草樹】の気持ちが分かってしまう。
あの化物だけは、特別な存在だ。
彼女の力を知っている私や【木草樹】にしか、この気持ちは理解できないだろう。
出来る事ならば、一生関わり合いになりたくないほど、上位の存在なのだ。
その為に、見捨てられる存在だったら、私でも見捨てている。
ただ、私と【木草樹】には、決定的な違いがある。
……それは、見捨てられる者の差だ!
私は、私と関わった人、全て見捨てたくはない!
【木草樹】に見捨てられた、この里の人を見捨てたくはない。
「…………今、【木草樹】様から、【神託】を授かりました」
私は、【魂糸】を利用して、自身の体を発光させた。
その様子に、老婆は驚いたように目を見開いた。
そりゃ、そうだろう……。
私が千鳥の【歩み】を視て、【神託】の様子を再現したのだ。
つまりは、私が【木草の巫女】を再現したのだ!
「この僧侶が、【アダモグランディス】の兵隊を滅ぼすだろう……。千鳥の赤ん坊が成長して、結婚をした女性より、新たな巫女が生まれる……。それまで、大切に育てるが良い……」
まるで誰かに操作されているかのように、虚ろな目をして【神託】をでっち上げる。
感謝しろよ、里の人間たちよ。
「【木草樹】様……。ははーっ!ははーっ!【ご神託】、承りました!!」
私に向かって、ボロボロ涙を流しながら土下座する老婆。
その様子と、腕の中で無邪気に微笑む赤ん坊を見て、私の決心は揺るがないものとなった。
平和に暮らしていた人たちへ、わざわざ戦争を吹っ掛けに来るなんて馬鹿げてる!!
この卵ちゃんが、この里を守ってあげようじゃないか!!
そう思った途端、なんか胸の中が温かい気持ちで満たされた。
まるで、私の中にいる誰かが喜んでいるような不思議な感覚だった。




