大好きなお兄ちゃん
時代は、始まりの国【マールド】が出来るよりも遙かに前のとある国。
その国の路地裏で、みすぼらしい服を着た幼い少女と青年が、上等な服を着た屈強な男たちに囲まれていた。
「へっへっへ、お前、只の町民だろぉ?俺様達は、兵士様だぜぇ?」
「僕が渡せるものは、お金でも食べ物でも、何でも差し出します……。でも、妹だけは差し出せません!」
私は、お兄ちゃんと二人で買い物に来ていた。
今日は、私の12歳になる誕生日だ。
お兄ちゃんは、私がずーっと前から欲しいと言っていた熊のぬいぐるみをプレゼントしてくれると、私を連れだしてくれたのだ。
私たち兄妹は、戦争で両親を失い、教会に育てられた。
教会は、孤児のたまり場となっていて、1年に1人、16歳未満の女性が、この国を統治する閣下の元へ嫁ぐこととなっていた。
今まで私は、お兄ちゃんがいて庇ってくれていたから、お嫁に行くことはなかった。
でも、今回とうとう私の番になってしまったのだ。
明日、私は閣下の元へお嫁に行くことになる。
その前の誕生日に、お兄ちゃんが奮発してぬいぐるみを買ってくれることになったんだけど、町で兵士に囲まれてしまった。
この国では、国民と兵士との間に、凄まじいまでの格差がある。
奴隷と商人並みといえば、分かりやすいだろうか?
その兵士は、何故か、私を血走った目で見ていた。
教会の先生たちが、閣下に失礼のないようにと、真っ白いワンピースを見繕ってくれた。
本当ならば、明日、新品のこれを着て閣下の元へ行かなければならなかった。
でも、最後になるかもしれないお兄ちゃんとのお出掛けだったから、私はこっそりと新品のワンピースに袖を通してしまったのだ。
お兄ちゃんは、それを知っていたにもかかわらず、怒らないで可愛いって褒めてくれた。
街に出るまでは、本当に楽しいお出掛けだったのに、なんでこんなことになってしまったんだろう?
私たちは、兵士達に、人通りの少ない路地裏の方へ、押しやられて、袋小路で囲まれてしまっていた。
「おいおい、にーちゃん!お前、拒否権なんてあると思ってんのか?俺たちゃあ、兵士様だって言ってんだろーが!」
「誰であろうと、妹を渡す事は出来ません!それに、この子は、明日、閣下のところへお嫁に行きます……。貴方たちこそ、閣下のところへ嫁入り前の娘に手を出したら、まずいのではないですか?」
「……閣下のねぇ~」
じりじりと、お兄ちゃんと私の元へ近寄ってくる兵士達。
お兄ちゃんは、私を庇う様に前に立つと、一歩も引かずに兵士達を睨みつけた。
「なんですか!閣下に対する、不敬罪で憲兵に捕まりますよ!それでも、いいんですか!!」
「構わねぇ~よ。俺たちが、その『憲兵』だからなぁ!!」
「なっ!?」
そう言うと、一番手前の兵士が、お兄ちゃんを思いっきり殴りつけた!
お兄ちゃんと、その兵士には、およそ倍くらいの対格差があった。
お兄ちゃんは、簡単に吹き飛ばされて、壁に叩き付けられた。
「お兄ちゃん!!!」
私は、急いでお兄ちゃんの元へ駆けつけようとした。
だけど、それは太った兵士に止められてしまった。
「いや!いやぁ!!離して離してぇええ!!!」
太った兵士は、私を引きずり倒すと、私の上にのしかかってきた。
重量のある大人が、子供である私の上に乗っかっているのだ。
子供の私の力では、何もできなかった。
「やっ、やめろおおおお!!!妹を放せ!!!」
お兄ちゃんがよろけながらも、腕を振り上げて兵士に向かっていくが、そんなお兄ちゃんに、兵士は容赦なく顔面に拳を叩き込んだ。
堪らず倒れこんだお兄ちゃんを、今度は3人で思いっきり蹴飛ばし続けた。
「いやぁ!いやああ!!お兄ちゃん!!お兄ちゃん!!!!」
思いっきりお兄ちゃんに手を伸ばすが、上に乗っかっている兵士のせいで、私の体はビクともしない。
「あぐっ、いもうと……あっ!がはっ!!…………はな……ぐぅ!……はぁはぁ、せえ!!」
体中あざだらけで、穴という穴から血を吹き出しながらも、お兄ちゃんは、兵士を睨み続けていた。
その様子に、一番背の高い兵士は感心して、何かを思いついたように手を叩いた。
「ふむ、どうやらお前は、相当この妹を大事にしているらしいな!」
「当然……だろぉ…………。たった一人の……家族なん……だから……」
息も途切れ途切れのお兄ちゃんの様子を、にやにや見つめ続ける兵士達。
何故、こんなにも残酷なことが出来るのだろうか?
私は、恐怖のあまり、ガクガク震えて、涙が止まらなかった。
「では、こういう事にしよう!『大好きな妹を持つ兄は、その愛ゆえに閣下に妹を捧げる前に我が物とする。妹をキズモノにした後、妹を殺して、自分自身も自殺する』。ふふふ、悲しい愛の物語じゃないか……。感動すらしそうだぞ!」
「!?」
その兵士の言葉に、私とお兄ちゃんは、絶句した。
この兵士達は、自らを憲兵だと言っていた。
だとしたら、事件なんていくらでもでっち上げられるのだろう……。
つまり、私とお兄ちゃんは、殺される。
私は、その前に……。
「ひっ、ひぃいいいいい!!!!」
太った兵士が、顔を近づけてきて、私の涙を舌で舐め取る。
現実に迫ってきた恐怖と気持ち悪さで、私は失禁してしまった。
「おっ、こいつ漏らしやがったぜ!」
「おいおい、これからヤルってのに、萎えさせるんじゃねーよ!」
「ぶっふっふーぅん!むしろ、興奮するじゃないのぉん!!」
兵士が口で、私を辱める。
なんで、なんでこんな幸せな日に、こんな目に遭わなくちゃいけないんだろう……。
こんなに残酷で残忍な兵士を見たのは、初めてだった。
「ん~、ちゅうしようねぇ~、ちゅう~」
「んんんんっ、うげぇ……ううっ、うぼぉ!」
太った兵士に顔を固定されて、無理やり唇を奪われた。
毎朝、起きるときにお兄ちゃんがしてくれるような優しいものではなく、全てを蹂躙するような、奪うような狂ったみたいな激しいキス。
それだけで、私の心は折れようとしていた。
「やめろぉおおおおお!!!!妹を返せぇええええええ!!!!」
血だらけで寝転がっていたお兄ちゃんは、歯を食いしばって立ち上がると、太った兵士に向かっていった。
お兄ちゃんが助けに来てくれた!
喜んだ私の耳に、無慈悲な声が届いた。
「うるさいよ、君」
太った兵士は、腰から拳銃を抜くと、ためらいなく引き金を引いた。
まるで、スローモーションのように景色がゆっくりと動く。
拳銃から出た弾は、お兄ちゃんの額に命中して、後ろから出ていった。
がくんっと、お兄ちゃんの体が前に倒れこんだ時に、噴き出た血が頬にぴちゃりとかかった。
「あ……え?」
気が付くと、私の前でお兄ちゃんは、うつぶせに倒れていた。
後頭部は、見るも無残な状態になっていて、頭から流れ出た血が、徐々に徐々に周りに広がっていく。
「え?……え?お兄ちゃん?」
私は、この出来事を受け止めきれなかった。
お兄ちゃんがなんで倒れてるのか分からなかった。
そんな私の顔を覗き込みながら、太った兵士がにやにやと嫌らしい笑みを浮かべながら、拳銃を見せつけてきた。
「ごめんねぇ~、君のお兄ちゃん、殺しちゃったぁ!」
途端に、視界が暗くなる。
ふらっと意識が遠のいた。
その一言で、完璧に私の心は折れた。
現実が、どこか遠い出来事の様に感じる。
ワンピースが引き裂かれたような気がしたけど、もうどうでもよかった。
私は、お兄ちゃんがいたから、この世界を愛せていたのだ。
お兄ちゃんがいたから、幸せだったのだ。
お兄ちゃんがいたから、生きていたのだ。
お兄ちゃんがいなくなったのだったら、もう生きていてもしょうがない……。
全てに絶望をしたから、一瞬何が起きたのかわからなかった。
兵士は、お兄ちゃんの遺体を見て、口々に何かを叫んでいた。
私もつられてお兄ちゃんの方を見ると同時に、辺りを爆音と稲光が包み込んだ。
閃光が止んだ後、何故か死んだはずのお兄ちゃんが立ち上がっていた。
その瞬間、私の世界が再び彩を取り戻したのだった!




