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指切り  作者: 直井 倖之進
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第三章 『雄介の死』②

 ここの地下駐車場は、広さの割に駐車してある車が少ない。得意先と一部の重役だけが利用できるようになっているからだ。専務である雄介は、当然この地下駐車場を利用していた。因みに、社員の大部分が使う一般駐車場は屋外にある。

 場内を真っ直ぐに歩き、雄介は自分の車に乗り込んだ。

 エンジンをかけ、前方の液晶時計を見る。時刻は、午後五時二十分。こんなに早く退社するのは久しぶりのことだった。

 オートマチックのギアをドライブに入れると、彼はゆっくりと車を発進させた。

 会社の敷地を出て国道に入った雄介は、「途中で少し買い物をして帰ろう。ワインに合う食材でも探してみるか。あ、そうだ、小百合にちょっとしたプレゼントも。記念日というわけじゃないけど、まぁ、いいだろう」など、色いろなことを考えながら、地元に向かって車を走らせた。


 現在、全国各地で見られるドーナツ化現象はこの県でも(けん)(ちょ)で、会社は市の中心部にあるのだが、雄介のマンションは、そこから三十キロメートルほど離れた住宅街に位置していた。真澄の住居も同じ地区である。住宅街とはいえ、車で七、八分の最寄りの駅にはデパートがあり、アーケード付きの商店街には、ブティックや飲食店、映画館などが建ち並んでいる。駅近郊には総合病院もあり、生活するには快適な街だ。

 しかし、逆に面倒なこともある。通勤に時間がかかるのだ。距離としては三十キロメートルなのだが、朝は中心部、夕方は郊外へと車は流れるため、その時間帯は渋滞が多く、片道一時間ほどを要してしまう。

 この日もそれは例外ではなく、雄介が駅のパーキングに車を停めたのは、午後六時半になろうかという時刻だった。


 急ぎ足で雄介は、商店街の中にある小間物屋へと向かった。昭和初期から戦火を逃れ平成の今日まで、ずっと同じ場所にある店だ。アクセサリーショップなのだが、小間物屋と言ったほうがしっくりくるのは、その佇まいからだろう。

 親子孫と続くこの小間物屋は、今は三代目の四十代の女性が経営している。その女性から雄介が聞いた話では、何でも初代は、この界隈では有名な“モガ”だったらしく、自分で身につけていた輸入装飾品を売りに出したのが始まりなのだそうだ。因みに、“モガ”とは、昭和初期に使われていた“モダンガール”の略語なのだとその時に教えてもらった。

 昔はブランド品のネックレスやブレスレットを扱っていたが、現在は和装に合う装飾品を販売している。いわゆる和洋折衷というものだ。中でも西陣織を使って作られたリボンやカチューシャは人気だった。

 着付け教室に通うほど和服が好きな小百合へのプレゼントを探すには、まさにうってつけの店だったのである。


 雄介は、閉店間際の店内に駆け込んだ。

 いくつかの品を見て回ったあと、彼は、店の隅に置いてあるアンクレットに目を留めた。赤の布地に簡単な金の刺繍が施されたシンプルなアンクレットだった。

 専務の役職にある今、本当は見る必要などないのだが、彼は無意識に値段を確認した。幼いころからの生活習慣は、簡単には抜けないものなのである。

 ……安い。恐らく着物の一部分のリサイクル品なのだろうが、それにしても安かった。

 驚くほどに安価なのが気にかかり、雄介はそのことを店の女性にたずねた。

 すると、女性は、

「あ、それですか。それ、実は失敗作なんですよ。B反の傷のない部分を再利用して作ったんですけど、ほら、着物ってお色が綺麗で目立つでしょう? それに長いし。だから、足下をお洒落しても気づいてもらえないんです。そのせいでまったく売れなくて。そういう理由で、お安くさせてもらっているんですよ」

 と答えた。

 「なるほど。確かに着物に合わせることはできないだろう。だが、洋服だったならば、この季節、ミュールを履いた足につけるにはいいかも知れない」そう思った雄介は、迷わずそのアンクレットを買った。

「ありがとうございました」

 女性店主の声に送られながら、雄介は店を出た。

「あとは、デパ地下でワインに合うパスタでも探すか」

 本体は閉まっていても、地下だけは午後八時まで営業しているこの駅のデパートは、時間的な利便性においてスーパーのそれと大差ないのである。

 彼は、駅に隣接するデパートへと向かって歩き出した。


 現在時刻、午後七時。

 朝霧雄介死亡まで、あと一時間。

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