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本屋巡り

作者: 春名みやび

昼下がりの無人のホームで電車を待っていた。

つい数分前に電車は発車してしまった。


「はあ。あと30分も待つのかよ」


愚痴がこぼれる。

もっと早く歩けばよかった。

今さら思っても遅い、か。

俺は仕方なくジーンズのポケットから携帯電話を出した。

充電が少ない。これじゃ、ゲームしようたって十分くらいで電源が落ちるじゃないか。

……ゲームもできないのか。

小説でも読むか。

俺は読みかけのweb小説のページをブラウザで開いた。

今までは、紙の小説ばかり読んでいた。

けど、最近はwebの中の小説もおもしろいと思えるようになってきた。

今、読んでいるのはファンタジー世界のバトルだ。魔法に似た特殊な力を主人公が手に入れる。

けれど、それは諸刃の剣。

その能力を嗅ぎつけた奴らがあの手この手を使って襲ってくる。それは主人公の友人も巻き込んで行く。

突出したニンゲンは異端として恐れられる。

その結末はさまざまだ。ドラマだとそういう奴は死ぬ運命だ。主人公が意志をついで成長するけど。

ラノベはお察し。異端が主人公なんだ。思いっきり活躍して敵を打ち砕き、周りにとけこむ。

憧れるよ。

だから、俺はそんな力は持ちたくない。平凡でよかった。つくづくそう思うよ。

俺には正義を掲げて戦うなんてできない。


「はあ……」


暇だ。

携帯電話の充電が十パーセントをきった。

妙に充電の減りが早いな。

もう、ぼんやりするしかなくなったな。

携帯電話をしまいパーカーのぽっけに両手をつっこんだ。


「あの。……電車、行っちゃいましたよ?」

「えっ!」


俺はばっと立ち上がり線路を視線でたどった。

あ……。

遠くに赤いライトをつけた電車が見えた。それは、どんどん遠ざかっていき見えなくなった。

マジかよ。また、三十分待ちか。


「はあ……」


気力をなくして、だらしなくベンチに座る。


「すいません。わたしがもっと早く声をかけてれば……」

「いや、あなたが気に病むことじゃないですよ。俺がぼんやりしてたのが悪かったんですから」


それでも、俺に話しかけてくれた女の子は「でも……」と言っている。

優しい女の子だな。

少し茶色っぽいボブカットにパッチリとした瞳。化粧は薄いのに目鼻立ちがはっきりしていて明るい印象がある。服装は白いセーターにピンクのスカート。

冬の気配が入り込み始めた秋の空に、彼女は暖かい。

ジーンズにTシャツ、パーカーの俺がみじめに感じるくらいにまぶしい。

しかも、ぼーっとしていて人相が悪かったり、気味が悪かったりしただろう。


「よく俺に声をかけてくれましたね。気味が悪かったでしょ。携帯片手にぼーっとなんて」


俺はちょっと自嘲気味に笑った。

一体、俺は何を期待してるんだか。


「いえ、まさかそんな。ただ周りの人たちが誰も声をかけてあげないので、どうしようって。たぶんこの電車に乗るんじゃないかなって思ったんです。でも、悩んでたら電車行っちゃいました」

「勇気ありますね」


俺は素直に感心した。

俺だったら見ず知らずの男が電車に乗れなかったなんて、気にもとめないだろう。たとえ女の子だったとしても声はかけない。

だって、怖いし嫌だ。俺に声なんかかけられたら気持ち悪いだろう。


「あの、隣。いいですか?」


え。

俺は顔に出さないようにして驚いた。


「べ、別に……どうぞ」


俺は少し横にずれてスペースをあけた。

女の子はそこにフワッと座った。


「わたし、桜井咲(さくらいさき)っていいます。好きな季節はちょうど今。よろしくお願いします。あなたは?」

「えっ……」


いきなり何を言い出すかと思えば。

自己紹介だなんて。

でも、暇だし話してみようかな。


「俺は大葉俊哉(おおばとしや)。好きな季節はちょうど今。こちらこそ、よろしくお願いします」


うまく笑えただろうか。

内心はどこかでしくらないかドキドキだ。


「大葉さんはどこに行く予定なんですか?」


桜井さんが足をぶらぶらさせながら聞いてきた。

見える横顔は笑っている。

う。

目があった。かもしれない。


「二つ先の駅の近くの本屋へと」


つまらないだろうな。

いまどき、本屋に行くのに興味を持つ女の子なんていないだろう。

いたとしても、もっと地味な根暗な女子だろう。学校でかわいいなと思った女子に読書好きがいた試しがない。

あーあ。これで興味なくされたかな。


「へえー。本が好きなんですか?」


ほら。

決まり文句だ。


「はい。読書好きなんで。ところで桜井さんはどこに行くつもりだったんですか?」


この駅で降りてるってことは、この辺りに用があったんだろう。

俺にかまっていて、大丈夫なんだろうか。

待ち合わせとかだったら、時間は?

そもそもかわいいんだから彼氏もいるはずだ。俺なんかと話していていいのか?


「わたしもその本屋に」

「えぇ⁉︎」


じゃあ、なんでここで降りたんだろう。


「間違えて降りちゃいました」


てへ。

照れ笑いがかわいい。


「だから、一緒に行っていいですか?」


願ってもいない申し出だった。

これで、断れる男がいたら見てみたい。


「もちろん。いいですよ」

「やった!」


終始、笑顔が尽きない人だな。


「どんな本がお好きですか?」


どんな本、か。

いろいろあるなぁ。

アクションも好きだし、SFも好きだ。ちょっとしたラブストーリーも好きだし……。


「そうですね。基本的にいろんなジャンルを読みますけど、近未来世界のバトルものが好きです。ちょっとSFも混ざってるとさらに」

「なんて言うか、男の人らしいですね」


そうかな?

周りの人たちは、読書じたいが女々しいみたいな視線の人ばかりだから。


「桜井さんは?」

「わたしはピュアな恋愛が好きです。有川浩美さんあたりがドンピシャです」


有川浩美さん。いいなあ。

俺も好きだ。

刊行作は全部読んだ。熱いドラマの中にある恋愛が光を放っているかのように、面映ゆい

読んでいて、ドキドキする。

一番好きな作家かもしれない。


「素敵な好みですね」


桜井さんは照れたように笑った。


「憧れるんですよね。今までそういう関係になったことがないので……。わたしもそんな恋愛がしたいなぁって」


まさか。

俺は驚いた。

こんな女の子が彼氏いない歴=年齢だなんて。

彼女いない歴=年齢の俺が言えた話じゃないけど。


「意外、ですね」

「なにがですか?」


桜井さんがキョトンと首を傾げた。


「桜井さんかわいいから、てっきり彼氏持ちかと思ってました」


言ってから、しまった!と思った。

失礼だったかな。

怒ってないかな。

恐る恐る彼女の顔を見る。

ヤバイ。

少し赤くなってる。怒らせちゃった。


「ごめんなさい! 失礼でしたよね」

「あ、え、いや……」


俺が謝ると、桜井さんは困惑したようにあたふたした。


「そう、じゃなくて……。ただ、かわいいって言ってもらえた、から……恥ずかしくて」


反則。

そんな口元を隠しながらうつむき加減で恥ずかしがられたら、ムリだから。

ただでさえ、好みなんだからさ。


カン カン カン


遠くから踏み切りの音が聞こえてきた。

電車が来るようだ。


「電車、来ましたね」

「行きましょう」


流れこんできた電車は、そこそこ混んでいた。

俺は先頭車両のホーム側のドアのところに立った。

もちろん、桜井さんは隣に立っている。

ガラスのドアに映る顔が、自然と笑顔になっている。

ささくれていた気持ちが、彼女と話すうちにほんわかと柔らかくなっていた。



* * *



書店から出ると、もう日は暮れてしまっていた。

吐く息は、白く色づいている。


「寒いな」


桜井さんとは、書店に入った段階で別れた。

俺は書店に入ったらなかなかでないので、それに付き合わせる気はなかった。

惜しい気もしたけど、俺とは釣り合わないだろう。

俺も自信を無くす。


「帰るか……」


電車の中で買ったばかりの本を読みたい。

首を長くして待ったシリーズの最新巻だ。あとは、文庫コーナーを見てときめいた作品だ。

全三冊。

俺の財布を圧迫しているのはいつも本代だ。

悩みの種だけど、買うのはやめられない。

俺の数少ない趣味だから。

学校でも常に読んでいるから、根暗とかオタクとかのレッテルを貼られてしまっている。

友達も少ない。

……平和で静かだから別に困らないけど。

はあ。

ため息をついて、書店の前から冷たい風の中に出る。


「大葉さん!」


後ろから呼び止める声。

振り向くと、桜井さんだった。

どうして。


「まさか、まだいるとは思いませんでした」


どこまで俺の運命の神様は彼女と会わせるんだろう。

……なんて心の中で言ってみる。

彼女も遅くまでいたのだ。

たとえ、自分のためではなくとも嬉しく思ってしまう。


「あ、あのっ……!」


今まで彼女との会話は全て受け身だった。

今ここで初めて俺から声をかける。

桜井さんは、にこやかに立っている。


「このあと、お時間ありますか?」

「……特に予定はありません」


来た。

きたぞ。

俺の人生最大のターニングポイント。


「い、一緒に晩ご飯行きませんか?」


答えを、待つ。

待って。待つ。

緊張で身が震える。

気持ち悪がられるかな。


「もちろんです」


やった。

安心からか緊張から解放されたからか。

笑顔が溢れてくる。


「行きたいところとかってあります?」

「大葉さんの好きな場所で」


即答だった。


「近くに本を読むのにいつも使ってる喫茶店があります。食事も普通にできますから」

「本当ですか!」


ガサッ。

桜井さんの手元を見ると本でパンパンの袋があった。

お互い、本のネタは尽きないらしい。

……長い夜になりそうだった。



* * *



日が傾き始めた駅のホームに俺は座っていた。

まだ、世のサラリーマンは働いている。

駅にはひと気がない。

かなり寒くなった。

一昨日には初雪が降った。

息は当然のように白い。


カン カン カン


遠くから踏切の音が聞こえてきた。

窓から白い光を漏らす電車がホームに入ってきた。

降りる人はほんの数人だ。


「お待たせ。」


そのうちの一人である咲がベンチに座る俺に声をかけてきた。

咲は俺の隣に座った。

そしてまた二人で一緒に電車を待つ。

咲の服装は、白いセーターにピンクのスカート。その上にコートを羽織っている。

俺の服装は、ジーパンに厚めのパーカー。

まるであの日の回想だ。


「もう、俊哉くんとは一年かあ……」


咲が夕焼けを見つめながら呟いた。

あの日と変わらない栗色の髪は、夕焼けに同化するように輝いている。


「咲ももう卒業でしょ?」

「うん。春からは就職」


あまり会えなくなっちゃうかもね。

そんな話は何回かした。

俺も大学の卒業研究がある。咲も職場に慣れるのに時間がかかるだろう。

ほぼ毎日のように本屋に行くことはできなくなるのだ。

初めて出会った時のように、俺がベンチに座って、咲が来て、咲が来た次の電車で本屋に行く。

そんな毎日が無くなる。

そして俺はまだ、学生だ。

咲とは……。

もう心に決めてるんだ。


「絶対に追いつくよ。必ず」

「追いつく?」


俺は真剣な顔で咲の目を見つめる。

咲も真剣な顔で聞いていてくれる。

こういうところが好きなんだ。俺の話を真面目に聞いてくれる。それまでがおちゃらけた話であっても、すぐにモードチェンジして真面目に、真剣に聞いてくれる。


「卒業して、就職して、稼げるようになる。必ず。そしたら――



―― 一緒に暮らそう」



およそ大学生の言葉なんかじゃないだろう。

でも、俺の心は決まってるんだ。


「うん。待ってる」


咲が夕日でも分かるくらいに、赤くなっているのが見えた。


「大好きだよ。俊哉くん」

「えっ……!」


不意に咲が抱きついてきた。

頬がかあっと熱くなった。

花の香りが鼻をくすぐる。

ふわふわ。やわらかいなあ。

俺も咲の肩に顔をうずめる。


「俺も……咲の事が大好きだよ」


俺も咲の耳元でそう呟いた。


カン カン カン


遠くから踏切の音が聞こえてきた。

体を離す。

お互い顔が赤いだろう。


「電車来たね」

「行こっか」


流れ込んできた電車はさっきの電車よりも混んでいた。

さっきよりも降りていく人の数は多かった。


「今日はどんな本読もうか」

「そうだなあ……」


尽きない読書を、今日も語り合う。


ドアの側に二人で立つ。

ドアが閉まり、窓によって景色が切り取られた。

目の前にあのベンチが見える。

茶色いそれが、静かにホームに残っていた。



* * *



二人の夢は、本屋を巡って日本を一周すること。


自分が駅で電車を待ってる時に書き始めたものです。

自分でも予想外のほうへ物語になっています。

ホントはバトル物語 にしたかったのに……。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ふんわりした雰囲気で、ほっこりとした温かい気持ちになりました。 [気になる点] あらすじで、ほとんどストーリーを書いていらっしゃいますので、「この後どうなるのだろう?」といった物語の醍醐味…
[一言] 可愛らしい恋人同士の様子に、読み終わって、とてもほっこりしました。
[良い点] 初々しい恋愛の情景が丁寧に描かれていて、好感を持ちました。
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