白い星
夜中に、ぺたぺたという音がきこえて目を覚ました。
とても大きなスリッパをはいて、あるき回るような音。だけど、きいたこともない変な音だ。
怖い感じは、しなかったから、ベッドを抜け出すと、パジャマを着たまま外に出た。黒ネコのルウルウが、トコトコついてきた。
夏の、すずしい月夜だった。道が白く浮かんで見えた。とても静かな夜で、ふしぎな音は、月までとどきそうなくらい、きれいにひびいた。
ぼくたちは音のする方へ、高い塀にはさまれた道の角を、いくつも曲がった。ふいに、こんもりと木が茂った、公園の入り口に出た。
門の扉は、すこし内がわに開いていた。音は、たしかに、その中からきこえてくる様子。
(近所に、こんな公園あったっけ?)
ふしぎに思ったけれども、かまわずに入っていった。
門から、白い砂利をしいた道が、まっすぐに続いていた。その先に、大きな家があった。道の両がわは芝生みたいで、月に染められて、まっ青だった。
家のまわりには木が茂り、花はどこにも見えなかった。けれども、バラのようなにおいが、どこからか、ずっと香っていた。
「公園ではなかったね」
ルウルウに話しかけて、砂利をさくさく踏みながら、家のほうへ向かった。音はまだ、そっちからきこえてくる。
ポーチへ上がると、ドアの把手に木の札がぶら下がっていて、こんなふうに書いてあった。
この家、売ります
「空家なんだ」
把手を回してみたけれど、鍵がかかっているみたい。
今度は芝生の上を、家の壁にそって、あるいた。
横長に板を張った白い壁は、なんだか粉っぽくて、指でさわると、チョークみたいな白いものが、薄くついた。いつのまにか、音が消えていることに気づいた。
たちまち、頭の上で声がした。
「帽子を、ひろってくださらない?」
おどろいて見上げると、壁に何か大きなものが、くっついている。
星の形をした、白いヒトデみたいなもの。レース編みのような襞に縁どられ、水の中にいるように、ゆらゆらしている。
逃げだそうとしたぼくは、木の根っこに足をとられて、ころんでしまった。ひらひらと、笑い声が降ってきた。
「その帽子を、ひろってほしいの」
つい鼻の先に、白いリボンのついた帽子がある。ひろい上げてみると、綿のように軽い。
「これ?」
「ええ。風に飛ばされたおかげでね、降りれなくなってしまったのよ。ずいぶん、あるきまわって、今やっと見つけたところだったの。ちょうどあなたが来てくださって、よかったわ」
よく意味がわからないまま、ぼくは帽子を高くさし上げて背のびをした。するとさっきまできこえていた、ぺたぺたという音といっしょに、ヒトデみたいなものが、近づいてきた。
そうして、星の形をした腕のひとつが、帽子にさわったとたん。
ふわり。
傘のように宙に浮いた。
すんなりと伸びた二本の足が、ゆっくりと降りてきた。ぼくの目の前に、白いドレスの女の子が立っていた。
小首をかしげてほほえんだ。帽子がよく似合っていた。
「ありがとう。おかげで間に合ったみたい」
星の形のスカートをちょっとつまんで、おじぎをした。その子は、たちまちポーチに駆け上がり、玄関のドアを開けた。
(さっきはちゃんと、鍵がかかっていたのに)
ぼくが首をかしげたときには、もう、家じゅうの窓に明かりがついていた。
シルクハットやドレス姿の、たくさんの人の影がカーテンにうつり、音楽が鳴りだすと……
ワルツがはじまった。