月の塔
雨が通りすぎたあと、きれいな夕焼けがあらわれた。
オレンジでもピンクでもない、ふしぎな色の雲を、ぼんやりとながめていると、ふいに、暗くなって、つんとツノを立てた月が、小さな星たちを、家来みたいにしたがえて、のぼってきた。
(すこし、寝すごしたかもしれないな)
大きな木の根もと。やわらかい草の上から、若いエフタは、うんとはずみをつけて、起き上がった。
ちょうど眠りについたばかりのチョウたちが、おどろいて、月の光の中に、ひらひらと飛びだした。
子竜のシンバが、肩に乗り、おもしろそうに、
ギギ。
と鳴いた。その頭をかるくなでて、エフタがふりかえったとき、野原の中に、ぼぅっと白く光るものが立っていた。
(塔のようだが……)
それは、ほっそりとした巻貝の形をしていた。エフタは目をこらした。ここへ来るときには、たしかに野原には何もなかった。
一歩、近づくたびに、白い光は増してゆくように思えた。根もとまでたどり着いて、見上げた。塔は、星までとどきそうなほど、高く感じられた。
貝がらと同じように、ぽっかりと入り口が開いていた。縁にふれてみると、ひんやりとして、木の葉のように薄いことに、エフタはおどろいた。
そこをくぐると、うっすらと白く光る、なめらかな階段が、くるくると、上へ続いていた。
かたい段をふんでも、足音はまったく、ひびかない。
シンバは肩の上で、羽根をすぼめ、おとなしくしている。腰につるした剣の先が壁にふれたときだけ、
コーン。
と、音が鳴った。
どれくらい、のぼっただろうか。
貝がらの渦を、下からたどるように、巻いてゆく階段のはばが、少しずつ、せばまってゆく。
……と、
いつのまにかエフタは、小さな部屋の中に立っていた。
とびらも窓もなく、天井は中心へ向かって、円すい形に、くりぬかれていた。
床や壁は、貝がらでできているように、なめらか。部屋のまん中におかれた、木のテーブルの上で、ロウソクが一本だけ、ほそぼそと燃えている。
その明かりをあびて、部屋はうっすらと、ピンク色に光って見えた。
ロウソクは、あとちょっとで、燃えつきるところらしい。じっ、じじっ。という音が、かすかにひびいて、小さな火花がちった。
まだどこか、夢を見ているような思いで、古く、黒ずんだ木のテーブルのそばに寄った。
バラとそっくりな、よいかおりがした。
(どこから、いらしたの?)
つめたいほど、すきとおった女の人の声がきこえた。
ふりかえったけれども、すみずみまで見わたせる部屋のどこにも、エフタ以外の、だれの姿もなかった。
声は、天井から降ってくるようにきこえた。
(気をつけてちょうだい。今夜の月は早く消えるから)
たちまち肩の上で、シンバがおどろいたように、つばさをはばたかせた。
それで風がおきたわけでもないのに、ロウソクの炎が、ふわりとゆれて、いっしゅん、オレンジ色にかがやいたかと思うと、あたりが、まっ暗になった。
若いエフタは、星空のまん中に放り出されていた。
夜つゆに、しっとりとぬれた草の上で、次にエフタが目をさましたのは、すっかり夜が更けたころだった。
ゆっくりと立ち上がって、野原を見わたしたけれど、貝がらの形をした塔など、どこにもない。
月も消えている。
空いちめんに、星がちりばめられていた。しばらくながめているうちに、小竜のシンバが、つばさを広げて、夜空のまん中から舞いおりてきた。