野ばらと小人
校庭の片すみに野ばらのかき根があり、夏がはじまると、白い花でいっぱいになった。
かき根の向こうには、三角形の、赤い大きな屋根がのぞいていた。その屋根の下に、変わったかたちの円い窓が、半分だけ見えた。
けれども、開いているところを、一度も見たことがなかったし、その家は、だれも住んでいないように、いつも、ひっそりとしていた。
コットンは、頭に大きなリボンをむすんだ女の子。昼休みになると、校庭の静かな片すみを、ひとりで散歩するのが好きだった。
木のベンチにこしをおろして、さっきの音楽の時間に習った、ソプラノのパートを口ずさんでいた。あんまり、あたたかだったから、いつのまにか、ふわりふわり。
緑色のチョウチョウみたいに、リボンをゆらしながら、眠ってしまった。
変な夢を見た気がして、目がさめた。何げなく、赤い屋根のほうへ顔を向けると、いつも閉じている窓が、ぽっかりと開いていた。
(だれかに教えなくちゃ!)
立ち上がって、あたりを見まわした。
そこでもう一度、びっくりして、目をぱっちりと開いた。
生徒はだれもいない。
そのかわり、緑の芝生の上には、見たこともない小さな生きものたちが、ボールみたいに、はずみながら、大喜びで遊んでいた。
(なにかしら?)
コットンはまた、ぱっちりと、まばたきした。
さいしょは、本当に毛むくじゃらのボールが十こくらい、飛びはねているのかと思った。けれども、よく見ると、絵本の小人がかぶるような、赤い三角形の帽子を、頭にちょこんと、のせていた。
だから小人に、まちがいない。
帽子が落ちないのがふしぎなくらい、小人たちはてんでばらばらに、芝生の上をはね回った。その様子が、あんまりおかしかったから、コットンは声をたてて笑った。
すると、体育の先生が笛で合図をしたように、みんなの動きが、ぴたりと止まった。
「だれだ、だれだ。いま笑ったのは?」
コットンは両手で口をおさえた。
「おれじゃないぞ。あんな声で笑えるのは、おまえしかいない」
「ちがうちがう。いくらなんでも、あんなに澄んだ声が出せるものか」
「そうだな。あんな声で笑えたら、きっと聖歌隊に入れてもらえるぞ」
「聖歌隊に入れてもらえたら、聖者さまのお祭りの日は、お菓子を食べほうだいだ」
黒い毛の中からのぞく、大きな黄色い目を、きろきろ光らせながら、小人たちは、コットンのまわりを、ぐるぐる回りはじめた。まるで、もう一人かくれている、小さな仲間をさがすみたいに。
(わたしの姿が見えないのかしら?)
どうやら小人たちは、女の子を木か何かと、まちがえている様子。かかとのうしろをのぞきこんだり、つま先にこしかけて、ひと休みしたり。小人たちの、ふさふさとした毛が、靴下にさわるたびに、あやうくコットンは、また声をたててしまうところだった。
「もっと上のほうに、かくれているんだろうか?」
小人のひとりが、ひたいに手をかざして、のぞきこみながら、そう言った。
「ほかに、かくれるところもなさそうだ。あんなに、きれいな声で笑うやつなら、きっと歌もじょうずだろう。歌にあわせて、おれたちが踊れば、ものすごく楽しいにちがいない」
「よし、のぼろう。登ってさがすことにしよう」
いったい、ボールみたいな丸い体に、どうして、あんなにほそくて、すばしっこい手足がついているのか。小人たちは、次から次へとコットンの足にしがみつくと、どんどんよじ登りはじめた。
コットンは顔をきゅっと、しかめて、くちびるをかんだ。
いっしょうけんめい、がまんしたけれども、とうとう息がくるしくなって、口を開いた。
と、同時に、
カラーン、
カラーン。
チャイムが鳴りひびいていた。
その音は、校舎の方からではなく、野ばらのかき根のむこう。三角形の、赤い屋根からきこえた。
「しまった、ちこくだちこくだ」
「いそげ、いそげ!」
小人たちは、目が回るほど大あわてで、コットンの足をすべり降りて、
ぽーん。
ぽーん、
と、はずみながら、かき根を飛びこえると、円い窓の中に次々と入っていった。
窓がぱたんと、しまると、チャイムの音もやんだ。
白い花がいっぱいにさいたかき根の下で、ようやくコットンは、思うぞんぶん、笑うことができた。