コットン
それが本当の名前なのか。たぶん、ちがうと思うけれど、コットンという女の子は、緑色のリボンが好きだった。
短く切りそろえた髪のてっぺんには、いつも大きなリボンがひとつ、ふわふわとゆれていた。おまけに服の胸にも、そでにも、スカートのすそにも、靴のつま先にまで、小さめのリボンをくっつけていた。
ところで、黒ネコのルウルウは、リボンが大好きだったから、
(あんなネコの目のように、きれいな緑色のリボンなら、ぜひ、ひとつほしいものだ)
コオロギををねらうように、ねらっていたらしい。
あるとき、学校の門を出たとたん、ルウルウは、さっと駆けだすと、コットンの靴の先についたリボンをくわえて、どんどん逃げていった。
「キャッ!」
コットンといっしょに、ぼくはあわてて追いかけた。
ルウルウは、黒いゴムボールのようにはずみながら、石だたみの歩道から、レンガの塀へ。ひょいと飛びうつったかと思うと、倉庫の屋根に駆け上がった。リボンをくわえたまま、屋根からリンゴの木へ身軽に飛んで、
「ニャアゴ」
白い花をつけた枝の上から、まだ息をはずませているぼくたちを見おろして、首をかしげた。
「あなたのネコなの?」
びっくりしたように目をひらいて、コットンがたずねた。
「ちがうよ。いつも、いっしょにいるだけさ」
「どっちでもいいけど……」
コットンは、リンゴの木を見上げた。頭のてっぺんで、ネコの耳のようにリボンが揺れていた。
「あきらめたほうがよさそうね」
ルウルウのしたことを、ぼくがあやまるのは、ちょっとくやしいけど、
「ごめん」
友だちのかわりに頭を下げた。コットンは、べつに怒ったふうでもなく、
「来て」
と、ひとこと。先を、トコトコ、あるきはじめた。
レンガの塀にそって、ぼくたちは並んであるいた。
いつのまにか、あたりは暗くなっていた。こんもりと茂ったこずえの上に、星がちらちらかがやいていた。ふりむいてみたけれど、ルウルウが追いかけてくる様子はない。
外灯が投げかける白い輪の中で、急にコットンは立ち止まった。ぱっちりとひらいた目が、なぜだか、緑色に見えた。
「わたしが今、いくつリボンをつけているか、かぞえてみて」
へんなことをきくんだな、と思ったけど、ぼくは、まじめにこたえた。
「かぞえなくても、わかるさ。7つだよ。頭にひとつ、そでにふたつ、胸にひとつ、すそにふたつ。それから、つま先にも、ふたつ……でも、ルウルウがひとつ、取っちゃったからね。8-1で、7つだよ」
「はずれ。こたえは9つよ」
歌うように、コットンは言うと、くるり。バレエを踊るみたいに回ってみせた。
花のようにスカートが広がって、ひざの上まである白い靴下に、ひとつずつ、小さなリボンがついているのがわかった。女の子の笑い声がひびき、スカートから緑色の火花が飛びちった。
気がつくと、ぼくはひとり。外灯の下に、ぼんやりと立っていた。
緑色のリボンをくわえたルウルウが、ぼくの靴のかかとに、小さな頭をコツンとぶつけた。