プロローグ
プロローグ
「ゆ~び、き~り、げ~んま~ん、
う~そ、つ~い、た~ら、
は~り、せ~ん、ぼん、
の~ます。
ゆ~び、きった!」
平成二十年(二〇〇八)七月、盛夏。
マンションの窓から真下に見ることができる公園。そこから、軽快なリズムで遊び唄を歌う子供たちの声が聞こえてきた。
空調の音が響く部屋の中で、久保真澄は、外の声に小さく答えた。
「は~り、せ~ん、ぼんじゃ、足~りないよ」
メロディーに乗せたつもりがあまりに語呂が悪く、彼女は自分の歌に思わず吹き出した。
テーブルに手を乗せ、真澄はソファーから立ち上がった。それから窓へと近づくと、閉めていたカーテンを少しだけ開けた。
そっと覗き見る眼下の公園。そこには、ひとりの男の子を中心に四散し、駆けて行く子供たちの姿があった。
どうやら、鬼ごっこでも始めたようだ。
指切りをしていたのは、どの子とどの子だろう?
二人は、どんな約束をしたのだろう?
その約束は、本当に果たされるのだろうか?
嘘。
裏切り。
その代償は……、
“死”
深く溜め息をつくと真澄は、元どおりにカーテンを閉め、ソファーへと戻った。
その時、室内にチャイム音が響いた。
狭い廊下を全速力で玄関へと走り、彼女はぶつかりそうになりながらドアの覗き窓から外の様子を窺った。宅配だ。
ついに、きた。
チェーンを外すのももどかしくドアを開けると、真澄は、配達人から引っ手繰るように荷物を受け取った。
再び施錠し、いそいそと部屋に戻る。その表情は、満面の笑みで溢れていた。
今、彼女の両腕には、笑顔の源となっているひとつの箱が大事そうに抱えられていた。
桐で作られたその箱は、ランドセルほどの大きさ。中身は、彼女がひたすらに待ち続けた“復讐の化身”とでも呼ぶべきものであった。
そっと木箱をテーブルの上に置くと真澄は、一度深く呼吸をし、震える手でその蓋を開けた。
この日、彼女が開けた桐箱は、あらゆる悪や災い、不幸が詰まったパンドラの箱以上に、開けてはならないものだったのかも知れない。
何故なら、パンドラの箱には存在した一片の希望すら、この箱には入ってはいなかったのだから。